42話 キーフ考察
「…ふむ、矢張り基本的な建築構造は一貫してるみたいだな。トートでは見られない建築文化、食品文化。主食が穀物米である事も驚きだ。トートでは通常家畜の餌として使用されている米に、調理次第でここまでの真価が見られるようになるとは」
「お米、ですか。余り食べたことはありませんが、確か水で炊くもの…でしたよね?」
「そうそう、よく噛んで食べると甘くなるんやで!トートでは殆ど見掛けんかったけど、行先が家畜の餌って…めっちゃ勿体ないやん!絶対持って帰るからね、ウチこれだけは譲らんからな!!」
キーフ領内を自由行動出来る権利をもぎ取った一同は、入り口付近の発展した地域を離れて田畑が広がる場所を訪れていた。背後には大きな山々が控えており、水田を囲む用水路が日差しを受けてキラキラと反射している。そんな中でぽつぽつと並ぶ木造の一軒家を軽く見学させてもらい、次の目的地を求めて軽く舗装された砂利道を進んでいる最中だ。
典型的な日本の田舎光景が広がる様子にぽかんと口を開けていた葵は、不意に視界の端をよぎった案山子や何より明らかに見知った等間隔に設置された大きな柱、そしてそれらを繋ぐ黒線を前に今度こそ受け入れる事しか出来なかった。トートやチトと過ごしたこれまでとあまりにも違い過ぎる景色、文化、発展した技術。門を潜った瞬間から薄々考えていた可能性、このキーフと呼ばれている区域に間違いなく見え隠れしている存在。
「こんなところでまで、異世界転生モノのテンプレを見せてくれんでもええんちゃう?」
―――葵よりも前に、この世界に足を踏み入れたのだろう日本人の影。完全に歴史上の日本を模して造られた町並み、文化、価値観。偶然だというには、この空間だけが余りにも日本と酷似しすぎていた。それが異様に京都によっているのは、果たして先人の趣味なのかもしくは本場京都出身の日本人だったのか。建造物だけならまだ知らないフリが出来た。でも、これはダメだ。葵が見上げるのは日本全国どこでも見ることが出来る形状をした柱と、それを繋ぐ黒線。
「どう考えても、電柱と電線やろうな…」
それが良い事なのか悪い事なのかを、今の葵に判断する術はない。それでも日本人として予想できるのは、先人はキーフの文化を発展させたいとは願っても、それをこの世界全体に広めようとはしなかったのだろう。だからこそ、これまで葵が接してきたこの世界の人間や文化とは大きく異なる価値観を時間を掛けて作り上げた。その結果が、見事なまでの鎖国。果たして、茶菓子屋で決定づけてしまったキーフの今後に関わる大きな変革は本当に正しい行いだったのだろうか。これらは、少なくとも完全にこの世界から逸脱した技術についてだけは、広めてはならなかったのではないだろうか。
「これは…小麦畑とはまた大きく違った、趣のある素晴しい景色だねぇ」
ぐるぐると自身の思考回路の波に陥った葵の意識を引き上げたのは、ソフィの何でもない感想だった。慌てて他の四人を見渡せば、彼らは物珍しい景色に各々感嘆の声を上げて見入っていた。そうか、少なくとも現時点で皆は電柱や電線と言う明らかなオーバーテクノロジーを理解する事ができないのか。だからこそ景色の一環として無意識で受け入れている。
「ん…初めて見る景色。えっと…さっきの説明だと、水田、だっけ?正方形に区切られた大自然、矛盾している筈なのに、その表現以外が見つからない」
「絶景ですね…まさか、噴水といった人工物に頼らない、ただ流れるだけの水がこんな素晴らしい光景を生み出すだなんて、本当に驚きです」
キラキラとした瞳で分かりやすく興奮しているルシエ、ぽかんと口を開けて景色に見惚れているオルコス。まだ緑の強い稲畑が山から吹きこむ風に揺れる光景は、確かに見ているだけでも心地よい。どうしても周囲の興味と警戒半分の視線に無意識に緊張していたらしいルシエに至っては、髪を靡かせながら両手を広げて日光浴状態だ。
「キーフは嘗て、水の国って言われるくらい水属性魔法と親和性が高い魔力を持った者が多く生まれる国だったんだよぉ。こういった景色以外にも、確か滝…と言った自然を強く感じられる場所もあるとか聞いたねぇ」
「水の国、言い得て妙だな。この道より低い位置を流れる水でさえ透き通っている。水越しで底まで確認できるなど、余程の水質だぞ」
近くの水田に指先を近付け、ほんの僅かに触れる事で静かな波紋を作ったソフィにつられる様に水辺に近づいたのはヴィルだ。心底驚いた様子でその水面に手を伸ばし触れた冷たさに思わずのけぞった姿を見たソフィは、くすくすと笑っている。そんな二人に気付いて同じように水に触れたルシエとオルコスは、用水路の中を悠々と泳ぐ魚の存在に気付いて捕獲していいのだろうかと相談を始めた。靴を脱ぎ始めたルシエを慌てて止めるオルコス、その様子を横目にじっと魚の観察をするヴィル、そして三人の様子を穏やかに眺めるソフィ。
「まるで、初めて田舎を訪れた外国人やな…。まぁ、確かに異世界でこんな古典的な光景を見せられるとは思っとらんかったけど」
いくら日本の文化を広げたいと考えたとはいえ、先人の知識は聊か現代より遅れているのではないだろうか。再現できる範囲がここまでだった、と言われればそれまでだが、電柱や電線があるなら車の一つくらい走っていても違和感がないのに。水田を楽しむ四人を少し離れた位置でぼんやり眺めていた葵は、再び広がる景色に視線を戻す。頬を撫でる心地よい風が、辺りを通り抜けていった。
「風流やねぇ…って、違う違う。皆、観光はここまでにして課題研究の資料集めを再開しよう?もっと歴史が分かる場所とか、あるかもしれんよ?」
ぐるぐると余計な事を考えてしまう自分も、景色に気を取られている四人も、どちらもを切り替える様に手を叩いた葵は、皆の意識が自分に集中したことを確認してから小首を傾げて話を切り出した。緩んだ表情をどこか真剣なものに変えた五人は道の脇で集まって円を作り、小さな作戦会議を始める。
「過去が分かる、って言うなら矢張りキーフの中でも古い建物…遺跡や迷宮が該当するか?」
ヴィルの一言に完全にスイッチを切り替えた一同は、改めて自分たちが集めたキーフに纏わる情報の資料を確認しつつ顔を見合わせる。最初に資料から顔を上げたのはオルコスだ。
「確かに、キーフは過去を大切にする国として過去に作られた建造物などが多く残っていると聞きますね」
「迷宮…!ルシエ、行ったことない。キーフの領内にある迷宮なら、キーフの歴史が分かる?」
迷宮、その単語に目を輝かせたのはルシエだ。彼女の手元の資料には、迷宮に関する資料もあるらしい。今では世界に存在する迷宮の全てが攻略された、と言われている未だ謎多き世界が作り出した建造物。一切の法則性なく各地に突如として現れる謎多きものとされている。ある時期を境に一切新たな発現を見せなくなった迷宮は、歴史書によると一定の周期が存在するとか。何かしらの強すぎる衝撃を受ければ崩落してしまう事もあり、それ以外でも経年劣化で殆どの価値を失ってしまう場合も多く現在の世界では数を減らす一方らしい。迷宮の中では基本古代の民が設置した罠や魔導人形、所謂ゴーレムなどが待ち構えている為、現在でも力試しで訪れる者は少なからずいるとか。それが葵がキーフに関する資料を集める中でルシエに捕まり、意気揚々と説明された内容の全てである。魔法をこよなく愛する少女は、その実力試しに迷宮に行ってみたいとずっと考えていたらしい。
「それが、そうでもないんだよねぇ。迷宮って、実は発現した地域と内部の文明が一致していない事の方が多いんだぁ。簡単に言うと、キーフの迷宮に行っても中身はトートの古代文明だったり、オーフの古代文明だったりするんだよねぇ。実際、この前行った…あぁ、君たち人間からすれば昔か。数百年前に行ったキーフ関連の迷宮は、キーフから少し離れたマヤワカにあったんだよぉ?」
「成程?…仕方ないな。ルシエ、迷宮探索は残念だが諦めろ。他の案を考えるとしても…恐らく領内にあるだろう歴史的資料が集められた建物を見学させてもらうのは、流石に厳しいだろう」
「ん~、今こうやって好き勝手見学させてもらう中で直接的な監視の目は感じられないけど…現在進行形で住民からは微妙な視線を向けられとる。根本的に、外部からの存在に対して排他的なんやろうな。流石に外の人間に知らせたくない情報なんかがあるかもしれん場所に立ち入る許可は、得られんと思う」
「景色や建築技術は確かに素晴らしいんだけどねぇ…人間性がサイアクなんだよなぁ。ほんと、エトちゃんが心底嫌うだけはあるってところかなぁ?」
これまでキーフの住民と対等にやりやって見せた葵が出した結論に、一同は頭を抱える。そんな中空気を読まずにニコリと笑ったソフィは、完璧に無視された。正直なところ、こうしてキーフの奥地まで堂々と入り込めただけでも素晴らしい進歩なのだ。嘗ての訪問では良くて入門近くに建てられている役所で会談出来る、悪ければ実質門前払いが当たり前だった。それが、キーフの一般人が立ち寄る茶菓子屋に案内され飲食を行い、更に自由に町やその先の地域を探索しその情報を持ち帰る事が可能な時点でキーフ領に関する研究は大きく進んだと言っても過言ではない。とは言え、欲は出てしまうものだ。葵にとっては見慣れた風景と文化だが、全くの外の世界から初めてここまで到達したヴィル達からすれば、もっと深くと望んでしまうのも仕方がない事なのかもしれない。不完全燃焼な様子の四人を見て肩を竦めた葵は、改めて手拍子を打ってから口を開いた。
「建造物の経年劣化を確認したところ、殆どの建物が100年近く同じ形状のまま保たれていることが分かったやろ?主な建材が木材であり、尚且つ住民が日常生活を送る一般的な家屋という前提がある以上、これだけでもとてつもない建築技術が使われていることが分かる。それと同時に、この技術が少なくとも100年以上前の時点で確立されていたとも判断でた。キーフには、トート以上の建築技術を持っている、ってだけでも十分な成果が得られたんとちゃう?」
こてりと首を傾げた葵の発言を最後まで聞いた一同は、確かにと唸った。目先で掴めそうな成果はあれど、現時点でも得られた情報は非常に多いのである。それで満足してくれないだろうか、葵はそんな軽い気持ちで告げたものだった。だから、続いてはっと気づいたように顔を上げたルシエが放った言葉に、その表情を硬くする事しか出来なかったのだ。
「…これまで見てきた感じ、住民は殆ど魔法を使ってなかった。それに、魔道具も。キーフは日常的に魔法を使っていない…?思えば、この水路だってそう、水が流れる力だけで完結していて、魔力の気配は殆どしない。キーフが圧倒的にトートやその他国家とは違うと感じた理由も、そこにある?魔法や魔道具を使わないから、独自の景観が発達した…」
「何よりも驚いたのは、住民の方が教えて下さった”電球”と呼ばれる道具についてですね!魔力を一切使わず安定した灯りを灯す技術が存在するなんて…これまでの歴史的資料では一切見たことがなかった、新たな技術です。一体いつから存在したのでしょうか…」
「軽く情報を纏めるだけでも、キーフについて様々な情報を得ることが出来た。現段階でのキーフの情報を過去の資料と照らし合わせれば、更に多くのものが見えてくるかもしれないな」
三人が嬉々として討論を始めた。始まって、しまった。何も言えなくなった葵は、静かに円から外れて俯く事しか出来なかった。会った事もない先人が、どんな思いで今のキーフの形を作り上げたのかは分からない。そもそも、意図的に今のキーフを作り上げたのか、キーフの住民たちが歴史の中で一つの思想に偏っていったのか、それすら分からないのだ。葵の存在がなくとも、きっといつかは明かされていたのだろうキーフの文化。果たして、今明かされることが正しかったのだろうか。これ以上会話を聞いていられなかった葵は、そのまま三人から離れて再び水田に吹き込む風に身を委ねた。
「———ふふ、皆楽しそうだねぇ。葵ちゃんは、キーフについてどう思うのかなぁ?」
このエルフは、いつだって葵を独りにはさせてくれない。必死で考えなければならない事がある時こそ、図ったように葵の前に現れた。今だってそうだ。葵が誰にも気付かれない様に離れたことに気付いていた癖に、この調子なのだ。どうせ全て知っている癖に。だから、葵は決してソフィの方に顔を向ける事無く視線を水田に固定して静かに答えた。
「…元の世界によく似た、発展途上の国かな。魔法って言う前提があるから全く同じ発展はしないだろうけど、このまま時間が進めば或いは…」
「ボクが誕生日に渡した本には、全て目を通してくれたかなぁ?」
「一応読んだよ」
「だったら、分かるよねぇ?もしかしたら、君にとってこの世界が……”異世界じゃないかもしれない”事も」
ゆるりと、いつもと変わらない微笑を浮かべたままソフィは平気で爆弾を落とす。だから、クソエルフなんて言われるんだ。舌打ちしたい気持ちをぐっと抑えて拳を握った葵は、いつの間にか自分とソフィを取り囲むように防音の結界が張られていたことに気付いた。目線だけで睨みつければ、悪戯が成功した子供の様に笑ったソフィは視線の先を葵と同じ水田に向けた。
「葵ちゃん、自分で召還の魔法陣を作れるんじゃないのぉ?」
「…ソフィ君こそ、いつでも私を元の世界に還せる癖に」
再び二人の視線が絡み合う。その瞳は何も語らない。
「もしかして、元の世界に還りたくないのかなぁ?」
「もしかして、私が元の世界に還らない様に仕向けているの?」
「———君は、一度だって還りたいなんて言ったことがないからね」
結界が、大きな音を立てて割れた。ガラスの様にぱらぱらと砕け散っていく。その音に驚いて視線を寄こす三人に対して背中を向けた葵は、ソフィの正面に立って上目遣いに見上げた。
「からかうのも程ほどにね、ソフィ君!」
明るい声のトーン、無邪気な子供みたいな声音。けれどもその表情は、無。余りの異常をもって言葉を告げた葵は、くるりと体の向きを変えて戸惑っている三人の方へ飛び込んでいった。
「そんな弱い結界を張ったつもりはなかったんだけど…嫌われちゃったかなぁ?」
ぽつりと零れた呟きを唯一拾ったらしいオルコスは、ただじっとソフィと葵を交互に見詰めていた。
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