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43話 冒険開始


「おかえり。キーフはどうだった?」

「素晴らしい景色を見る事が出来ました…!」

「研究的にも大前進」

「実に身の有る時間だったな」

「せやね、色々知るいい機会になったで!」


立ち入るのには異様に時間が掛かったキーフだったが、出る時は一瞬だった。早く帰ってほしい、とでも言いたげな視線を受けながらキーフを離れた一行は、その足でチトが待つ小屋へ向かう。迎えてくれたチトが手早く紅茶を淹れる為に杖を振ろうとした動作を制止した葵は、手土産に渡された緑茶を手作業で作り始めた。意図を察したチトはそれ以上口出しすることもなく、一同を席に座らせて自分も席に着いたところで会話が始まったのだ。


子供たちの反応に目を丸くしたチトは、直ぐにソフィの方へ視線を移す。こくりと頷いたソフィは、葵が用意した緑茶に口を付けて僅かに感嘆の息を漏らしながらも説明を始めた。


「最初は想定通り門前払いって感じだったんだけどねぇ…。葵ちゃんが器用に立ち回ってくれたおかげで、最終的にはキーフ領内でも農業を営む者が集まる場所まで行けたんだぁ。彼らが主食とする米を作る水田地域も見学したよぉ、中々素晴らしい景色だったねぇ」

「へぇ…やるじゃんアオイ。キーフ人って基本何考えてるのか分かんねーし、勝手に結論を作って相手を推し量る変な奴らの集まりだからな。相当頑張ったんじゃねーの?」


同じように緑茶に口を付けたヴィルは味わうように目を瞑り、ルシエは舌に会わなかったのか苦そうに顔を顰めた。オルコスは飲めるものの甘味が欲しくなったらしく、机の端に常備されていた角砂糖を茶器に放り込んでいる。三者三葉の反応だなぁと静かに緑茶を啜っていた葵は、突然チトに話題を振られて思わず肩を跳ね上げた。それをどう受け取ったのか、くすりと笑ったチトに頭を撫でられて葵の脳内は混乱する。それでもどうにか立ち直れたのは、その場にチト以外の他の者たちが居合わせていたからなのかもしれない。


「お疲れさん、アオイ」

「ぁ…ふ、ふふん、まぁ?今回の訪問が上手くいったのは明らかにウチのお陰やったからね!ファインプレーってヤツ!」

「ふぁい…なんだ?それ」

「あ~、咄嗟で出た見事な技、って事!そんなことよりウチ、キーフでこの辺じゃ珍しい食材とか調味料を沢山買ってきたんよ!今日の晩御飯から楽しみにしとってな?腕によりをかけて作ったるから!」


多少の強引な話題転換はそこまで怪しまれることはなく、内心ほっと息を吐いた葵は杖を振ってキーフで購入してきた大量の白米や調味料、加工品などを机の上に呼び出した。この世界には存在しないのだろうかと諦めていた醤油や味噌までもが並ぶ壮観に口角を上げた葵を見たチトは、吹き出した。それから机に頬杖をついて、上目遣いに笑う。


「…へー、いいじゃん。俺アオイの料理好きだよ?温かくて、優しい味がする気がするから。すげー楽しみにしとく」


偶然にも夕陽が差し込んだ小屋の中で、その瞬間葵は世界に自分とチトしか存在しないような錯覚を受けた。何の忖度もなく、自然と零れたのだろうその一言にぴたりと動きを止めた葵を、チトは不思議そうに覗き込む。咄嗟に立ち上がってお代わりを用意するべくキッチンの方へ向かう葵の耳は、ほんのり赤く染まっていた。


「…アオイ?」

「お代わり作るの!…っそれに?まぁ、天下の葵ちゃんですから?当然の感想ですよねーって感じだし??ほな、誠心誠意努力させてもらいますけども??」


ぎこちない動きでやかんに触れた葵はその取っ手が想定よりも熱かったらしく慌てた様に手を離した。逆ギレしたのか勢いよく無詠唱で水魔法をぶつけている。それから折角温度が上がっていたお湯が冷めてしまったことに気付いて深いため息。僅かに上がった口角を、両手で頬を叩く事で強引に落ち着かせる。そして、その痛みに小さく呻き声を上げて。


「…何やってんの、アイツ」


その理由が一切分からないチトは、呆れた様に瞼を細めてヴィル達に視線をやった。そして、視線の先の彼らがどこか口角を緩めてにんまりと自分たちを見ていたことに気付いて怪訝な表情を浮かべる。


「何、なんなの?」

「…見せつけてくれるな、と思ったまでだ」

「チト、女の敵」

「見ているこっちの方が恥ずかしくなってしまいましたよ?全くですね…」


呆れた様に肩を竦めた三人は、その後チトがいかに問い詰めてもやれやれ、といった反応以外を示すことはなかった。それもまた、葵の意図的なのか偶然なのか手を滑らせて飛んできた熱々のお茶を大慌てで防ぐ小さな騒動に飲まれて忘れられてしまったが。



「……エトちゃんは変わった。他の子たちだって、葵ちゃんだって。…ボクも、進まなくちゃ」



そんな裏で、静かに決意を固めるエルフの存在には誰も気づかなかった。



―――


翌日の早朝、何の前触れもなくチトと葵が暮らす小屋にソフィが現れた。そろそろ自力の開発も視野に入れなければならないのだろうか、それはなんてテンプレ異世界転移ものなんだ、なんて事を考えていた調味料たちが想定外の手段で入手に到った葵がご機嫌で作り上げた朝食は、明らかに気合が入っている。ほかほかに炊きあげられた白米に始まり出汁の良く効いた味噌汁、しっかり味の染みた煮物に干物の焼き魚。最後に根菜の漬物が添えられた日本人なら誰もが焦がれる理想の朝食が並べられた食卓で、素直に目を輝かせたチトは異文化を味わった。


一言も発することなくおかずに手を付けるチトを呼び留めて、この場でだけは米とおかずを交互に食べて欲しいと頼んだ葵の意見は思いのほかすんなり受け入れられた。始めは困惑交じりだった一口が、全てのおかずが白米と見事に適合した味付けになっていたことに気付いたからである。ただでさえ繊細で見た目も美しい料理たちが、白米と共に口に含むと恐ろしい程の進化を遂げる。余りの感動を前に、異文化マナーでありこの世界では行儀が悪いと言われていた三角食べはあっさりチトの中で納得へ変わったのだ。確かにこんな料理を味わうのならば、葵の食事法も納得できるものであると頷いたチトは口角を緩ませながら味噌汁を静かに啜った。


そんな絶品料理が空になっていく様をチトの正面に座り頬杖をついて眺めていた葵は、不意にそれに気付いたチトに食わないのか、と聞かれたことでようやく食事を始めた。チトが完食し葵も満腹、と言ったタイミングで現れたのがソフィだ。ぬるっと葵の身体を抱き上げ、誰の意見を聞くまでもなく転移魔法で連れ去ったのである。余りにも見事な手口に止める間もなくぽかんと口を開けていたチトがどうにか零した一言は、あまりにも中身がなかった。


「……え、なんなのアイツ」


残されたチトの呟きは、一人きりになった小屋の中で異様に響いていた。



―――


「…アオイか?お前もソフィに拉致されてきたのか」

「ヴィル君だ。それにしてはルシエちゃんやルコちゃんはおらんみたいやけど…?」


気が付くと古めかしい遺跡の様な建造物の前に立っていた。周囲の様子から、現在地がトートの小屋や学園周辺、それからキーフ領内とは全く異なる場所である事を確認した葵は、自分と同じように困惑の様子で現状確認に励んでいたヴィルに気付いて僅かに肩の力を抜いた。そうして二人の視線が集まる先に居るのは、胸を張ってどこか空元気な様子を感じさせる一人のエルフだった。


「ふっふっふー、今日はヴィルちゃんと葵ちゃんとボク、三人で大冒険をするよぉ!」

「…ふむ、葵と冒険か…悪くない。…が、しかしソフィが居るのは頂けないな?」

「えぇ、ウチどっちとも冒険とかしたくないんやけど…」

「なん…だと…!?」


胡散臭い笑みを浮かべたソフィを横目に、現実逃避がてら葵に意識を向けたヴィルはバッサリと断ち切られて大袈裟に崩れ落ちた。葵は葵で現状確認に必死であり、普段通りの調子で冗談を言っていられる余裕もなかったのだ。怪しさ優勝のソフィに、未だ得体の知れないところがあるこれまで二人きりになったことなど碌にないヴィル。そんなメンバーでどこかに向かうなど、何が起きてしまうのか予想もつかなかった。


一方でヴィルは、今朝からキーフへ強引に訪問を行ったツケを一人払う為に事務処理に追われていた。半ば強制的に権利を確保した為、手続き上の最終承認が行われていなかったのだ。それとは別に、キーフに行っていたたった一日で積み重なった通常業務も終わらせるために連日徹夜の覚悟で挑んでいた最中だったのだ。ところが、徹夜初日で終わる気配の見えない業務に手を付けていた最中でどこからともなく表れたソフィによって、一瞬で拉致されて今この場所に居たのだ。葵が大混乱しているように、ヴィル自身も相当困惑していた。


そんなヴィルの内心もある程度は理解しているのだろう。先にどうにか冷静さを取り戻して口を開いたのは葵の方だった。どちらかが突っ込まなければ話が進まない事を理解したからでもある。


「…それで?ウチとヴィル君だけって、どういう意図があるん?正直、接点は薄いで」

「まぁ…ルシエとオルコスが居ない現所で考えられる可能性としては、トート忠実史に関わる事。…もしくは、頃合い的に旧国キーフとトート間で起きた戦争に纏わる事…だろうか。この建造物を見る限り、昨日話題にも上がっていた迷宮だと思われる。…どうだ?」

「ふふ、せーかい。流石はヴィルちゃんだねぇ、手元にある情報だけで最適解を導き出すのが早い。古代文字が苦手なら、周囲の壁画から情報を把握する事は出来ないと思っていたけれど…少し甘く見過ぎていたかなぁ?」


気の抜けた拍手と共にヴィルが零した推理を褒めたソフィは、近くの壁に彫り込まれた文字を掌でなぞる様に触れた。それから改めて二人の正面に立ったソフィは、葵とヴィル二人が浮かべる怪訝な表情をしっかり確認してから笑った。


「今から二人には、この迷宮を攻略してもらいまぁす!ボクも過去に攻略済みだけどぉ、全てを探索し尽した訳ではないからねぇ。現在地はマヤワカの端の方。昨日話題にも上がった古代キーフ文明を含んだ迷宮だよぉ。死なない程度には守ってあげるから、二人で一緒に頑張ってねぇ」


早速出発しようと言わんばかりに二人の背後に回って背中を押し出したソフィの態度に思わず顔を見合わせた二人は、ため息を零す。普段から大切な事は何も言ってくれないエルフだと知っているが、それにしたってこれは酷いだろう。それにこのエルフに関していえば、聞かれなかったから答えていない事も多くあるのだ。人間の探求心を好む変わり者のエルフは、意図的に言わなければ答えない状況を作り出すのが大好きである。だから、踵に力を入れて抵抗した葵はゆっくりと振り返って微笑を浮かべるソフィに問いを投げた。


「それ、トートと関係があるの?」


待ってました、と言いたげに二人の背中に触れていた手を自身の背中側に動かしたソフィを見て、思わず葵は瞼を細めてしまった。矢張り面倒くさいエルフだ。このまま流されていたら、何の目的があるのかもわからず迷宮を攻略する羽目に合っていたのだろう。


「最終的には、が答えかなぁ?実はこの迷宮、とある存在が封印されているんだぁ。その存在が、旧国キーフとトート間で数百年前に行われた国家間戦争で勝敗を分ける鍵となったんだよねぇ。本来なら勿論ルシエちゃんやルコちゃんにも来てもらって、四人で攻略してもらうべきだったのかもしれないけど…色々事情があるんだぁ」


おもむろに呼び出した杖の魔法石部分をそっと撫でたソフィが迷宮を見上げる視線には、どこか懐古の意図が込められている。エルフにとっての数百年程度人間の数年前と変わらないだろうに、確かに過去を思い出すような様子に再び顔を見合わせた二人は、調子が狂うのを感じながら視線を逸らす。そうして葵は、静かに言葉を続けた。


「チト君は呼ばないんやね」

「…そう、だねぇ。嘗ての戦争はこの迷宮に封印された存在と他の誰でもないあの子…エトちゃんによって終焉が齎された。それは、トートが未来永劫隠し通すべき勝利の裏の真実であり、キーフが完全に外界との交流を断ち切ろうとする考えを増長させたきっかけでもある」


ゆっくりと告げられた言葉にはっとヴィルの方へ視線を向けた葵は、その無反応な様子に視線をソフィへ戻す。ヴィルはソフィの発言を肯定も否定もせず、ただ只管無表情で会話の行く末を待っているように見えた。どこか焦った表情を隠しきれない葵は、それでも至極冷静なフリをして口を開く。


「どうして今、ウチに知らせる気になったん?それに、迷宮攻略ならわざわざ忙しいヴィル君を巻き込む必要はなかったんとちゃうん?」


声が震えているのが分かる。その先を聞きたいような、聞いてしまえばもう後には引き返せないような、異様な感覚が葵の全身を襲った。無意識に握った拳に力がこもるのをはっきりと感じながらも、葵はソフィの口から紡がれる返事を待った。そうしてじっと見つめた先のソフィは、これまで微笑を浮かべていた顔からその表情を消す。どこか迷子の子供の様な、困った大人の様な、そんな曖昧な表情を見せられて、素直に混乱する。けれどもソフィはそれを待ってはくれなかった。


「…葵ちゃん。ボクは気に入った人間には昔から酷く甘く接してしまう悪癖があるんだ。だから君に…世界とはどんなものなのかを知ってもらいたいと思った。最初はいつか辿り着いてくれればそれで良いって考えてたんだよ?でも…今はボクがきっかけを与えなければどうにもならないんじゃないかって思う」


酷く抽象的で、言葉の的を得ない。それはいつも通りのソフィの発言である筈なのに、本当にソフィ自身も迷っているような素振りを見せていた。


「真実を知った先で、ボクは一体君にどんな言葉を掛けたらいいのか、分からない。ボクはどうしたって、人間にはなれないんだからね…。人間の事を理解する事なんて、結局出来ないままなんだ。だから、代わりに君にとっての”友人”を巻き込んだ。条件的にこの場に居られたのがヴィルちゃんだった、それだけなんだよ」


葵に現状を突きつけた口で、未来の可能性を示唆した。酷く一貫性に欠ける発言こそが、まさに人間らしいのではないか。普段の葵であれば、その違和感に気付くことが出来たのかもしれない。けれども今は、その先に続くのだろうソフィから与えられるきっかけに怯える事しかできなかった。


「じゃあ…私は、この場所で今から何を知れるの」


その一言に、先程と同じように待っていたよ、と言いたげに眉を顰めたソフィ。どこかくしゃりと歪んだ表情を前にして、葵は無性に泣きたくなってしまった。異様なほどに気を遣われていると分かる現状なのか、何かを知る事にあまりにも躊躇している自分に対してなのか、とにかくいてもたってもいられなかったのだ。けれども、それを表に出せる程葵は強くなかった。だから、平気な顔をして続きを待つのだ。



「君が、何かに見せられている記録」

「……」

「その主人公は、この先に居る」



すっと瞼を細めた葵は、ソフィから視線を逸らして戸惑った様子のヴィルの腕を掴んだ。そのまま強引に手を引いて、黙ったまま迷宮の内部へ向かって駆けだした。



その後ろ姿を見詰めていたソフィは、ゆっくりと無意識で杖を呼び出そうとしていた手を握りしめる。



「……これが恐怖、って感情なのかもしれないねぇ。こんな経験は生まれて初めてだ。エトちゃんに注意を促していたのは自分の筈なのに、これじゃあボクの方こそ肩入れしすぎている。葵ちゃんとあの子が全くの別人だって解っているのにねぇ」


ゆっくりと開いた手が、ほんのわずかに震えている事を認識したソフィは苦笑を零した。笑うしかなかったのかもしれない。何故なら、ソフィは笑う以外の表情の作り方を知らなかったからである。



「願わくば、あの子と同じ道だけは辿ってくれないで欲しい。…はぁ、やっぱり人間って面倒だねぇ」



再びこぶしを握ったソフィは、迷宮内部へ飛び込んでいった二人を追いかけるべく速足で入口を潜った。


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