とある記憶 20
「…はぁ、魔族が住み着いた?この迷宮にか?」
ようやく目的の迷宮都市に辿り着いた一行は、旅の疲れを癒すべく数日を観光と休養にあてて、ついでに情報収集を行いながらついに攻略に乗り出そうとしていた。しかし、準備万端で迷宮の入口へ向かったところで冒険者協会の職員に止められてしまったのだ。不思議そうに首を傾げたチトの疑問に答える様に職員は気だるげに説明を口にした。どうやら同じ説明を何度も繰り返しているらしい。
「そうだ。元々この新しい迷宮はキーフと根強い因果関係があると研究結果が出ていて、如何にして閉鎖的なキーフ人をパーティーに加えることが出来るかという前提条件がある時点で攻略難易度が高かったんだが…。はぁ、それなりに上手く攻略を進めていたパーティーが壊滅状態で命からがら逃げ帰ってきたんだ。生き残りの話を聞けば、下層域周辺に上位魔族が住み着いていて、とてもじゃないがこれ以上の探索は自殺行為だって話らしい。冒険者協会として無駄に冒険者を死地へ生かせる趣味はないんでね、一時閉鎖を判断した」
顔を見合わせた3人は、どうしたものかと首を捻る。事前に集めていた情報で今回の迷宮がキーフと関連している事、攻略が難航している事は把握していたが、少なくとも昨日の時点でめいきゅが閉鎖されるなんて話は出ていなかった筈だ。基本的に迷宮は出現した地域及び国の所有物扱いとされるが、攻略が完了していない迷宮に限ってその管理は冒険者協会が担う事になっている。それは、国側としても如何なる利益が出るか不明な物を即刻管理した結果、何かしらの災害につながる可能性を否定できないからだ。現時点で迷宮が攻略されていない以上、確かに現時点での所有者は冒険者協会に一任されているが、そこに果たして閉鎖する権利までもが与えられるのだろうか。
今の世界情勢から可能性を探るとすれば、戦争によって国自体の力が弱まっているのかもしれない。まぁ、それを彼らが気にする必要も、意味も何もないのだけれども。
そもそも迷宮は、冒険者協会に所属する冒険者は勿論、国が派遣した兵や研究学者、商人や旅人に到るまで全ての人間に入口を開いている。つまり、冒険者協会の一員でなくとも立ち入りは可能なのだ。それでも冒険者協会が強い権利を所持しているのは、偏に冒険者協会側が対象の迷宮に纏わる情報を独占、一般人から国相手まで幅広く売買しているからである。つまり、冒険者として情報を集め、協会に売る事で利益が出るから冒険者が多く攻略を望むのだ。とは言え、それだけである。
「…えーっと、」
冒険者協会が一時的に管理を行っているのは当然の流れだ、けれども、同じ協会に所属する冒険者以外にも立ち入りに関わる判断を決定させ強要するのは間違っているのではないだろうか。ソフィは兎も角、現時点でXXXとチトはその結論に至って困惑していた。まさか、自分たちが知らぬ間に冒険者協会の立場が異様に上がったりしているのだろうか。いや、常識的に考えて国側がそれを許すとは思えない。組織間では互いが牽制し合う形で協定を結び、それは少なくとも百年単位で続いているのだ。
「文句なら協会支部に言ってくれ。あぁ、どうしても攻略に挑みたいなら正式な討伐任務として提示された上位魔族討伐任務を引き受けろ。但し、遊び半分じゃ困るんでね、保証金は高くつくぞ」
「今この迷宮に入れるのは、その任務を引き受けた冒険者だけ、って事?」
「その通りだ。少なくともBランク以上の冒険者が最低4人以上、もしくはパーティー内にAランク以上の冒険者がいれば受注可能だ」
値踏みするような視線で人数を数えた職員は、ソフィを視界に入れた途端目を丸くした。恐らくは、ソフィの特徴的な耳の形に気付いたからだろう。それから慌てた様に今度はXXXの服装に考え込み、最後にチトを見て首を傾げた。
「その耳、アンタもしかしてエルフか?そっちの嬢ちゃんは服装からしてキーフ人、成程若者パーティーかと思ったが、本気で攻略をしに来てたんだな。…そっちの兄ちゃんは…あー、普通だな?」
「はぁ!?俺はこれでも1000年以上生きてる人外種だ!!」
「そ、そうなのか?それは悪かったよ…」
確かに一見すれば三人は都市内部ですれ違った他の冒険者たちの様に肉体的に鍛えられている訳でもなければ、服装なども常に清潔に整えられており、上品で金持ち染みた空気を纏っている。冒険者は生活に困窮した者が辿り着く砦の様な立場でもある以上、三人がまさに冒険者だから迷宮攻略にする事になったとは思えないだろう。ならば予想できるのは、金持ちの子供が遊び半分で攻略に手を出した、等と言った一種の侮辱的な状況である。確かに迷宮攻略を行う一般人など基本的にはいないし、どうせ攻略するなら冒険者になった方が得が多い。けれども彼らは、あくまで一般人として迷宮攻略に来ていた。冒険者協会を通す気がなければ、情報を融通する予定など到底なかったのだ。
三人の立場をある程度理解した職員は、少し考え込むような素振りをみせてから腰にぶら下げられた小さなポーチから紙を取り出し、何かを書いて渡してきた。代表して受け取ったチトの手元を覗き込む二人は、その内容を理解して職員の顔を見上げた。
「これ、私たちが貰っちゃっていいの?」
「真剣に攻略に来たってなら話は別だ。博識名高いエルフにキーフ人までいるんだぞ?討伐任務を引き受けた冒険者と一緒に攻略を進めてもらった方が余程都合がいい」
「ふぅん?…ふふ、エトちゃんはいらないってことぉ?」
「黙れクソエルフ、ようやく喋ったかと思えば何言ってんだ」
「別にぃ?」
面倒な人間同士のしがらみについて考える事を早々に放棄していたソフィが、愉しそうにチトに話しかける。それを適当に躱したチトは、小声で冒険者っぽい…!などと言いながらメモをチトから取り上げて何度も見返していた。どうやら次の目的地が決まったらしい。三人の緩い反応に若干心配そうな様子の職員に軽く礼を言って、冒険者協会への道を歩き始めた。
「なーんか、面倒くさい話になってきてねーか?」
「上位魔族かぁ…。この前チト君が森で倒してたのが中位魔族だっけ?強さの指数が分かんないかも」
「そうだねぇ…、一般的に上位魔族は中位魔族が100体集まった程度の力を持っているとされているよぉ。あの時みたいに魔力だけで制するのは、流石にエトちゃんでも厳しいんじゃないかなぁ」
「ふーん?」
首を傾げたXXXの問いかけにソフィが応えるも、特に興味を惹かれなかったらしい。少し振り返って既に他の冒険者に立ち入り禁止の説明を再開している職員の様子を伺ったXXXは、杖を呼び出して両手で握ると速足で二人の前に立った。自然と足を止めた二人の顔を覗き込むような姿勢でXXXが口を開く。
「それで、行くでしょ?上位魔族討伐」
こてりと首を傾げつつ放たれた問いかけに、一瞬ぽかんとした二人は顔を見合わせてから苦笑を浮かべた。
「…まぁ、ぶっちゃけ上位魔族程度ならどうとでもなるからな」
「その邪魔者さえ退けちゃえば、ボクたちが攻略一番乗り確定って事だもんねぇ」
「だよね!私、冒険者協会Sランクの証持ってるけど、これって数百年前の物でも使えるのかな?」
「うーん…元の仕組みは大きく変わっていない筈だから、特に問題ないと思うけどぉ…」
XXXが空間魔法で取り出したのは、黒い銀板に銀色の文字が書かれた手のひらサイズのカードだった。それを見せびらかす事もせず、疑問の解消の為だけに利用しそれを目視したチトやソフィが大した反応を示さない時点で、三人が基本的に人類を凌駕した存在である事が透けて見える。同じように空間魔法でチトが取り出したのは、銀色のカード。XXXのものよりいくらかシンプルで情報量が少ないそれを暫く眺めていたソフィは、小さく首を振って笑った。
「エトちゃんのは流石に無理だと思うなぁ。だって、それ文明跨いじゃってるし。同じ理由でボクが持っているカードも使えないだろうねぇ。ここまでの移動中に使ってた身分証代わりのカードは、ゼロから作り直したCランク程度のものだし…つまり、ここはXXXちゃん便りって事。任せるよぉ?」
「おぉ~…うん、任された!ふふん、やっぱり頼りになるのはこの私、と!」
得意気に笑ったXXXは、先頭を切って元気良く冒険者協会までの道を歩き出す。その様子を小さく笑ったソフィは、のんびりと追いかけていった。
「…なんだかんだ、平和だな」
どこまでも続く仄暗い空を眺めて肩の力を抜いたチトは、少し離れた位置から遅いと呼びかけてくるXXXに向かって小さく手を振りながら走り出した。
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