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30話 魔法戦5


戦闘開始の合図が聞こえて暫く、無言で見つめ合っていただけだった筈の葵の周囲で結界魔法が発動し仕掛けられた攻撃魔法が弾かれた音が響く。それに対してにやりと口角を上げた男子生徒は、わざとらしく大きな声で困惑する観客に向けて内容を解説する。こういう所は、先ほどのローブを纏った生徒と似ているかもしれない。


「無詠唱、やっぱりな。お前、これまでの試合でそれらしい単語を並べてはいたけど、実際は何の意味もなかっただろ。恐らくあれは…速攻で並べただけの適当な嘘だ。恐らくお前は詠唱を使わなくても魔法を…いや、詠唱を使って魔法が発動させられないまであるかもしれねぇな?…どうだ、違うか?」

「……」


杖を握る葵は、変わらず不可視の魔法が結界魔法によって弾かれる音が響く闘技場の中央で無表情のまま立っている。じっと目の前の男の杖先だけを見詰め、ひたすら防御に徹していた。魔力の流れや殺気を感じれば、防ぐことは可能なのだ。


「ふん、だんまりか。その相手の情報を得られない代わりに自分の情報を一切表に出さない戦い方は一昔前…世界戦争時代の魔法使いたちが好んで使っていた手法だ。お前、さては見た目より年齢が高いな?一体いつの時代を生きた魔法使いだよ」


ニヤニヤと、声を張り上げて自己推理を並べて無詠唱で即死魔法を繰り返す男子生徒。その速度は、時間が進むにつれて着々と早まっていた。


(……面倒だな)


重力魔法を使って上空で一定の距離を取れば、男は口笛を鳴らす。気にせず水属性の下位の攻撃魔法を組んで放つが、結界によって難なく防がれてしまった。即死魔法だけでなく、結界魔法も無詠唱。男はそれなりに詠唱を使わない戦い方に自信があるらしい。


(やっぱり、面倒だ)


葵は表情を崩さないまま、内心大きなため息をついて杖を構え直した。ひと先ずは受け身に回ってその実力を把握しようと只管に四方八方から向けられる即死魔法を防いでいく。下位のものではあったが、先ほど敗退した女子生徒同様に一度当たればアウトだろう。集中力を切らせば簡単に当たってしまう程の精度を保った魔法は、男子生徒が非常に高い魔法制御技術を持っている事の証明でもあった。観客席からは何が起きているのか理解できずつまらないとヤジが飛ぶが、ある程度魔法に詳しい者からは感嘆の声も上がっていた。


「お前を無詠唱魔法でヤるのは難しそうだな。つーわけで、作戦変更だ」


徐々に苛立ちが混じった雑な即死魔法に切り替わりつつあったが、それをぴたりと辞めた。分かりやすく厭らしい表情を浮かべた男は、改めて杖を構えて今回の大会で初めての詠唱を始める。


「我、望むもの也。我、求むもの也。この手に願いを引き寄せたまえ」


(中位の魔法、詠唱からは内容が予想できない。結界貫通なんかがされたら厄介や、下手に結界を使うよりちゃんと避けた方がいいかもしれない)


男子生徒が初めて使う中位以上の魔法に咄嗟で必要以上の警戒心を持った葵は杖を持って意識を集中させる。自分に向けて真っすぐ向けられた杖の先から魔力が溢れるとともに、男子生徒が詠唱の最後を締めくくった。


「——強奪」


重力魔法を使ってよけようとした葵は、相手の狙いに気付くのが一足遅かった。結果、男子生徒の狙いはあっさりと成功してしまうのだ。


「…なるほど」


勢いよく吹き飛ばされたそれは、遠く離れた闘技場の中央を覆う結界の端ギリギリの地面に突き刺さる。


直ぐに地上に降り立った葵は自身の手元からなくなった杖の行方を眺め、それから軽く手のひらを閉じては開いてと繰り返してから再び男に向き合った。見詰めるのは心底愉悦に塗れた表情を浮かべる男子生徒だ。完全に勝利を確信して口角が緩み切っている。


「杖がなくっちゃ、お得意の結界魔法も無詠唱も意味がねェよなァ!?」


一瞬で喉が枯れてしまいそうな程濁った声音と共に杖を振る。それは、何止めかも分からない無詠唱による即死魔法を発動させた瞬間だった。


「はは、あはは、あははははは…!所詮この程度、この俺にかかれば……、……あ?」


次の瞬間、葵は確かにその場から消えていた。結界の外に押し出されたのだろうとその姿を探していた男子生徒は、少しして自分を覆うように上空から影が出来ていたことに気付いたのだ。けれども、もう遅い。


「…誰が杖がなくちゃ戦えないって言ったの?」


両手を掲げ、無詠唱で魔法を組み立てた葵は空中から腕を振り下ろし勢いよく水の塊を男子生徒に向けて叩きつけた。慌てて結界魔法を張るも、動揺のせいか強度が足りず膝をつく。


「っおい、どういう事だよ…!」

「何が?」

「無詠唱は聞いていても、杖なしは聞いてねーぞ!!こんなの規則違反だ、俺は知らない!もうこの依頼からは下りさせてもらう!!」


ようやく余裕に満ち溢れていた表情を明確な恐怖に変えた男を前に、葵は重力魔法を調整して更に高い位置へ移動し空中に無数の魔法陣を浮かび上がらせる。それは、男がよく知る魔法陣だった。勿論、そこに杖も詠唱も必要ない。無詠唱は知っていて、杖なしは聞いていない。その発言のおかげで大方男の正体に辺りがついた。葵がこの学園でまともに詠唱無しで魔法を使っているところを見せたのはたった一度だけ、そして面倒な恨みを買ったのもその一度だけなのだ。


怯えた男子生徒が必死で杖を構え即死魔法を連発するが、当然のように葵の周囲に張り巡らされた結界によって防がれる。完璧に防御された音だけが闘技場内に響き渡った。


「ひ、待て、ヤメロ…っやめてくれ…!!!」


敢えて可視化されたその魔法が放たれる寸前、男の身体は既に結界の外に弾き出されていた。


「……無詠唱で下位の即死魔法だよ、ばーか」



「——相手選手の戦闘不能を確認、魔法戦トーナメント優勝者は登録番号4番、Aクラスで魔法陣の天才として名高いだけでなく戦闘も可能だった!アオイ選手が優勝です!!」


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