とある記憶 21
「かっ…確認致しました。確かに、貴方は冒険者協会が正式に認定したSランク冒険者様です…」
その日、とある冒険者協会支部では無数の野次馬が押し掛ける未曽有の非常事態となっていた。なんと、数百年前の認定を最後に誰一人として辿り着けなかった冒険者の極致、Sランク称号を持った者が突如受付に現れたのだ。受付嬢の悲鳴から始まり支部長が転がる様に駆け付け、大慌てで本人確認の魔道具を使ったところ登録された魔力が完全に一致。現在の世界では誰一人存在しないと言われていた、まさに伝説のSランク冒険者の登場は、新たな迷宮が現れた事で話題に飽きなかった筈の都市を始点に瞬く間に情報が広まっていった。
「…あららぁ、XXXちゃんお偉いさんに連れていかれてしまったねぇ」
「早く迷宮に入りたかっただけなんだけどな」
XXXが血相を抱えた支部長に来客用の個室へ連れていかれてしまった為、残されたチトとソフィは仕方なく冒険者協会を離れてフラフラと都市内部を歩いていた。XXXは心底嫌そうに助けを求める視線をチト達に向けていたが、全力で顔を逸らさされた挙句他人のフリをされた結果無表情で連行されていった。元々この手の対応に覚えがある二人は、一切の助け舟を出すことなく早々に退散したのである。
適当な屋台を冷やかしながら歩いていると、速足でチトの正面に立ったソフィが愉快そうに問いかけた。
「旧世界SSランク冒険者のエトちゃんって、今の冒険者協会が認定しているランクには興味がないのぉ?日常クエストを受けるために取得したCランクの認定証しか今は持ってない訳だしぃ」
そんな言葉に少し俯いて小さくため息をついたチトは、ソフィを追い越す様に少しだけ速足で前を進んでその足を止める。偶然にも薄暗い曇り空の隙間から珍しく顔を出した陽光が、チトを背後から照らした。正面から見れば陰になったチトは、その紅い瞳だけが異様に輝きを放つことで彼が決して人間ではない事を証明しているようだった。偶然にも近くの露店の軒下で客が落とした食べ物の欠片をつついていた鳥たちが羽ばたく。どこか薄暗い金髪の反射に僅かに瞼を細めたソフィは、理由を問うように小さく首を傾げる。それに再びため息をついて、チトは無表情のまま口を開いた。
「…いつ滅ぶかも分からない世界で強さを認定されてどーすんだよ。それに、お前だってどうせ何時かの世界の最高ランク認定を持ってるんだろ?」
「まぁ、一方的に認定されて渡されたものだけどねぇ」
ソフィの苦笑と共に続いた返事に対して興味なさげに肩を竦めたチトは、身体の向きを変えて歩き出す。その隣に並んだソフィは適当に伸びをしながら、その視線の先を再び適当な露店に戻す。
「XXXちゃんは面倒なお上の勧誘を上手く躱せるのかなぁ?いつの時代も、選ばれし者こそが苦行を強いられる世の中だからねぇ」
「アイツもガキじゃない、俺達の前では見せないだけで、最低限の処世術は身に付けてるだろ。寧ろ…滅茶苦茶不機嫌になって帰ってくるんじゃねーじゃって事の方が心配だな」
「不機嫌?それは一体どう言う…」
不思議そうな表情を浮かべて素直に首を傾げたソフィを横目に、チトは呆れと面倒を含めた深いため息をついた。
―――
「ほんと、めっっっっっちゃ頭にきた!!」
「…ほらな?」
「えぇ……」
数時間後、ようやく冒険者協会から解放されたらしいXXXは、それはそれは不機嫌な様子で宿に戻り各々書物に目を通していた二人を魔力を用いて呼び出した。と言うより、冒険者協会の建物がある方角からXXXの珍しい一切制御がされていない魔力の波動を感じて思わず顔を見合わせ、慌てて二人が向かったのだ。そうして中を覗けば、ご立腹な表情を浮かべたXXXが腰に手を当てて待っていたのである。因みにその場に居合わせた冒険者たちは壁によって完全に気配を消しており、受付係達は頭を抱えて怯えていた。
状況を理解しきれていないソフィが、躊躇なく陽気におつかれさまぁ、なんて声を掛ければ問答無用で無詠唱杖なしで発動した氷属性魔法で作られた矢を首元に突き付けられて、思わず背筋を伸ばしながら両手を上げ降参の姿勢を取る。あのソフィでさえ、完全に油断していたとはいえ一切反応できない発動速度と精度を保った魔法だった。ここで人間の新たな魔法の可能性に怒りという感情が効果的なのかもしれない、と考察の言葉を呟かなかっただけ、ソフィも少しは人間の気持ちを理解できるようになったのだろう。首元の氷の矢が消滅した事を確認してから一つ息を吐いたソフィは、改めてXXXに話しかけた。
「え…っと、ごめんねぇ、何があったのか教えてくれるかなぁ…?」
「私は早く迷宮攻略に向かいたいって何度も言ったんだよ?それなのに、都市一番の高級宿を無償でお貸ししますとか、最高級の料理を振る舞いますとか、ぜひ活動拠点をこの都市に固定して、当支部直属の冒険者になりませんか、沢山特典を付けますよ、とか!!好き勝手一方的に勧誘ばっかりでもう沢山!」
「お決まりな勧誘大会をされたんだねぇ…」
蓄積された怒りで冷静さを失っているのだろう。普段めったに揺らがない魔力を全力で揺らし、それだけで周囲を威圧している事実に気付かないXXXは言葉の勢いに合わせてその圧を強めている。それは、チトやソフィでも無視できない程の強度を持っていた。と言うより、一度既に爆発した後なのだろう。よく周囲を見渡せば、辺り一帯が水浸しになっていた。そこにXXXの怒りに乗った魔力が触れたせいで変質が起こり、氷に変化したせいで心なしか肌寒い。宥める様に同情の声を上げたソフィに大きく頷いたXXXは、再び言葉を重ねる。
「ウチやって、最初はちゃんと丁寧に断っとったんやで!?でも、これが何時間も続けばもう我慢できひん!それで、魔法使って強制的に話を終了させたんや!」
「あの俺達が感じた異様な魔力の波動はこの建物内を水浸しにしたせいか…」
「はいこれ!!」
「おわっ…何、書状?」
「教会と、XXXちゃんのサインが書かれているねぇ」
XXXが若干ドン引きしている二人に対して突き出したのは、一枚の書状だった。魔力を込められた特別な用紙で作られた契約魔法向けの用紙には、確かに冒険者協会とXXX双方のサインがしっかり魔力の乗った文字で綴られている。内容を確認しようとするよりも前に、本文はXXXが大声で教えてくれた。
「まずは三人だけで迷宮攻略に挑める権利、それから金輪際無駄に関わってこない事を誓約させたから!万が一破ったらその時は…ふふ、ふふーん」
「こわ…」
「あ”?」
「いやっ…この建物内の惨状は中々だからな、本当に腹が立ったんだもんな、無事願いが叶ってよかったな、な?」
「…ふんっ、ウチ絶対に片付けなんかせーへんから!」
未だに魔力を身体から溢れさせ、普段と違うキーフ独特の訛りに近い言葉を使うXXXはきっと気付いていないのだろう。因みにチトも、XXXの言葉が普段と違う事に気付いていなかった。唯一ソフィだけが人間は怒りに支配された場合普段の性格と真逆の行動を起こす可能性があるのか、と静かに納得していたりするのだが、XXX本人に気付かれなくて本当に命拾いしている。完全に怯えを含んだ視線を向けてくる周囲にため息を零しつつ、どうにかXXXを宥めたチトはそっと杖を呼び出す。それに対してXXXは不満そうな顔は浮かべながらも、咎める素振りは見せなかった。
「取りあえず”リペア”を使って…よし。XXXが片付ける気がなくても、俺が勝手に動いた分には文句はないだろ?それからXXX、権威とはそういうものだ。絶対的な称号を持つ者は必ず醜い権力争いに巻き込まれ、時に溺れ、運が良くても逃げ出す事が精一杯だ。今回はいい勉強になったんじゃねーの?」
聞き馴染みのないチトの魔法に僅かに眉を寄せたXXXは、それでも口を挟むことはしなかった。両手を背中に隠すようにして、何となく居心地悪そうな表情で顔を俯かせたのは恐らくようやく冷静さを取り戻し始めたからだろう。そんな様子に内心胸を撫でおろしたチトは、静かに言葉を続けた。
「XXXにとってSランク認定は便利な道具だったのかもしれない。でも、それによって起こりうる面倒事も事前に察知して、意図的にAやそれ以下で止めておく事も時には大切なんだよ。…権力には気を付けような?」
「なんか…実感籠ってない?」
「実体験ですから」
「…はぁ…。なんか、もうどうでも良くなっちゃった。私が知る昔のキーフでは、Sランクなんて持ってても”凄い!””かっこいい!”程度のものだったんだけどなぁ…。外では全然違うんだね」
権力には気を付けよう、そんな事、XXX自身が誰よりも理解していると思い込んでいた筈だったのに。そんな心のつぶやきは、決して外に漏れることはない。XXXだって立場による混乱に何度も巻き込まれた挙句、あの小屋に居る身なのだ。それを、何故だかここ最近忘れがちだった気がする。決して忘れてはならない筈だったのに、あの小屋にいる事こそが、戒めそのものであった筈なのに。
「…XXXちゃん?」
「へ?あ…ううん、なんでもない」
「そんな落ち込むなって、怒りに身を任せて暴走とか良くある話」
「経験者は違うって?」
「うるせー」
無意識で拳を強く握りしめていた事に気付いたXXXは、慌てた様に手を振ってへらりと笑った。それを、自身の暴走に落胆しているのではと勘違いしたチトは、幼い子供を見るような表情でXXXの頭を撫でながら微笑んだ。その手をゆっくり払いながらもどうにかいつもの調子を取り戻したXXXは、わざとらしく深呼吸をして自分の調子が切り替わった事を知らせた。
「兎に角、ようやく迷宮探索が始められそうだねぇ。まさか入口に辿り着くまでにこんなに時間が掛かるとは思わなかったよぉ」
「ふふ、それも冒険って事だね!家に帰るまでの全部が冒険、でしょ?」
「引きこもりの癖に何言ってんのコイツ」
「なにをーーー!?」
緩やかに笑ったソフィの一言に、ようやく完全に肩の力が抜けた二人は普段通りのやり取りを始める。それをソフィが可笑しそうに笑って、つられて二人も笑ってしまって。
一波乱を終えた一行は、ようやく本命である迷宮の探索に踏み出すのだった。
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