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46話 痕跡


「…なんか、時折めっちゃ壁とか床が崩れた後みたいなんがあるんやけど、これも先人たちの軌跡なん?」


葵を先頭に迷宮探索を続ける三人は、道すがら明らかに瓦礫が何者かの手によって脇に避けられ、積み上げられた通路を見かけて首を傾げていた。ソフィに問いかけてみても、どこか楽しそうな笑顔が返ってくるだけで明確な回答は得られない。小さくため息をついた葵は、後でチトを問い詰めてやろうとでも考えながら杖を片手に先を急いだ。


そんな中、ふと感じた気配に足を止める。違和感を感じたのは葵だけではなかったようだ。


「…アオイ、あの魔導人形…」

「うん、さっきまでと比べて明らかに強くなってる。多分、ここから先が下層なんやと思う。正直罠に嵌まって落ちて登ってを繰り返してたせいで正確な位置が分からんくなっとったけど、この通路に入ってから明らかに魔力感知に掛かる敵の強さが変わってきてる」

「正直、これ以上の戦闘は俺では厳しいと思う。中層辺りでも限界寸前だったからな。何より、無意識下の緊張のせいか物理的疲労もかなりキてる」

「そうやね、ヴィル君はずっと悪趣味な罠に翻弄されて魔物に集中攻撃されて変な弱体化を食らってたもんね」

「あれは絶対に可笑しいだろう。何故全て俺ばかりに向かってくるんだ?…いや待て、お前たちさては何かしていたな!?」


慌てて真意を探ろうと近付いてきたヴィルを二人そろって見えないフリで無視すれば、頭を抱えたまま誤解だと呟きながら近くで蹲ってしまった。恐らく本来あるべき迷宮攻略から大きく逸れた時短戦略で強引に階層を下っていた三人は、迷宮に入ってから半日、既に下層に辿り着いていたのだ。それまでの上層は兎も角、中層からは出てくる魔導人形の強さや罠の強度も変わりそれに伴って必要となる思考回数も増えてくる。あっけなく先人たちが撒いた罠に片っ端から突っ込んでいったヴィルは、止めなかった二人にも責任がないとはいえないものの物理的にボロボロにされており、正直一定の速度で歩く事がやっとのところまで来てしまっていた。


実際、二人があえて何も言わずヴィルが罠に嵌まる様子を見ていたことも何度かあるとは言えど、思わず首を傾げてしまう程にヴィルだけが魔導人形からの集中攻撃を食らっているのだ。何かしらヴィルが持つ魔力と迷宮そのものに因果関係があるのではないか、とソフィは勝手にヴィルを研究対象として定めつつある。もしそんな事をすれば非常に面倒なことになる事は理解しているので、実際の行動に移されることはないが。研究対象を労わる趣味はないものの、ヴィルはそれ以前に守るべき子供だとソフィの中でいつの間にか認識されていた。そんな子供がおぼつかない足取りを浮かべているのを放っておくほど、ソフィも悪いエルフではない。


「この辺りで少し休憩をしようかぁ。確か、この近くに安全地帯があった筈…あぁ、やっぱりあった」

「流石に限界だ…」

「ヴィル君大丈夫~?」

「…それなりには、ってところだな」


ソフィに案内された安全地帯に飛び込んだヴィルは、ずっと握りしめていた杖をようやく消してその場に座り込む。様子を眺めていれば、重力に身を任せて倒れ込んでしまった。五体投地で低い天井を見上げるヴィルの表情はどことなく虚ろで、葵やソフィが想像していたよりずっと我慢をしてきていたらしいことに気付く。魔法を使う事に神経を使う必要がない天性の才能を持った葵や、エルフであり長い年月を生きてきたソフィでは分からない、未知との遭遇に怯え続ける中での行動は一般人には厳しい物なのだ。とは言え、現代の一般人であれば中層以降の魔導人形と正面から一対一で戦えたりなどしない訳で、ヴィルだって立派に人から外れたところに片足が浸かっていたりするのだが。


「聖属性魔法でも使えたら、ウチがヴィル君の事少しでも楽にできたかもしれんのにね」

「ありがとう、気持ちだけ受け取っておこう」

「あの属性ははオーフの民が持つ血族固有能力だからねぇ。純粋なオーフ人であるルコちゃんなら杖一振りでヴィルちゃんを全快に出来るんだろうけどぉ…。流石に、回復系の道具は持ってきていないなぁ。もし必要になった時は帰ればいっかって思ってたからねぇ」

「聖属性魔法と言えば、チト君も少し使えるって言っとったね」

「あの子は特別だからねぇ。聖属性魔法ってこのボクでさえ使えなかった血筋だけを条件にした魔法なんだぁ。昔暫く研究していた時期もあったけど、全部無意味だって分かった時は流石にちょっと荒れたなぁ」


脱力するヴィルを見かねた葵が、せめて服装だけでもすっきりさせてやろうといつぞやに生み出していこうチトから半ば禁止令が出されていた洗濯乾燥機魔法を使えば、所々薄汚れたり糸が解れたりしていたヴィルの服装が新品同然に修繕された。途端に驚愕の表情を浮かべたヴィルと、対照的に考え込むように口を噤んだソフィに見つめられた葵は不思議そうに首を傾げる。


「…今、なんの魔道具を使ったんだ?」

「魔道具?違うよ、これはウチが作った洗濯乾燥機魔法!森の中の小屋で暇やった時に研究してた成果の一つやね!」

「少し…発想がなかった魔法陣みたいだねぇ。まさか一つの道具に対して必要な要素を複数個直接埋め込むことで発動を可能にしていた魔法陣を、片手間で発動できるまで簡略化して日常的に使用可能に使用だなんて…」

「お前、絶っっっ対に外で使うなよ?現在トート国内での雇用を守る重要な産業の一つである魔道具生産事業、その中でも洗濯乾燥機は魔道具市場の覇権を握る必須項目だ。それが誰でも自力の魔法で処理できるようになりました、なんて話になったら…」

「さらにはオマケの簡易修繕機能付き。間違いなくトート国内の産業の均衡が崩されて内部崩壊が起きかねない状況になるだろうねぇ」


普段から一定の表情を浮かべている二人から分かりやすいドン引きの表情を向けられた葵は、思い返すと学園入学前にチトに言われた時もかなり血相を抱えていたような気がして苦笑いを浮かべた。そうか、これはそこまで世界の有り方を変えかねない劇物的な魔法陣だったのか。二人が心配していたのは物理的な経済の流れだったが、その魔法陣の存在をキーフの歴史的な方面で勘違いした葵は真面目な表情を作って確かに頷いた。


―――


ヴィルの様子もかなり落ち着き、そろそろ探索を再開しようかと会話も出ていた頃の事だった。不意に広範囲の魔力感知を一瞬だけ行ってみた葵は、ふと感じた異様な魔力の流れに表情を改めた。不思議そうに首を傾げたヴィルを横目に、改めて異常を感じた方角に限定して魔力を流せば矢張り返ってくるのは不自然すぎる程の魔力の滞留地。これがもし小屋のある森林の中であれば、明らかに葵ですら対処不能な魔物が生まれかねないような、そんな次元の魔力がこの迷宮内に充満している区画があるのだ。


「…ソフィ君、この魔力って」

「流石は、優秀な魔法使いだねぇ葵ちゃんは。この距離で気付けるのは、今の時代じゃ君ひとりかもしれないよぉ?」

「なんだ、何を感知したんだ?」

「えっと、なんだろう…チト君に似た、変な魔力を感知したの。でも、チト君の魔力よりも禍々しいって言うか、ヒリヒリする鋭くて冷たい魔力。正確には、その魔力の持ち主が浸かった大規模な魔法の余波、痕跡…みたいなのが迷宮の奥に残されているみたいなんよ」

「チトらしくない魔力、って事か…」


僅かに唸ったヴィルは、チラリとソフィと視線を重ねてから直ぐにその先を、葵が指し示した方角へ向けた。ヴィルは葵の様に方向を指定したとしても自身の魔力を広げることで周囲の障害物や魔力の残骸を感知するなんて芸当は出来ないし、試そうという気もない。それでも、二人の反応を見ていれば葵の感知が間違っていない事は理解できた。思いついた可能性を前に言葉を探して黙り込んでいる間に、葵の言葉は続いていく。


「迷宮に染みついて、大気中の魔力と上手く溶け合えないまま残されてる…と言うより、意図的に置かれている感じ。確か、この迷宮に来て直ぐの時にソフィ君、過去に攻略した事があるって言ってたよね。その時のメンバーってソフィ君の他に、少なくともチト君がおったの…?」


それは、当然の結論だった。ソフィが嘗て攻略した迷宮、そして深層から感じられるチトらしき魔力。誰が推理したって、少し考えただけでその同行者にチトの存在があったことくらい気付くことが出来た。けれども、だからこそ同時に葵は内心焦りが強まっていく。この迷宮に入る直前にソフィから与えられたヒント、それは迷宮の奥底で見られるだろう”主人公”の存在。そこにチトが間違いなく関わっているとすれば、それは。止まらない思考を遮る様に、ソフィの無慈悲な回答が告げられる。


「…正解、その通りだよ。今葵ちゃんが感知した魔力は、過去にボクたちがこの迷宮を攻略する中で戦闘行為を行った時の名残だねぇ。因みに、罠が発動した後だったり、崩されて整備された瓦礫跡とかを作ったのも割と殆どボク達だったりするんだけどぉ…まぁ、それは今は関係ないかなぁ」


ただの夢だと、思っていたのに。それが現実で起きた出来事だったのだとすれば。


「エトちゃんの魔力が残っている理由を、折角だから直接確認しに行ってみようかぁ」

「今のソフィ確実に聞き捨てならない事を言っていたよな…?罠が発動した跡を残した犯人が誰なのか、異様に分かる気がする。お前一体いつからそんなんだったんだよ…」

「ヴィルちゃん、そろそろいくよぉ」

「う、うむ。…俺は、このままエルフに流されていていいのだろうか…???」


ヴィルの混乱した呟きはソフィによって黙殺され、そんなやり取りに口を挟む余裕すらない葵は無言で先頭を歩き出したソフィの後ろに続いて歩き出した。


ーーー


「…うわぁ、ここまで近付けば俺でも感知できるぞ。何だこの世界の終わりを示したような戦闘跡は、明らかに人間同士の戦いで出来た跡ではないな」

「流石迷宮、ファンタジー…。下層にこんな広い闘技場があるなんて、しかも悪趣味な」

「いやぁ、これはボクが魔法で作ったんだよねぇ」


「「えっ」」


「なんかこう…壁をぶち抜いてぇ、良い感じに円形の闘技場を作りたいなぁって思ってぇ?結構お気に入りなんだよぉ、この壁の質感とか、本物みたいじゃなぁい?」


得意げに笑ったソフィから全力で視線を逸らした二人は、目の前に広がる光景を前に無意識で杖を構えた。いかにも、と言った風貌の巨大な岩で作られた円形闘技場は、無駄に広い客席や中心部に続くどこに繋がっているのか分からない入場口まで無駄に再現されている。けれどもそれ以上に目を見張るのは、中央に大きくあけられた大穴だ。そこが一切見えず深淵をチラつかせた穴は、どこまでも続いており思わず適当な石ころを拾った葵が中に向けて放り込んだもののいつまで経っても返しの音が聞こえてくることはなかった。


顔を見合わせて遠目でその穴を覗き込んだ二人は、杖をしっかりと握りしめてから改めて全貌を確認する。


「確かに、チトの魔力が滞留しているな」

「恐らくは周囲に結界魔法を張って、外に攻撃が飛んで外壁が崩れないように考慮されとったんやと思う。抉れとるのは床だけや。そして、中心部に明けられた巨大な穴を見るに…チト君と戦闘を行った相手は、地面をぶち抜いて奈落に叩き落されることで敗北した、ってところかな…?」

「空いた穴以外一切崩落の様子が見えない辺り、当初は地面に結界が張られていなかったんだろうな」


軽く地面を撫でて厚みを確認した二人は、残された魔力と痕跡を元に如何に人外染みた戦闘が行われたのだろうかと無意識で背筋を伸ばす。普段のどこかだらしなくて、頼りないのに頼りがいがある、そんなチトからかけ離れた内容が繰り広げられていたのだろう、と言う事だけを現状が証明してくれていた。


「うぅ…あかん、チト君の魔力が濃すぎて当時戦闘に使用された魔法とか、この場に居合わせた相手の気配もよう分らんくなっとる。…と、ところでソフィ君?」

「……何かなぁ?」


不意に、とある最悪の可能性に気付いてしまった葵が顔を真っ青にしながらソフィの名前を呼ぶ、慌てて杖を握り直して身体を小さく丸めた様子に不思議そうに首を傾げたヴィルは、完全に油断しきっている。普段と変わらない楽しそうな笑みと共に返されたゆるやかな返答に小さく深呼吸で構えた葵は、意を決して浮かんだ可能性を問いかけた。


「うちらが次に進む道って…もしかして、この大穴の下…やったりする?」

「は?」

「……せーかい♡」


心底愉快そうな笑い声と共に、葵とヴィルは背後から風魔法によって強制的に身体を押し出されて大穴の底へと落ちていった。



「っもぉいややあああぁああああああ!!!」

「なんでなんだよぉおおおおおおおおっ!!」

「いっくぞぉ~~!!!」


元気いっぱい、迷宮内に本日何度目かも分からない悲鳴が響き渡った。


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