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48話 禁忌魔法


「し、しんでしまう…こんなの心臓が幾つあっても足らないぞ…」

「分かってた、分かっとったのに…!それでも直ぐに反応できんかった!」

「いやぁ、良い悲鳴だったよぉ二人とも!それで…ボクは一体いつになったら下ろしてもらえるんだい?」


ソフィの風魔法によって大穴から強制落下させられた二人と、自ら喜んで飛び降りた一匹は相当な時間を落ち続けた跡地面の気配を察知した葵が大慌てで重力操作魔法を使った事でどうにか生きて地に足を付けることが出来た。ヴィルは肩で息をしつつ胸を押さえ口から半分ほど魂を零しており、葵も地面に先端を軽く埋めた杖に体重をかけて倒れ込まない体勢を保つことに必死だ。一方で意図的に宙に浮かされたまま放置されていたソフィは、いつまで経っても葵が下ろしてくれるつもりはない事を察して強引に魔法の権限を自身の魔力で上書きして奪い、ようやく静かに地に足を付けた。


体勢が悪かった、と腰を摩るソフィを無視した葵は、どうにか呼吸を落ち着かせて未だ地面に座り込むヴィルの方へ視線を向けた。


「こんなん繰り返しとったらほんま、三半規管が可笑しなるわ…」

「うっぷ…きもちわるい…」

「取りあえずこれ、チト君も大満足なウチの水魔法で作った飲料水あげるから、休んどいた方がええよヴィル君」

「ありがとな…うぇ…」


息も絶え絶えな様子のヴィルに苦笑を零したソフィは、改めて自分たちが飛び込んできた遥か上空の大穴から届く僅かな光に瞼を細める。そんな中でも葵が自分の為に魔法で作ってくれた水、に本来の効能以上の回復を見せたヴィルにドン引きする葵、なんていつも通りのやり取りを目撃して一人小さく笑った。そうしてようやく現状に気付いてきょろきょろと周囲を見渡し始めた様子にどこか懐かしむような表情を浮かべて笑ったかと思えば、杖を一振りする。途端に止まっていた時が動き出したかのように、周囲一帯を取り囲むように作られた石の壁に掛けられた蒼い炎が三人を照らした。


「さぁ、二人とも見てごらん?」

「え、」

「…これは、」


目を見開く二人を横目に、深呼吸するかのように息を吸っては吐き出したソフィは今の自分に出来る最大限のいつも通りを装って、その正体を口にした。


「こちらに見えますは、中位魔人の魔力を多く取り込んでしまったが故に消滅する事無く形が残された、エトちゃんによって敗北し活動を停止したとある複製体でーす!」


明るくなった周囲でも一等輝きを放ったそれは、蒼い光に照らされてキラリと正面を輝かせている。そこにあったのは、膝に顔を埋める様に伏せて体育座りで身体を丸める、銀髪の少女を閉じ込めた結晶だった。


―――


理解の呼ばない現状に分かりやすく困惑の表情を浮かべた二人を横目に、そっと結晶の表面を掌で撫でつけたソフィは二人に背中を向ける形で結晶の中に眠る少女を見詰めながら口を開く。


「これは、ボクとエトちゃんが嘗てこの迷宮を攻略する時に、当時仲間だった人間の魔法使いが作り出した人体複製魔法っていう魔法陣で作られた複製体なんだぁ。その名の通り、実質本人と同一人物と言っても過言ではない精度を誇る、思考や会話能力、行動、好み、勿論使う魔法まで本人と酷似した完璧な人形。勿論本人には劣るけど、人間基準で言えばそれでも最高位の魔法能力を持っていたよぉ。本来の目的では身代わりだとか、それに準ずる使い道が想定されていたんだけどねぇ」


結晶の中で静かに眠る少女が、魔法で作られた人形だとはとても思えない。それ程までに生きた人間をそのまま閉じ込めたような精巧さと、何より髪の一本まで人間らしさを感じる少女だった。その顔が見れないのが残念だが、想像しなくても魔法を作り出した張本人とそっくりなまさに人間らしい顔があるのだろう。


「とある中位魔人との戦闘中に取り込まれてしまったんだぁ。本体、つまりその子本人とは全く異なる仕組みで動く魔法だから何か異常が生じる、なんてことはなかったんだけどぉ…取り込まれて魔力を吸い上げられちゃった結果凄く面倒な魔人に進化しちゃってねぇ」

「それを、チト君があの闘技場で床に大穴を開けながら討伐したって事?」

「成程…あの魔力と大穴の原因はそういう理由で残されたものだったのか」


結晶の表面を中指で弾いたソフィは、くすりと笑ってようやく振り返った。そこで二人に見せた表情は、懐かしみの感情だけでなく苦悩や後悔、困惑と言った様々な負の感情が込められている気がして、思わず息を呑んだのは葵とヴィルのどちらだったか。口を噤んだ二人を前に何を思ったのか、小さく頷いたソフィは説明を続けた。


「そんな感じだねぇ。魔人は消滅させられても、複製体は事前に組み込まれていた魔法陣で自己修復しちゃってねぇ。一度魔人に取り込まれた無機物だし、下手に刺激したらどうなるか分からなくてこの場所に封印したって訳。見ての通り本人そっくりな複製体を、自分たちで破壊しちゃうのも当時のボク達はあまりやりたくなかったって言う理由もあったりするけど」


再び結晶の表面を撫でつけたソフィは、そこまで説明をしても尚口を閉ざす二人を前に苦笑を浮かべて肩を竦めた。二人が発言しないのにはいくつか理由があった。勿論、つい先ほどソフィによって見せられた表情に色々思う所があったのは当然だ。けれども、それ以外に一つ、非常に大きな理由があった。


「……もっと、他に聞きたいことがあるって顔を揃ってしているねぇ」


二人が突如、二人でこの迷宮に連れ出された理由。葵が見られるモノだと事前に提示された情報。そして、迷宮の終着点ではなく意図的にこの場所を辿る道筋に導かれていたのだろう事実。困惑や疑問を含んだ視線を受けてそっと目を逸らしたソフィは、ゆっくりと瞼を閉じた。その裏には、何が見えているのだろうか。



「——この子の名前は”イブキ”、キーフの大賢者で、今はもうこの世にいない極普通の人間の女の子だよ。葵ちゃんには、エトちゃんの元同居人って言った方が馴染みがあるかもしれないねぇ。過去に付き合いがあった、と言っても数えて数百年あるかどうかってところだったし、結局最後まで胸の内を明かしてくれない子だったなぁ」


結晶に触れていた手のひらを弱く握ったソフィは、ゆっくりと瞼を開く。そうして葵と視線を合わせて、小首を傾げた。


「補足しておくと、少なくともボクから見て二人の間に恋愛関係があったようには見えなかったよ。彼女の最期に関しても、エトちゃんはある意味で納得できる結末を全うさせた。…間違いなく、過去の人間だ」

「イブキ、キーフの大賢者…それは、禁忌魔法を作成した罪で国を追放された、過去の英傑と称された魔法使いの事であっているのか?」


葵にとって、ソフィの補足は何の意味もなさなかった。何故ソフィが敢えてその説明を口にしたのか、過去の存在である事を強調したのか、そしてそもそも、何故ソフィが葵が”みせられている”ものの正体を知っているのか。それこそが、今葵が求めた言葉だった筈なのに。けれども、ソフィの補足を聞いてどこかで胸を撫でおろしている自分が居る事実に困惑する。そうしている間にもヴィルが小さく零した一言に、静かに頷いて結晶の方へ再び身体を向けた。


「そう、だったらしいねぇ。その辺りの話はエトちゃんの方が良く知っていると思うけど…イブキちゃんの死も、キーフの滅亡も、全ては闇に葬られた」

「大賢者イブキの死とキーフの滅亡、そしてチト君が全て一つの物語として繋がっていると?」

「流石は葵ちゃん、推理が早いなぁ。実はね、葵ちゃんとイブキちゃんは本当に良く似ているんだ。勿論二人が別人だって事は理解している筈なのに、それでもボクは…ボク達は、気付くと二人を同一視してしまう節があった。だからね、葵ちゃんと、そしてイブキちゃんとエトちゃんによって引き起こされた結末を知っても問題がなかったヴィルちゃんを連れて、この場所に来た」


ゆっくりと結晶に近づいた葵は、ソフィの横に並ぶようにその中で眠る少女を覗き込んだ。普段の無邪気な表情は鳴りを潜め、そこにいるのはどこまでも無を詰め合わせた何も映さない少女だ。長い髪を腰まで続く編み込みで束ねて、その身に纏う服装は自分が今纏っているものと瓜二つ。その先へ手を伸ばそうと僅かに表面に触れた葵の掌は、直ぐに引き戻されて行き場をなくしたままローブの裾を握りしめた。


「ボクはねぇ、ボクの為にここに来たんだよぉ。イブキちゃんはもうどこにもいないけれど、確かに存在した証がこの場所に封印されていることをずっと知っていた。エトちゃんは前にこの封印や複製体は好きにしていい、って言ったっきり話題に触れもしないからねぇ。…ボクは、今後葵ちゃんと対等に向き合っていくために、今日この場所で、そして他の誰でもない葵ちゃんの目の前でこれを消滅させようと考えた」

「っそんなの!」


ローブの裾を握っていた葵の力が強まる。シワになりそうな状況に気付いて慌てて手を離した葵は、思いのほか自分から大きな声が出たことに驚きながらも少女に固定されていた視線をソフィへ向けた。迷いと、困惑と、恐怖と、そして僅かな期待が籠った瞳。それに魅入られる様に目を見開いたソフィは、静かに続く言葉を待った。


「…そんなの、私の為にしかならないじゃん…」


勝手な問題だった。チトやソフィが、後から現れた葵と先人だったイブキの存在を同一視してしまう事も、それに悩んでいることも、葵にとっては関係のない話なのだ。直接悩みをぶつけられれば対応に困ったかもしれないが、独りでに頭を抱えている限り葵とは一切関わり合いのない話である筈だったのだ。葵は自分がチトやソフィから時折自分を通して違う誰かを見ている事に気付いていた。でも、どうでもよかった。葵は何も悪くないし、彼らだって特段悪いことをしている訳ではなかったのだから、気にしない様に、気付かない様に、そう振る舞い続けてきたというのに。それを、このエルフはあっさりと、葵が丁寧に積み立てた一種の気遣いの壁を自ら破壊しに向かってきたというのか。


「そうだよぉ。ボクは他の誰でもない葵ちゃんの為に何か行動をしたいと思った。そう思った時、ボクがイブキちゃんと言う過去の人物にいつまでも気を取られている状況は間違っていると考えた。だから、その要因を排除するべきだ」

「私と向き合うって何、私の為って何…?分かんない、全然分かんないよ…」


これまでとは大きく違う、見ていて痛々しくなるような拒絶の反応を示す葵を前に、ソフィは決して言葉を覆すことなくその全てを聞き届けていく。そうして、静かに頭に乗せた掌は振り払われる事無く、左右に動かすことを許されたようだった。否、もしかすればそこに気を回せない程に混乱しているのかもしれないが、身体を震わせて小さく戸惑いの言葉を重ねていく葵の様子を前に、ヴィルは一人眉を寄せて何もできない自分に俯くしかなかった。果たして、自分はここまでの事を葵にしてやれるのだろうかと。葵のお陰で正常に見せかけていた関係値を、自ら崩してでも先に進む勇気など持っているのだろうかと、そんな情けない悩みを抱えたまま。


「どうしてなの?どうしてソフィ君が、私にそこまでしてくれるの…?イブキは、あれはソフィ君が初めて気に入った人間だったんでしょ?なんでそんな大切な存在を切り捨ててまで、後から現れた私の為に行動しようとするの?」

「やっぱり、もうそこまで知っていたんだねぇ。…その通りだよ、あの子はボクが初めて興味を持った人間だった。でもね、人間なんだよ。人間とは、誕生と死を繰り返す輪廻の存在だ。その根本的な価値観も相まって、人間は決して過去に縋り続けるような事はしない。そんな事を呑気に続けているのは、ボク達みたいな長命種だけなんだ」


じわりと、確かに目尻に浮かんだ雫をそっと拭ったソフィは迷いを見せる瞳に向けて精一杯穏やかに笑いかけた。少しでも、自分の思いが伝わればいいと、自分の変化を感じてくれればいいと、願いを込めて向けた笑みにひくりと肩を揺らした葵の勢いが止まる。


「ボクはねぇ、根本的に価値観が合わない人間が大嫌いで、それでいて本気で憧れているんだぁ。だけど、その事実に気付けたのはイブキちゃんが居なくなってからだった。だから、彼女と瓜二つな葵ちゃんと出会った時に、今度こそ人間の真似事をしてみようと…人間に近づけるんじゃないかと、本気でそう考えたんだよ。まぁ…時間が経つにつれて絆されちゃった、って言うのが一番大きいんだけどぉ。人間の様に制限された知識の中で、人間の様に前だけを見て只管進み続けて、人間の様に想いを率直に口にする」


落ち着いた葵の様子に満足気に頷いたソフィは、小さく頷くと頭に乗せたままだった手をズラしてそっと身体をヴィルの方へ向け優しく背中を押した。それは、他の誰でもない葵にこれから続く本心を告げる瞬間の顔を見られたくなかったひそかな抵抗の末の行動である。


「———どうあがいたって、人間にはなれないバカな長命種は、君たち人間から見れば滑稽なのかなぁ?」


唯一、そのエルフが浮かべた情けなく自信の欠片もない弱々しい笑みを目撃したヴィルは、何も言えず僅かに目を見開くだけで黙り込んだ。そうして次に口を開いたのは、困惑した様子で黙り込む葵に少しでも情報を与える為だった。


「イブキ、と呼ばれたキーフの大賢者がトートとの戦争に直接関わっていた歴史を俺は知らない。ただ、一つだけハッキリしている事がある。…アオイ、数十年にも及んだトートとキーフの戦争に終止符を打ったのは、トートが誇る大賢者…チェントが動いたからだ。チトは、たった一夜でキーフによって何かしらの禁術を用いて作り出された中枢都市を包む巨大結界を破壊し尽くし、国家として滅亡させた。長期間継続されていた国家間戦争を、たった一人の大賢者が一夜で終わらせてしまった…そんな事実が国民に知られれば、始めから大賢者を戦争の矢面に立たせていれば良かったのでは、と内乱が起こりかねない。しかも、当時のチトは大賢者として戦争に酷く反対していたことは国民も皆理解していたんだ」


チトが戦争に反対していた、それは分かるようで分からない過去の行動だ。けれども、葵達が知る今のチトであれば、戦争など無関係だと一切の反応を示さないのが普通ではないだろうか、と純粋にそう感じた。それは葵とヴィルの中では一致する考えであり、唯一ソフィだけは当時の詳細を知っているからなのかどこか呆れた様に肩を竦める事しかしなかった。ソフィが呆れながらも認めた程度には、チトには戦争に反対する理由があったのかもしれない。


「何かしらの事情があったのだろうとは言え、突如戦争に参加し相手国を滅ぼして帰ってきた大賢者の存在を前にして当時のトート上層部は事実を隠蔽する事を決めた。とある、極秘で行われていた作戦によってついに敵国キーフを打ち滅ぼした…それが、トートによって作り出された偽の歴史。この真実をわざわざ、俺の口から直接語らせる事が俺を連れ出した一番の要因か。…ソフィって、案外悪趣味な奴だな」

「ふふ、問題ないでしょお?葵ちゃんは、トートの歴史と一切関係がない場所から来た人間なんだから」


ここまで説明を続けてようやくソフィの全ての言動に合点が行ったヴィルは、頭を抱えながらため息と悪態を零した。それをへらりと笑って躱したソフィは、無表情のまま完全に黙り込んでしまった葵の後ろ姿に困ったように肩を竦めるしかない。すぐにでも彼女の考え方を変えたいと思った、その為にも自分が表面上だけでなく全体的に変わる必要があった。だからこそ今日、この場所に連れ出した。


少しだけ、気を急ぎ過ぎてしまったのかもしれない。…ならば。


「…よーし、分かったよぉ。このまま葵ちゃんが、この世界で君自身の大切にできるようになるまで、元の世界には還さない事にするねぇ」

「……、は?」

「え、どういう事だ…?」


余りにも突拍子のない決定発言に、無表情を崩して慌ててソフィの方へ振り返った葵の頭を撫でて再び笑みを浮かべる。気の抜けた表情で口を開ける様子に零れた笑みは、どこまでも自然だった。


「エトちゃんは天才だし、何より経験豊富だからねぇ。既に、葵ちゃんがここに来る原因となった魔法陣に対して最初から一貫して誤認していた部分を自力で解決させてしまっている。放っておけば、その内必ず魔法陣を完成させてしまう気がするんだぁ。だから、もし無事完成した時は…ボクが全て、禁忌指定の処理をして使用不可能にしちゃうねぇ?…以前の、言語習得魔法陣の時みたいに」

「な、…っ!?」


にこりと手を顔の横に持ち上げ、指慣らしと共にその先に翠の炎を宿したソフィを前に葵は慌てて杖を振り、魔法学校に編入したばかりの頃に作り上げた言語習得の魔法陣を描く。けれども、どれだけ曖昧な時に作ったからとは言え大筋は覚えている筈だった構築内容が端からボロボロと崩れ落ちていく感覚に目を捲った。それでもどうにかこうにか完成させた、以前作り出したものよりは幾らか機能が劣る魔法陣に魔力を注げば、途端に翠の炎によって燃えてしまった。


状況を理解できないヴィルは、微笑を浮かべるソフィを前に杖を握りしめて強く睨みつける葵の構図に困惑の表情を浮かべながらも僅かに後ずさることしかできない。


辺り一帯を痛々しい沈黙が支配する中で、結晶に閉じ込められた少女だけが何も変わらず反射で煌めいていた。


☆評価やブックマークで応援して頂けると励みになります。次回も是非御一読下さい。

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