とある記憶 25
魔法と結界が何度もぶつかり合う音が迷宮内に響き渡っている。
砂埃が上がっては風魔法によって吹き飛ばされて、一般的に強いとされている魔法使い程度では目で追う事も出来ない程の高速戦闘が繰り広げられ始めてから、実に30分以上が経過していた。
「…もぉ~、ここまで来ると消耗戦じゃん!」
非常に面倒臭そうな表情を浮かべて泣き言を漏らすXXXは、それでも決して魔人から視線を逸らすことなく杖を改めて握り直した。その瞬間でさえ、攻撃や防御の手は一切緩むことなくありとあらゆる手段を用いて地道に魔人の身を削る勢いは収まらない。XXXに飽きの様子は見られ共魔力切れや疲労は一切感じられず、一方で魔人はじわじわと決して致命傷に成る事はなくとも確実に数を増やしていく一方の傷にしびれを切らし始めたのか、放つ魔法の内容は少しずつ大雑把になりつつあった。
不意にXXXが相変わらず一定の威力と圧倒的な放出速度で何止めかも分からない魔法を放った瞬間、僅かな硬直時間を狙ったように背後に巨大な魔法陣が浮かび上がる。瞬きの間もなく瞬時に放たれたのは、殺傷能力が高い爆発系の攻撃魔法だった。大きな音を立てて周囲一帯を爆発による熱波で埋め尽くし、少し遅れて白煙が広がる。
ようやく止まる事を知らなかった攻撃の手が止まった様子に攻撃の手を止め、杖代わりだった腕を下した魔人は次の瞬間白煙が吹き飛ばされたと同時に、先程XXXの背後に作り上げた魔法陣と全く同等のものが己の背後に浮かび上がっていた事に気付いて慌てた様に結界魔法を張った。しかし、制御が甘く強度不足だった為に折角張った結界が割れる音が響き渡った。
刹那の間気を飛ばした魔人は、完全な制御を失った重力魔法によって自ら地面に叩きつけられる。その様子を上空から眺めているのは、先程爆発魔法を直接食らったはずの無傷のXXXだった。
「さっき、ソフィ君も言ってたけど…、感情的に使われた魔法は弱いんだよ?いや魔人に感情があるのかどうかは正直分からないけど…兎も角、もし今の攻撃がもっと早い段階で使われていたら素直に私も怪我をしたかもしれないけど、今の状態じゃ魔法の内容から簡単に推測できちゃうせいで目的がバレバレ」
地に足を付けた魔人が、相変わらず雑な風魔法によって周囲の土埃を吹き飛ばした。怪我によって体の重心を傾けながらも、どうにか立ち上がって一身に睨みつけるのはXXXだけだ。決して魔力を控えている訳でもないチトやソフィは、完全に意識の外にあるのだろう。今彼らが不意打ちをすれば百発百中である事は分かっていたが、外壁に背中を預けて胸の前で腕を組むチトやそもそも戦闘から身体を背けて先程XXXが張った結界魔法の解析に勤しんでいるソフィが自ら動き出すとは到底思えなかった。そんな様子に肩を竦めたXXXは、改めて魔人に向き合ってわざとらしく口角を上げる。
「…全く同じ攻撃、やり返された感想はどうかな?」
杖を一振りし、水魔法と風魔法の混合で氷の椅子を空中に作り重力魔法を用いて固定したXXXがは、足を組み膝に頬杖を突きながら問いかけた。あからさまに馬鹿にする態度をとったXXXに激情した魔人は、僅かに腕を引きずりながらも腕をXXXに向けて一心不乱に様々な攻撃魔法を連発するも、危なげなく結界によって完璧に防がれてしまった。
「ふふーん、まさに勝負あり…ってね?」
「ふむ、その通りである」
楽し気に首を傾げ、魔人に向かって杖先を向け大型の魔法陣を構築し始めたXXXは、突如背後に現れた何者かによって心臓を撃ち抜かれた。
「ぐ…っは、い、つの間に…っ!!」
「矮小なる魔人よ、世界戦争時代と実力に差異がない素晴らしい人間の魔法使いを相手によくここまでの油断を引き出して見せた。貴様をこの身に吸収する事を、褒美としてやろう」
禍々しい魔力と共に現れたのは、わざとらしく周囲を威圧しながら微笑を浮かべる”上位魔人”の男だった。XXXを貫きご丁寧に重力操作魔法で宙に浮かせたまま、地に足を付ける魔人を指先一つから発せられた黒閃によって撃ち抜きそのまま漆黒に飲み込むように吸収してしまう。抵抗の一つをする間もなく消滅した魔人は、一体何を思ったのだろうか。
「人間の魔法使いよ、お前もあれと同様に吸収して野郎。喜べ、お前は更にこの身の新たなる憑代として余すことなく利用してやる」
「っう、かはっ…!」
徐々に虚ろになっていく瞳と共に、XXXは血を吐き出し身に着けていた真っ白なローブを鮮血で染めていく。震える手からするりと抜け落ちた杖は、床に突き刺さった。酷い、そんな絶望を隠しもしない表情で最後に手を伸ばした先に居たのは、そんな一連のやり取りを無言で見届けていたチトとソフィだ。
「…ほう?エルフに、人間に擬態した同族か。とは言え今しがた新たに二つの力を吸収したこの身に対抗しうる相手ではないだろうよ」
完全に生命の灯を失って宙吊り状態のXXXの身体を、先程の魔人が包まれたものと同様の漆黒が飲み込んでいく。空中一杯を埋め尽くした闇が散った後、そこに浮かんでいたのはXXXの姿のままその顔を醜悪に染めて微笑を浮かべる上位魔人だった。
XXXから引き継いで張り続けられていた結界を解除したソフィが、退屈そうにため息を零す。これまで一連のやり取りを何の感情も写さない瞳で観察していたが、ここにきてようやく動き出すつもりになったようだ。隣で相変わらず腕を組んでいたチトも、腕を天井に向けて伸ばして大きく伸びをすると身体を起こして体重を預けていた背中を壁から離す。あくびすら零して目尻に自然と浮かんだ涙を拭ったかと思えば、結界がなくなった闘技場を改めて見回しているようだ。
「…うーん、この程度かぁ。もう少し大きな獲物が釣れるかと思って期待してたんだけどなぁ」
「餌が悪かったんじゃねーの?」
「ちょっと!なんて事いうのチト君、私結構頑張ってたの見てたよね!?」
エルフと同族の会話、そう思って何気なく聞き耳を立てていた上位魔人は、その先に続いたもう一つの声に余裕で埋め尽くされていた表情を驚愕へと変えた。当然だろう、今し方吸収し、現在進行形で自身が憑代にしている筈の魔法使いと全く同じ顔、声を持った存在が五体満足でいつの間にかその場に居合わせていたのだから。そんな上位魔人の動揺に気付いたのだろう、へらりと笑って空中へ視線をやったXXXは、とても自分が浮かべたことがないような表情を自分の顔で浮かべる魔人を物珍しそうに観察しながらも軽く手を振った。
「上位魔人さんこんにちはー、私たちの事ずっと見てたよね?一体何を見てたんだろうね」
「んな意地悪言ってやんなって。あの”複製体”じゃ、俺でも言われなきゃ流石に気づけねーから」
「ボクもちょっと…意識しなきゃ難しいかもしれないなぁ」
「まぁ自信作ですから?当然の反応だね!」
XXXの悪戯っ子の様な問いかけに直ぐに口を挟んだチトは呆れかえっている。それは、意図的に上位魔人を煽る為の物言いだった。一方でそんなチトの考えを一切理解できていないソフィは、純粋にXXXが作り出した魔法と作戦を思い返しているのか素直な感想を零していた。そんな対照的な二人の反応に満足気に笑ったXXXは、未だ困惑している上位魔人に向かって人差し指を上げた。
「ふふん、この私が直接解説してあげます!これは人体複製魔法、って言う私が百年近く掛けて作り上げた魔法陣の一つで、本来の目的は猫の手も借りたい!私が二人居ればいいのに…!って言う日常的なお悩みを解決するために作った魔法なんだよ?因みに今回は、迷宮に入る瞬間から表に出ていたのはずっと複製体の方で、私は距離を取って隠密しつつ複製体では手に回らない魔法の補助を行っていたよ。さっきまでこの闘技場を覆ってた結界魔法とかが、まさに私自身の魔法だね」
わざとらしく浮かび上がった魔法陣は、チトやソフィが凝視しても尚解読困難な状態で内容が迷路のように組み込まれていた。一つの内容を読み解くだけでも何の効果も発生していない囮の文字や共通言語以外の複雑な言語が複数組み込まれたそれを前にして、当然上位魔人も一切解読が出来ずに目を見開く事しか出来ない。
「流石に複製体ってだけあって、私の劣化版だから基本的に全体の能力値が劣ってるんだけど…。私、そこで暇そうな人外二人組には到底及ばなくても結構強い魔法使いなんだよ?この程度で満足されちゃって、残念。それに、手がかりがなかった訳じゃないんだよ?…二人とも、一度も複製体の事を名前では呼ばなかったでしょ?」
心底不満気にため息をついたXXXは、最早驚愕や困惑を通り越して呆然としている魔人に対してわざとらしく大きなため息を零した。そんなXXXにのんびりと近付いてきたのは、まさに暇そうな人外二人組である。魔人が知りたいだろう問いかけを完全に無視した彼らが口にしたのは、本質から大きく外れた問いかけだった。
「なぁ、ねこのてもかりたい…ってなんだ?」
「え?あぁ、ことわざだよ」
「ことわざ…?…あぁ、キーフ特有の言葉だったんだねぇ。少し調べたら、国内でよく使われる物事の教訓を比喩や例え話で表すことで理解する為の言葉、って出てきたよぉ」
「その通り!キーフは比喩表現とか大好きだからね。猫の手も借りたいって言うのは、まさに忙しすぎて頼りない猫ちゃんの手でもいいから貸してほしい!手伝って!…みたいな意味かな。人体複製魔法を作った理由としては他にも色々あったりするんだけど、まぁ簡単に言うとやりたい魔法陣の研究があり過ぎてどれだけ時間があっても足りないよ!誰でもいいから手伝って!みたいな使い方だね」
「成程ねぇ…面白い言葉の使い方だ。他にはどんなことわざがあるのかなぁ?」
「それも気になるけど…まずは目の前のコレをどうするかじゃねーの?」
普段と変わらないどこか騒がしい調子の雑談を始めたXXXとソフィは、話題提供者であった筈のチトが面倒くさそうに指さした先につられて視線を向けた先に浮いている存在を目視する事でようやく現状を思い出した。そう言えば、今の自分たちは上位魔人と直接対決している真っ最中だったと。一応この会話をしている間も上位魔人が放つ一定の圧の強度は変わっていなかったのだが、そこは人外種と普段から彼らと行動を共にしているXXXである。始めこそ肌にひりつく感覚が僅かとは言えあったものの、今となっては完全に慣れて忘れてしまっていた。一方の魔人はXXXが見せつけた魔法陣を少しでも解読しようと必死だったようで今もXXX達を見下ろしていながら意識の外に居るらしいので問題なかったが、もし相手の意識が完全に三人に向いていた場合激怒して複数の魔法を連射してきた事だろう。
「あれ、XXXの劣化版とは言え厄介なモン取り込んだせいで結構面倒くさいことになってるぞ?」
「今こそエトちゃんの出番じゃないのぉ?ほら、さっきやる事なくて拗ねてたしぃ!」
「お前は面倒事を押し付けたいだけだろーが…」
「でもでも、私またチト君のカッコいい所見たいな!がんばれ、やっつけちゃえー!」
「お前はお前で妙なところでガキ臭いのをなんとかしてくれ」
名案だ、と言わんばかりに嬉々としてチトに討伐を押し付けたソフィに適当な魔力弾で苛立ちを直接伝えながも、きっちり結界魔法で防がれた様子を横目に舌打ちを零そうとしたチトは続いたXXX曇り一つない無邪気な瞳と発言に頭を抱えつつため息を零す。余りにも純粋すぎる期待が籠った表情を一身に向けられて、この決定を拒むことが出来ない事を悟ったからである。結局仕方なくため息と共にソフィを睨みつけたチトは、重力操作魔法で未だ思考に必死な上位魔人の正面まで移動した。
「何故だ…貴様らは一体何なのだ…!否、あの人間はどうなっている!」
「さーね、寧ろお前は何だと思う?」
「分からぬぞ、この身に分からぬことなどこれまで何一つなかったと言うのに…!」
「ふーん?じゃあ、冥途の土産に教えてやるよ」
目の前に飛んできたチトの存在を認識しながらも、魔法を得意とする魔の者として一切理解できない魔法陣の存在に半狂乱になった上位魔人は叫ぶように疑問をぶつける。それに対して冷静に、どこまでもつまらなさそうに反応を眺めていたチトは、不意に地上で未だ瞳を輝かせるXXXからいつか教わった言葉を思い出して何気なく使ってみた。
「めいどのみやげ?」
「キーフの言葉で安心して死ぬ為に必要な思い出や事象のこと、かなぁ。まさか覚えてるとは思わなかったよ」
「……へぇ?どんな時に使ったの?」
「その話は、全部が終わった後に教えてあげる」
「そう?」
地上で何かしらの会話をしている二人。その中でも小首を傾げつつどこか怪しげな笑みを浮かべたソフィを指さしたチトは笑う。
「あっちでニヤニヤと気色悪い笑みを浮かべているエルフ、あれはこの世界で最も長寿な存在だ。通称”最古の生命体”って呼ばれていて、その身は世界樹と繋がっているらしい。何千年物時を生きる、化け物だよ。ここからは個人的な考察になるけど…恐らく世界を統べる神様と同等の権限を持ってるぜ。聞いたところで正解かどうかは教えてもらえねーから何とも言えないけど、多分沈黙が答えって奴だろうと俺は勝手に思ってる」
「……神、だと?愚かな人間共が宗教的に扱う架空の存在とは異なる捉え方らしいな」
「好きに考えればいいさ。俺だってそうしてるんだ、少なくとも俺より強くて、俺より長生きで、俺よりたくさんの事を知っているって事だけ分かれば十分事足りる。それから…お前が気になって仕方がないXXXについて、だが…」
そう言ってソフィと共に雑談をしながらも決して己から視線を逸らすことなく見上げたままのXXXを指さしたチトは、僅かに首を捻りながらも小さく頷いて言葉を続けた。先程のソフィの説明をしていた時以上にどことなく期待が籠った瞳で睨みつけてくる同族の様子に肩を竦めながらも、素直に知っている情報を並べる。
「ぶっちゃけ、アイツの事は俺も良く分かんねーんだ。確定しているのは、キーフの大賢者で人類最強の魔法使いである事。結界魔法や重力操作魔法と言った、属性を通さない魔法が得意である事。それから…すげーアホなやつ、ってところかな?」
「ちょっと!?」
「うわいった!?」
一切の殺意がないからこそ完璧な不意打ちによって放たれた、先程までの複製体でさえ圧倒的だった魔法の発動速度を更に凌駕した速度で放たれた雪玉が風魔法に乗ってチトに向かう。反応すらできず見事に背中に食らったチトは、素直に食らった痛みに悶絶するように身体を丸め込むのだった。
☆評価やブックマークで応援して頂けると励みになります。次回も是非御一読下さい。




