4話 全力少女
「チト君これどうやって食べるのー?」
「ちょっと、わかったからそれ以上食べ物に顔を近づけるな!こら、そのままフォークで突こうとするなって!」
二人の目の前には大きな七面鳥を丸焼きにした後トマトソースでほろほろになるまで煮込んだ大皿が置かれていた。興味津々で肉に顔を近づける葵をどうにか引き留めたチトは、皿を自分の方へ寄せてナイフをフォークを使い解体を始める。
「おぉ~、慣れとる手つきやな!」
「こちとら昔散々マナーを勉強させられてるからな。よし葵、復讐するぞ?お前の国では何の問題もなかったらしいけど、トートではパンを食べる時は一かけらずつちぎって食べる事。肉も当然かぶりついたりせず、全て切り分けて口に運ぶこと。直接口をつけるなんて食事環境を整えられない旅先の冒険者くらいしか許されないから、面倒くさがるなよ?」
「ほぇ~」
「ダメだコイツ肉に夢中で俺の話なんて何一つ入ってねぇわ」
相変わらず曇ることない瞳でチトの手さばきに見惚れる葵の姿を前に完全に諦めたチトは、それ以上の授業をやめて解体作業に集中することにした。しばらくしてこちらの様子に気付いたらしい酒場の女将が話しかけてくる。恰幅が良く、気さくな雰囲気の気が強そうな女性だ。
「あっはっは、兄ちゃんは家庭教師さんかい?とんだ世間知らずのお嬢ちゃんを連れて大変そうだねぇ!」
「…そうなんすよ、マジで。昼間も石門を抜ける時あっちこっち行きそうになってもう、本当に…」
「この子、街は初めてかい?」
「森の奥の集落の子です。相当田舎出身なんで、モラルはあるのに常識がないっていうか…。好奇心旺盛すぎて首輪でもつけておきたいくらいっすね」
「そりゃ大変だねぇ!明日の朝もウチで食べていくんだろ?少し食べやすいメニューに変えといてやるよ!」
「それは助かります…よし、できた」
「ほぉ、器用にやるもんだねぇ」
「ほら葵、一口ずつ、ちゃんと口の中を辛にしてから次を食べるんだぞ。あとお前のとこの文化、三角食べ?あれは絶対にするな。一品ずつ完食してから次に行く事。いいな?」
「はぁーい、じゃあいただきまーす!」
にっこり笑った葵は両手を合わせてからチトが言ったとおりに食べ始める。一口含んで美味しかったのか、思わずといった形で次へ伸びた匙はギリギリのところで留まりもぐもぐと葵の口が高速で咀嚼する様子は小動物観がぬぐえなかった。その様子に思わずくすりと笑ったチトは暫くその様子を眺めていたが、不思議そうに首をかしげる女将に気付いて顔を上げる。
「今のはなんだい?」
「今の…あぁ、いただきますか。これはこいつの村の食前挨拶らしいですよ。食材を生産した人、運び卸した人、調理してくれた人、そして食材そのものに感謝を込めて…みたいな意味らしくて」
「はぁ、中々粋な挨拶じゃないかい!ほら聞いたか男ども!すべてに感謝してウチの飯を食べるんだよ!!」
どうやらこちらの様子を伺っていたらしい、他の酒場の客たちが楽しそうに女将の声に合わせていただきますを口々に言い始める。その様子を見ていたチトは内心驚いていた。世間知らずで、マナーも怪しい葵の存在がこんなにあっさりと受け入れられるものなのか、と。酒場に現れてからずっと不思議そうに葵の様子を伺っていた客でさえ、葵に対して悪感情を浮かべている様子は一切ない。無邪気に肉を頬張り、口の中が空になる前にまたしても次へ匙を伸ばしかけた手を慌てて辞めて視線を泳がせる様子は到底マナーが優れているとは言えない。野蛮な山賊だってマシな筈の振る舞いである筈なのにこの空気感は一体どうなっているのだろうか。
「その子、なんだか全力って感じがして気持ちがいいわねぇ」
「全力?」
「そう、何事にも一生懸命で、全力で楽しんでいるのよ。食事ひとつもそう、マナーはもちろん優れているとは言えないけど…あんな楽しそうに食べられちゃあ文句の一つも言えないねぇ」
眩しそうに目を細めて葵を眺める女将の言葉に、ようやくチトは周囲の感情を理解する。
『———XXXちゃんはどんな時も楽しいって感情が溢れていて気持ちがいいねぇ。だから君も一緒にいて苦痛を感じないって思っているんでしょ?』
「やっぱり、似てる…」
「うん?何か言ったかい?」
「いや。俺も、多分こいつのそういうところが憎めなくて、結局面倒見ちゃってるんだろうなって思って」
「はは、アンタもこの子に惹かれちゃった口かい!」
未だに周囲の視線を集めながら幸せそうに料理を頬張る葵を横目に、チトも自分の分を小皿に取りその一かけらを口に含んだ。
「…うま」
―――
「チト君おはよーー!!」
勢いよく掛布団を引きはがされ、反射的にその場で猫のように丸く縮こまる。バサバサと深夜まで読み漁っていた本が床に落下していく音が部屋中に響き渡った。
「うぅ…あと一ヶ月…」
「あかんよ!今日は朝一番で乗り合い魔道馬車に乗って中央都市を目指すんやろ!」
「ん”ん”…」
仕方なくベッドからシーツを剥いで身に纏おうとすれば、頬を膨らませつつ杖を呼び出した葵は半強制的にベッドを重力魔法を使って横に倒した。
この杖は二人が出会って一カ月ほど経過したころに、行き場がなくて困っていたからとチトが葵に渡したものである。以前の同居人が置いて行ったものらしく、処分する気にはなれなかったとか。柄の部分は乳白色の塗装が施され、空色のリボンを絡めるように結んだ葵の背丈よりいくらか短いくらいの杖は初めて触れたはずの葵の魔力とよく馴染み、すぐに体の一部のように扱えるようになったある種の運命的なものである。余談だがチトが使う杖は全体が金色に塗装されており、上部に深紅の宝玉が埋め込まれた中々派手なデザインのものだ。
「お前…ほんとに重力操作魔法上手くなったな…」
「ふふん、今じゃ水属性魔法に次いで二番目に特異な魔法やからな!めっちゃ便利やし、魔法っぽいし。そんなんいっぱい練習するに決まってるやろ?」
ベッドから落とされたことによってようやく意識が覚醒したチトは、打ち付けた肩を摩りながらのそのそ起き上がる。ぼんやりとカーテンが開かれている窓の外に視線をやれば、朝日はとうに顔を出した後らしい。
「さて、準備して朝飯食うか」
「おー!」
軽く服の裾をはたきつつ立ち上がったチトは、楽しそうに拳を上げた葵の姿を見て小さく笑った。
「おばちゃんほんまにありがとぉなぁ。朝ごはん最初から切っといてくれたおかげで、めっちゃ食べやすかった!もちろん味もうまかったで!」
「いいのよぉ、切り分けるってのは子供たちみんな苦手だからね、あんたも子供みたいなもんでしょ?」
「あれ、複雑な気持ちになってきた」
着替えや最低限の身支度を整えて酒場に降りると、待っていたと言わんばかりに女将に席へ導かれ料理が提供された。野菜スープにブレット、分厚いベーコンと卵をしっかり焼いたものだ。糸の関に置かれたものは作ったままの姿だったが、葵の分は初めから一口サイズに切り分けられていたのである。その様子を見て途端に表情を明るくした葵が女将の方へ視線をやればウインクを返され、笑顔で感謝の言葉を述べたのは言うまでもない。昨晩よりスムーズに食事を終え、もう一度女将に感謝の言葉を告げた結果が堂々とした子ども扱いであった。
瞼を細めて微妙な表情を浮かべる葵の姿に、女将を筆頭に様子を伺っていた他の客まで笑い出したのである。穏やかで日常的な食事の時間は、そんな小さなイベントを挟みつつのんびりと過ぎていった。最後に女将に感謝と別れを告げた二人は改めて宿から出た。
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