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とある記憶 18


「チト君、この村…」

「……あぁ、そうだな」


ソフィと別れて迷宮への移動を続ける二人は、大森林の脇にひっそりと作られた集落を見付けて足を止めた。基本的に人間が住むことは難しいとされている場所だが、実はこれまでにも僅かながらそう言った場所は見かけている。それは、遥か昔からその場所に住み続ける一部の部族や、権力争いに敗れひっそりと隠れる様に移り住んだ貴族等様々な事情があるが、恐らく今二人の目の前にある閑散とした雰囲気の集落も似たような類なのだろう。そう言った場所に住む者たちは基本的に外部との干渉を避けたがる傾向があったため少し遠回りをしてでも面倒事回避の為に近づかない選択をしてきたが、今回の集落に関しては事情が違った。


まだ集落の全貌を確認するには距離がある段階でチトを呼び止めたXXXに応える様に、無表情でその先を見詰めたチトは肯定するように小さく頷く。そうして杖を呼び出した二人は、ゆっくりと集落の中へと足を踏み入れていった。


「ひどい…」


客観的に見ればあるべき普通の日常生活が繰り広げられているように見えているが、外を出歩きどこか機械的に田畑を耕すなどの作業を行う村人からは一切の生気が感じられない。そもそも、対して隠れもせず堂々と集落に入り込んだ二人に対して視線の一つも向けていない時点でその異常性は明白だった。自我の存在しない、無言の集落はまるで一つの人形劇を見ているかのようで君が悪い。けれどもそれ以上に二人が表情を歪めた一番の理由は、わざとらしく集落全体を包むように充満させられた禍々しい魔力の気配だった。


「それなりの魔族の気配だ。この手の魔力に触れるのは随分久方振りだが…間違いない、戦線に立っていたモノ達の残党だろうな。数は1、建物雰囲気から察するに侵略されたのは相当前の話と考えられる」


嘗て繰り広げられた世界戦争時代に置いて、地上の生命体の約10分の1を占めていたとされる魔族。その特徴の一つに、魔力を用いて周囲の弱い同族や人間を意のままに操る悪質的なものがある。まさに、今目の前で行われている状況そのものだ。


「そこそこ力を持った魔族らしいな。数十年生きた程度の人間じゃ、それこそ抵抗不可能だ」

「この腐敗臭…きっと、この集落の人たちは長い間消費者のいない食糧生産を続けていたんだね。臭いの元らしい建物の構造的にも、あそこが食糧庫みたいだし」


明らかに中身が溢れて鼻の奥を突くような異臭を放つ倉庫に、まさに住人の一人が両手いっぱいに抱えた新鮮な野菜を放り込んでいる。住人には腐敗防止の魔法措置がされているようだが、食料や道具、建築物にはその一切を感じない。壊滅状態の集落で繰り広げられる人形劇は、明らかに魔族の幼稚な趣味が示されていた。思わず杖を構えて村全てを消滅させようと魔力を集め始めたXXXを掌で制したチトは、瞼を細め改めて村の全貌を確認してから深呼吸を行う。途端に周囲に溢れ出した規格外の魔力量に、XXXは素直に目を丸くして気圧されるように蹈鞴を踏んだ。


「———出てこい、底辺魔族」


恐らくXXXの周囲には魔力が直接当たらないように調整されているのだろう。それでも感じる余波に無意識で体が強張る感覚を横目に、これは魔族風のダイナミックインターフォンなのだろうかとどこまでもズレた事を考えながらXXXはその様子を静かに見詰めていた。元々集落を包んでいた魔力を押し出す様にチトの魔力が厚く、濃密に広がっていく。そんな力にあてられて住人たちが制御を失い床に伏せていくが、XXXも気を抜けばその場で膝をついてしまいそうな程の圧倒的な衝動をどうにか抑えて現状を見守る事だけに意識を集中させた。そんな中で感じた、一際強い魔力の気配。


「ふぅん?所詮この程度…実に退屈な輩だな」


感情の消えた瞳で少し離れた位置に建てられた一際豪勢な建造物に視線をやったチトは、鼻で笑うと共に杖を構える。その横顔に、普段のくだらない茶番で騒いだり何気ない小物を送ってくれた姿はどこにもない。圧倒的で、威圧的で、絶対的な強者の気配を纏ったチトを前に、思わずXXXは息を呑んだ。


「ならば褒美だ、この俺が直々に呼び出してやる」


どこか愉し気に嗤ったチトは、普段使っている金装飾の杖とは違う銀をベースに怪しげで派手な装飾が施された杖を手に持ち小さく振る。途端に目の前に鮮血で描かれた魔法陣が光りと共に描かれて、その中心で苦しみ藻掻く魔族の男が現れた。その禍々しい悪の気配に再び杖を呼び出そうとしたXXXは、表情に対して異様に無感情な瞳を浮かべるチトに気付いてそっと手を下ろす。これは自分が手出ししていい問題ではないと悟ったからだ。そうこうしている内に怯える様に顔を上げた魔族の男は、不格好に足を暴れさせて後ずさった。


「…ひ、ぃ…貴方、様は…っ!!」

「なんだ、ただの中位魔族か。その程度で人類を再び掌握しよう等とは固唾が走る」


激痛を耐える様にのた打ち回る身体の至る所から赤黒い血で地面を汚し、それでも目線だけはチトから外さない魔族の男。困惑が恐怖へと形を変え、まともな言語を発する事すらできなくなるまでに必要だった時間はそう長くなかった。ここまで残酷な魔法で集落を壊した魔族が、あっさりチトの前で跪いて怯える姿にXXXはどこか冷めた感情を浮かべる。それは純粋な力を前にすれば途端に使い物にならなくなる魔族の有り方に幻滅したようにも、人類の根本的な弱さに呆れた様にも見えた。チトが一体どのような感情を浮かべているのかは分からなかったが、きっとXXXが想像した中のどれかなのだろうと思う。だからこそ、その瞳には何の感情も浮かんでいなかったのだと。


「この俺から直々に手を下されることを誇りに思え」

「……ぁ、」


見せつける様に杖の先を魔族の男へ向けたチトは、自分の身分をひけらかす様に、けれどもどこまでも退屈気な瞳でその言葉を口にした。思えば、チトが自分自身の立場を持って誰かと会話している姿を見るのはこれが初めてだ。慣れた様に、居心地悪そうに、様々な感情が入り混じった姿は過去の自分の姿と重なる部分がある気がする。きっと笑うべき場面ではないと分かっていながら、XXXの口角は無意識で上がってしまっていた。


「———塵一つ残さず消え失せろ」


杖を左から右へ一振り、そして柄の先を地面にとんと叩きつければ、魔法陣が暗く輝き始める。そうして光に飲み込まれた魔族の男は、チトの言葉通り何一つ残さず、言葉すら発することなく消え失せていた。XXXが全く知らない魔法陣。XXXが初めて感じたチトとの能力の違い。XXXがこれまで一度も見たことがなかったチトの姿。それらがXXXの脳内を静かに駆けまわる。


魔族が消えた途端、腐敗防止の魔法の効果が完全に切れた住人たちがサラサラと砂のように崩れて消えていく。そうして集落の内部を一陣の風が通り抜ければ、そこに残ったのは食料が腐敗した悪臭とボロボロの家屋、数秒前まで管理が為されていた畑や家畜小屋。突如として滅亡した集落が出来上がったのである。人の気配はないのに、家畜がどこかで鳴き声を漏らす音がする。けれども既に朽ちた柵に留まっていただけだった家畜たちは、人の気配が亡くなった途端自ら森の奥へと姿を消していった。


辺りに静寂が走る。


「…わぁ、魔法使い様かっこいいねぇ~」


少し前までは確かに聞こえていた仮初の生活音が消えた集落に響いた気の抜けた声に、確かに二人は肩の力を抜いた。銀の杖を消したチトは腰に手を当ててため息を零しながら声の主の方へ視線を向ける。


「茶化すな、クソエルフ。…ってか、意外と早かったじゃねーか」

「まぁねぇ、誰にも気付かれない様に色々工作してきたからねぇ。本だけ置いて、里を出てきたよぉ?」


あっさりと沈黙を破り捨てて、その場の空気など興味がないソフィは普段通りの調子でチトを茶化す。ソフィにとっては魔族に滅ぼされた訳アリ集落も、その結末も、チトが見せた魔法の数々も、茶化すという使命の前には無意味だったのだ。楽しそうに微笑むソフィの視界には、集落の一切が映っていない。きっと随分前から様子を観察していた癖に、相変わらずエルフから最も離れた行動をしている割にどこまでもエルフらしい情緒を持った男である。今も、空気を読まず…否、読めずに純粋無垢な子供のようにねぇねぇとチトの反応を伺っていた。


「…はいはい、分かったよ。魔法に完全特化したエルフを騙すとは流石だな。さっき魔法を使った時、ついでで周囲の魔族の気配も悟ったけど他は今のところ問題なさそうだった。ソフィも合流したところで先を急ぐか」

「あぁ、言われてみると魔族の気配は感じられないねぇ。それにしても…魔族が近付かない様に魔力で印まで残しちゃって、チトちゃんってば意外と人間の事好きなんだねぇ?」

「別に、気が向いたからだ。…XXXも、いつまでぼんやりしてんの、そろそろ行くぞ」


目の前で繰り広げられる一連のやり取りをぼんやりと眺めていたXXXに手を伸ばしたのは、怪訝そうな表情でこちらを覗き込むXXXが良く知るチトだった。たったそれだけの違いで、先程までのチトと今のチトがあくまで同一人物であり意図して接し方を変えているわけではないと理解できる。チトにとって先ほどまでの出来事は、XXXが魔物を討伐する事と変わらないのだ。だから、少々面倒だとは思いながらも魔族を討伐して、少しだけ人間を受け入れてくれたから守護に近い処理を施してくれた。根本は変わっていなくても、その先で進む道筋は明らかに小屋を出る前から変わっている。


「XXX?おーい、聞こえてんのかー?」


XXXの顔の目の前で手を振って見たり、覗き込んで首を傾げてみたり。本当に何も変わらない、普段と違う姿を見られたとどこか苦し気に振る舞う素振りすらない。これがXXXだったら、確実に引きずっていた。チトは昔を語らないが、決して隠すつもりはない。ただ、聞かれていないから言っていないだけ。体現するような振る舞いを見ていたXXXは、次第に自分が色々な問題について考え過ぎていたのではないだろうかと何故だか面白くなってきた。けれども、それを目の前で不思議そうに顔を見合わせる情緒初心者に伝えたところで理解の入口にすら立ってもらえないのだろう。だから、ここは敢えて普段のXXXらしく率直に振る舞う事にした。


「……かった…」

「ん?何か言った?」


「すごかった、チト君とーーーっても凄かったよ!!」


「おやぁ?」

「……はぃ?」


XXXは色々な事を考えていたが、その中の大きな筋の一つとして確かに感じていた感情は素直な興奮だった。見たこともない魔法、圧倒的な魔力、魔族を一瞬で葬る姿。どれをとっても凄いと、まるで幼い子供のような感想しか浮かべられないくらいに圧倒的だったのだ。きらきらと瞳を輝かせてチトを見上げれば、戸惑ったように数歩後ずさる。まるで、先程の魔族のようにどことなく緊張した表情が面白くて、逃がさないと言わんばかりにもう一歩XXXが踏み出せばチトは困惑気味に足を止めて、再びXXXの様子を伺うように視線を合わせた。待ってました、と言わんばかりにXXXは先ほどからの一連の流れで如何にチトが凄いと感じたのかを語り始める。


「あのね、さっきのチト君本当に凄かったの!最初に魔力が一気に溢れたところとか、それって今まで体内で完璧に制御されてたってことだよね!?私、初めて感じたもん!あとは魔族を呼び出したあの魔法!魔法陣の内容を解読できる範囲で見てたんだけど、」

「ちょ、お前落ち着けって」

「……ふふ、XXXちゃんは相変わらず面白い子だねぇ」

「それからね?あのねっ?」


その勢いは止まることなく、怒涛の誉め言葉の連続についにチトが顔を両手で覆ってしゃがみ込んむまで続いた。静かに崩壊した集落の入口で、元気いっぱい素直な想いを並べる少女とつい先ほどまでの振る舞い全てが台無しになって耳まで赤く染めて蹲る男。そしてその様子を楽しそうに眺めるエルフ。場所は変われど、やっている事は小屋に居た時とそう変わらない。これまでの冒険で大きく変わったかと思われた三人の在り方は、結局のところ芯の部分は何も変わっていなかったのだ。


「…も、分かったから勘弁してくれって…」

「え~、なんで?チト君本当に凄かったんだよ?何よりあの魔王みたいなやつ!滅茶苦茶強そうだったし強かった!」

「魔王って…俺は別に魔王なんかじゃねーよ」

「ふふん、それくらい圧倒的強者に見えたって事!チト君ってあんな顔もできるんだね」

「どんな顔だよ、悪口か?」

「違うよ?心の底から褒めてるの!」


羞恥が一周回って落ち着いたらしいチトがしゃがんだまま顔だけを上げてXXXの様子を伺う。上機嫌に笑ったXXXは何一つ取り繕うことなく恥ずかしい言葉を並べて、それでもまだ足りないと言いたげに未だしゃがむチトに向けて手を伸ばしながら言った。


「———ふふん、すっごくかっこいい顔!それから、誰かの為に一生懸命になれる顔。チト君って本当にこの旅の中で変わってきたよね。面倒だっていいながらもこの大森林の中に隠れ住む人間を刺激しない様に遠回りの道を選んだり、魔族に支配されたこの集落だって、見てみぬフリは出来た筈でしょ?……ねぇ、これからもずーっと誰かの為に動けるような、そんなチト君でいてほしいな!…私との、約束!」


「んだよ、それ…」


一方的で何の利点もないじゃん、そう続けようとしたチトは、確かに自分の意志で口を噤んだ。それは、目の前で心の底から楽しそうに、それでいてチトの成長を喜ばしいと思ってくれているXXXの表情を曇らせたくなかったからなのかもしれないし、人間の為に思考を使う事が思ったよりも苦だとは感じられなかったからなのかもしれない。兎にも角にも、そう言って伸ばされた手を拒むつもりにはなれなかったチトは大人しくその手に応える様に自分の手を伸ばし、腕を引かれる様にゆっくりと立ち上がった。そうして再びXXXから告げられた一方的な約束の内容を思い返して、小さくため息をつく。きっと、ほんの気まぐれとか、その程度。



「まぁ…お前が隣にいる時くらいは?守ってやるよ」

「ほんとに…?……ふふ、ありがとう!」



そうして勝手にチトの小指の先を取って、約束だと笑うXXX。一部始終を愉快そうに眺めていたソフィ。こうして大森林を抜ける道中で起きた一番の問題は解決され、三人が合流した以上のんびり移動する必要もなくなり彼らは迷宮への道を急ぐのだった。


先日の投稿の際に今後は平日のみ毎日投稿と説明しましたが、人生で初めて☆評価を頂き尚且つそれが満点だった事が本当に嬉しかったので、今週の土日は投稿を継続します。

いつも本当にありがとうございます。


☆評価やブックマークで応援して頂けると励みになります。次回も是非御一読下さい。

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