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5話 街の外で

街は既に朝市が始まっており、やはりあちこちへ飛び出そうとする葵の手をしっかり握ったチトは、足を止める事無く真っすぐに乗り合い場への道を進んだ。


「なぁチトくーん、ウチあっち見てみたい!なんか変な露店とかあるよ?」

「辺とか言っちゃいけません。市場だったら中央へ行けば元大きい奴が毎朝出てるから」

「えーーーーケチ!」

「頼むから大人しくしててくれって…」


今日も今日とてため息を零しつつ頭を抱えたチトは、どうにか目的地へたどり着くと空いていたベンチに座り込んだ。一方でチトの疲労の理由がわからない葵は、心底不思議そうな表情を浮かべつつ隣に座って足をばたばたと遊ばせながらその様子を眺めていた。



―――


「———中央都市行き!中央都市行き!中央都市行きをご利用のお客様方はこちらへ集まって下さーーい!!」


「…あ、多分あれだ。チト君中央都市行き…って、寝てるし」


しばらくすれば魔道馬車が徐々に広場に集まりはじめ、卸者らしき人が手を挙げながら集客を始めた。その様子を眺めていた葵はおそらく自分たちが乗るだろう魔道馬車だとアタリを付けチトに声をかけるが、いつの間にか葵の方に体重を預けて眠ってしまっていた。小さな吐息が聞こえて思わずため息をつく。


「だから本は止めてすぐに寝たら、って昨日言ったのに」


早く寝よう、と自ら言っていたチトだったが、宿のすぐ傍で購入した魔導書がどうしても読みたくなった、とわざわざ自分の魔法で灯りを点けて布団に潜りこんだかと思えばすでに夜も深い時間から読書を始めてしまった。始めこそ止めようとした葵だったが、一度魔導書を読み始めると中々会話が成立しないチトの性格を思い出し呆れて途中で先に眠る事を決めたのだ、大方、時間を忘れて読みふけった結果睡眠時間を大幅に削る事になったのだろう。


「仕方ないなぁ」


再びため息を零した葵は杖を呼び出し一振り。ゆっくりとチトの体が浮き上がり、腰辺りを頂点に物干し竿に吊るされた布団のような体制で立ち上がる。


「すみませーん、その馬車って魔法学校がある場所に行きますか?」


何故だか周囲でどよめきが広がり、ドン引きされたような視線を感じながらもそのすべてを寝落ちたチトが悪いと決めつけシャットアウトした葵は荷物…チトを右斜め前に浮かべたまま馬車に近づいて行く。何故だか顔を真っ青にさせた降者に案内されて馬車に乗りこむ。適当な位置でチトを下ろせば周囲からおぉ、という感嘆の声と共に拍手が送られた。一体何事かと首をかしげていれば、ローブを纏った老婆に話しかけられる。


「アンタ、若そうなのに魔力操作が非常に上手いのねぇ。人間を浮かせるなんて高等技術、魔法一筋で生きてきたワタシでもよほど集中しなきゃできないモンなのに、それを片手間でやるなんて…」

「えぇ?…あーでも確かに、人を浮かせたのは初めてやったかも!」

「おやまぁ、そうかい。アンタは神の子だった訳か」

「神の子?」

「生まれながらに何か一つの際に秀でている者たちの総称さ。重力操作魔法は物体が全方位から与えられる力を制御する必要があるせいで、脆い有機生命体に掛けるのは相性が悪いのさ。なんせ生物は常に動いているし、内臓は非常に繊細なものだからねぇ。アンタはそれを知らずにあっさりやってのけた、そりゃあ拍手だってされるもんだよ」

「ふーん?よう分からんけど、ウチが凄いって事?やっぱりウチは大天才、と」

「ほっほっほ、その通りかもしれんのぉ」


得意げに胸をそらして人差し指を立てた葵に、孫を見るような地合いがこもった視線を向けた老婆は笑い出す。始めこそどこか険しい表情が見え隠れしていた老婆だったが、葵の軽快な態度を見て懸念事項も吹き飛んだらしい。


「…あまりそのバカを増長させないでやってくれ、ばぁさん」

「あ、チト君やっと起きたー!もう、だから夜更かししない方がいいよって言ったのに」

「それは悪かったって。ってか喉乾いた、葵すぐに水くれ」


自分のすぐ傍で繰り広げられる話し声に意識が覚醒したのだろう、目をこすって体を起こしたチトが葵に向けて手のひらを出す。持ってきた水筒を出せとでも言いたいのだろう。瞬時にそれを察した葵は頬を膨らませ説教を始めようとするが、半開きで寝ぼけ眼のチトのようにわざとらしくため息をついた。諦めた、とも言う。


「もぉ、仕方ないなぁ…。チト君の水なんてこうして…これで、十分なんやから!」


ご立腹の葵は指先で宙に円を描き、その中心を突いた。途端に拳サイズの水の塊が浮き上がる。それを乱雑にチトの口元へ向けてデコピンの要領で押し出せば、導かれるように口を開けたチトの構内へ入っていった。


「…ん、お前が作った水の方が美味い気がするんだよなー」

「はぁ、今度は杖、詠唱無しの魔法発動に移動操作かい。こりゃ参った、神の子どころか愛し子だった訳じゃ」


目を見開いた老婆が思わず言葉を零せば、暫くしてその意味を理解したらしいチトが面倒くさそうに後ろ首を掻く。


「やめてやればぁさん、この程度上位魔法師なら誰でも使える話だろ」

「上位魔法師とは、ずいぶんと不利制度を持ちだしてきたもんだ。お兄さん若く見えて相当長寿なお方だろう。つまりこの子も一緒って訳かい?」

「いや、こいつは見た目相応の年齢だぞ」

「今は…多分19歳やで!」

「ほうほう、奇妙な縁もあるものじゃなぁ。若者よ、その師を大切にするんじゃぞ?」

「どうして?ウチ、チト君が魔法失敗したせいで大変な目に合ってるんやけど…」

「っぁ、おいバカ!それは黙っとけって言ってただろ!!」

「はっはっは!」


先ほどまでの気怠い雰囲気とは打って変わって、慌てた様に葵の口元を物理的にふさごうとするチトの様子にそっと会話を聞いていた他の客まで笑い出した。


穏やかな空気のまま、魔道馬車は中央都市への道を進んでいくのだった。


―――


「チト君チト君」

「なんだい葵君」

「どうしてこんな所にブサカワマックスがいるん?」

「ベアボアミックス、な。クマと猫が魔力によって変質し再度形成された魔物。食欲旺盛で突進大好きなまさに獣型魔物の象徴のようなビックサイズで、生息域は基本魔力溜まりが発生しやすい魔法が使われない大森林の奥深く、だったはずなんだけど…」

「ここ、めっちゃ人が通る街道よな?ここに来るまでに何台かほかの馬車ともすれ違ってるし」

「…だよなぁ」


半日ほどが経過し、そろそろ折り返し地点だと運転手に告げられてからすぐの事だ。急停止した馬車は大和手で先ほどまで通ってきた道を逆走し始めた。何事かと馬車の後方へ向かえば、凶暴な見た目の魔物、ベアボアミックスが全速力で向かってきていることに気付いたのである。今の速度で進めばいずれ相手の体力が尽きて振り切れるだろうが、中央都市へたどり着くまでの時間が無駄に伸びてしまうことに変わりない。

さて、件のベアボアミックスだが、先ほどチトが説明した通り人通りがない、つまり体外魔力と称されるものが多く自然発生する魔力溜まりに動物が近づく事で発生する魔物である。追う言った場所は大抵人が寄り付かない、寄り付けないような未開の地であることが殆どであり、つまりまさにその場所の中心ともいえる二人が生活してきた森の木小屋の周辺ではそこそこのペースで見る事ができるなじみ深い魔物でもあった。


「…お主ら、あれを倒すつもりかい?」

「まぁ、とっとと中央都市行って休みたいし」

「ウチお腹空いた~、あいつ結構旨いんよなぁ!」


顔を上げて牡丹鍋、クマの肉はステーキ行き?シチューも合うな、なんて具体的な料理名を上げ始めた葵の姿にドン引きした表情を浮かべた老婆は、最早何も言うまいとそっと視線を逸らす。


「さっき迷惑かけたばっかりだし、ここは俺がやるわ」

「チト君よろしくぅ!」


杖を呼び出し軽く一振りすればチトの体はふわりと羽のように浮き上がる。走り抜ける馬車を横目に左から右に杖を動かせば、大きな半透明の壁が現れた。太陽の光に反射して独特の光彩を放っている。

人が飛び降りたぞ、という他の乗客の声に慌てて停止した馬車は方向を変え様子が伺える向きに転換する。


「結界魔法やねー、チト君苦手らしいけど、あれを倒すには最適解なんよなぁ」


困惑の表情を浮かべる乗客たちに適当な解説を済ませた葵は、無意識で一瞬呼び出していた杖を消し飽きたと言わんばかりに大きな伸びをしてその場に寝転がった。

さて、チトに向かって突進を続けるベアボアミックスは決壊などお構いなしに突っ込んでくる。結界を維持するべく杖先を向けたままのチトはその動向に興味なさげに呑気なあくびをしていた。


「ぶつかる!!」


乗客の誰かが思わず零した声を拾った葵は身体を起こし、自身の膝に肘をついて矢張りつまらなさそうにその様子を眺める。チトが作り出した結界にキンと甲高い音を立てて衝突したベアボアミックスは、その衝撃で自ら脳震盪を起こし大きな音綴じ揺れを起こしながらあっさり絶命したのである。


「…チト君おつかれー!近くで見ると、やっぱ森で見てたサイズに比べて小柄やねコイツ」

「呑気に杖で突いてないで解体手伝えよバカ」

「専門外なんやもーん!」


少しして、ようやく状況を理解したらしい乗客の一人が歓声の声を上げればそれにつられて他の乗客たちからもどよめき交じりの拍手が飛ばされた。心底嫌そうにその視線を受け止めたチトは、面白そうに笑っていた葵がすっと立ち上がったかと思えば「よっ!英雄チト様!」なんて周囲をあおり始めたせいで、他の者たちも追従し一時は大騒ぎへと発展したのである。表情を歪めて舌打ちを零すチトの肩をそっとたたいた老婆の表情もにやけており、何処にも見方がいな状況を理解せざるを得なくなったチトは深いため息をついた。

場を収めることを諦めたチトは一足先にベアボアミックスの解体を始めた。流石にそのまま持ち帰る事は面倒だしやりたくない。どうやら他の乗り合わせた冒険者たちも協力してくれるらしく、複数人で無事解体を終えたベアボアミックスは使い道がない部位や細かい骨を残して居合わせた商人たちがマジックバックに入れて運んでくれることになった。


「葵ー、出番」

「はーい、いっくよ~、えくすぷろーーじょんっ!!」

「…何その掛け声」


ようやく出番が回ってきた葵は、得意げに杖を呼び出し小さく振る。とある現代日本産のアニメで有名な爆発魔法のセリフを口にするとともに魔力を込めれば、残っていた部位は跡形もなく爆散して消えた。ぽかん、と周囲の乗客たちは口を開けてその状況を飲み込もうと必死だったが、他のどこにも燃え移ることなく対象物だけを見事に消し去った葵の狂った技術を前に理解は放棄された。


「…さ、さて、英雄チト様を筆頭に皆様のご協力のおかげもあって、本日中にどうにか中央都市へたどり着けそうです。少々ペースを上げて運行いたしますので、もうしばらくお付き合いください」

「うわぁ、間に合ってよかったわ~」

「俺もまぁ、変に魔法の好き嫌いで後処理長引く魔法を使わなくてよかったわ」



それから暫く、紆余曲折少々のトラブルに見舞われながらも二人はようやく、魔法学校を持つ中央都市へと足を踏み入れるのだった。


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