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28話 魔法戦3


「次は三回戦か」


待機席に腰を下ろした葵は、再び対戦表を眺めつつ闘技場の中心へ視線を戻す。少し離れたところから感じる視線は完全無視を決め込んで、現段階で手に入る情報を観察することにした。


―――


「よろしくネ~」

「どうも、よろしくお願い致します」


闘技場の中央には杖をこん棒のように構えた小柄なBクラスの女子生徒と、真っ黒なローブに身を包み古めかしい杖を構えたどこか怪しげな同じくBクラスの男子生徒が対峙していた。女子生徒は二年生、男子生徒は何やら編入生らしく、この学園で編入とかそんな概念があった事に葵は素直に驚いた。高いクラスの生徒同士の対決という事もあり、自然と観客席の熱も高まっていく。期待と興奮が最高潮に達した頃、試合開始の合図が響くいた。


「あはっ、キミ噂の謎の編入生二人組の一人でショ?色々こわーい話は聞いてるケド、早速仕掛けさせてもらうヨ!この速度についてこられるカナっ、我が身に力を与えたまえ、我が身に勇気を与えたまえ、我が身に加護を与えたまえ!身体強化魔法、超人化っ!!」


どうやら女子生徒の戦闘スタイルは、魔力による自己強化を行い杖先に様々な属性魔法を纏わせて戦う魔法半分物理半分の珍しい近接型のスタイルらしい。基本遠距離で魔法の打ち合いが行われる魔法戦に置いて非常に珍しい戦い方をする彼女は、だからこそこのトーナメントに残る事が出来たのだろう。視認で確認できる魔力の総量は少ない方だが、身体強化に総力を注ぐことで少ない魔力で圧倒的な力を得ることに成功していた。遠距離ばかりの練習をしている魔法使いならではの、特別苦手とされる敵になっていると考えられる。


ギリギリ目で追える程の超速で男子生徒に向かって飛び込み、早速杖の先に風魔法を載せた勢いで殴り掛かった。


「あははっ、これでも食らえ!風切!!」


それは、先ほど葵と対戦した男子生徒が使っていた中位の魔法の一段階下のものだ。けれども、物理的な速度に乗って発動させることができれば威力は下手すれば中位の魔法をも超えてくる。対する男子生徒は冷静に杖を構えた。


「やれやれ、血の気が多いですね。それでは、我が身を守りたまえ、結界魔法。……おや」


最小限の動きで結界魔法を張った男子生徒だったが、接触の直前で真っすぐ振り落とされていた筈の杖が結界を避ける様にズレて直接男子生徒に向けて放たれた。少し驚いた様子を浮かべた男子生徒は、咄嗟に身体を捻って魔法を躱す。どうにかローブと頬を割かれる程度で被害は収まったらしい。


「…へぇ、避けちゃうんダ。そのまま食らってれば試合終了で痛い思いをしなくて済んだのにネ」


煽りとも、本音とも受け取れる女子生徒の発言を気にする素振りもなく、男子生徒はローブについた砂埃を払う最中で軽く頬の血を拭った。


「想定より瞬発的な身体操作の能力値が高かったようですね。貴女の評価を改めましょう」


互いに一定の距離を取り直した二人は、杖を向け合いつつ相手の様子を伺う。それから何度か似たようなやり取りが繰り返され、防戦一方の男子生徒の身体には少しずつ浅いながらも切り傷が増えていった。観客たちは避けるばかりの男子生徒に野次を飛ばす一方で、なんとなく敗者を応援したくなる心理につられて応援する声も徐々に増えてきた。けれども、葵には既にこの勝負の結末が見えていた。


―――


「あれ、男子生徒の勝ちやな」

「へぇ…?お前、分かるのか」

「はぁ……」


この世界の魔法使いは、余程流行りに乗って心理戦を仕掛けたがるものなのか。葵が小さく零した呟きを拾ったらしい一人の男子生徒が、真っすぐ葵の元へ近づき隣に腰かけた。楽し気に戦闘の行方を眺める瞳の奥には厭らしい悪意の色が込められており、わざとらしいため息の威嚇は流されてしまった。仕方なく決まりきった勝負の行方から視線を逸らし男子生徒へ首の向きを固定し睨みつければ、対する男子生徒は心底楽しそうに笑った。


「ハハッ、その目付き…まるで多くの戦場を潜り抜けてきた傭兵みたいだ。冷徹で、慈悲の欠片もない。…お前は一体何者だ?」


きっと隠したつもりなのだろう。警戒心と愉悦、威圧の込められた僅かな殺気。何より心の底から楽しくてたまらない、と言いたげな視線と共に向けられた問いかけに、ふいと顔の向きを闘技場の中心へ戻した葵は答える。


「さぁね。ほら、そろそろ戦闘が終わるよ。次は貴方の番でしょ」

「……んだよ、つまんねーな。もっと沢山お喋りしようぜ?」

「遠慮しとく」


こちらの出方を探る意図を堂々と込めた誘いに、わざわざ乗ってやる必要はない。早々に関わる事を辞めた葵の反応につまらなさそうな舌打ちを零した男子生徒は、それ以上何も言わず葵から離れていった。葵の戦闘が終わってからずっと様子を探ってきていた癖に、いざ会話をするとあっさりしたものだな、と拍子抜けした葵は、それ以上面倒な存在に余計な思考を使うのも時間の無駄だろうと早々に切り捨てた。


―――


戦闘は佳境に入っている。かなりの回数攻撃を行い魔力体力共に限界が近づいてきた女子生徒は、自身が突破力に欠けている事実に気が付いていた。相手がいつまで経ってもアクションを起こしてこない。攻めているのは自分である筈で、攻撃だって確かに相手にあたっているにも関わらず何故か妙な胸のざわめきが止まなかったのだ。


「お前、守ってばかりで碌に攻撃をしてこないネっ!」


何か、ある筈だ。Bクラスに所属している男が、編入をしてきた男が、何もせず受けに徹しているだけだとは到底思えない。これではまるで、自分が遊ばれているようではないか。そんな怒りがふつふつと込み上げてきた女子生徒は、不意に冷静さを失ってしまった。頬を伝う汗を拭って、何度目かも分からない攻撃を行おうと杖を構え狙いを定めた途端、ようやく男子生徒が口を開く。


「生憎、攻撃するまでもありませんので」

「何を…、……っ!?」


肩で息をしながら攻撃を続けていた女子生徒は、次の瞬間その表情を恐怖一色に変えてその場に崩れ落ちた。頭を抱えて蹲る姿は明確に異常である。何事だ、と慌て始めた観客の問いに答える様に、男子生徒はわざとらしく声を張り上げて答える。


「精神操作魔法。何度も彼女の攻撃を受け、その際に己の魔力を込めた血液を彼女に付着させることで徐々に彼女との一時的なつながりを強化しました。そして冷静さを失った今この瞬間、発動させる。今の彼女の脳内には、彼女が最も恐れる状況が広がっている事でしょう。…それでは、皆様がお望みの攻撃魔法のお時間です」


最早声も出せず震えるばかりの女子生徒に向けて、男子生徒は片手で杖を構え、何の感情もなく適当な魔力弾を放つ。女子生徒の身体は全ての勢いを受けて、結界の外へ転移させられた。刹那の沈黙が、闘技場全体を支配した。


「……選手の戦闘不能を確認。勝者、Bクラスの謎多き編入生、登録番号5番の選手!」


戸惑いを見せた観客席は、少しの間を経て完成に包まれた。精神操作魔法は非常に難易度が高く、発動までに必要な要素が多い。最終的なやり方は好まれたものではないだろうが、それでも戦闘を観覧する上ではそれなりに見ごたえがあるやり取りだったのだろう。攻撃を受けた女子生徒側からすれば堪ったものじゃないが、一先ず勝敗は決したのである。やれやれ、とでも言いたげに女子生徒を放って控え席に戻ってきた男子生徒は、迷わず先ほど葵に話しかけてきた男の元へ向かう。


「次は俺の出番か」

「ヘマしないで下さいね?」

「ケッ、誰にモノ言ってやがる」


呆れ交じりに投げかけられた言葉に睨みを利かせてから、男は堂々と闘技場の中央へ歩いて行った。その背中をしばらく眺めていた男子生徒は、困ったように肩を竦めて適当な席に座る。明確な何かしらの関係性、さりげなく向けられる男子生徒からの視線。出来ればこの二人のどちらとも対峙したくはないが、そう上手くいくものではないだろう。他の生徒に比べてそれなりに強い魔力が感じられた先ほどの生徒だ、恐らく次の試合も勝利を修めてくるだろう。叶うならこの二人が潰し合いで消耗してくれるのが一番楽な流れだが、それだけでは終わらない気がする。…なんて、自分の次の試合の勝利を無意識で確信していた葵はその事実にふと気付き苦笑を零す。我ながら傲慢になったものだ、と。


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