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52話 御伽噺


「オルコス、決まったかー?」

「ん…トートの絵本と、オーフの絵本?その二つで、迷ってる?」


オルコスの記念品を改めて探す三人は、現在街の玩具屋を探索中だ。既にチトとルシエは最終決定を下しており、残るは絵本が並ぶ棚で二冊の本を前に黙り込むオルコスだけである。


余程集中しているのか、二人がかなり距離を詰めて手元を覗き込んでも尚反応が返ってこない。思わず顔を見合わせた二人は、手持ち無沙汰に近くの絵本を手に取って時間を潰す事を決めた。決して急かすつもりはない。葵の為に真剣に悩むオルコスを茶化すつもりなど、当然二人にはなかった。


そんな中で、ふとオーフの絵本を手に取ったルシエがパラパラと内容を適当に読みながら口を開く。


「オーフの御伽噺は、何と言うか…現実味が薄い気がする」

「そうか?」

「だって…魔王討伐に聖女と勇者が結婚する話。これなんて、ドラゴン討伐。全部非現実的で、抽象的」


退屈そうに手元の絵本を棚に戻しつつ、表題を指先で撫でたルシエは直ぐ近くで適当な絵本を読んでいたチトから返事が返ってきた事を確認してから、再び言葉を続けた。その手には、新たに別のオーフの絵本が広げられている。


「見て、魔王と聖女が結婚して、子供が生まれる話。どうしたら人類の先頭で戦う勇者パーティーの一員である聖女が、首領である魔王と恋仲になるの?余りにも、空想が過ぎる。話にならない」

「…ルシエは意外と現実主義者だよな。こんなの、全部御伽噺なんだから真偽なんてどうでもいーだろ?」

「む、意外は余計。…でも、本当にオーフの絵本は魔王に関する内容が目立つ。他の国ではそんなのあり得ない」


ルシエに軽く睨みつけられて、絵本を棚に戻しながらも降参の姿勢を見せたチトは肩を竦めながら笑った。そうしてルシエの手元にある絵本を見て、小さく頷くと改めて視線を合わせ直す。


「確かに俺も、世界で唯一オーフだけが魔王の話題を取り上げてるのは不思議だって思うぞ」

「……チトでも?」

「俺でも」


不思議そうに小首を傾げたルシエから絵本を取り上げて、そっと棚に戻したチトは小さく笑ってオルコスの方へ身体を向けた。つられてルシエも体の向きを変えた様子を確認してから改めて口を開く。


「例えば…世界戦争は御伽噺だ。勇者も、魔王も、存在しない架空の人物とされている。…じゃあ、一体何故聖女だけが今の世界に存在しているんだ?まるで、御伽噺を御伽噺で終わらせない為の何かが、あるような気がするだろ?」

「それは、確かに…」


視線の先で未だ頭を抱えるオルコスはオーフからの留学生であり、そんなオーフの頂点に君臨する存在は男性であれば聖人、女性であれば聖女と呼ばれる。そしてオルコスは、オーフで第二位の地位にありながら国民からは聖女と名高い指示を実際に受けている少女である。勇者や魔王は確かに空想上の存在であり、それは一般市民でさえ周知の事実だ。であるならば、何故物語上で勇者パーティーの一員として必ず描かれる聖女だけが実在しているのだろうか。そして、こういった御伽噺を好んで作り出すのは必ず聖人や聖女が属するオーフばかりなのだ。チトに言われなければ一切気付かなかった明確な違和感を前に、ルシエは一人黙り込んで視線を落としてしまった。


そんな様子を、子供を見守る大人らしい柔らかな表情で見詰めたチトは、小さく笑った。どうやらチトが想定していた以上に考え込んでしまっているらしいルシエを前に困ったように肩を竦め、少しだけ悩んだ後先に声をかけたのはいつまで経っても絵本と睨み合うオルコスだ。一歩踏み出して、今度こそ視界に入るほど身体を寄せたチトはピクリと肩を揺らし普通の人間らしい反応を示したオルコスを見て思わず笑ってしまった。


「オルコス、そろそろ考えはまとまったか?」

「も、もう!驚いたじゃないですか…。って、ルシエさんまでいつの間に。お二人は記念品選びが完了したのですか?」

「おう、俺もルシエも既に決めてある。後はオルコス、お前待ちだ」

「それは、申し訳ございませんでした。少々考え込んでしまって…えぇと、わたくしはアオイちゃんへの記念品に絵本をお渡ししようと考えたのですが、その際トートの物かオーフの物かで悩んでおりまして」


相も変わらずの無表情とは裏腹に感情的な声音でチトを軽く攻めたオルコスは、それから再び手元の絵本に視線を落として肩を落とす。チトが覗き込むような素振りを見せた事に気付いて、その本の表紙を見せつける様に手を動かせばようやく細かい内容を見る事が出来た。一体何故そんな事に悩んでいるのだろう、そんな雰囲気を隠しもせずオルコスの顔に視線を移したチトは、口を開く。


「別に、お前オーフの人間なんだから自分の国の絵本にすればいいんじゃねーの?」

「最初はわたくしも、そう考えたのですが…。…オーフの絵本は、偽物ばかりですから」

「…ふーん?」


普段と変わらない表情を崩すことなく改めて絵本に視線を戻したチトは、ほんの僅かな間を開けて矢張り興味なさげに適当な相槌を打った。それからチラリと視線だけでルシエの様子を確認するも、未だ思考回路にとらわれているらしく彼女がチト達の話を聞いている素振りは一切ない。小さくため息を吐いたチトは、どこか不安そうな瞳を揺らすオルコスの手元からオーフの絵本を取り上げ、表紙を捲った。


「…”オーフの一日”。ここは聖オーフ教会王国。国中の人たちはみんな聖女さまを信じています。そして、聖女さまは国中のみんなのために傷ついた人を毎日いやしています。いつでも、ずっと、平和な国です。…ねぇ?間違ってはいないんじゃねーの、表面上は」


冒頭部分を読み上げたチトは、退屈そうに絵本を閉じてそのままオルコスに視線を向ける事無く棚に戻してしまった。その内容なのか、それともオーフそのものについて考えているのか。兎に角何かしら思う所があったらしいオルコスは微動だにしないまま俯いている。そんな様子に困ったようなため息を零したチトは、じっとトートの絵本を持ったまま動きを止めたのルコスの手を取り、そのまま胸元へ近付けた。


「俺のオススメは断然こっちだな。”トートの中央魔法学園ができるまで”…まさに今のアオイに必要な一般常識が載っているし、挿絵も綺麗だからな。ほら、決まったなら会計を済ませるぞ」

「……はい」

「ルシエ?お前はいつまで考え事に集中してるんだ、考えたところで答えが出る問題でもないんだから程々にしておけよ。会計行くからお前も早く歩け?」

「んぅ…」


揃って俯いて考え込み、要領を得ない返事を返してくる二人の少女に苦笑を零したチトは、重力操作魔法で自身が購入する予定のオルゴールを浮かせながら空いた手で二人の腕を引いて会計へ向かった。


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