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2話 転機


二人の出会いから3回目の冬を越した。


大きなトラブルなく日常は過ぎていき、書斎にこもるチトを見かねた葵が自ら進んで舵を行うようになり、失敗ら家の真っ黒な食卓がごく普通の一般家庭の食卓に代わるほどの変化はあれど、対人関係や周辺関係は一切変わることなく日常が続いていた。男女の同居、ともあり葵は始めこそ多少チトを警戒していたが、その張本人が葵を完全に幼い子ども扱いしている様子だったため大きな問題はなかった。それが葵にとっては不満であり、安心できる点でもあり、色々と複雑ではあったがずっと警戒したまま日常生活を送るくらいならば現状で満足しておくべきなのだろう。突然始まった同居生活が妙に上手くいくのは葵も、チト自身も内心首をかしげるものがあったが互いに変な気を遣わない妙に心落ち着く関係性が確立されたことは確かだった。


その身一つで召喚された葵はこれまではスマホやパソコンにかじりついてネットに明け暮れる日常を過ごしていたが、この世界に来てからはそれらすべてが使えないどころかそもそも存在しない事を知って始めこそ大きく絶望していたことも最早懐かしい。強制的にメディアたちをする小鬼なった葵は必然的に夜更かしする機会も大きく減り、元は苦手だった早起きが得意になりここ最近では毎朝朝食を完成させてから書斎に向かい気絶しているチトをたたき起こすようになっている。


チトはチトで有言実行と言わんばかりに一日のほとんどを魔法研究に費やしているらしい。基本食事を多くとる必要がないらしく、時折いらないとつっぱねると般若の顔を浮かべた葵に笑顔で食事を強制的に押し込まれ、ようやく我に返って慌てて謝罪し二人の食事の時間になる事もお決まりの流れとなりつつある。


並行して当初の約束通り食事中や気分転換中には魔法講座が始まる。はじめは魔力の質から水属性と相性が良さそうだ、お空気中の水分を集めて凝縮することで水滴を作り出す小さな魔法。しばらくして無事発動が確認されれば、小さくて軽い物体を直接触れずに動かす重力魔法の初歩、何もないところから火種を作る魔法と少しずつレベルアップを重ね、チト曰く最低限の一般人が日常的に使用する魔法については指導開始から一年半ほどでマスターしただろうとお墨付きをもらっている。


最近ではチトの様子を見習って様々な言語の習得を目指して諦め、独自の解読方法をどうにか魔法陣を読み解く方法を会得した葵は自らがやってみたい魔法が記された書物を書斎から引っ張り出し、あの手この手で自力で習得できるようにまで成長した。実はここに後に響く最大の問題が隠されていたが、良くも悪くもある意味一人だった葵にはその問題に対してはごり押す以外の解決法が無かったのだ。結局比較対象がチトしかいない葵は自身の魔法習得進度が早いのか遅いのか、また活用指数が高いかどうかも分かっていなかったが、ファンタジー要素である魔法を使える、その事実が楽しくて仕方がなかったためあまり気にしていなかった。


日常生活において食料関係は不思議な魔法道具に金貨や銀貨を入れると交換と言わんばかりにどこからともなく表れるので特に困っていない。お金は昔腐るほどあkせいだ、というのはチト談だが、実際有り余る硬貨の山で埋め尽くされた部屋を見せられてからは葵も気にしないようにしていた。元々被害者の立場なので罪悪感は少なめだったことが幸いしたのだろう。


とどのつまり、この三年間以上一度位たりとも森どころか小屋から大きくは慣れることなく、二人きりでの日常生活が行われてきたわけである。



「…なんかチト君ってさー、たまにウチの事誰かと勘違いしとらん??寝ぼけとる時とか、めっちゃ集中しとる時とか」

「あー…まぁ昔の名残だな」

「昔?」


「この家で俺、昔はある魔法使いと二人暮らししてたんだよ」


「…えっ、チト君とその魔法使いの人が?ほんまに?ウチ結構チト君にだるって思う事多いで?状況が状況だから受け入れてるだけで。そんなチト君がウチ以外の誰かと二人暮らし?どんだけ心が広い魔法使いやったんその人」

「お前滅茶苦茶失礼な事ばっかり言うじゃん…。ま、確かに喧嘩も多かったし俺も頻繁に家出してたけど…まぁ、今となっちゃた人と深くかかわるいいきっかけになった時間だったな」

「ふーん…?」


チトが遠くの彼方を見詰めるその視線がなんだか面白くない葵は、それ以上の追及を辞めて会話を別方向へとシフトさせることを決める。


「ねーねー、ウチ街とか行ってみたい!そろそろ最低限の歴史とかマナーも覚えたし、魔法も結構使えるようになったと思うんよなー?」

「街ぃ?その程度の魔法で何言ってるんだお前…。まぁでも、そうだな。いっそ魔法学校に通わせるのはありかも」

「学校…?久方ぶりにファンタジーの匂い!」

「ずっと現実だよ。魔法学校っていうのは一定の規模の街や都市に配置される、その名の通り魔法について教養を得られる学校の事だ。遠い昔に視察に行ったこともあるけど、結構しっかりしてたぞ?魔法理論から応用魔法、魔法史。実習も豊富だし今の葵のレベルなら一般性としてやっていけると思う。ここ最近は確かに暫く街に顔を出していなかったし、研究資料も補充したいし…久々に行ってみてもいいか」

「おぉお…!ってことは…!?」

「葵が魔法学校を卒業するくらいまでは、学校周辺の街に家借りて転移ゲート付けてウチと自由に行き来できるようにするか!」

「住むんちゃうんかーーいっ!!そこは街に移住するって流れやったやろ!?」

「だって、今更不便じゃん」

「それはそう、だけどぉ…!もぉ、仕方がないなぁチト君は。おうちが大好きな引き込もり君だもんね!」

「んだと!?」



三年も生活を共にしていればチトの扱いも慣れたもの。手際よく煽り無事一時的とはいえ街に住む確約を手に入れた葵はしたり顔で窓の外に視線をやる。一方あっさり言質を取られてしまったチトは深いため息をついた。己よりずいぶんと年下である筈の葵に掌で転がされている現状に自分自身で呆れてしまったのだ。魔法技術も、地位も、知識も、実年齢も、何もかもが赤子同然の子供。それにこうも見事に翻弄されてしまうのが他の誰でもない自分。この状況を笑わずしてどうすればいいのだろうか。するりとチトの内側に入り込んだ葵が凄いのか、チト自身が葵のような他者との関係性に飢えていたのか。


何がともあれ決まってしまったものは仕方ない、と早速杖を一振りし街に向けて移住を示す書類を作り始めたチトの口角は確かに緩んでいた。



―――この選択が後にトート国内の魔法学校どころか、国を超えて世界中を震撼させるお騒がせ魔法使いの名を轟かせるきっかけになる事を、今の彼らは知ら知らない。




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