とある記憶 14
「ありがとぉねぇチトちゃん、良かったらこれ、持って帰ってちょうだい」
「…あー、毎回俺達がクエストを受ける度に何か手土産くれるけど、別にわざわざ用意してくれなくていいんだぜ?ばあさん」
「いいのよぉ、アンタ達三人、若い魔法使いさんがクエストを引き受けてくれるようになってから、街が随分良くなってきているのよ?これはみんなからのお礼の気持ちなんだから」
「…若い、ねぇ……」
迷宮攻略のための道中で足止めを食らってから早一カ月半、XXXの提案で街の日常クエストを引き受けるようになった三人は、なんだかんだで今日も任務をこなしていた。例の子供の親も無事に葬儀を終えて帰ってきたため、今は適当な借家を拠点にしている。最近では、街中で若くて優秀な魔法使い三人組として認識されているらしく、こうして任務を達成する度に何かしらの野菜やらお菓子やらを渡されて戸惑う日々を送っているのだった。
「んじゃまた、困りごとがあったらすぐ依頼を出してくれ」
「またねぇ、チトちゃん」
今日のチトは、常連になりつつある老婆から買い出しの依頼を受けて重力魔法を使って荷袋の重さを変えつつ無事終わらせたばかりである。既に旦那に先を絶たれており、子供は独立して離れた町で暮らしているらしい。そんな中で一週間分の食料を買いこもうとすれば、一人では到底難しいのだろう。こまめに買い物に行くには、老婆は足腰を悪くしてしまっていた。
若い魔法使い、と言われて思わず苦虫をかみつぶしたような表情を浮かべてしまったのは仕方がない事だ。実際長い時を生きるエルフ族のソフィには遠く及ばずとも、チトだって人外単位で相当年を重ねている。メンバーの中で最年少のXXXだって、この街にいる誰よりも長寿だろう。わざわざ訂正する程の事ではないが、堂々と年齢詐称をしているようで複雑な気分になっていた。
「…ん、あれXXXか?」
仮拠点として利用している借家へ帰る道すがら、大通りの脇で小さな子供達に囲まれているXXXの姿を見かける。今日の彼女が引き受けていたクエストは迷い猫の捜索であった筈なので、既に任務は終わっている頃だろう。それとなく近づいて様子を伺ってみることにした。
「ねーねー、またおうた教えて!」
「あたしも!XXXちゃんのおうた、もっと聞きたい!」
「おれもおれも!教えてもらった歌、妹に歌うとよろこぶんだ!」
しゃがみこんで笑顔を浮かべるXXXの周囲を取り囲むように子供たちが集まっていた。どうやら、XXXに歌のリクエストをしているらしい。
「そう言えばアイツ、歌好きそうだもんな」
小屋に居た頃や、冒険中である今でも頻繁に鼻歌を歌っている姿が見受けられる彼女は実際歌がすきなのだろう。嬉しそうに笑って頷いたXXXは、目を瞑って大きく息を吸って歌い始めた。
「あめがあがったよ、おひさまがでてきたよ。あおいそらのむこうには、にじがかかってる」
ゆっくりと肩を左右に揺らしながら紡がれるXXXの歌を前に、聞き入る様に子供達も目を瞑って体を揺らした。近くを通る街の大人たちも無意識で足を止め、微笑まし気にその様子を眺めていた。
「———にじが、かかってる。……んふふ、どうだった?」
「たのしかったー!」
「うんうん、すごかったよ!でもね…」
「にじって、なーに?」
「え?うーん…そうだなぁ…」
そんな子供の純粋無垢な疑問に、ふとチトは曇った空を見上げた。戦争が始まり、沢山の魔法の使用や魔力兵器の導入が重なった結果最近の空は常に曇天が支配している。本来ある筈の、世界の魔力の許容量を上回ると起こる自然現象の一つだ。過去にも、とある存在によって常に空にが真っ暗だった時代がある。最近の子供達ならば、確かに意識して見た事がなくここ数年曇天ばかりが広がっている以上本当に見たことがないのだろうと直ぐにあたりがついた。
ぱちぱちと自然と向けらえた拍手に小さく礼をしたXXXは、子供達から向けられた感想交じりの疑問の答えを探すように小さく唸る。そんな様子を暫く眺め続けていたからか、不意に顔を上げた葵と完全に視線が合わさってしまった。そのまま手を振って呼ばれてしまえば、素直に近付くしかない。
「あぁ、ちとちゃんだ!」
「ちとちゃんもおうたー?」
「いや、俺は歌わねーよ。…で、なんだっけ、虹?」
「何かいいアイディアはある?」
「うーん…よし。お前らちゃんとその場で見てろよ?アオイはこっち」
ぱたぱたと子供たちが駆け寄ってこようとするのを片手で制したチトは杖を呼び出して構える。その意図を察したらしい葵も、直ぐにチトの直ぐ隣に杖を構えて立ち上がった。
「水よ、優しく降り注げ」
「光よ、その煌めきを反射したまえ!」
敢えて口にした詠唱は周囲の大人の不安を払拭するため。突然魔法使いが得体のしれない魔法を子供たちの直ぐ傍で使い始めたら怖がるだろうと配慮した結果だった。なんだかんだで、チトは随分とこの街の住人達の考えを理解するようになってきたらしい。二人の魔法は重なり合い、空からミスト状の雫が降ってくる。そこに角度が調節された光が差し込み、曇天の空に刹那の奇跡の橋が掛けられた。
「わ、いろんな色に光ってるー!」
「これがにじ?すごーい!!」
「切れ―…えっと、いち、に…ろく、なな!七色だ!」
上空に作り上げれた人工的な虹を前にして、子供たちが楽し気に騒ぐ声が響き渡る。そこには、大人の感嘆の声も混ざっていた。そうして喜んで近づいてくる子供達をチトは慌てて止めた。
「おいこら、杖を持った魔法使いに近づかない!危ないだろーが!」
「だったら杖をしまったらいいんじゃない?」
「るせ、お前は黙ってろ!」
一度発動させれば暫くは効力を発揮するよう調整された魔法によって、それなりの時間空を彩った虹に子供たちは揃って大喜びだった。タイミングを見計らってそっと輪から離れた二人は今度こそ借家に向かって歩き出す。その道中に現れたのは、今度こそ邪魔者だった。
「…へぇ?楽しそうだったねぇ二人とも?」
「別に、知らねーのが哀れだと思っただけだ」
「その後の対応もとっても優しかったよ!」
いつの間にか二人と並んで歩いていたのはソフィだ。今日は金持ちの一軒家の庭を整えるクエストを引き受けていたらしい。その存在に驚くことなく顔を逸らしたチトを前に、XXXとソフィは顔を見合わせて小さく笑う。
「あのエトちゃんが随分丸くなったものだよねぇ…。まさか、人の子に対して哀れなんて感想を浮かべる日が来るなんて!」
「うるせぇ!ってかお前どっから現れたんだよ!いっつも気配消して近付きやがって!」
「そんな事言う割に全然驚いてなかったけどぉ?」
「そりゃ何百回もやられれば驚きもなくなるっつーの!!」
「あっはは、二人とも本当に仲良しさんだね!」
「良くねぇ!!」
「そうだよぉ…え?」
三人横並びで歩く道すがら、楽し気に笑うXXXの声が日差しの傾きかけた空に響いていた。
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