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32話 準備開始


「なーなーチト君、ウチほんまに欲しい物思いつかんのやけど」

「そこをどうにか絞り出してくれ」

「えぇ…そもそも必要なものは魔法陣作ればどうにかなるって最近分かってきとるし…」

「…そこは頼むから自重してくれ」


例の技能大会から早数日、その日一番の盛り上がりと困惑を同時に得た会場では光の速さで発令された国家主導の緘口令によってようやく落ち着きを取り戻した。正確には動揺は広がっていたが、押しかけた憲兵達の存在や何より事態を取り仕切った者の立場もあってか、本当に口外してはいけない情報だったことを観客たちは悟ったのである。因みにその内容は、葵に関する決勝戦以降の実力及び戦闘内容の全てである。後々忙しそうに席を外したヴィルに変わってルシエから説明を受けた葵は、どうしてここまで都合が良い状況になったのか多少首を傾げたが、大方権力によるゴリ押しなのだろうとあたりをつけて一先ず納得した。因みに大正解である。


例の怪しげな二人組の魔法使いは、揃って退学となった。一応理由は外部の観客も入る国家としても重要度が高い学園の技能大会で不正を起こしたからだ、とされていたが実際のところは違うのだろう。試合中の彼らの発言から裏で糸を引く者の存在を察していた葵はそれとなくヴィルに聞いてみたが、無言で頭を撫でられて有耶無耶にされてしまった。安易にお前は気にするな、と気遣っているつもりなのかもしれないが、好奇心旺盛な葵に対しては基本的に逆効果である。とは言え折角気を遣われて無下にするのも忍びなかった葵は、渋々今回に関してはこれ以上掘り下げない事を決めてやった。


結局それ以上の騒ぎになる事はなく、学園では遠巻きにされつつ妬みの視線が消えた日常生活を送る事になった葵は、大会が終わってからも通常通りの学生生活を過ごしている。これまでは実力を疑われていたが、今回の一件のおかげで実力者故にヴィル達一行と関係性を持てているのだと都合よく勘違いしているのだろうとは気付いていたが。


だがしかし、何一つ問題が残らなかったという訳ではない。寧ろ、これこそ葵がなかったことにならないだろうかと内心祈っていた大問題だった。それこそが、この度突然開催が決定した葵の誕生日兼成人記念パーティである。


正直な話、召喚者である葵のこの世界でのまともな身内と呼べる相手はチトを筆頭にヴィル、ルシエ、オルコス、そしてギリギリソフィが入るか否かというたった五人だけである。ここまで狭い交友関係も珍しく、前代未聞の前提条件であることに間違いはないらしい。本来ならば家族及び親戚筋の参加は確定されている筈で、それ以外では近所に住む隣人や日常会話を行える程度の同級生など薄くとも確かな縁がある相手を呼び込み盛大に行われるべきものだったが、その全てが異世界人である葵にはなかった。軽率に開催を宣言したヴィル達にとっても、このパーティーは過去の常識を覆す、最早挑戦とすら言える代物に変わっていたのである。


とは言え、そんな世界側の事情など知らない葵はこうしてチトから少なくともこの世界に来てから迎えた誕生日の回数分の記念品を与えたいと頼み込まれて、ない物欲を捻っている最中だった。


「…あの魔法、は…もう少し研究を進めれば完成しそうだったよな。他には…物、形に残るものを与えたいんだが…あぁ、ここにきて入学祝やらなんやらで軽率に買い過ぎたことが仇になったか…!いや、悪くない、それは正しい行いなんだ。ただ、現状アオイに必要なものが一切思い浮かばない…!ってか、アオイが何か新たなものを手に取っている姿が全く想像できない!おいアオイ、なんとかしろ!お前の問題だろーが!」

「えぇええ理不尽!?滅茶苦茶言うやん!!」


チトの中央の家では、苦し気な呻き声と困惑に塗れた声が何ども上がっていた。


―――


「……ヴィル、チトは何者なの…?」

「ふむ…ついに我慢できなくなったか。これまで深入りする気はなさそうだったが、何か心境の変化でもあったのか?」

「む…確かに、その通り。でも…流石にこれは、聞かざるを得ない。だって、チトが提供した会場は……旧世界城。いくら一国の大賢者だって、世界全体で歴史的建造物として保護されている建物を個人的な用途で貸し出しなんて、出来ない」

「確かに、大賢者程度じゃ普通は無理だろうな」


誕生日パーティーの企画全般を引き受けたヴィルとルシエは現在、チトが提供してきた彼曰く”昔の家”と称された建物の前へとやってきた。住所を聞いた時から疑問符を浮かべていたルシエだったが、いよいよ直接会場を見て口出しせずにはいられなかったのだろう。


「旧世界城……。御伽噺上に残された、嘗て世界が魔王軍と人類で争い合っていた時代に魔王陣営の拠点として建造されたとされるトート、オーフ主導で世界が認定している歴史的建造物。これをチトの家、と説明するには色々語弊があるが、現在も管理者は確かに彼の名前になっている。最低限の手入れはしているらしいぞ?研究者の話だと、定期的に何らかの魔法陣が起動している事は確認しているとか」

「ルシエでも、知らなかった。……チト、本当に何者?」

「少なくとも、俺達の魔法の先生だな。そして、年齢不詳出生不明の魔法使いで、長い間トートの大賢者を務めている存在。どれだけ探ってもそれくらいしか情報は出てこないと思うぞ」


呆然と名前に恥じない古風ながらも立派な城を呆然と見上げるルシエは、直ぐ隣で淡々と説明を続けるヴィルを小さく睨みつけた。どこか拗ねたような視線を宥める様に言葉を続けらえて、腹が立つも本気で口を滑らせるつもりはないらしい様子にため息と共に不満の気持ちを吐き出した。ヴィルとルシエの関係性は存外複雑だ。元々は婚約者候補、現在では護衛。現状に至るまでにそれは面倒な紆余曲折があった訳だが、少なくともルシエは自ら護衛となる道を選んだのである。つまりヴィルと肩を並べて国を背負う事はなく、ヴィルを護る事だけがルシエが求められているものである。ルシエは基本的に国家の根幹に纏わる情報を得られないし、得てはならない。だから、これは普段ならば絶対しない珍しい追撃だった。


「……ヴィールなら、もう少し知ってるでしょ」


その呟くような、相手に聞こえなかったのならばそれで構わない意思が見え隠れする発言を前に僅かに目を見開いたヴィルは、少しだけ考える素振りを見せたかと思えばそっとルシエの頭に掌を置く。そうして向けられた普段の真面目を絵に描いたような表情とは違う、どこか柔らかい気の抜けた笑みを前に今回ばかりはその手を振り払う選択をしなかった。


「これはあくまで我が国の根源に関わる話だからね。俺の婚約者ではなく、護衛であるルシエには教えられない情報だよ。もしどうしても気になるって言うなら…再び婚約者候補に戻る?別に俺はそれでも構わないよ」

「……めんどくさ。早くその手、離して」

「あぁ、俺もそれがいいと思うぞ」


立場を厳守する為に作り上げられた威厳ある口調、表情、立ち居振る舞いを避けたヴィルの姿を、ルシエは幼い頃から良く知っていた。そっと頭を撫でる手のひらの温かさも、自分に対してどこまでも優しい性格も、一身に向けられる献身的な想いも、嘗てのルシエだけが手に入れて…そして、手放す選択をしたものだった。得てしまった心地よさを自ら振り払う気にはなれず、言葉だけで拒絶を示せば困った子供を見るようにくすりと笑ったヴィルが、瞬きを経てあっさりその手を放してしまった。ルシエの必死の抵抗を肯定する為だけに敢えて選ばれた酷い言葉に正面から傷つく自分が馬鹿らしくなって、視線を逸らしたルシエはそのまま旧世界城へとその先を固定する。


(らしくない。きっと…急に距離が近くなったから。アオイのせいであって、アオイのおかげなんだ)


脳裏に浮かんだ毒気の抜ける無邪気な笑みにようやく冷静さを取り戻したルシエは、改めて当初の目的に合った通りの会場の規模確認の結果にため息を吐いた。


「想定の百倍以上会場が大きくて未知数…どうしよう…?」


聳え立つのは圧倒的な存在感を隠しもしない歴史的建造物。ルシエが行った簡易的な魔力探知で確認できるだけでも、数えきれない無数の魔法陣が配置されているのが分かった。恐らくそれらを用いてかなりの年月維持されてきた城は、下手に触れば崩壊しかねないだろう。内部に関しては普段は観光地として一般公開されている安全エリアが存在するが、パーティーに向けて閉鎖した今、案内役も居ない以上危険エリアとの境目は正直曖昧だった。止める者が居なければ外見に相応しい広さを持つ内部は迷宮と変わらない。寧ろ、迷宮以上に理不尽な罠が仕掛けられている可能性も非常に高かった。


「何をどう手配すればいいんだ…?」

「ルシエ達だけじゃ無理。会場として利用するエリアの選定すらままならない。ヴィル、直ぐにチトを呼んできて」

「お前も一緒に行くんだぞ。こんな危険な建物の前で好奇心旺盛なお前を一人置いていける訳がないだろう」

「むぅ…」


ヴィルとしても、改めて確認した会場が持つ問題点の量に頭を抱えているのだろう。当初の想定以上に大事になりつつある現状を前に顔を見合わせて深いため息をついた二人は、全力で目の前の白から目を逸らしトートと旧世界城間を結ぶ国家指定古代魔法陣を起動するのだった。この伝説級の魔法陣の管理もチトが行っているらしい。やっぱり気になる、そう口に出しかけたルシエは、今度こそ何を続けて発言してしまうか分からない自分を宥めるように下唇を噛んだ。


―――


カチカチと時計の針が進む音が室内に響く。


机の上いっぱいに積み上げられた書物と、何枚もの計算式が書き込まれた用紙が広げられている。足元にはくしゃくしゃに丸められたり、黒く乱雑に塗り潰された書きかけの魔法陣が散乱していた。本に埋もれる様に置かれたティーカップの中身は何重にも濃いラインがついており、淹れられてから随分と時間が経っている事を示していた。


「…違うな。この組み方だと、召喚された時間軸を外れてこの世界で成長した状態で召還する事になる。そもそも、時空設定辺りで成立しなくなるだろうし発動に必要な魔力が余りにも多すぎるな。……あーーー…難しい」


たった今書き込んでいた用紙を適当に丸めたチトは、そのまま重力魔法で浮かばせて指先から放った炎魔法で燃やしてしまう。集中力が途切れてきたことを察して、四足椅子の前足だけを浮かせて不安定に伸びをした。


「うぅ~…無理かぁ。マジであの葵を呼び出した魔法陣は何なの?つーか、埒が明かないから勇者召喚の類の誤記入を前提にしてたけど、記憶の限り真逆の流れで作ろうとしても上手くいかないし、そもそも発動できた理由が全く分からない。ってか、そもそも勇者召喚は既に禁忌指定されて世界から消去されてる筈だから、再現したところで魔力を流した途端消滅する筈なんだよなぁ…。…じゃあこれ勇者召喚じゃないじゃん」


雑な手つきで手に取った本を開いて眺めても、ヒントは浮かんでこない。本来は世界から焼失させられた筈の禁忌盛りだくさんの本をまるで絵本でも見るかのように流し見したチトは、ふと気づいてしまった前提条件に勢いよく姿勢を正した。その衝撃で机に本が叩きつけられ、書きかけで放置された用紙がヒラヒラと舞い上がって地面に落ちていく。


「はぁ…はぁ!?つまり、勇者召喚関連の文献をあたって禁忌魔法の陣を組み替えても何の意味もなかったって事?俺は何をすればいいの、完全に真っ新な段階から新規魔法陣でも組み立てろってか?あり得ねー……」


「珍しく難航してるねぇエトちゃん」

「どっから湧いてきたんだよお前…」


疲れ果てて机に突っ伏したまま頭を抱えたチトの正面の椅子にいつの間にか座っていたソフィは、頬杖を突きながら人差し指を振った。途端に散らかっていた部屋中の本や書類たちが自ら意思を持ったように整えられていき、ティーカップの中には淹れたばかりの温かい紅茶が湯気を立てている。当然ソフィの傍にも新しいティーカップと同様の紅茶が揺れている。一連の様子を視線だけで見ていたチトはのっそり起き上がり、無言で紅茶に口を付けてため息をつく。そんな様子を見て楽し気に笑ったソフィは、片手間にティーカップの縁を指先でなぞった。


「ねぇ……手伝ってあげようかぁ?」


上機嫌で告げられた提案にゆっくりと顔を上げたチトはソフィと視線を交わす。暫く無言の睨み合いが続き、先にため息と共に顔を逸らしたチトは再び紅茶を一口含むと綺麗に整理された資料を手のひらでそっと撫でた。


「余計なことはしなくていい。…ってか、どうせお前なら今すぐにでも葵を元の世界、元の時空に戻せるんだろ?それをしないって事は、お前はこの一連の問題について傍観者である事を望んだって意味になる。その気もない癖に適当な事を言うのは止めろ」

「…あは、ふふっ。だって、ボクは今とーっても嬉しいんだよぉ?派手な魔法ばかりを好んでいた君が、こうして高度で繊細な魔法陣の作成に挑んでいる。しかもそれが自分の為ではなく、他人の為ときた。前々から何度も言っている話だけど、ボクは君こそが人類の魔法の頂点、次世代のボクに類似する存在になれる事を信じている。その為の一歩が確実に踏み出されているんだなぁって思うと、愉しくて仕方がないんだぁ!」


両手を広げて笑うソフィの周囲は、一時的な魔力の揺らぎによってガタガタと世話しない。それらを自分の魔力で押さえつけたチトは、喜ぶ顔も嫌な顔も浮かべずただじっとその様子を眺めていた。


「ねぇ、いつか君はボクを超える魔法使いになってくれるかなぁ?」

「…んな事知らねーよ。俺は俺がやりたいことをやるだけだ。その過程や結果が誰の目にどう映ろうが俺には関係ねーし、興味もない。精々お前は俺の行動を勝手に観察して一喜一憂してればいいさ」

「このボクに対して一喜一憂だなんて。冷たいなぁ…ボク達の仲なのに」

「俺たちの仲だから、だろ?」


頬杖をついてニヤリと口角を上げ見詰めてくるチトの姿にぱちりと瞬きを零したソフィは、少しの間を経て心底楽しそうな無邪気な笑みを浮かべる。まるで、幼い子供のような表情だ。前のめりに机に体重をかけ足を揺らしたまま続いたのは、酷くタイムリーな話題だった。


「それにしても、まさか世界城をパーティー会場として提供するだなんて思わなかったよぉ。しかも自分からとか…思い切ったねぇ?」

「完全な”プライベート空間”って言ったらあそこ程独立した会場はこの世界のどこにもないだろ?ってか、いい加減俺はその呼び方変えたいんだけど」

「あぁ、世界城?飽きもせずにずっと言ってるよねぇ。過去の世界戦争時代が完全な御伽噺となった今、名称を気にしているのはエトちゃんくらいじゃないかなぁ?」


紅茶に口を付けたソフィは、またしても指先に魔力を込めた。そうして作り出されたのは、光魔法と幻影魔法を合わせて作り上げた現代では旧世界城と呼ばれている城の外観だった。それをくるくると片手間で回す様子をチトは黙って視線だけで追う。


「今では旧が付いている理由は確か、あの場所の管理を直接行っているのがトートであるせいでまるで世界を牛耳っているように捉えることが出来るからと周辺各国から批判を受けたからだっけぇ?すっごくどうでもいい話だよねぇ、旧が付いただけで何かが変わるわけでもないのに」

「自己中心的な人間らしい批判だろ」

「そういう話じゃないんだけどなぁ…。世界城、その名の通り嘗て世界戦争時代に作られた建造物。当時の勇者と魔王が最終決戦を行った地と言われている。明確な名称はこれまで存在しなかったとされており、世界戦争時代の痕跡を残す建造物として後に世界城と名付けられた。……別に間違ってはいないと思うけどぉ?」


どこか自嘲気味に嗤ったチトを前に困った子供を見るような表情を浮かべたソフィは、ゆっくりと現在最も有力とされている資料に記されている世界城の説明を口にした。それを大人しく聞いていたチトは、馬鹿にしたような上々でソフィが作り出した魔法の模型に向けて簡単な闇属性魔法を放ち消滅させてしまった。


「魔王が建てた最初で最後の砦、の間違いだろ。世界城なんて言葉のせいで良い印象を与えがちだが、その実態は勇者陣営に追い詰められた魔王が苦し紛れに改造を重ねたガラクタ屋敷に過ぎない。魔王城、嘗て魔王が人類に敗北した城、これで十分なのにどうして人間は大層な名前を付けたがるんだ」


ティーカップの中身を重力操作魔法で動かしたチトは、そのまま魔王を模しているのだろう形作られた雫の塊を風魔法で切り裂いた。紅茶が散っていく様子をつまらなさげに見詰めていたチトを咎めるような視線と共に、ソフィは重力操作魔法の権限を奪って全ての雫を集めてティーカップに戻した。


「行儀が悪いよぉエトちゃん。そもそもあの場所を大々的に魔王が敗北した地って宣伝する事は、君にだって面白くない事なんじゃないのぉ?魔王陣営に居た訳だし?」

「……俺は、魔王が死んで、愚かな一部の人間共を処刑できれば後は何でもよかったんだよ。最初に勇者陣営側に居たなら、多分そっち側として戦争に参加していただろうからな。…この話は終わり」


不満げながらもソフィの言う事を受け止めたチトは、先ほどとは違い美しい所作でティーカップの中身を飲み干した。小さくカップと皿が触れる音が部屋に響く。ゆっくりと深呼吸をして過去に引きずられた気分を入れ替えたチトはその場から立ち上がろうとして…、


「……おやぁ?」


大きな物音と共に倒れ込んだ。慌てる様子もなくその場で不思議そうに首を傾げたソフィは、ゆっくりと立ち上がって呼び出した杖の先端で伏せるチトを突く。


「ねぇねぇエトちゃーん?どうしちゃったのぉ?」

「……体調不良頭痛いしぬ…」

「あらあらぁ…どうしたものかなぁ」


先程までの雰囲気が嘘のように、険しい表情のままかすれた声で蹲るチトを前にして、ソフィはのんびりを頬を掻いて微笑んだ。



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