31話 面倒事
審判による今日一番の大声での結果発表によって、会場全体は大歓声に包まれた。まさに勧善懲悪に相応しい結果を前に止まる事を知らない悲鳴のようなそれが一身に向けられて、思わず防音の結界魔法を自身に張ってしまおうかと考えてしまう程の声量と熱気である。無表情のまま上空から着地した葵は、先ほどの試合で飛ばされてしまった杖の方へ駆け寄り傷がないかを一通り確認する。そうして、僅かに土埃がついた魔法石部分を軽く手で払ってから収納を終えて小さくため息を零した。
それから、勢いよく足を進めて向かうのは対戦相手だった男子生徒の元だ。呆然として恐怖に塗れて座り込む真正面に立って、見下ろすような位置で大きく息を吸った。
「———ウチ、この前誕生日迎えたばっかのぴっちぴちの20歳なんですけどぉ!!勝手に年寄り扱いせんといてくれん!?それからさっき戦闘なしで棄権したそこの子、ずーーーーっと鑑定魔法ばっか掛けようとしてきて鬱陶しいねん!!その程度の技量じゃウチの自己防衛結界は崩せませんので出直してきやがれ下さいばぁーーーーか!!!」
戦闘中に最も気に障ったのは、年齢詐称に触れた時だった。召喚当初から約四年が経過した今、葵は16歳から無事20歳へと成長していた。それに合わせて多少なりとも身長が伸びたししているのだが、劇的なものではない為あまり気にしていなかった。つまり、まだ日本人感覚で大人の仲間入りをしたばかりの自分が老人扱いされるのはあまりにも気に入らなかったのである。
言いたいことをようやく言えて満足気に肩で息をしていた葵は、少しして大歓声がぴたりと止んだ事実に気付いた。……何か、間違ったことを言ってしまったのだろうか。思わず首を傾げて周囲を見渡していた葵は、突如感じた見知った魔力の方向へ体の向きを変えた。
その瞬間、大慌てのチトが当然のように内部外部からの干渉を完全に防ぐはずの結界を通り抜けて葵の元へ飛び込んでくる。その顔は過去一番血相を抱えており、今にも切腹しかねない程の震えようだった。何事かと葵の目の前で座り込んだチトの肩に恐る恐る触れようと近づけた葵は、怯えた様に顔を上げたチトに気圧される様にその手を自分の方へ引き戻した。
「…そう言えば出会った当初、16歳って言ってたよな」
「言ってたでー?それで前に誕生日来たもん、ウチもようやく20歳!祝成人、お酒だって飲めちゃうんやから!」
「誕生日……」
そんな、日本人感覚で割とどうでもいいと流されることも多い単語を口にして何故かこの世の終わりだ、と言わんばかりの表情を浮かべたチトは、震えた腕で勢いよく葵の型を掴んだ。不思議そうに首を傾げながら自分の誕生日を口にした瞬間、チトは葵の視界から消えた。
……正確には、攻撃魔法によって吹き飛ばされたのだ。
遅れてやってきた衝撃から身を守るために慌てて結界魔法を張った葵は、砂煙が上がる闘技場の中央から慌てて吹き飛ばされたチトの方へ視線を向ける。彼の技量であれば確実に防げただろう葵では感知できなかった攻撃を受けた様子から、敢えてそれを受けたと判断できてしまった。けれども一体何故。そんな疑問に答える様に、チト同様闘技場内部を包んでいた結界を抜けて魔力を揺らがせながら降りてきたのはソフィだった。その表情は普段の笑みとは違い、どこまでも作り物の人形のような無表情だ。余りの魔力と威圧感に無意識で杖を握る葵の力が強まる。そんな葵の隣に立ち、近くの壁に衝突したチトの方へ杖を向けたソフィはゆっくり口を開いた。
「…ねぇ、人間の寿命は短いんだよぉ?」
次の魔法を発動する為に無数の情報量に包まれた魔法陣をくみ上げていくソフィがわざとらしく首を傾げる。瞬間的に葵が読み取るだけでも、すでに上位の魔法以上のものであることは明らかだった。自分に向けられているわけではないのに、そのさっきにも似た圧を間近で受けた葵は背筋が凍るような思いで自身に強力な結界魔法を張る。
「まさか、他の誰でもない君が”あの子”との約束を破るだなんて。たった200年前の話なのに」
砂煙がようやく晴れ始めるが、チトはその場から無抵抗で動く様子はない。杖を呼び出す様子すらない事実に、葵の方こそ動揺してしまった。チト程の魔法使いが一体なぜ、突然訳の分からないソフィの怒りを正面から受け止めて一方的にやられる展開に発展するのだろうか。
「完全に葵ちゃんの誕生日の存在自体を忘れていたんでしょぉ?日付を忘れたんじゃなくて、これまで一度も彼女の誕生日を確認したこと自体がない。……最低だね」
心底軽蔑しています、そんな表情を隠しもせず浮かべたソフィは、構築された魔法陣に魔力を流し込み魔法を発動させる。慌ててチトの様子を確認しても防御する意思が一切ないと察した葵は、咄嗟に飛び出してその二発目を全力の結界魔法で防いだ。今の攻撃はダメだ、いくらチト君でも大怪我じゃすまない可能性がある。葵が飛び出したことで威力を弱めたのか、それとも元々威力があまりない魔法だったのか。どうにか防御に成功した葵は胸を撫でおろして何も言わないチトの様子を横目で確認しつつ、ソフィに向けて杖を構えた。
「…葵ちゃん、どうしてソレを庇うんだい?」
「い…いや、いやいやいやいや…!!たかがウチの誕生日の存在そのものを忘れてたくらいで、ちょっと過剰反応すぎん!?」
「そんな事ないよぉ、ボク達人外種はただでさえ長寿である為に誕生日の概念が存在しない。だから種としての記念日を立てて祝いの日とする事が通例なんだぁ。でも、君たち人間は寿命が短いからこそ、誕生日という世界に降り立った日そのものを大切にしている。ボク達は、その文化を知ってから人間の意志を尊重して、積極的に守っていこうと約束したんだよぉ。…うーん、簡単に言うと、ボクはあまり時間の概念に慣れていないけど、それでもルコちゃんの誕生日を祝わなかった年は知り合って以降一度もないよぉ」
そう言って視線を向けた先をつられて見れば、客席で大きく頷くオルコスの姿があった。遠目ではあるが、決して嘘や冗談を言っている気配はない。ソフィに視界を戻したところで、随分と困ったような目線を向けられていることに気付いて無性に胸がざわついた葵は、何の意味もない言い訳を勝手に口が喋り出した。
「えっと…あの、あのね?確かに誕生日を大切にする人間は多いと思うけど、迎えた本人が満足できればわざわざ他人に祝ってもらう必要はないと思うで?ウチの誕生日の時はこれまでもちょっと豪華なご飯とか作ってお祝いもしとったから。ほら、気恥ずかしくてチト君には話せへんかったけど、な?」
「葵ちゃん…」
「な、なんでそんな落ち込むん!?ちょ、誰かこの変人達止めてや!!」
沈黙と入れ替わるように騒めき始めた会場内で、とある一人の男が動き出す。運営に声をかけ、結界の魔道具を停止させ闘技場の中心部へ姿を見せれば、再び会場中がその一挙手一投足に注目するために意識を向けて静まり返った。
「一先ず、アオイの誕生日会は俺とルシエが主導で企画、開催しよう。オルコスも参加するだろう?」
場の空気に流されることなく堂々と現れたのはヴィルだ。直ぐ後ろを護衛のように追従してきたルシエはその発言に小さく頷き、杖を片手に伝令を飛ばしは甚る。同じ様に追いかけてきていたオルコスは、傷を負ったチトの身体を癒してから直ぐに葵の方へ近づいた。
「わたくしも参加したいです。ダメでしょうか…?」
「…え、何この状況。ウチ、ほんまそんなんいらんで?」
「……アオイ、お前は世間一般的な文化に疎かったな。少なくともこの国において、特に20歳の誕生日はな…いや、待て。20?お前今20歳なのか???」
「へ?そうやけど…丁度編入試験を受けたくらいの頃に誕生日やったからね」
ふと自身の発言に固まったチトは、繰り返す様に葵の年齢を確認する。改めて自分の年齢を数え直した葵は、矢張り20歳を迎えている事を確認してから困惑交じりに周囲に助けを求めた。再び頭を抱えて動かなくなったチトに変わる様に口を開いたのは、いつの間にか周囲への指示を終えたらしく近付いてきていたヴィルだった。
「トートの魔法学園入学試験の基本的な受験資格は、原則20歳を超えている事。但し、基本的に受験生は25歳付近のものが多い。それは、入学事態に非常に高い技術が求められる故に試験に挑むための勉強や訓練が必要だからだ。因みに俺は今24歳だな」
「ルシエは22」
「わたくしは23歳ですよ」
「……え、皆年上??」
ヴィルの最後の一言に続くように明かされた年齢に、葵は今度こそ混乱して目を回した。正直なところ、葵は自分が他の生徒より年上だと考えていたのだ。それは異世界転生ものでお馴染みの学園生活なら、年齢設定が高校生くらいだろうと考えたからである。そんな単純な理由且つ、実際触れ合った彼らと交わした会話をする限りも、賢いんだなとは思いながらもあまり年が離れている感覚も感じられなかったのだ。今でもなお、実際に耳にした実年齢よりも若く感じてしまっている自分がいる。それは久方ぶりに葵が感じた、現代日本とこの世界での大きな認識の齟齬が原因だった。最も、葵がその正体を知るのはもう少しだけ後のことになるが。少なくとも、この世界では子供が非常に大切にされており、本格的な教育の始まりが10歳になってからだという事だけは説明しておこう。
「ヴィル、お前ギリギリで間に合ったから良かったが、入学資格に年齢制限がある事を忘れていたんだろう」
「……すみませんでした」
「じゃあ…アオイは歴代最年少入学者?少なくとも、このトート中央の魔法学園で」
「わぁ…流石ですアオイちゃん!」
「20歳で今の魔法技術かぁ…、もしかしたらエトちゃんを超える力を持った大魔法使いになっちゃうかもねぇ、葵ちゃんは」
いつの間にか普段通りの様子に戻って杖も消していたソフィが何でもない様子で放った一言に対して、ヴィルは小さく眉を寄せオルコスは驚いた表情を浮かべた。唯一ルシエだけが発言とそれに対する反応を見て不思議そうに首を傾げたが、彼女なりに何かしら結論を見付けたのかそれ以上の反応は示さなかった。ソフィの一言に完全に無反応だったチトが、汚れた服の裾を手で払いながら立ち上がる。すっかり消えた傷とは裏腹にボロボロの衣服が違和感を発し、先ほどまでの葵にとって誕生日如き、と表現されるそれだけの内容で起きた騒動が現実であったことを見せつけられた気分になった。
「トートで20歳の誕生日は盛大に祝われるものと決まっているんだ。国からも祝いの品が個人に向けて贈呈される該当者にとって人生一番の催しとされていて、必ずパーティーを開く事が定石なんだぞ。その際の費用の一部も国が負担し、家族だけでなく近隣住民や同級生などからも祝いを受け取るのが当たり前の文化。勿論貧しい事情があったり、誕生日が友人同士で被った場合などは共同で会を開く事もあるけど…。兎に角、それを怠る事は国家問題にすらなりかねないんだ。もし祝いを放棄したりその為の国が負担した費用を横領なんてすれば、間違いなく牢獄行きの憲兵沙汰なんだからな?」
ゆっくりと葵に近づいて両肩を改めて掴み、言い聞かせるように告げられたその重さに葵は困惑する事しかできない。何処まで行っても葵にとってはたかが誕生日、そんな認識でしかなかったのだ。確かに現代日本における20歳は大きな節目であり、成人式があったり飲酒、煙草が解禁されたりと変化点が多い。それでも、それだけなのだ。わざわざ自分の誕生日だからとご近所を巻き込んだ盛大なイベントを開くなどもっての外、寧ろそんなことをすれば痛々しいヤツのレッテルを貼られてしまうに違いなかった。相変わらず意図が伝わっていない事を察したのだろう、どこかチトが苛立った様子で視線を逸らす。けれどもそれは葵に対して、と言うよりチト自身に対して向けられたようなものに思えて、矢張り困惑する事しかできなかった。
「そう言えば、お前は戸籍登録がなかったからな。国からの通知も来ないわけだ」
「……戸籍登録は俺が手続きを進めておこう。所属はトートでいいのか?」
「すまん、頼むぞヴィル」
目の前で進む会話にも葵は戸惑うしかない。戸籍登録、それは生まれて直ぐに行われるものではないのだろうか。そんな簡単に身分証が作れてしまえば大問題だと感じる葵だが、それについての認識は大正解だった。この世界でも少なくともトートでは出生と同時に国家へ届け出が出され、それによって国側もその子供の誕生日を把握するのだ。だから予算を調整し、20歳の誕生日パーティーに向けて様々な手当などの準備ができるのである。これは、ヴィルやチトが身分を完全に保証すると宣言したからこそできる荒業だった。一方で、そんなことを知らない葵はまた文化の違いかと適当に納得するしかなかったが。
「わたくしも全力でお祝いしますからね!ふふ、早速国に連絡を入れて、記念品の準備に取り掛からなくては…!楽しみです」
「ボクも、葵ちゃんが喜びそうな記念品を考えないとねぇ」
「ソフィ君まで…」
「誕生日の価値観が違うのは分かったけど、それでもなんで戸惑ってるんだ?話の限り規模はともあれ、お前の出身地でも誕生日を祝う文化はあったんだろ?」
それは、チトが投げかけた当然の疑問だった。誕生日という概念も、20歳が節目として大切だという認識も、葵は確かに持っている。問題は祝う事への規模だけだろうと考えたチトにとって、葵の反応は祝われること自体に困惑しているように思えたのだ。だから、戸惑い交じりに視線をうろつかせてぽつりと零された一言に、今度こそ地中に埋まる勢いで土下座を披露する事になる。
「……ウチ、家族が死んじゃってからは誕生日とか全然で。だから、すっごく久しぶりに祝ってもらえて嬉しい、けど、どうしたらいいのか分からんくて。ともだち…が、開いてくれるパーティーとか、初めてやし」
「ヴィル、規模拡大だ」
「あぁ、予算は俺の資産からいくらでも使っていい」
「ルシエも可能な限り支援する」
「わたくしも全力で協力いたしますわ!トートで用意が難しいものがあれば何でも言ってください。オーフで総力を挙げて入手して見せますから…!」
「葵ちゃんが好きそうな禁忌魔法の魔導書、持ってくるねぇ」
「え、え、」
「……よし、俺の昔の家…会場に使ってもいいぞ。手配する」
だから、規模は控えめにしてくれた方がむしろ嬉しい。そう続けようとした筈の葵は、途端に空気が変わり規模が爆増した予感に思わず固まった。なんでそうなるんだ、と言う視線を隠しもしないで5人に向けるが、誰一人気付いてくれる者はいない。寧ろ更におかしな話に発展し始めた気配すらする。そうして最後にチトが口を開いた時、驚いて固まったのは以外にもソフィだけだった。
「……ま、マジで言ってんの?チェント君」
普段からは程遠いキャラ崩壊と言っても過言ではない口調と呼び名で飛び出した発言に、吹き出したのは葵だった。
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