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45話 寄り道


「ヴィル君って、ルシエちゃんとめっちゃ仲良いよなぁ。二人が一緒にいる時が一番自然体な気がする。やっぱ二人って、幼馴染なん?」

「元婚約者、現護衛って感じだな。確かに付き合いは長い」

「えっ」


探索を続けていつの間にか数時間、時に満面の笑みを浮かべたソフィの手によって罠に掛かり、時に骸骨型の魔力人形と遭遇しぎゃあぎゃあと大騒ぎ、時に意図せぬ罠に掛かってパニックになりながらも一行は迷宮を進んでいた。そんな中で話題を探した葵がふと思いついた疑問を、そのままヴィルにぶつけたのだ。首を傾げたヴィルの何でもない返しに気まずくなって動きを止めた葵など気にすることなく、そのまま言葉を続ける。


「俺とルシエが初めて出会ったのは、物心がついたばかりの頃なんだ。当時俺の婚約者候補の一人として俺の前に連れてこられたのがアイツだったんだが…他の子供達が俺の気を引こうと必死になる中で、アイツ一人だけがずっと興味なさそうに茶菓子を頬張っていたんだ。視線の先はずっと紅茶の水面に向けられていたし、顔を合わせる回数が片手で数えられなくなる位までは一度も目線があった事はなかったぞ」

「へー…なんか、意外と想像できる、かも?」

「その婚約者候補を決める会は何度も行われていたんだが、当時の俺は中々曲がっていてな。下心をもって近づいてくる子供一人一人を調べ上げて、片っ端から意図を論破して泣かせていたんだ。それで、次からその子供は会に参加しなくなる、なんて流れを繰り返したところ、最後に残ったのがルシエだった訳だ。そんな面白いやつ、喜んで婚約者候補筆頭にするって宣言した時のルシエの顔ときたら…ふはっ、本当に愉快極まりなかったぞ」


淡々と過去を並べていただけだったヴィルの表情が、緩んだ。普段冷静さを示すような無表情が多いヴィルが、ここまで普通の同世代と変わらない無邪気な表情を浮かべた瞬間を葵は初めて見た。宝物を見詰めるような、それでいてどこか面白がるように細められた瞼を前に、葵は何も言わずにその話を聞く事を選ぶ。そんな葵の反応をちらりと確認したヴィルは、軽く足を止めて近くの壁にもたれかかってからゆっくりと話し始めた。


「当時は俺と婚約者になりたくない奴なんか存在しないって本気で思ってたからな、アイツは面倒な男を引っかけてしまったものだと今でも思っているぞ。ある意味で完全に心を奪われてしまった俺は、いつからか自分から話しかけるようになっていたんだ―――」



―――


「…ねぇ、エアフォルシェン嬢。今日も会話をしてくれないのかい?」

「…」

「それとも、早く帰りたい?」

「…」

「うーん…返して上げられたらいいんだけど、時間が決められてしまっているからなぁ。あ、そうだ!書庫に興味はないかい?あの場所なら、君が楽しめる本があるかもしれないよ」

「本……」


ずっと無表情と無言を続けていたルシエは、自らの意見を名案だと手を叩いて喜んだヴィルが勢いよく立ち上がった様子に肩を跳ね上げた。そんな振る舞いが、王族である自分に対して無礼な態度をとっているにもかかわらず小動物の様な反応に見えて可笑しくてたまらない。唯一小さな反応が返ってきた本、の言葉に味を占めたヴィルは、迷わずルシエの手を引いて駆けだした。


「…なんで、あなたがルシエのために動くの?」

「そうしたいと思ったから、かな?それに俺たちはもう婚約者だ。あなた、って呼び方は止めようか。あぁ、様や敬語も遠慮してほしいんだけど?」

「分かり…分かった、ヴィール」

「うん。よろしくね、ルシエ」


警戒心が強い猫の様で、決められてしまえばあっさり従ってしまう幼さ。それにヴィルがどれほど胸を擽られたかなど、彼女は知らないだろうし知る必要もない。


ルシエ、エアフォルシェン令嬢は、トートに古くから使える魔導侯爵家の次女である。その称号に恥じない圧倒的な魔法技術を持った一族で、当時まだ幼いながらも才覚を示し将来を期待されていたのが彼女だ。深い紫色の髪を腰まで揺らしアメジストカラーの瞳を目元に収めた容姿はまるで人形の様に美しく、控えめで人見知りな性格も相まって深淵の魔導姫と社交界では呼ばれているらしい。ヴィルよりも年下である少女は、王宮で暮らす中で身に着けた万人受けする完璧であった筈のヴィルが作り出した仮面を意図も容易く見抜いていた。それは、彼女自身も周囲から顔色を窺われ乞われて生活を送ってきたからであり、同時に家の中で一人前に近しい魔法使いとして扱われていたからでもあった。彼女はどこまでも大人びていたのだ。何も言わず周囲を観察し、安全か否かを判断する。まさしく、小動物の様な生き方をしながらその正体は大人顔負けの魔法を操る猛獣。それがルシエだった。


始めは自分に惹かれない少女だったから、それがいつの間にか彼女を年相応にさせたいと、何より自分の一挙手一投足で表情を変えてやりたいと感じるようになったのはいつからなのだろうか。どことなく兄妹の様な、それでいて家族では収まりきらない感情をヴィルはルシエに向けていたのだ。


「ヴィール、本…たくさんで、すごい!」

「本当かい?そう言ってもらえると嬉しいよ。…そうだ、婚約者とは言えど、俺達の関係性はまだ始まったばかりだからね。よければ最初は友達から始めないかい?」

「ともだち…」

「そう。不都合があるなら忘れて欲しい」


ルシエは、友達の一言に僅かに顔を顰めた。その意図が分からなかったヴィルは、慌てた様に自らの発言を訂正したのだ。けれども、返ってきたのは拒絶の言葉ではなかった。


「ともだちは、うそをつかないよ」

「…うそ?」

「ヴィール、ずっと演技してる。ともだち相手に、演技はしない」

「そう…、なのか、」


思えば、ヴィルはこれまで無意識で周囲が望むままに行動し自ら自我を出すことをしなかった。それは、第二王子というスペアの身分で余計ないさかいを起こしたくなかったこともあるが、スペアであるからこそ自分が周囲からある程度認められる存在でなければいざという時に大変だろうという漠然とした不安があったからなのかもしれない。けれども、ルシエのその一言を受けた瞬間ヴィルは考えを改めた。別に第二王子と言う立場に拘る必要はないのではないだろうかと。寧ろ、そんな立場に就けばこの目の前の小動物が消えてしまうのではないだろうかと。それならば、こんな仮面捨ててしまおう。そう、思ったのだ。僅かに残っていた自我はヴィルにそう結論を導かせて、満足そうにしていたような気がする。


「…そうか。ならば改めて、ヴィールだ。よろしく頼む」


これまでと随分と様子が変わったヴィルの様子に僅かに息を呑んだルシエは、それでも少しして小さく肩の力を抜くと初めて見せる野花が咲いたような控えめな笑みを見せた。


「ん、よろしく。…ヴィール。そっちの方が、ルシエはすき」

「俺も…そうやって笑うお前が好きだぞ」

「……ばか」

「何故だ…」


結局その日は予定の時間が大きく過ぎるまで書庫で喋り尽くして、仲良く二人で叱られてしまった。けれどもヴィルは人生で初めて周囲の大人に叱られたその日の事を永遠に忘れることはないだろう。これが、ヴィルが意図的に記憶に留めておきたい思った、最初の記憶。


―――


「———それからまぁ、色々あって今の護衛という立場に勝手に落ち着いたつもりでいるようだが…。アイツは今更逃げられるとでも思っているのだろうか?」


苦笑を零したヴィルは、最後の最後に見た事のない王子様染みた笑みを浮かべて小首を傾げた。寒気がした葵が一歩後ずさった事には恐らく気付かれていないだろう。


「後から話を聞けば、元々興味のない婚約者候補として俺のご機嫌取りをするよう指示されて仕方なく出向けば、そこに居たのは仮面を被って他の同世代の子供達をボコボコにする上っ面なクソガキ。元々なかった興味を完全に失って美味しいお菓子の為だけに足を運んでいたらいつの間にか周りに誰も居なくなって婚約が決まっていたから心底驚いたとかなんとか。急に変貌したせいで流されてしまったんだ、とも言っていたな。よく考えれば、あの時近くに他の大人が居なくて本当に良かったと思う。もしいれば間違いなく俺の言動は止められていたし、不敬罪がどうのって話で大変なことになっていたと思うからな」


肩を竦めたヴィルの表情は、いつの間にか普段通りの無表情に戻っていた。ヴィルという人間は、ルシエの為ならばどんな表情だって作れるのだろう。それは意識的な物もあれば、無意識的なものまで本当に何でも。皆から求められるスぺアという立場を離れたヴィルが唯一執着し、尚且つそのきっかけともなったのがルシエ。ヴィルならばルシエを不幸にすることは決してないのだろうが、果たしてこの男と一緒になる事が幸福であるのかは甚だ疑問である。けれども、言動の節々からこの男と対決すれば必ず面倒なことになると透けていた。ルシエの為に立場すら平気で捨てられる男、勿論意図的にルシエを傷付ける予定などどこにもないが、果たして二人の関係性を黙って見ていることが正解なのだろうか。こればかりは、ルシエからヴィルに向かっている感情を正しく知る必要がありそうだ。知りたい趣味はないのだが、ルシエの未来が本気でかかっているようなので。


何も言わない葵に何を思ったのか、どこか焦った様子のヴィルは一歩葵に近づいた。それに連動するように一歩足を引けば、分かりやすく悲しそうな表情をされる。そう、ヴィルはこうなのだ。この男からルシエに向けられる感情は今完全に理解した、いや出来てないと思うし出来ていないで欲しいとも思うが、一応。けれどもヴィルは、葵に対しても異様に高い高感度を持っているのだ。それは断じて恋愛とは違う、摩訶不思議な。


「と、兎に角俺とルシエの出会いはこんな感じだ。普段から言い合いが多いしからかわれているんだろうと思われることもあるが、あれでアイツはしっかり弁えている。本当にいいやつなんだ、ルシエは」

「それは…そう、やろうね」

「だが俺はアオイの事も大切に思っているぞ?」

「いや、それがずっと解せんのやけど。ヴィル君って最初からウチに対する好感度異様に高ない?心当たり全くないんやけど…」

「それはぁ…その、だなぁ…」


葵の問いかけに分かりやすく口ごもったヴィルは、視線をさ迷わせる。言いたいことははっきり言え、と言いたげに軽く睨みつければ、両手で降参のポーズをとったヴィルが背中を向けてきた。


「言っちゃえばいいと思うよぉ?ボクだって、ヴィルちゃんが葵ちゃんに絡んでるところは流石に気持ち悪いなぁって思ってたしぃ」

「酷い事を言うな!?いや、だがしかし、その…」


口を挟んだのは、これまでずっと二人の様子を眺めていたソフィだった。突然の存在感にのけぞった葵を見て意味深な笑みを浮かべたソフィは、慌てるヴィルを重力魔法で宙に浮かせてから言い放った。


「ヴィルちゃん、葵ちゃんの顔が好みなんだってぇ。お気に入りの小動物と好みの顔が仲良くしてる所見たら、気も緩んじゃうものでしょお?」

「……きっっっっっっっしょ」

「いや語弊がある、寧ろ語弊しかないぞその言い方は!!ルシエと並んだ時にルシエをさらに引き立てそうだと考えていた顔を持った少女が図ったようにルシエの隣に現れたんだぞ!?そりゃあ喜ばしいに決まっている!誇れアオイ、お前はルシエを一層際立たせる逸材だ!!」

「しねばいいのに」

「ちがああああう!!俺はそんな事を言いたかったわけでは、いや、まぎれもなく事実ではあるんだが!!それに今は違うぞ、俺はお前の有り方や性格を心から好ましいと思っていて、ってうぉ、うわぁああああっ!!?!?」


にこりと微笑んだソフィが、葵の気持ちを代弁するように重力魔法で持ち上げたままだったヴィルを近くのハズレ落とし穴の先に合った針山に放り込んだ。遠ざかる悲鳴を横目にため息をついた葵は、それでも理由が分からなかった好感度の高さに最低限の理由があった事に安心した自分がいる事実に呆れた笑いを零す。


「なんだかんだで、羨ましいよ。あんな風に誰かを思えるヴィル君も、思ってもらえるルシエちゃんも」

「これから葵ちゃんもなっていけばいいんじゃないかなぁ?ヴィルちゃんに関しては無条件で受け入れられているみたいだしぃ」

「ソフィ君、君はアレを私に受け入れろと?」


「アレは流石にちょっと…。…、…でも、皆と本音で向き合える関係になっていって欲しいとは、本気で思ってるんだよぉ」



未だに悲鳴を上げながら、凄い勢いで罠から引っ張り出されたヴィルが近くの地面に転がる様子を膝に頬杖をついて笑う葵を横目に、どこか寂しそうな笑みを浮かべたソフィは天井を見上げて息を吐いた。



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