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29話 魔法戦4


「さて、四回戦。さっきの人と…また、どっかの御令嬢かな?」


闘技場の中心では、明らかに先頭に相応しくないだろうドレスに身を包んだBクラスの女子生徒と、先ほど葵に絡んでいた男子生徒が対峙していた。男子生徒は今回唯一のDクラスの生徒だったらしい。女子生徒が男子生徒を見る視線は、非常に険しい。


「———誰かと思えば、蛮行を繰り返してDクラスまで落とされた愚鈍な編入生ではありませんか」

「生ぬるい魔法でBクラスに縋りついているお嬢様が俺の初戦のお相手とは、こりゃ運がいいねェ」

「っ、貴方が使う魔法については良く知っていますわ。卑怯で、愚劣で、魔法使いとして恥じたる魔法を使う人」


二人の心理戦とは言い難いやり取りを遮るように、試合開始の合図が響く。会話の一端を聞いていた葵は、なんとなく納得した。先程感じた威圧などを思えば男子生徒はAクラスに居てもおかしくない実力を持っていた。そうじゃないとすれば、理由は女子生徒が言った通りだろう。一体何をすればクラスを落とされるのかは寧ろ聞いてみたい程であったが、Dクラスとは言え学園側が手放さない存在なら余程の逸材だと考えられた。女子生徒の嘲りを受けてにやりと笑った男子生徒はゆっくりとした動作で杖を呼び出し握る。


「その通り、俺ってば卑怯な魔法使いだからさァ…」


次の瞬間、女子生徒は結界の外に弾き出されていた。何が起きたのか分からず結界内の男子生徒を困惑交じりで睨みつける女子生徒を前に、愉しそうに笑う。


「絶命魔法、即死。下位だから結界さえ張れば防げる魔法だけど…こういう魔法ばっかり、無詠唱の練習しちゃうんだよな♡」

「っなんて愚かな…!!」


「……戦闘不能を確認、勝者、Dクラス登録番号8番の生徒」


拳を握りしてめて、怒りと羞恥でいっぱいになりながら男子生徒に憎しみの視線を向ける女子生徒を前に、観客席から歓声が溢れることはない。今の試合が正当なものであるかの議論を繰り返す騒めく会場の中で、懐疑の視線を一身に受けた男子生徒はそれは自慢気な子供のような表情で葵の方へ顔を向ける。対する葵は、一切反応を示すことなく黙ってその様子を見つめ続けた。暫くして、何も変化がなかったと理解した男子生徒は苛立ったように舌打ちして、控え席まで戻り例の精神魔法を使った男子生徒の隣へ荒々しく座った。



―――


「あのっ、よろしくお願いしますっ…!」

「えっと…そんな緊張せんでもええよ?」

「ふえぇごめんなさいごめんなさいっ!!」

「いや、ちゃうんよ、ウチ怒ってる訳じゃなくて…、」


歓声からは程遠い騒めきが会場全体を包む中、準決勝は始まる。この空気の中の試合は普通に嫌だと溜息を零しながら闘技場の中央へ向かった葵を待っていたのは、一回戦であり得ない魔力量を持って対戦相手の男子生徒から勝利をもぎ取った女子生徒である。既に涙を浮かべて震える足を叱咤するように立つ姿を見せつけられれば、これまで無表情を続けていた葵でも流石にその表情を崩さざるを得ない。慌てて宥めるよう声をかけるが、逆効果だったらしく今度こそぼろぼろと泣かれてしまった。試合開始の合図は既に出ているが、このまま戦闘に入るわけにはいかない。


「ど、どうしよう…」


先程の試合を見て分かった通り、観客が求めているのは派手な演出や分かりやすいやり取りを含んだうえでの勝敗だった。今すぐ適当な魔法を使って相手の女子生徒から勝利を得ることは可能だったが、それでは先ほどの男子生徒の二の舞だろう。他者への興味が薄いとはいえ、自ら嫌われ街道を進むつもりは毛頭なかった葵にとって、現在の状況は非常に鬼門であった。確かに未だ先ほどの空気感を引きずった会場では、選手である自分たちに向けられる視線に厳しいものを感じる。それを正面から受け取ってしまえば、泣き出すのも仕方がないのかもしれない。


「すみません、わたし、魔法操作がへたくそで…っ魔法使いとして、失格の戦い方しかできないんですっ…!」


成程、女子生徒が異様に今の空気に怯えていたのは、自分の戦い方が正攻法ではない事を理解していたからだった。先程の生徒とは全く違う要因なのだから大きな問題はないかもしれないが、考え方によっては彼女の戦い方も野次を飛ばされるに値するものではあるのだ。それに怯えたからこそ、今の反応があるなら納得だった。


「でも、そんなわたしを応援してくれる村の皆の為にも、そしてCクラスの仲間たちの為にも、Aクラスに上がって成果を残したいって思ったんです!そして、稼ぎが良い就職先を見付けて、村をもっとよくしたい!だからっ…どんな戦い方になろうとも、わたしは絶対に負けられないんです!!」

「……いや、」


(おっもいなぁ~~~~~~~~~~…)


涙を溢れさせながらも、強引にそれを拭って力強い意志のこもった表情で言われてしまえば思わず気が遠くなってしまうものだ。なんて真っすぐな信念を込めてこの場所にいるんだ、この生徒は。そして、完全に無自覚だろうけどわざわざ言い放つあたりが厭らしい。精神攻撃目的ではなく、恐らく自分自身を鼓舞させる為に言っているのだからもっとどうしようもない。どう返事をしたものか、自分が望んだわけでもなくその場に居合わせた葵は取りあえず杖を構えるが、半泣きで肩を引く突かせた姿を見せつけられて余りのやり辛さに内心深いため息をついた。


「ごめんなさいっ、最初から全力で行きます…!!」


再び涙を服の袖で拭った女子生徒は、しっかりと杖を構え直して肩幅に足を開いて詠唱の姿勢をとる。そして深呼吸の後詠唱を始めた。


「広大なる大地よ、偉大なる大地よ、強靭なる大地よ…!我が意思の強さに応え、その脅威を今ここに示せ!!」


上位魔法である。とは言え詠唱を聞いて理解できるわけではなく、先ほどまで聞いていた魔法の詠唱より圧倒的に長かったからそう結論付けたものではあった。詠唱に合わせて莫大な魔力が動き出す。これが、魔力量に対して魔力操作能力が伴っていないからこそ生み出された馬鹿みたいな魔法。地面が揺れる気配と共にふと闘技場の結界内に出来た巨大な影に葵は思わず上空を見上げた。


「岩壁礫降……っ!くらえぇええっ!!」


周囲の地面が抉れ、上空で岩の塊となったのだ。結界を張った葵と、魔法を発動させた女子生徒以外の地面に空いた大きな穴。一息ついて、それは波のように細かい礫となって葵に押し寄せてきた。物理的に押しつぶす算段尚だろう。自身の慎重より遥かに高所から、鋭く先端が尖った礫が一直線で向かってくる様子を慌てる事無くじっと見つめていた葵に、ついに礫が着弾したように見えた。断定できないのは、瞬時に砂埃が舞い上がって結界内の様子が視認できなくなったからである。


「っはぁ…はぁっ、これで、わたしは決勝に…っ!」


暫くして砂埃が晴れ、肩で荒々しく息をする女子生徒が杖を支えにその場に立っている姿が確認された。今度は喜びと興奮から溢れた涙で表情を明るくしたその瞬間。


「流石にそれはフラグすぎやったかなぁ…、感電」

「へ、」


いつの間にか女子生徒の背後に立っていた葵は、その背中に杖を当て微弱な雷属性魔法を流した。驚いた声すら出せないまま、感電した女子生徒は立ったまま気絶する。体が地面に倒れ込む寸前にその腕を引いて支えた葵は、審判の方へ視線を向けた。



「…戦闘不能を確認、勝者Aクラス期待の大新人、登録番号4番の選手!!」


一瞬の沈黙を経て、状況を理解した観客たちから大歓声が上がった。どうやら、今回の戦い方は批判を受けるものではなかったらしい。葵が行ったのは、着弾の寸前に転移魔法で女子生徒の背後に移動し最終的に的確な神経の位置を把握した上で極微弱な電流を流しただけである。けれども、女子生徒の魔法が派手だったおかげか、それとも葵のどこまでも手の内を明かさないながらも無駄な血を一切流さない戦闘方法が良かったのか、観客は今の戦闘内容を称賛するに価したらしい。駆け寄ってきた係りの教師に女子生徒を引き渡した葵は、静かに控室へ戻った。


「…色んな魔法使いがおるなぁ、ほんまに」


心からの呟きは、観客席の大歓声にかき消されて消えていった。初めてまともに食らった精神攻撃は、思いのほか葵に刺さったらしい。本来は普通に魔法攻撃で終わらせようと考えていたはずだったのに、気付いた時には女子生徒を一切怪我させない方向で魔法を使っていた。意外と毒されやすいんだろうかと自己評価を改めて、次の試合に向けて闘技場へ視線を戻した。



―――


「…今、なんと?」


観客席からどよめきが広がる。審判さえ動揺を隠せず聞き返すが、真っ黒なローブに身を包んだ男子生徒は変わらず同じ言葉を繰り返すだけだった。


「ですから、自分はこの試合を棄権すると言っているんです」


相手選手は、先ほど即死魔法を使っていたあの生徒。ニヤリと笑うだけで、怒りを露わにすることも、困惑する事さえしなかった。恐らくは予め決められていた流れだったのだろう。意思に誤りがない事を確認した審判は、どこか気まずそうに言葉を続けた。


「……選手の危険により、勝者、Dクラス登録番号8番の選手」


試合開始の合図が出された直後の出来事である。誰一人状況についていくことが出来ず、沈黙だけが会場中を支配していた。それでも大会は継続するしかない。深いため息をついた葵は、ローブを纏った男子生徒と入れ替わるように闘技場の中央へと足を進める。


「さーて、ようやくお前と遊べそうだなァ」

「……」


中央で対峙するのは二人の魔法使い。ゆっくりと杖を呼び出し、相手に向けて構えた葵はじっと動かない事を選択した。試合開始の合図が響き渡る。


あっという間に決勝戦の開幕だ。


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