とある記憶 19
「うわぁ…!まち、街だーーーっ!」
「あんまりはしゃぐと田舎者がバレるぞ。頼むから大人しくしてくれ」
「人!チト君人がいっぱいいる!!」
「あぁ…はぁ、そうだな、いっぱいいるなー」
「わ、魚!チト君あれ、生魚だよ!」
「はいはい魚…っておい、あんま遠く良くなって、あーもー言った傍から…」
冒険を続けて早半年、時折戦争の余波による足止めを食らいながらもようやく目的の迷宮周辺で発展している都市に辿り着いた。事前情報の通り海鮮市が栄えており、これまで長らく大森林の中を進んできた一行は潮の香りに空気の違いを感じて思わず口角を上げた。矢張り、普段と違う環境を味わえる冒険は何度繰り返しても胸が膨らむものである。
瞳を全力で輝かせたXXXは始めこそソワソワと落ち着かない程度だったが、ついに目玉の海鮮市場に到着した途端大はしゃぎであちらこちらに吸い寄せられていく。始めは元々興味があった目的の一つだったからと微笑まし気にその様子を眺めていたチトだったが、次第にその動きが活発になっていくにつれて流石に焦り始める。迷宮出現もあって元々栄えていた都市は更にその規模を拡大しており、何処を見渡しても商人や冒険者、市民で溢れかえっているのだ。そんな場所で一度はぐれてしまえば果たして再開までにどれ程の時間が掛かってしまうだろうか。考えるのも恐ろしい。
「チト君あっちも行きたい!早く早く、置いて行っちゃう、よ…わぁ、」
「成程、こうやって捕まえておけば逸れることはねーか。最早首輪でも作った方が手っ取り早いか?…って、なんで急に大人しくなったんだよ、XXX」
逸れた相手がソフィであれば放置していても勝手によく分からない手段で合流してくるだろう。けれども、XXX相手にソフィがその得体の知れない力を使ってくれる保証はなかったし、そもそも普通の人間とは違う自分だから合流が可能だったという前提があったとすればただの人間であるXXXはその対象から外れてしまうのだ。だから瞬時に思考を回したチトは、結局物理的に捕まえておけば問題ないという単純明快な結論に至った。そうして今まさに傍を離れようとしていたXXXの掌を自身の掌で掴み、握り込んだのである。けれども一体なぜなのか、途端に大人しくなったXXXを不審に思ったチトは身体を引き寄せてその顔を覗き込む。
「おーい?…いやなんで顔逸らすんだよ」
「…うるさいなぁ、」
「え、俺なんかした??」
その表情を確認しようとして、思い切り逆方向に逸らされてしまえばどうする事も出来ない。どことなく頬が赤くなっているような気もするが、先程までの様子を見る限り体調不良という結論は考えにくかった。どうしたものかと首を傾げるチトにデリカシーなく答えを教えてしまったのは、ソフィだ。人間の瞬間的な感情を理解できる癖に、本質的な恥ずかしいという気持ちそのものは理解できない残念エルフの口は誰にだって制御できない。
「ふふ、XXXちゃんはねぇ、照れてるんだよぉ?そうでしょ?」
「うあ~やめてってソフィ君!違うよ、子ども扱いされたみたいで戸惑ってただけ!」
「じゃあ、辞めてもらえばいいんじゃなぁい?」
「そ、それは、その…また別の話、って言うか…」
耳まで赤く染めてぼそぼそと喋るXXX。普段はハキハキと自分の意見を告げてくる彼女の珍しい姿にチトは困惑するしかなかった。己はXXXの中の子供心とやらを刺激してしまったのだろうか。少なくとも子ども扱いしたつもりはなく、そもそも子ども扱いが一体どういったものなのかもあまり理解しきれていないチトではXXXの心理を理解する事は出来なかった。何やら玩具を見付けたのか上機嫌でXXXに話しかけ、バッサリと切り捨てられたソフィはそれでもにこにこと笑っている。どれだけ考えても理解が出来なかったチトは、結局強引に話を切り替える事を決めた。
「取りあえず宿をとるぞ。XXXは…あー、手はそのままでいいんだろ?絶対に離すなよ」
「…ぅ、うん…」
「急にしおらしくなったな…。体調不良には見えないけど、無事到着出来て安心した結果疲労でも出てきたんじゃねーの?
確かに想定より長旅にはなったからな」
「…違うもん。乙女心はフクザツなんだから!全く、チト君はなーんも分かってないね」
「は、乙女ぇ?」
「はぁーーー!?今チト君私の事馬鹿にした?絶対馬鹿にしたよね!?」
どうにか普段の調子を取り戻したXXXのチトを馬鹿にするような発言は、見事に煽り返されてしまった。けれども、お陰でそこに先ほどまでのチトには理解できなかった雰囲気はもうなくなっている。しっかりと手を繋いだ二人が口喧嘩をしながら進んでいく。どれだけお互いを煽り合っていても、決して結ばれた手は離れないのだから愉快なものだ。そんな事を少し離れた場所から眺めつつ考えていたソフィは、心の底から零れた苦笑に自分で呆れてしまった。二人の関係が一体何なのか、それを理解出来る程ソフィは人間を知らない。けれども、決してただの同居人では済まない事くらいは、分かっているのだ。
「騒がしい迷宮攻略になりそうだねぇ」
ぽつりと肩を竦めながら呟いた言葉は、都市の喧騒に飲まれて消えていった。
本当の冒険が、始まる。
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