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とある記憶 26


「いってー…加減を知らねーのかよあのあほは…」

「き、貴様らは仲間ではなかったの…?」


XXXから受けた高速雪玉によって確実に攻撃を受け、空中で悪態をつきながら背中を摩るチトを前にして、上位魔人はドン引きと困惑を足して割ったような表情で問いかけた。始めは、先程までのXXXと明らかに威力も制御も発動速度も何もかもが違う圧倒的な魔法に動揺を隠せないでいたが、それ以上に意識の先は目の前で堂々と行われた仲間割れに向けられたらしい。何処となく気遣うような素振りすら見せる上位魔人に傍から見ていたソフィは腹を抱えて笑っていたが、面倒事を察知したXXXが間一髪で張った防音の結界が間に合ったのか気付かれることはなかった。


「あーもーガチで痛い、ちょっと揶揄っただけなのにキレすぎだろ…」


魔人の問いかけを聞いていたのかいないのか、暫くの間微妙な空気が場を支配していたがようやく気分を切り替えるつもりになったらしいチトは、再び背中を摩りながらもゆっくりとした動作で顔を上げた。流れに乗ってさも当然の様に手元が淡く光を灯し、それが背中を撫でる様に包み込んだかと思えば次の瞬間チトは痛みを堪える為に丸めていた背をピンと戻す。それは、本来上位魔人にとって同族が用いていい筈の魔法ではなかった。けれども目の前で見せつけられた光が、そして事実として起きた現象が、そのあり得ない常識を否定して見せたのだ。呆然としたまま、何の心理戦もなく吐き出されたのは純粋な問いかけだった。


「今のは…まさか聖属性魔法だと言うのか?何故、この身と同類であるお前がその力を行使する事ができる。あれは、聖女の国固有の魔法ではなかったのか…!?」


動揺、混乱、油断。基本的にこの世界の人間よりも進んだ力を持つ長寿種だからこそ日常的に行われる欠陥行為。それは、嘗て繰り広げられた世界戦争中でさえ特に魔人や魔族に多く見られた行動だった。同族同士が対面しており、尚且つ相手の仲間の一人は自身でも理解の範疇を越えた魔法を使う相手。とてもじゃないが気を抜いて掛かっていい相手ではない。上位魔人は確かに一度そう判断したはずであったのに、己が理解できない現象が起きた瞬間その緊張感をあっさりと手放してしまったのだ。


今も尚、目の前で堂々と杖を構えたチトが自身の頭上に魔法陣を描く姿を目視しているというのに、魔人は魔力を動かす動作すら行わない。慢性的な油断、それこそが嘗ての人類と魔王軍間で行われた戦争が人類の勝利で終わった一番の理由だったのだ。未だその欠陥を見せつけるばかりの情けない同族の姿を前に、深いため息を零したチトは仕方なくその疑問に答えてやる事を決める。


「…さーね、俺の縁者に聖女でも居たんじゃねーの?」

「馬鹿な話だ。それが許されたお方など、この世界にたった一人しか存在しない。…あまりこの身を舐めるなよ」


上位魔人にとっては、今は亡き王を乏された気になったのだろう。分かりやすく怒りの表情を浮かべた上位魔人が杖代わりの掌をチトに向け、呼び動作なく放った爆発系の魔法によって戦いの火蓋が落とされた。


その攻撃を余裕の表情を浮かべて結界魔法で防いだチトは、事前に頭上に作り上げていた魔法陣に杖の先を向け魔力を注いだ。じんわりと、暫くの間放置される中で圧倒的な大きさに変化していた魔法陣が奮い歯車が回されていくかの様に仰々しく動き出す。元々光り輝いていた線の一つ一つが、改めて魔力供給を受けて発光を強めていく。それは、魔法陣関連に強い地震があるXXXでさえ、内容の全てを解読するには時間が必要だと瞬時に判断できる程に巨大で、膨大で、圧倒的な魔法陣だった。


一方で上位魔人は怒りに身を任せて攻撃の手を決して緩めることなく魔法を放ち続ける。それは、チトの魔法陣発動を警戒し阻止しようとする意図もあるのだろう。チトが作り出した魔法陣の解析は早々に諦めたのか、その場から離れ距離を取りつつ発動の阻止が難しいと判断したらしい上位魔人は、先程までXXXの複製体が戦闘を行っていた下位魔人とは違い本能的な危機感に従って強力な結界を張り出した。


「…良い判断だ」


上位魔人にその声が届いた瞬間、仕掛けられた罠によって未だ巨大な魔法陣に魔力を注ぎ続けるチトの周囲を赤黒い炎が包み込んだ。チトを覆い尽くす様に現れた炎は徐々に渦を巻くように広がっていき、離れた場所で戦闘を見学していたXXXやソフィさえその熱の余波を感じ、瞳を輝かせるソフィの様子に頭を抱えながらもXXXが二人を囲う結界を張る事でその温度を塞ぐ。魔人がチトを焼き尽くさんとする状況を前に口角を上げ、観察を続けていたチトは不意に我に返ったのか隣で結界を張るXXXの姿を確認してため息をつく。


「うーん…あの魔法陣を発動するなら、この場に居るボク達にも悪影響が出るかもしれないねぇ。全く、エトちゃんったらボクが手出しする前提で魔法を使うつもりだねぇ?ほんと、我儘な子なんだからぁ…」


これまで戦闘において一切の手出しをする様子を見せてこなかったソフィが、ついに杖を呼び出して構えた。その姿に目を見開いたXXXは、素直に浮かんだ疑問をぶつける。


「ソフィ君、チト君はどんな魔法を使おうとしているの?」

「そうだねぇ…XXXちゃんは大好きな、かっこいい魔法…かなぁ?」


そう言ってXXXが張った結界を更に覆うようにソフィの結界が張り出されたことで、自分の出番がない事を悟ったXXXは杖を下ろす。そんな様子にくすりと笑ったソフィは、穏やかな表情のまま詠唱の一つもなく結界の強化を行うべく込める魔力を強めた。


刹那、辺り一面を漆黒が包んだ。


性格には、黒い炎が闘技場内部にソフィが張り出した結界だけを避ける様に広がり爆発したのだ。いつの間に外壁の結界を張り直していたのだろう。そんな事をXXXが考え始めた瞬間ソフィが張った結界にも飛び込んできた炎の勢いに、反射的に目を瞑る。それから暫く、轟音が落ち着きパラパラとどこかが崩れ何かが地下に落下したのか大きな音が反射するように響き渡りそれが収まった頃、XXXはようやく瞼を開いた。


「……あ、」


そうして広がった視界の先には、絶対的な強者が存在感を解き放って宙に浮いていた。闘技場内全てを覆った炎は既にどこにも見当たらず、崩れかけた地面に伏せる上位魔人の姿と、際限なく溢れ出る魔力を隠しもしないで零す存在が先程XXXが目撃した光景を肯定する。


真っ黒なローブ、白シャツに深紅のベスト。外側は黒く、内側は赤く染められて靡くマント。何よりも圧倒的な魔力を垂れ流す元となっている、頭から除く二本の角。そして、無意識に跪いてしまいそうな程に強力過ぎる魔力。


「貴方、様は…っ!!」


本当にギリギリのところで攻撃から身を守る事に成功したらしい。最早息も絶え絶えな上位魔人が、これまで常にすまし顔だった表情を真っ青に変えて震えている。そうして見上げた存在に手を伸ばそうとして、慌てて地面に押し付けた。


「…さて、複製体とは言え……俺のモノに手を出した罪は重いぞ?上位魔人」


その言葉と共に手元に呼び出したのは、迷宮に向かう途中で遭遇した魔族に支配された村を解放した時にチトが浸かっていた銀の杖。あの時よりも、進行形で込められる魔力が桁違いだった。上位魔人に杖先を向ければ、シャリンと華美な装飾品が音を立てる。その全ての動作が、上位魔人をも圧倒する魔力が、何より完成された姿が、———美しかった。


「…きれー、」

「おやおや…」


心を奪われたのだろう、XXXは現状全てを忘れて一心不乱にチトに向けて手を伸ばす。そんな様子に肩を竦めたソフィは、苦笑を零しながらもXXXの手を迷わず掴んだ。ハッと我に返ったように振り向いたXXXは、伸ばしかけた手を慌てて戻す。これでは上位魔人もXXXも同じだ、異次元を前に見惚れ手を伸ばすだなんて面白い。そう口に出さずとも表情で語ったソフィを前に、XXXは何も言うことが出来ずに視線の先をチトに戻すしかなかった。


二人がそんなやり取りをしている事など知る訳もなく、ゆるりと口角を上げたチトは杖先に魔力を込めると同時に背後に巨大な魔法陣を作り出した。先程のものよりも倍以上巨大なそれは、最早歴史的建造物の壁画の一部だと言われれば納得してしまう程に美しく洗練された内容が込められている。基本情報量に比例して見た目の完成度は下がっていく傾向が強い魔法陣が、絶対的な芸術品と化しているのだ。あぁ、矢張り美しい。今度こそ、ソフィですらそう感じた魔法陣を前に上位魔人は当然見惚れて一切動く事が出来ずにいる。そんな周囲の視線にすら気付かずに笑ったチトは、ゆっくりと、はっきり口を開いた。


「——————消滅しろ」


再び装飾品が触れ合う音が響く。杖が振り落とされた。途端に背後の魔法陣は一瞬で発光し、瞬く間に無意識で震える程の仄暗い魔力を取り込んだ巨大な闇が、魔人に向かって叩き付けられた。どこか、感涙した様な表情と共に抵抗の一つなく飲み込まれた上位魔人は、どうにか形を保っていた床を破壊し闇と共に塵一つ残すことなく消滅したのだ。


迷宮全体を揺らす程の大きな衝撃音が鳴り響き、憑代とされていたXXXの複製体だけが深淵すら覗く大穴の底に落下し床と接触した音を響き渡らせた。


あぁ、終わってしまった。再び伸ばしそうになった手を胸元に引き寄せたXXXは、ほうと感嘆にも似た息を吐いてその一部始終を目に焼き付けている。ソフィはただ、愉しそうに笑うばかり。


退屈そうな瞳で大穴の底に視線を向けていたチトは、上位魔人の気配と魔力が完全に自身の魔力に塗り替えられた感覚に肩を落としてその杖を消した。



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