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とある記憶 16


「いーやーだー!!なんっで俺がエルフの集落なんかに近づかなきゃいけねーんだよ!俺は行かない、近くの人里で待っててやるから!」

「そこをっ…なんとかぁ!ボクだって一人で行きたい場所じゃないんだよぉ!!」


戦争の余波になる足止めが終了し迷宮攻略へ向かう冒険を再開した三人は、世界で最も広大な土地を有するとされている大森林の近くまで進んできていた。世界の規定としてどの国家も保有を禁じる特例が発生するその森は、エルフやその他希少種の隠れ里が点在しているとされている。実のところはあまりにも巨大すぎて人間でも開拓が追い付かず、中途半端に手を出すくらいならばとそんな意向もあっての特例だったりもしているのだ。その為に道中ではまともに舗装されていない道や、地図でも曖昧な道が多くあると言われている。


それでも、非常に数少ない最低限の舗装がされた道は確かに存在しており、利用する事で目的地である海辺の迷宮までぐっと距離を縮めることが出来るのだ。当初は寄り道なしでその道を進み森を抜ける予定だった一行だったが、ソフィが通る街々で買い漁った魔導書が溜まりに溜まって収拾がつかなくなってしまい、これ以上適当に空間魔法に放り込み続けると取り出す際に明確な支障が出ると喚き始めたのである。そこで、森林内に存在するエルフの隠れ集落に立ち寄り一度荷物を整理してから冒険を再開すると勝手に決定したのだ。ソフィは当然のように二人も共に集落に来てくれるだろうと思っての発言だったが、チトが盛大に反発したのである。XXXも驚く程の拒絶っぷりは呆れを飛び越えて見事なものだった。


提案を聞いて速攻で体の向きを変えたチトの衣服を掴んで引っ張るソフィ、普段は魔法至上主義である二人の珍しい物理的なやり取りをXXXが興味深く観察している間にも会話は進んでいく。


「ねぇエトちゃあん、お願いだよぉ…!ボクだけであそこに行くと出るのが大変になる事くらい君も知ってるでしょぉ!?」

「知るかそんなの!俺には関係ない、お得意の軽口で何とかしろ!」

「あの石頭のボケ老人達に何言っても聞いてくれる筈ないよぉ!うわぁん、XXXちゃんも何とか言ってよぉ!」

「えーっと…私も全然近付きたくないんだけど…」

「どうしてぇ!!!!」


最終的には多数決の理論に従おうと考えていたXXXだったが、突然ソフィから意見を求められて思わず素で返事をしてしまった。少しくらい味方になってもらえるだろうと期待していたソフィはその冷酷で率直な回答に崩れ落ちる。そのままどんな魔法を使っているのか蹲った肩や頭から本物のキノコを生やしジメジメと重たい雰囲気を纏って地面に指で文字を書き始めた。そんな全力で落ち込んでいます、を表現して見せるソフィを前に深いため息をついたチトは、引っ張られていた服を手で払って直しつつXXXの方をチラリと見てからその視線をソフィに戻す。


「…あのなぁ、俺はそもそもエルフ共に嫌われてる訳。昔の俺を思い出してみろよ、分かるだろ?」

「でもぉ…」

「昔のチト君ってエルフと何かあったの?」


言い訳がましい様子のソフィを横目に、純粋な疑問をぶつけたXXX。けれども、その言葉に反応するようにチトが浮かべた表情を受けてその発言が軽率だったことを悟る。何とかして話題を逸らさなければ、そう慌てて視線をさ迷わせている間にチトは視線を大森林の方角へ向けていた。


「……時は遡って、魔王軍が世界征服達成に向けて活発に行動していた頃の話だ。激化する世界戦争の中でエルフは正式に人間側に就いていた。当時の俺は……、魔王軍側に居たんだよ。思いっきり敵対してた訳、勿論俺の見方は沢山エルフに消されたし、俺も含めた魔王軍側は沢山エルフを葬った。ほら、アイツらって基本長寿だろ?だから、今でも俺の事を覚えてる奴も結構居るわけ」


心底面倒くさそうな表情を隠さず浮かべたチトは、その視線をどこか遠くへ向けている。きっと、XXXが知らない過去を今のチトは見ていたのだろう。それなりの年月をチトと過ごすようになったにもかかわらず、一歩小屋を出た瞬間からXXXは新しいチトを知る機会が多かった。こうして過去を知ったからどうと思う事はなくても、お互いが表面上の情報しか知らない関係性であったことを痛感させられた。


「そもそも、今の俺がソフィと一緒に行動してること自体気に食わない奴らは多いんだよ。わざわざ集落に顔を出して揉め事を起こす利点なんてどこにもねーしな」


世界戦争時代、それは葵が人伝と物語の世界でしか聞いた事がなかった遠い過去の話。魔王が討伐されて以降魔王軍の者たちは統率を失い一気にその数を減らしたが、今でも時折魔族の目撃情報や討伐情報を耳にする機会はある。それは、XXXが実際冒険に出て立ち寄った街ですら聞ける日常の一部だった。けれども、その目撃情報は徐々に減っているというのだから、いつか魔族は完全に姿を消して世界戦争すら完全な伝説となってしまう日が来るのかもしれない。それ以上詳しく話す気がないらしい目の前のチトを形作る経歴の一つ。詳細は知らずとも過去がただの物語へ成り下がってしまう事は、XXXにとってどうにも寂しい事のように思えた。


「因みにボクはその時、どっちの陣営にも興味がなくて世界樹に引きこもっていたからねぇ。エトちゃんがどれだけ同族を殺めていようとボクには関係ない話だと思っているからこそ、今もこうやって付き合いがあるんだよぉ?…まぁ、ボクが特殊な例であることは認めざるを得ないけど」


仮にも自分達を孤高と表現して偉ぶっているエルフが言っていいセリフではない気がした。元々理解していたつもりだったが、ソフィは本当に変わり者のエルフである。XXXは矢張り何も知らないのだ。自分と目の前の二人の間に存在する明確な壁、それを確かに感じて僅かに俯いたXXXは、次に顔を上げた時普段通りの表情で気の抜けた言葉を口にすることで頭に浮かんだ薄暗い気持ちを隅に押しやった。


「…チト君って、改めて私よりとっても年上なんだね!見えなーい!」

「いやこの話聞いて出てくる感想それかい」

「ふふ、XXXちゃんは相変わらず面白いねぇ」


何一つ首を挟むことなく、会話を切り上げることを選択したのは果たして正しかったのだろうか。マイペースなフリでゆるく笑ったXXXを前に思わずツッコミを入れたチトはソフィと目を見合わせて、それから肩を竦めた。


「兎も角、俺がわざわざエルフを煽る意味はねーだろ」

「それは…そうだけどぉ…。XXXちゃんは?XXXちゃんもやっぱり一緒に集落に行きたくないと思うのぉ?」

「私は…だって、一応普通の人間だし。エルフの至上主義は有名な話でしょ?勿論人間との関わり方が自己防衛の為の処世術だって話を聞いて少しは考え方も変わったけど…自分から嫌味を言われに行く趣味はないかな」

「そっかぁ…。…まぁ、そうだよねぇ…」


深いため息と共に肩を落としたソフィは、杖を呼び出すとそれを支えにゆっくり一人で立ち上がった。地面に直接座り込んでいた為に裾についた土を軽く払って、既に相当数詰め込んだ空間魔法に入れる事を躊躇した結果荷車に所狭しと積み込んだ書物の山を睨みつける。自分の趣味と面倒な同族との関わりを天秤にかけて、結局選ばれたのは趣味だったらしい。どこまでも自己中心的なところがソフィらしかった。


「森はエルフにとって共にあるもの。本当に本を置いて出るだけなら、二人が普通に道中を進んでくれれば難なく追いつけると思うよぉ。直ぐに合流するつもりだけど…一旦この場所で別行動だねぇ」


顔を顰めて何度目かも分からないため息を吐き出したソフィは、二人に向かって疲れた笑みを浮かべた。顔を見合わせたXXXとチトも小さく頷き合ってソフィと向き合った。


「別に滅茶苦茶急いでる旅って訳じゃない。道中で集めた情報が正しければ、攻略は難航してるって話もあるしな。速度を上げて進むつもりはないから、早めに追いついて来いよ」

「そうだね!私たちは観光でもしながら先に行ってるから。折角ならこの森の植生も知りたいしね」

「えぇ…その現状の植生研究はボクも結構興味あるんだけどぉ…まぁ、直ぐに追いつけばいいだけの話かぁ。じゃあ、ボクはあっちに進むから」

「俺たちはこの道か。またな」

「じゃーねー!」


名残惜し気に二人を見詰めたソフィは、あっさり手を振られてしまって苦笑を零す。どこか寂し気な様子で森の道なき道へ進んでいった後ろ姿が見えなくなったころ、二人は振っていた手を下ろして互いに顔を見合わせた。


「行くか」

「うん!…そう言えば、二人で冒険ってこれが初めてになるんだね」

「…あー、確かに?」


ソフィが進んだ道とは異なる、最低限道として認識できる場所を二人は横並びで進んでいった。


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