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41話 キーフ入国



「まぁまぁ、またお越しやしたんどすなぁ。トートのお偉いさん」


「…事前申請書類は確実に届いていますが?本日は改めてキーフの訪問をさせてもらいます」

「これはこれは…どうもご足労頂きまして。トートのお偉いさんともあろうお方が、えらい熱心どすなぁ」

「…御託はいいからさぁ、早く中に通してくれなぁい?キーフの文化では、客人を門前で待たせておくのが正解なのぉ?」

「いやいや、せっかくお越しいただいたことどすし…お望みとあらば、ご案内させてもらいますえ」


聞き馴染みの薄い共通言語に混じったキーフ特有の訛りと共に迎えられた五人は、キーフ領に入る直前の門で足止めされていた。豪勢な着物に身を包んだ年齢不詳の女があからさまに困っています、と言いたげな表情を浮かべながら話しかけてきたのだ。瞬間的に聞いただけでは言い回しが独特なのかと勘違いしそうになるが、キーフの者が外部の人間がその訛りの基準を知らない事を理由に一方的に失礼な言葉を並べていることくらいは有名な話だった。そうでなくとも、厭味ったらしい表情と共に告げられれば馬鹿にされていることは明白である。始めはヴィルが冷静に対応していたが、先に我慢が出来なくなったソフィが杖を片手に女を睨みつければ、またまたわざとらしいため息と共に門を通された。


一体何故こんなことになったんだろう、と思わず乾いた笑みを浮かべた葵は、今から数週間前のキーフ訪問を決定したばかりの頃を思い出していた。


―――


訪問自体が決定して直ぐ、トート国側でのキーフ領訪問自体は直ぐに承認された。と言うのも、元々国家としても未だ解明が進まない手付かずなキーフを優秀な学園の生徒が、それも留学生であるオルコス等も含めたメンバーで研究を進めてくれるともなれば、手を上げて喜ぶ事態だったらしい。そんな四人がキーフに一切に訪問したいと言えば、学生であるという身分も相まってキーフ側も強く出られないだろうと考えたのである。そうでなくとも、直ぐに決定報告された保護者役の同行者がオーフの大賢者であるソフィだった時点で安全性は世界でも1、2位を争う程保証されているのだ。待ったをかける理由はどこにもなかったのである。


ところが、一筋縄ではいかないのがキーフ側だ。盛大なもてなし等は不要で、学生が研究の為に訪問するとはっきり書状に書き纏めて送ったにも関わらず、初期段階では書状そのものの受け取り拒否をして見せた。その時点でヴィルは若干頬が引きつっていたが、ならばと学園からも正式に学生の受け入れを依頼する趣旨の書状を作らせ、送った結果キーフ側が学園に協力する利点が一切感じられないとバッサリ切られた。そこで完全にブチ切れたヴィルは、国王から直筆で書状を作らせ、トートの一等兵を利用して直接キーフに訪問の趣旨を叩きつけたのである。トート国内に存在する領として認められた地域である故に、国家の依頼は断れないという言伝込みで。結局ここまで露骨に押し入られてようやく、キーフ側は学生に対して特別な扱いをしない事や必要以上の干渉を確認次第即刻退場願うなどと言った一方的な条件と共に訪問を受け入れたのである。


いや、本当に大変だった。日が進むにつれてヴィルの機嫌の悪さが明確になって行くし、ルシエでさえ半笑いで優しく宥める事態だ。オルコスは平和主義者筆頭のせいで使い物にならず、ソフィに至ってはあんな地域滅ぼしちゃおうよと滅亡に乗り気なのだ。チトは完全に我関せずで愚痴すら聞いてもらえない。仕方なくルシエと共にヴィルを甘やかして優しくしてどうにかこうにか普段の調子を取り戻せるまでに異様に時間が掛かった。元々面倒くさい男だとは思っていたが、それでも切り替えは早い方だった。それがこうなってしまう程に、キーフは神経を逆なでする領なのだ。そう、一応トート国内の一つの領であり敗戦国である筈なんだけどなぁ、これが一体どうしてあんな態度を取れるのだろうか。基本オルコスに負けず劣らずの平和主義者である葵は、終始首を傾げていた。


―――


そんなこんなで現在に至る訳だが、完全な無表情で感情を殺すのに必死なヴィル、呆れ顔のルシエ、苛立ちを隠さず浮かべるソフィ、ヴィルやルシエの様子を心配そうに見て落ち着かないオルコスという面倒極まりないメンバーの最後尾を歩く葵は、どうしたものかとため息を零した。そして、今は先頭を歩く女の服装や口調に猛烈な既視感を抱きながら潜った門の先に広がる景色に、思わず足を止めるのだ。


そこには、葵が良く知る京都の街並みと殆ど変わらない光景が広がっていた。観光地とされる地域とよく似た中央の大通りを挟んで建てられた家屋は瓦屋根と木材の壁が特徴的で、少し奥を見渡せば四方に平行に整理された区画が続いていた。所せましと並ぶ屋台や一軒家、そのどれもが一階建てである故に、景観を損なわず遠くに建てられた巨大な城が映えて見える。懐かしくも複雑な感情を浮かべた葵は、唇を噛んで何度か鼻呼吸を繰り返すことで冷静さを保った。


改めて周囲を見渡せば、明らかに異物を見るような視線を四方八方から向けられていることに気付く。それを素直に鬱陶しく思いながらも不意に視界に入った脇道を駆ける子供の服装に思わず口を開いた。


「甚平もあるんや」

「へぇ、外のお人みたいなお召し物してはる割には、キーフのことも少しはご存知なんどすなぁ」


特に誰に聞かせるつもりもなかった呟きは、いつの間にか近付いてきていた厚手の着物を着こんだ老婆に拾われたらしい。先頭を歩く女よりはいくらか柔らかい言葉遣いに足を止めた葵の様子に気付いた一同も、同じように足を止めて様子を伺っているようだった。だから葵は直ぐに頭の中を切り替える。今必要な発言は、必要な手引きは、必要な条件は。ゆっくりと息を吸って毒気のない笑みを浮かべた葵は老婆に一歩だけ踏み出して話返した。


「ウチも昔は着てたことがあったさかい、ほんまにキーフの国の中で普段から着てはる姿をみられて、えらい感動してまったわ」

「まぁ…それはどういう意味なんどすやろか?」

「ウチはな、母がキーフ出身の冒険者でなぁ。外のお人やった父と出会うて、結ばれて生まれてきたんよ。母は昔からちょっと変わり者やったみたいで、旅の途中で父と出会て、そのまま駆け落ちみたいになったんやて。せやからキーフのことは知識としては知っとったんやけど、実際に足を踏み入れたことは一度もなくてなぁ…ずっと気になってたんよ」

「ほう、どうやら本物のキーフに関わりあるお人のようどすなぁ。あんたら、いつまで構えておりますの。もう警戒はよろしおす。彼女は久方ぶりに迎える正式なお客人みたいやさかい。…ところで、そのお連れのお方らは信用に足るお人なんどすか?」


どこか過去を懐かしむような控えめな笑みに乗せて告げられた言葉と流暢な訛り言葉。その二つを受けた老婆は静かに頷いて軽く手を振った。途端に一方的に向けられていた嫌味な視線が散ったところを見る限り、葵の予想通りこの老婆はそれなりの地位がある人間だったのだろう。ひと先ず葵に対しては穏やかな表情が向けられたことに内心安堵しつつ、続いて葵の背後に向けられた厳しい温度差を持った視線にひっそりと固唾を呑んだ葵は、へらりと気の抜けた表情を浮かべて老婆の気を引いた。


「そうやなぁ…家族を失うて、ひとりぼっちやったうちに友達になってくれはった人たちや。今では、第二の家族みたいに思うてる大切な人たちやな」

「…よろし。あんたへの信用に免じて、そのお方らのことも多めに見てあげますえ」

「ほんまに?おおきに、お婆さん!」


これまでどこか寂し気な表情を浮かべていた葵の無邪気な笑みに警戒に笑った老婆は、軽く葵の肩を叩いてから片手間に手を振ってどこかへ去って行った。嫌味でなくとも向けられていた視線さえもがなくなった事を感じた以上、これである程度の警戒は解かれたと考えてよいだろう。


「あなた方が正式なお客人であられるのなら、私が付きそう必用もございませんなぁ。どうぞご自由にご覧になっておくれやす。…但し、こちらで余計な面倒を起こすような真似だけは、なさらんようお願い致しますえ」


門から行動を共にしていた、明らかに監視役だったのだろう女は深い礼をとってその場を離れようとした。そこで引き留めたのは他の誰でもない葵だ。


「あ、そうや!お姉さん、どこぞに美味しいお茶菓子いただけるお店はあらへん?できたら…八つ橋が美味しいところがえんやけど!」

「…ヤツアシの事でございましょうか。でしたら、そのお店までご案内いたしましょう」

「おおきに!ありがとうなぁ」


にっこりと綺麗な笑みを浮かべた葵の問いかけに少し考える素振りを見せた女は、小さく頷いて再び五人を先導して歩き始めた。これまでのやり取りを目を見開いて呆然と眺めていた四人に口元だけでいくよ、と告げた葵は、先程とは逆に先陣を切って女の直ぐ後ろを歩き出す。慌てて我に返った四人も、その後を追いかけた。


多少の視線は感じながらも、入門したばかりの時と比べれば随分マシになったそれにため息をつきながら、一同は少し入り組んだ路地に入って直ぐの場所に店を構えた建物に案内された。葵に言われるまま入口で靴を脱いだ四人は、戸惑いながらも素足で廊下を進む。用意された座敷の個室で畳に腰を下ろし、襖が閉められ足音が離れていった事を確認して直ぐに、揃って深いため息をついた。


「はぁ…アオイ、」


ヴィルが何か口を開こうとした瞬間、葵は自身の口元に人差し指を当てて動きを止める。反射的に口をふさいだヴィルを横目に自然な動作で杖を遣わず防音の結界と厳格魔法を発動させてから、ようやく勢いよく伸びをしながら頷いた。


「壁に耳あり、障子に目あり、やで!恐らくこの言葉はキーフのどこかに存在しとると思う。意味はそのまま、どこで話を聞かれているのか、どこから中を覗かれているのか分からないのだから、警戒を止めるなって事。一見完全な個室に見えるかもしれんけど、この部屋のかいって割と筒抜けやし、隙間も多い。下手に喋って上げ足を取られる可能性も十分にあったからな。このくらいの警戒は当然や!」


葵自身も、老婆と会話を始めた瞬間から非常に緊張していた。肩の力を抜きながら勢いよく体勢を崩して畳に転がった様子に、一同は今度こそ詰まった息を吐き出した。地面に直接座るという慣れない行為に戸惑っている四人を横目に、ふと目についたオルコスの足にちょっかいをかけ始めた葵に話しかけたのはソフィだった。


「いやぁ、流れるような会話だったねぇ。危うく、ボクまで丸め込まれちゃいそうだったよぉ。よくもまぁ咄嗟であそこまで彼らを納得させる経歴を作れたねぇ?」

「わ、ちょっと…アオイちゃっ…くすぐったいですよ…!」

「んー…強ち嘘でもないんやけどね。お母さんはキーフみたいな地域出身で、お父さんはそこから見れば外の人。実際に甚平とか着てた頃もあったし、こういう建築物もなじみ深いからなぁ。外で暮らしてたって言うのだって半分は本当で残りの半分が嘘。本当に地元を出たのは、両親が事故で亡くなっちゃってからやけど…。駆け落ち云々はほんま、それで実家に居られなくなっちゃっとるし…とまぁ、さっきの会話の真相はこんなところかな?」

「っくふ、ひぃっ…!あはは、とまってください、くすぐったいです、やめてぇ…!!」


何気なく告げられた葵の過去に思わず顔を見合わせたが、当の本人が本当に何でもない世間話の様な調子で話を纏めてしまった為それ以上首を挟むこともできずに黙り込むしかなかった。そんな周囲の微妙な反応に気付いた葵は少しだけ困った表情を浮かべて、それから強引に話を逸らすことを決める。


「一先ず住居の文化について説明しようか。家の中では靴を脱いで素足で行動するのは、恐らくキーフ内のどの建物に行っても一緒やと思う。で、この床は畳って言って、まぁ…そのまま素足で乗っても足を痛めにくい素材なんかなぁ?椅子は基本使わん代わりに、このクッションみたいな…座布団の上に座ります。因みに正しい座り方は、正座って言うんやけど…膝を曲げて踵とお尻をくっつける感じで…こう!」

「あぅ、も…っむりぃ…っ!ひひ、けほっ。」

「こちらが完成した、擽られ続けて満身創痍のルコちゃんです」

「あぁ、ずっと突っ込みたかったぞ」

「勘弁してあげて、オルコス、もう情緒滅茶苦茶なってる…」

「今追い打ちを掛けたら人間ってどうなっちゃうのかなぁ?」


葵の解説中も何故か理不尽に擽られ続けたオルコスは、畳みの家で全身の力を抜いて倒れている。オルコス自身も抵抗はしていたのだが、杖なし詠唱無しの圧倒的精度によって繰り広げられる重力操作魔法に抗う術は見つけられなかったのだ。表情もうつろで、時折不規則に震えている様子は非常に哀れである。明らかに瀕死なのだが、特に触れられることなく話が進んでいったのは彼らなりの仕返しなのだろう。誕生日パーティーで持ち出した爆弾に対する、前払いのお返し。そういう事にしておこう。


兎も角、葵の指示通りに足をどうにか手を使って正座の姿勢まで持って行った三人はその不安定な座り方に既に倒れそうになっている。元々大人しくしていることがそう得意ではないルシエに至っては、既に畳に崩れ落ちていた。


「え、これ既に足が痛いんだが…」

「確かに…足首、いたい…」

「うーん、こんな感じかなぁ…おっと、重心が中々安定しないなぁ」

「何となくやけど皆ちゃんとできとるよ!まぁ、しんどかったらちょっと両足を揃えて、左右どちらかにずらしておくと楽かな?これ位ならギリ許される…筈?食べ物の食べ方とかは、ウチが先に食べるから様子見て真似してみてな?」

「…あぁ、確かに足をずらせばかなり楽になるねぇ」


和やかなマナー講座も丁度区切りがついた頃、ふと顔を上げた葵が防音の結界と厳格魔法を解除した。同時に聞こえてきた静かながらもはっきりとした足音に思わず正座の姿勢で一同は待ち構える。オルコスもギリギリのところで復活したらしく、僅かにソフィに体重を預けながらも正座もどきの姿勢を取った。余り待つこともなく、静かに襖が明けられた。そこに居たのは、着物を纏った店員らしい。葵たちの様子に僅かに目を見開いたが、直ぐに薄っぺらい笑みを浮かべて口元に手を当てながら哂った。


「失礼いたします。まぁ…ほんまにキーフの習わしまでようご存知なんどすなぁ。外のお方が正座してはるお姿なんて、なかなか拝見できるもんやおへんさかい、つい見入ってしもいましたえ」


一応は膝をついて浅い礼をとった店員は、お盆に乗ったお茶菓子を持って誰も何も言わない部屋に入ってくる。そんな店員の物言いなど興味なさげにお茶菓子の方に視線を向ける四人とは対照的に、葵はすっと瞼を細めた。各メンバーの正面に一つずつ配膳した店員は、再び口元に着物の袖を寄せながら小首を傾げた。


「はい、こちらがお茶とヤツアシになりますえ。折角キーフまでお越しになったんどすし、どうぞごゆっくり味わっておくれやす」


早速手を付けようにもじっと店員を見詰めて動かない葵の様子を不審に思った四人は、静かに正座の姿勢を保って行く末を見守るしかなかった。周囲動かず見詰めるばかりの葵の様子にけげんな表情を浮かべた店員。そんなやり取りを前にどうしたものかと声を掛けようとした時、葵から発せられた確かな揺れる魔力に思わず動きを止める。


「…外交役のお方の紹介やったもので、さぞ良い店やと思うて足を運びましたのに…まぁ、こういうこともあるんどすなぁ」

「まぁ、どうなされたんどす?何かお気に召さへんことでもありましたやろか」


ゆっくりと瞬きをした葵は、大きな声を出している訳でもないのに良く響く声音で言い放った。ピクリと眉を動かした店員が手元のお盆を強く握りしめるのが見える。静まり返った部屋で、その擦れる音が嫌に鳴った。


「キーフを理解している客人やと伝わっているにもかかわらず、あえてこちらの言葉遣いを使うて嫌味を重ねるとは…えらい浅はかな事をなさいますなぁ」


これまで一度だって揺らいだことがなかった葵の魔力。それが、まるで猛獣が尻尾を地面に叩きつけて怒りを表しているかのような絶対的な圧と共に部屋中を支配したのだ。これ、めっちゃ怒ってる。視線だけでヴィルに助けを求めたルシエ。一方でヴィルはそんな視線を受けソフィに助けを求め、そのソフィはオルコスに向けて何とかしてねと僅かに震える体と固い笑みを浮かべた。最後の望みを受けたオルコスは全力で首を振って俯く事しか出来ない。


「上の型がお決めになった事を、アンタの都合で捻じ曲げて…こちらに敵意を向けているおつもりどすかぁ?まぁ、その先に何が待っているかまでは、ウチの知った事やおへんけど」

「なっ…この小娘が、」


徐々に顔を赤く染めた店員が反論交じりに葵に掴みかかろうとした瞬間、その体は慌てて飛び込んできた他の店員によって床に沈められた。恐ろしい程の速さで発動された風魔法によって、強制的に床に押し付けられたのである。一方の葵はそれでも睨みつけてくる店員に絶対零度の視線と魔力による圧をかけ続けている。そんな様子を見ていたヴィル達は背筋を伸ばして震えていた。それも、葵がさりげなく背中側に手をやって招くような仕草をした事で強制的に切り替わる事になったが。


「誠に申し訳ございませんでした…!この者は未だ経験が浅く、」

「経験が浅い店員を、外からの客人に付けたんや。その意味、分こうてはるんかな。…それで、どう落とし前を?」

「っ…格なる上は、誠心誠意土下座を、」


「葵、そこまでにしておけ。今回俺達が訪問に到った目的は、キーフ領の者たちとの対立関係を深める為ではない。年若い店員の過ちなのだろう?ならば、仕方がないな。本来なら”国家反逆罪”を適用しても問題ない訳だが…我々が今回の訪問を終えるまでの”円滑な補助”を約束してもらえるなら、特別に見逃しておく」

「研修不足は大問題。一般の民だからと言って、許される内容ではなかった。素早い改善を求める」

「…非常に不愉快な気持ちにさせられた事実は揺らぎませんからね。わたくしも、今後キーフ領の皆様とお付き合いする際の在り方を考え直すべきでしょうか。その点について、如何お考えですか?我らがオーフの大賢者よ」


何か、とんでもない要求をしそうになっていた葵を止めたのは、ヴィルだった。タイミングを見計らったように挟まれた発言に不満気ながらも口を噤んだまま、大人しくなる。そんなヴィルを援護するように口を開いたルシエとはまた違った行動をとったのがオルコスだ。普段の無表情を作り替えて、心底困ったように眉を顰め小首を傾げた彼女が続きを求めた先に居たのはソフィだった。三人の発言に元々蒼白だった顔の色を更に悪くしていく店員を横目に微笑を浮かべたソフィは、いつの間にか呼び出していた杖を片手に瞼を細めた。


「そうだねぇ…たった一度のミスが、この世界では命取りだ。籠の鳥であった現状に免じて、今回ばかりは広い心を見せてあげても問題ないんじゃないかなぁ。今後の外交に向かう姿勢の改善は必須だと思うけどねぇ」


たった一瞬で、全てが決まった。元より外部からの来訪者の監視役や案内役を務めている立場の者が自ら薦め案内した店。そこで不祥事があったともなれば、キーフ全域とて他人事にはできない。ましてや、領内でのつながりが非常に強いキーフだからこそ、連帯責任という単語の名のもとに彼らは今後強制的に変わっていかなければならないのだ。結末を理解した葵はわざとらしく息を吐いて、それから再び店員たちを睨みつけた。


「貴き身分を持つ彼らに免じて、この場は収めておく。しかし、次は…ない」

「寛大なお心遣いに感謝いたします。本日のお代は勿論の事、今後一切皆様から代金を請求するような粗相は致しませんので、どうぞごゆっくり心行くまでお過ごしくださいませ。…おい、何してはるんや。はよ立ち上がり!!…それでは、失礼いたします」


会話の最中ずっと畳に顔面を押し付けられた結果、その頬や額に畳の跡を付けた店員は引きずられる様に退出していった。最後に深い礼をとった店員が静かに襖を閉ざす。途端に、沈黙が広がった。静かに手を振って結界や魔法を施した葵は、両腕を広げてその場に倒れ込んだ。


「ふあ~~…これで、多少は中身のある訪問になるんとちゃう?」


その一言に今度こそ、本当にようやく全身の力を抜いた一同は机に上半身の体重を預ける様に倒れ込んだ。


「…いや、本当に名案だった。突然口喧嘩を始めた時は何事かと思ったが、お陰で道中の様々な面での融通が保証されたどころかトート上層部でも長い間問題視されていたキーフ領との外交問題も大きく前進できた」

「ルシエ、途中から笑っちゃいそうだった。勝ち馬には乗るしかない。…でもアオイ、割と本気で怒ってた…?」

「ふふん、それはどうかなぁ?ま、皆の役に立てたんならそれでウチは十分やで!」


へらりと笑った葵から、少なくとも先ほどまで感じていた絶対的な圧や揺らぎは見られない。意図的に普段制御している魔力を揺らがせるなんてソフィでも手こずる程度には基本出来ない芸当なのだが、果たして葵は実際の所何を思っていたのだろうか。それはもう、シュレディンガーの葵状態で知らない方が良いのだろう。


「わたくし、しっかり求めらえた演技が出来ていたでしょうか…」

「皆、葵ちゃんの意図に気付いた上でしっかり必要な発言が出来ていたと思うよぉ。これで煩わしい監視の目も完全になくさざるを得なくなっただろうし…何より、国を使って対抗できたのが大正解だったかもねぇ」


兎にも角にも、先程までの空気をなくして気が抜けた様子の一同は各自、一瞬で進んでしまったキーフと外部との有り方に整理をつけた。


「…あ、せや」


そんな中で、ふと思いついたように杖を呼び出した葵は、全員の足元から少し離れた位置に器用に小石を作り出した。ソフィさえもが不思議そうにその様子を眺めている事を確認してから、静かに杖を振って全員の正座をしたままの足に小石を落とす。


僅かに小石が足に触れた衝撃の直後。


「いっ……!?!?な、何だこれは、は!?」

「わ、な、あ…ぁ、い、いた…なに!?」

「んーーーっ!?」

「これ、は……はじめての、いたみ…なのかなぁ???」


その場で崩れ落ちて違和感を発する足を抑えようとして、更に痺れを増加させ蹲ることしか出来ない四人。どこの世界でも、正座に対する悪戯の効果は最強なのだ。これで、生まれてしまった重たい空気も元通りだろう。満足気に頷いた葵は、元気いっぱい余裕の表情で立ち上がり、苦痛に悶える四人の足を直接指先で突いて回った。最終的にソフィから気の抜けた魔力弾が飛んでくるまで、その悪戯は終わらなかったとここに記しておこう。


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