とある記憶 22
「ねぇもう本当に嫌なんだけどぉおおおお!!!」
「そっか、このやり方って普通じゃないだっけ」
「えぇ~楽しいよぉ?罠ってその時代の人間性を知れる気がしてワクワクするしぃ!」
杖を両手で握りしめて半泣きで走るXXX、普段と変わらない涼しい表情を浮かべて片手に杖を、反対の腕でソフィの脇腹を抱えて走るチト。そして、重力操作魔法を用いて片っ端から罠を発動させては爆笑しているソフィ。迷宮攻略を初めて早数時間、始めは期待と興奮に満ち溢れていたXXXは、今では早く帰りたい気持ちでいっぱいになっていた。
「ワクワクなんかする訳ないでしょ!どんな発想に到れば片っ端から罠を発動させて魔法陣を観察しようなんて馬鹿な迷宮攻略を日常に出来るの!!別に罠発動させなくても魔法陣の確認方法はいくらでもあるじゃん!」
「確かに、魔法陣を確認するだけならわざわざ発動させる理由はなかったな。…お、壁が丈夫そうなところまで来たな、はい爆破っと」
「あぁ~ん、もうちょっとこの長期的な保管魔法が施された殺意高めの巨大岩の耐久値について調べたかったんだけどなぁ」
「やめなさい!!」
チトによって片手間で破壊されたのは、迷宮で定番の罠とされる巨大な球体に加工された岩が押しつぶす様に転がってくるまさに岩そのものだった。散っていった欠片に思いを馳せるソフィを化け物でも見るようなドン引きの視線で見詰めながら、XXXは一体どうしてこうなったんだっけと迷宮に入ってすぐの事を思い出していた。
待望の迷宮攻略が始まった事に上機嫌だった葵は、開始早々ソフィに言われるがまま求められた壁に魔力を注ぐことになった。特に何も考えず言われたとおりにした結果、勢いよく天井から毒が塗り込まれた弓矢が大量に降り注いできたのである。驚いて走馬灯のように弓矢を見上げて固まってしまったXXXと、興味深そうに両手を広げて弓矢が降ってくる範囲を計測していたソフィを守る様に慣れた手つきで結界を張ったのがチトだた。慌てて我に返ってチトに詰め寄ったものの、いつもの事だと当然の様に流されてしまった時点で疑問符は浮かびつつあったのだ。
道を進むたびに明らかに危険な気配が漂う壁を宝のありかかもしれないと魔力を注ぐよう指示してきた利、不自然な床をスキップで踏みつけたりとそれはもうやりたい放題。その度にXXXの魔力が一方的に吸われて多種多様な罠が発動した。数を重ねることでようやく反射的に結界魔法を張れるようになったXXXは、無駄な技術が身についてしまった事実を嘆きながらも息を荒げてソフィに抗議の声を上げたところである。残念ながらどこ吹く風のソフィと、どれだけ頼んでもいつもの事だからと真剣に聞き入れてくれないチトを前に精神的、物理的両方の意味で疲労がピークに達したXXXはついにその場に座り込んだ。
「もぉ~…これが私が憧れていた迷宮攻略なの…?変な縛りとか設けてないんだよね?」
「あははぁ、そう言えば昔他の冒険者たちと仕方なくパーティーを組んでどこかの迷宮攻略をした時も似たような反応をされた気がするよぉ。あの時以来だよねぇ、エトちゃんが罠から逃げる時にボクの事も運んでくれるようになったのってぇ」
爆散させた岩の欠片を避ける様に少し道を進んだ三人は、セーフティーエリアと呼ばれる安全地帯を見付けた為少し休憩する事にしたのだ。見るからに疲労困憊な様子のXXXとは違い、へらへらと笑うソフィと不思議そうに首を傾げるは二人そろって酷く大層憎たらしい。肩で息をしながらもXXXが睨みつけたが、碌な反応は得られず諦めて息を整えることに意識を集中させた。
「そんなに疲れるなら、お前も俺が運んでやろうか?」
「余計なお世話過ぎるんですけど!?ってか、なんでチト君がわざわざソフィ君を運んでるの?」
「あー、それはな。コイツって、発動した罠の魔法陣や実際の中身をしっかり見ようとその場に立ち止まるだろ?別に放っておいても無傷で勝手に戻ってくるんだけど、傍から見れば毎度罠に掛かって死んだように見えるらしいからさ。心臓に悪いって当時一緒に居た冒険者たちに滅茶苦茶怒られたんだよな」
「…うわぁ」
一瞬でその光景が頭に浮かんだXXXは、諦め交じりのドン引きした声を上げる事しか出来なかった。そんな素振りにまたしても不思議そうにしたチトは、結局深く突っ込むことはせずに結論を告げる。
「その時、確かにいつ戻ってくるのか分かんねーのは面倒だし、それならまぁ抱えて走った方が楽かなーって思ったんだよな」
「もう子ども扱いじゃん…!ソフィ君ってこの中で一番年上なんでしょ?それならもっとちゃんとして!チト君もいつまでも甘やかさない、そこは注意するところで!」
「えぇ?別に甘やかしてはいないだろ、効率化だよ効率化」
「そうだそうだぁ。それに、迷宮の罠は発動した先に面白い者が眠ってる事だってあるんだぞぉ」
「極稀に、でしょ!せめて攻略済みの迷宮でやってよね、全く…」
XXXの説教に興味がないのかどこからともなく取り出した魔導書を読みだしたチトに、白紙を取り出して先程の岩罠で確認した魔法陣を描きだして楽しそうにしているソフィ。完全に自由過ぎる二人を前に、本来ならば比較的非常識人枠にいがちな自覚があるXXXは、唯一の常識枠として盛大な溜息をつく事になった。暫くはどうせ行っても聞かないだろうと休憩がてら様子を眺めていたXXXだったが、いつまで経ってもそこから動き出す気配を感じない様子に呆れて肩を落とす。わざとらしく手を叩いて意識を強制的に集中させたXXXは、僅かな苛立ちを隠さずに口を開いた。
「はいはい、こんなんじゃ一生掛かっても攻略が進まないでしょ。そろそろ行くよ?」
「えー、どうせ俺達以外今この迷宮に潜ってる奴はいねーんだし、少しくらいいいだろ?時間はいくらでもあるんだから」
「いくらも白子もないよ!私はこの迷宮攻略が終わったらキーフに戻る予定なんだからね?」
「それは行ってらっしゃいって感じだけどぉ?」
XXXの言葉に適当に返してくる二人を前に、子供の反抗期ってこんな感じなのかななどと一瞬でも思ったXXXは慌てて首を振ってその考えを捨てる。目の前にいるのは間違いなく自分より百年単位を超えて年上の人外達なのだから。腹が立ったことを隠さず二人から本と紙を取り上げたXXXは、あまり自分の口から言い出したくなかった言葉を僅かに躊躇しながらも零した。
「それに…私は、人間だよ。あの小屋を出れば、何処にでもいる魔法が人より得意なだけの人間」
始めはXXXから手元のものを取り上げられたことに不満そうだった二人は、思わず顔を見合わせてから改めて一人困ったように笑うXXXの姿を見直した。小屋に居た頃よりも幾らか伸びた髪、どこか本を持つ手元の爪も普段の彼女とは違って良く伸びている。ずっと行動を共にしていたからこそ決定打は浮かばないが、それでも確かに彼女は小屋に居た頃とその容姿を僅かでも変えていたことにようやく気付いたのだ。
「…そう言えば、髪かなり伸びたねぇ。長い髪も良く似合ってると思うよぉ」
「ありがとう。爪も、面倒だけどそろそろ磨かないといけないんだよなー」
親指の腹で指の先を軽く撫でたXXXは、苦笑を浮かべてその手を背中に隠した。そんな様子をどこかぼんやりと見詰めていたチトの口から、思わずなのか意図的なのか、それでも確かな感想が零れる。
「……そっか。XXXは、ちゃんと時間が進むんだな」
「え?チト君だって、ソフィ君だって、時間は全ての存在に平等に存在するでしょ?」
「いや。この身体は、もう千年以上止まったままなんだよ。そこのエルフとはまた違うんだ。魔法で姿を帰る事は出来ても、根本的な変化は一切起きない。髪の長さも、爪も……怪我だってな。そういう呪いを受けてるんだ」
「のろい…?」
嘆くわけではない、悲しむわけでもない。淡々と、静かに響いたチトの告白にXXXは思わず口を閉ざす。ちらりと視線だけをソフィに向けるも、意図の読めない微笑で流されてしまった。小さく固唾を呑んだXXXは、生まれてしまった重たい空気を振り払うように勢いよく立ち上がってチトの正面に立った。突然の奇行に驚いたチトがXXXを見上げる。そんな様子にくすりと笑って、XXXは誓った。
「じゃあ、キーフに戻って…ふふ、戦争を止めて、また小屋に帰ってきたら次はチト君の呪いを解く方法を考えるよ!勿論、一緒にね?力を合わせて呪いを解いて、それから改めて私と一緒に小屋を出て冒険するの!そうすれば、二人で一緒に時間を進められるようになるでしょ?」
仄暗い迷宮を照らすのは、永遠に消えることはないとされている蒼い炎。チトに向けて真っすぐに手を差し伸べたXXXの輪郭を照らす様に、不意に灯りを強くした。まるで、眩しい後光が背後から差し込んでいるような錯覚を見る。瞳を瞬いたチトは、思わず何かを考える余裕すらなくその手を掴んだ。
「……え、ボクはぁ?」
「??ソフィ君は一人でも平気でしょ??」
「うーんこの…なんて言ったらいいんだろうねぇ…」
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