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とある記憶 17



「チト君って、相変わらず派手な魔法ばっかり使ってるよね」



大森林を移動する中で一時的にエルフの集落を目指すことになったソフィと別行動をしているチトとXXXは、のんびり植生の観察や記録を取りながら移動を続けていた。今も、それなりの頻度で飛び出してきた大型の魔物をチトが表情一つ変えずに討伐したところだ。死体と言うより、最早残骸と言うに相応しい無残な亡骸を引き気味に杖先で突いたXXXがぽつりと疑問を投げ掛ける。既に興味を失って先を進もうとしていたチトは足を止め、つまらなそうに振り返った。


「んだよ、ダメなのか?」

「別にー?ただ、折角魔物を討伐しても全部炭になって討伐証明どころか、素材採取も全くできない状態にされちゃうと勿体ないなぁって思っただけ。さっきチト君が倒した魔物はマテリアルドラゴン。トートでの扱いは知らないけど、環境や状況に合わせて鱗の性質を変化させる面白いドラゴンなんだよ?収集家からも、冒険者からも強く求められている素材で、キーフに持ち込めば一生遊んで暮らせるようになる位の価値はあるんだけど…」

「金に困ってないのにそんな事気にするのか?」

「そういう訳でもないけど…」


たった一つ、魔物に対する価値観だけでもチトとXXXには大きな違いがあった。チトによって片手間で討伐されたマテリアルドラゴンXXXが挑めば、負けることはなくともそれなりの苦戦を強いられる位には強い魔物。もしXXXが独りの時に遭遇していたならば、確実に素材採取の為に討伐方法を考え時間を掛けて倒していただろう。それは偏に勿体ない精神が働いたものだったが、チトが素材や金銭について本当にどうでもいいと思っている事にXXXは気付いていた。XXXにとっては沢山の価値を含んだ素材、チトにとっては進行方向を邪魔する魔物。根本から異なる価値観を如何に説明したものかと小さく唸ったXXXは、ようやく一つのアイディアに至って口を開いた。


「…ねぇ、人間の経済が回れば、世界が回るよね」

「……まぁ、この世界で一番数が多いのは人間だろうからな」

「世界が動けば、今はまだ存在していない新しくてとっても便利な魔道具や魔法陣が開発されるかもしれないでしょ?今だって魔道馬車とか、最近の写真機とか。極論魔法があれば解決できない問題はないのかもしれないけど皆が自由に魔法を使えるだけの知識や魔力を持っている訳じゃない。それに、私たちだってずっと一つの魔法を使い続ければいつかは魔力切れを起こす。持続性や高い再現性を持った便利な魔道具が生まれるに越したことはないと思わない?」

「素材があれば世界が発展する、って言いたいのか?」

「…うん、そんな感じ」


XXXの問いかけに暫く黙り込んでいたチトは、無表情のままゆっくりと顔を逸らした。小さく首を振って、深呼吸と共に顔を上げる。それはまるで、これくらいならいいだろう、とXXXに対して発言の内容を調整しているように見えた。悩む後ろ姿が己に対する信頼の証であるような気がして、少しだけ胸が温かくなったXXXは続いた言葉にぴたりと固まった。



「電波、って概念を知っているか?」

「……聞かせて」


完全に表情を消して、呼吸さえも無意識で止めたXXXはチトが今この瞬間、自分の方を見ていなかったことに心から安堵した。必死で捻りだした声音は震えていなかっただろうか、生まれてしまった間は不自然じゃなかっただろうか。爪の先が掌に酷く食い込むほどに強く手を握りしめたXXXが、内頬を噛んで追求の言葉を重ねたくなる気持ちを押し殺した。そんな様子など知らないチトは、平坦な声音で説明を続ける。


「それは魔力を一切使用しない、摩訶不思議なエネルギーで成り立っているらしい。それを通せば、どんな遠くの相手とも直接顔を合わせずに声同士で会話できるとか。確か…電話、って言ったか?…そんな技術が発展した世界が存在するらしい。電波は魔力と全く異なるエネルギーだ、俺達魔法使いが日常的に使用する魔力感知には掛からない、完全に不可視のもの。もしそんな技術が世界の発展と共に見つけ出されたら、今まさに発生している戦争はどうなると思う?」

「…その電波ってエネルギーが道具を動かせるようになれば、新たな戦術兵器の一つと数えられるようになるだろうね。しかも、現在の戦争において圧倒的優位に立っている魔法使いが一切関知できない。……チト君には世界が、…人間が、そうやって見えてるんだね」

「俺も人伝手…って言うか、エルフ伝手で聞いただけで詳しい話は知らないけどな。兎に角、俺が言いたいのは技術の発展が必ず世界の発展に繋がるとは限らないって事。魔道具だってそうだ、便利な技術はやがて…残酷な兵器を生み出す。さっきXXXは写真機を最近の魔道具だって言ったよな。もしあれが…遠い過去この地上に存在していて、技術の発展によって世界ごと滅びを迎えた事で失われた技術が再び確立されただけだって言ったら、お前はどうする?」

「それ、もう答えを言ってるんじゃない?」


どこか自嘲した様な声で返事をしたXXXの声を聴いて、何の意思も宿さないどこまでも平坦な瞳を浮かべたチトはついに振り返った。XXXを真っすぐ見詰める表情の奥にはどこか、平静を装っているようでXXXに知ってもらいたいと願う意思が込められているような気がする。小屋を出て直ぐの頃滞在していた街での言動を見て、少しは認めてもらえるようになった気になっていた。でも、彼の心に根付いた強い思いは何も変えられていなかったのだ。


技術の発展が戦争兵器に繋がる、確かにその通りだろう。XXXにそれを否定するつもりはないし、出来るだけの根拠も持ち合わせていなかった。XXXが知る世界の歴史だって、それを証明している。けれども、それでも、人間は信じなければ前に進めないのだ。どれだけ幸せな家庭で愛されて育った子供だって、犯罪者になる事はある。逆に、悲惨な幼少期を過ごした子供が立派に社会貢献する未来だってある。そして、そうならない未来だって勿論あるのだ。始めなければ、何も始まらない。それが人間の根本に存在する感覚で、XXXも持ち合わせたもの。……どれだけ過去に酷い事をした一族だって、未来では更生しているかもしれない。少なくともXXXはそれを信じて、今日までを過ごしてきているのだ。


「…チト君」


やるせない思いを押し殺して、XXXはその名前を呼んだ。その瞳に浮かんでいるのは、拒絶を許さない強い意思。


「なんだよ」

「色々言ってるけど、結局のところXXXが最初に続けようとした言葉を止めるために、話の趣旨をかき回してるだけだよね」

「……、」


木々が風に揺れる音だけが場を支配する。じっと見つめ合った二人、先に視線を逸らしたのはチトの方だった。逃がさない、と言わんばかりに笑みを浮かべたXXXは大きく一歩を踏み出し、身体の向きを変えようとしたチトの腕を掴む。


「…よしっ、このXXX先生と一緒に素材を傷付けない繊細な魔力操作の練習をしよう!最近重力操作魔法も結構上手に使えるようになってきてるでしょ、次の段階へ進む、って奴だね!」

「もぉ~絶対嫌なんだけど!!意図が伝わってたんだったら汲み取って真面目な会話を続けろよ!!」


わざとらしい話題転換だったのかもしれない。けれども、今この場所で、現状の関係値で進めていい話題では確かになかったのだ。だからXXXは全力で話を元に引き戻したし、チトもそれに迷わず乗った。ある意味で阿吽の呼吸とも呼べる大胆なXXXの行動をチトは決して否定しないし、そもそも出来なかった。何故なら先ほどまでの空気を作り出したきっかけは間違いなくチトの方だったからである。


「お前の魔法指導ってめちゃくちゃ厳しいんだよ…!俺やだよ、また地味な基礎反復練習とかさせられるの。現状だって全然困ってないんだから、もういいじゃん!」

「ふふーん、もう決めました!期間は私たちが迷宮攻略を終えて小屋に帰るまで!みっちり教え込んじゃうんだから!」


全力で首を振って泣き言を漏らすチトの腕を引っ張って、XXXはわざと強めに魔力を揺らがせた。それは森の中に潜む大型の魔物を引き寄せる為である。小型の魔物であれば逃げ出してしまうレベルの魔力に、寧ろ引き寄せられた大型の魔物は思惑通り二人の正面に姿を現す。


「早速練習台が自分から会いに来てくれたよ!」


上機嫌に笑ったXXXが杖で示した先には、規格外の魔力を吸収した事で発生する特殊変異個体、ベアボアミックスである。その名の通り猪と熊が一つになった大型の魔物は周辺の木々を薙ぎ倒して一直線に二人の元へ近づいてきている。


「さてここで問題です、アレを一番綺麗に討伐する方法はなんでしょうか!」

「……重力魔法で完全に押しつぶす、とか」

「うーん、考え方は間違ってないけど…それじゃあ無意味に血や残骸が飛び散って汚れちゃうかもよ?実はね、正解は結界魔法を使う事なの!」

「ただの防御魔法じゃねーか。なんでそれが一番上手くいく方法なんだ?」


嫌々捕まっているように見えて、その瞳には真剣にXXXの話を聞く姿勢が見えている。なんだかんだで自身の魔法の成長につながる事象に真面目に取り組むチトの様子に小さく笑ったXXXは、掌の上に小さく作り出した結界魔法の欠片を浮かび上がらせた。


「まぁまぁ…因みにチト君は結界魔法の事どう思う?好き?嫌い?」

「特に感情はねーかな。身を守るための手段以外ないし」

「そっか~。私はね、大好きだよ」


会話の流れから好きだとでも言うかと予想していたチトは、それを上回る大好きの言葉に思わず視線の先を目視できる位置まで来ているベアボアミックスから逸らしXXXに向けた。ぱちりと視線が絡んだXXXは心底楽しそうに笑って、一歩前に出る。


「だって、全部を守れるすごーい魔法なんだから!」


飛び込んできたベアボアミックスに対して真正面から平面上の結界魔法を発動させたXXX。勢いよく衝突する音と風が吹き込むとともに鈍い奇声を上げたかと思えば、崩れる様にその場で動かなくなってしまった。けれどもチトの視線の先はXXXから離れない。風に揺れる髪も、衣服も、崩れない笑顔も、結界によって受ける光の反射も、何もかもが彼女を眩しく映していた。ただの結界魔法だ。それ以上もそれ以下もない。そんなものを使っただけで、どうしてこうも目が逸らせないのだろう。暫く呆然としていたチトは、XXXが自慢気に笑って近づいてきたことでようやく我に返った。


「…そ、そうか」

「ふふん、どう?ちゃんと見ててくれた?」

「生体反応が消えてる…本当に結界魔法で血の一滴も流さずに倒せるのかよ…」


動揺するチトに何を思ったのか、胸を張ったXXXは上機嫌でベアボアミックスを焼却してしまった。どうやら素材を入手するつもりはないらしい。先程までの会話は確かになかった事になった筈なのに、妙なところで律儀なのはXXXらしかった。


「さて、一緒に細かい魔力制御の方法を覚えれば結界魔法だって自由自在に動かせるようになるって事は分かってくれた?」

「……確かに、興味深いな」

「じゃあ、一緒に頑張ろう?」

「それとこれとは話が別」

「えぇ~!?」


差し伸べられた手を躱したチトはスタスタと移動を始めてしまう。不満げな声で駆け足で追いかけるXXXの表情は僅かに呆れ顔だったが、それでも今この瞬間を楽しいと感じているのは紛れもない事実なのだろう。


冒険の道のりは、まだまだ続く。


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