40話 キーフ訪問
「え、旧キーフ領へ訪問?それって、そんな簡単に出来るもんなん?」
「正確には真正面から見学、という名目で乗り込むだけだがな。ルシエがお前に渡した記念品のお陰で、全員が立ち入り条件を満たせたんだ。どうせなら行ってみるか?」
誕生日会を無事…、各々思う所は残しながらも終えた一同は、技能大会が終わって以降暫く続いていた忙しい日々も落ち着きを見せはじめ、ようやく日常を取り戻しつつあった。元々予定の合間を縫って各自で資料捜索を中心に行っていた研究課題も、ついに4人揃って進められるようになったのである。それぞれが異なる方向から集めた資料は、情報処理速度を一気に加速させていた。今日も今日とて授業が終わった彼らは事前に貸し切りにしている学習室に集まり、キーフが辿ってきた大まかな年表、立場関係、食糧事情などの情報を照らし合わせて正しいキーフの経歴に関する考察を行っていた最中に、ふとヴィルが思い出したように口を開いたのだ。
「へー、めっちゃ面白そうやん!な、ルコちゃん!」
「え?えっと…はい、そう…ですね?」
新たな未知の気配に速攻で飛びついた葵は真っ先に賛成の声を上げ、強引に巻き込まれたオルコスも一応賛成側に立つ。そんな二人に対して、面倒くさそうな表情を浮かべたのがルシエだった。
「旧キーフ領…正直な話、行ったところで得られるものがあるとは思えない」
「まぁ…そうだな。あの地域の民たちは、代替わりをしても尚一貫した国民性を変える事無く、閉鎖的で厄介な言葉の言い回しを好んで使っている。独特の対人文化が発展しているせいで、事前知識を持たない外部の人間は一方的に非難されて門前払いされることが殆どなんだ」
提案者の割に否定派のルシエの意見に賛同するヴィルを葵は思わず白い目で見てしまった。2対2の構図になれば、明らかに提案者側であるヴィルの意見が優先されるに決まっているではないか。そんなささやかな不機嫌の気配を察知したのだろうか。意外なところから口を挟んだのは、巻き込まれただけで自分の意見は実のところ全く口にしていないオルコスだった。
「ですが、少し考えてみましょう。以前アオイちゃんが仰っていた通り、現地収集は大切な事だと思いますよ?キーフの方々との会話は勿論必要ですが、それ以外の生活様式や植生に意識を向けての見学であれば得られるものがあるかもしれません」
「ん…それは確かに。ルシエ達はこれまで、キーフ人との交流にばかり目が向いていた節がある。交流を前提としない訪問であれば、研究が進むかも」
オルコスの提案に納得の表情を浮かべたルシエは、小さく頷いてヴィルに視線を向けた。3対1にまで持ち込めば、真面目なヴィルが結論を曲げる心配はないだろう。それにしても、一体何故オルコスは葵の味方をしたのだろうか。現状の会話の中で葵の意見を尊重する理由は特になかった筈だし、ここで訪問の話がなくなっても葵が大した反応を見せないことだって分かっていた筈なのに。不思議そうにオルコスを見詰める葵の視線に気付いているのかいないのか、兎に角ヴィルが肩を竦めて結論を肯定するように頷いた様子を満足げに見詰めて小さく息を吐いていた。そういう所も、彼女らしくない。場を保つために口を開く事はこれまでにもあったが、意見を変えかねない発言をして、案の定緊張を吐き出すような素振りさえ見せている。オルコスは、誕生日パーティーの記念品授与が終わってから少しだけその在り方を変えていた。
「取りあえず決定だな」
「キーフ…事前に見ておきたいものを纏めておくべき」
「楽しみですね…!」
ヴィル達はオルコスの変化に気付いているのだろうか。ルシエは、ソフィは、チトは?違和感を感じている仲間がいるかどうかも分からない以上葵はそれを口に出す事が出来ないまま、思考回路を一時的に放棄した。キーフ訪問そのものに意識を集中させれば、いつか言い出そうと考えていた内容をふと思い出して手を上げる。三人の意識が集まった事を確認してから葵はその手を下ろして、何となく両手の指先を腹の前あたりでいじりつつ視線を落とした。
「あのね、キーフってさ…なんか、ウチが元々住んどった地域と似てる所が多いんよね。最初は気のせいかなーって思っとった事もあったけど、キーフについて詳しくなればなるほど確証が増えてきて。上手くやれば、キーフの人ともお話できる…かも?」
「確かに、アオイの言葉の訛りはキーフ人と似ている」
不確定な提案をするつもりはなかった。けれども、ルシエの発言を聞いて少しでも自分が何か出来るとすれば、彼女が全面的にヴィルを発端に一番最初に葵が賛同したキーフ訪問を楽しんでくれるのではないだろうか。そんな曖昧な感情のままどうにか紡いだ言葉たちは、しっかりとルシエに拾われたようである。どこかルシエが浮かべる表情が柔らかくなった様子にほっと胸を撫でおろした葵は、切り替える様にわざとらしく白紙を手に取って、知りたいことリストを書き始めた。
「お菓子の事、遊びの事って…、全く、アオイちゃんらしいですね」
「実際に領内で使用されている魔道具についても確認したい」
「後はね~、調味料の事とか!こうやって書き並べると、気になる事いっぱいやね!」
そんな葵の手元を覗き込んだ二人が要素を足して行き、学習室は騒がしくなってきた。楽しそうに計画を立てる女子三人の様子に肩を竦めたヴィルは、全員に聞こえる様に少しだけ声を張り上げる。
「俺が申請を立てておくから、現地での行動計画は任せたぞ。詳しい日程は決まったら報告する」
三つの良い返事が返ってきたことを確認して、早速申請の準備の為にヴィルは学習室を離れる。何気ない一言によって、旧キーフ領への訪問が決まったのである。
―――
「…今更キーフに?俺は絶対に嫌だね、あの国大っ嫌いだから」
「エトちゃんならそう言うだろうと思ってたよぉ。…仕方がない、今回はボクが付き添い役を買って出るとしますかぁ」
一応は四人が進める研究課題の導き手という立場であるソフィは、不定期で学習室に顔を出している。偶然にも話が決まったその日に学習室を訪れた結果、見学が決定した話を聞いたソフィはその足で小屋で魔導書を読んでいたチトの元へと向かって全貌を伝えていた。ソフィ自身もキーフが好きなわけではない為、欲を言えばチトが葵の好奇心を心配して引率を引き受けてくれるのではないだろうかと狙っての話だったが、考える間もなく全力で拒絶されてしまえば仕方ないと溜息を零すしかなかった。
研究課題関係での訪問という名目であれば、保護者的立場の引率が必要になるだろう。けれども、学園の教師程度でどうにかできる相手ではなく、ならば白羽の矢が立つのは導き手であるソフィか、葵の直接的な保護者でありトートの大賢者であるチトの二人に固定される。お互いキーフに良い思い出がないのは共通の問題なのだが、自分以上にチトがキーフを嫌いだと公言する理由を何となく理解しているソフィは、今回ばかりは押し付ける気にもならなかったのだ。
「ボク、結局あの国に行く事はなかったからねぇ。てか、行く前に国自体が無くなってたんだけどぉ」
「あっそ。じゃあ楽しんでこれば?」
「八つ当たりしないでくれるぅ?…200年経って人間嫌いは多少マシになったけど、キーフ嫌いだけはどうにもならなかったかぁ」
「寧ろあの国を好きになれる要素がどこにあるだって話だろ」
「あの子が育った国」
これ以上話題に出すのも嫌だ、と言わんばかりに顔を歪めて吐き捨てられたチトの問いかけに、ソフィは取り乱すことなく静かに答えた。思わず、と言った様子でソフィを睨みつけたチトを前に感情の読めない笑みを浮かべたソフィは杖もなく一冊の本を取り出す。横目でその表紙の文字を解読したソフィは、視線を逸らしつつ深いため息を零した。そんな様子をくすりと鼻で笑ったソフィは一枚目の表紙を捲った。
「…キーフ国がその他の世界と共存不可である所以。一つ、」
「キーフ国は世界に属する国でありながら、個である事を強く望んでいる。他国の文化を取り入れようとする行為を酷く拒み、また同時に自国の文化が他国に流出する事を極端に恐れる、弱小な国民文化が蔓延した終末国と言っても過言ではない」
スラスラと口を開いたチトは机に顔を伏せてしまっていてその表情は窺えない。それでも、本の内容とチトの口から吐き出される発言が一致している事態に苦笑を零さざるを得なかった。
「世界で広がる新たな革新的技術の一切を受け入れない代わりに、キーフ国内では独自の技術発展が目覚ましい。新たに開発された電気という力は、魔力や炎を一切使うことなく灯りを灯すことが出来る雷属性魔法によって得られる結果に非常に近しい力だ。これは、全世界における革命的な技術の一つと言えるだろう」
「…流石、一言一句間違いがない。よく覚えてるねぇ…おぉっと危ない」
「何回その本に目を通したと思ってるんだ」
本を脇に抱えて適当な拍手を送ったソフィの本めがけて、問答無用でチトが放った魔力弾が向かってくる。それを一方的な魔力操作で権限を奪ったソフィは勢いを逸らして窓の外、空に向かって飛ばしてしまった。舌打ちを零したチトを前に本を空間魔法で収納したソフィは、チトの正面の椅子に腰かけて頬杖を突いた。睨みつけられても一切崩れる様子のない笑みに深いため息を吐いたチトは、呆れ半分で顔を逸らす。
「全く…最近のお前はやけにちょっかいを掛けてくるな」
「ふふ、ボクだって色々考えてるって事だねぇ。君も薄々勘付いてきているだろうけど、恐らく世界は変革の時を迎えようとしている。それが新たな繁栄に向かうのか、それとも…再び崩壊に向かうのかはボクにだって分からない」
そう言って目を瞑ったソフィの瞼の裏には、変革のきっかけとして世界の様々な心理と遭遇させようと始めの頃は息巻いていた一人の少女の姿が浮かんでいる。純粋無垢で、笑顔が良く似合う明るい少女。そう、自分が思い込んでいただけのきっとごく普通の少女。果たして、彼女に全てを託すことは正解なのだろうか。それは、背負わせる事と紙一重なのではないだろうか。全てが崩壊に向かったとして、彼女はそれを止めるべく立ち上がってくれるのだろうか。…答えは全て否、今の己に出来るのは少しでも彼女と言う存在を見極める事だけだ。
ゆっくりと瞼を開いたそこにあったのは、普段のへらへらと気の抜けた笑みを浮かべるソフィとは大きく違う真剣な表情を浮かべた”最古のエルフ”だった。その変化に気付いたチトは、机に預けていた上半身を持ち上げ無意識に背筋を伸ばして耳を傾ける。
「一つ、世界からの回答を授けよう。…世界樹によって、新たな魔王誕生の布石が撒かれた。活動を停止していた魔王軍たちの封印も解け始めている。……ねぇ、君はどうするのかな?嘗て魔王に最も近い場所に居た、”魔人”である、君は」
世界樹、魔王、そして魔人。チトの脳内を駆け抜ける懐かしくも忌々しい単語に顔を顰め、それからソフィとの視線を外した。少なくとも、今の自分には関係ない話だ。そうであって欲しいと、心から願っている。だからこそ、目の前のエルフからの世界に対する告げ口にチトは適当に答えるのだ。
「……さぁな」
どこまでも退屈そうに言葉を吐き捨てたチトは、立ち上がって書斎の方へ向かっていく。去っていくチトの後ろ姿が見えなくなるまで、ソフィは何も言わずにただ眺めていた。
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