とある記憶 13
「うわぁああああん!!」
「…あ、あー…ほら、よしよし?泣くなって、」
「あぁああああん!!」
「も~…ほら、良い子だからさ、な?…ってかおい、そこのクソエルフ!手伝えよ!!」
市街地から少し外れた場所に建てられた木組みの一軒家から聞こえてきたのは、元気よく泣きわめく子供の声だった。それを宥める様に適当ながらもどうにか適当な玩具で気を引こうとしているのはチト、少し離れた台所で珍しく本気で首を傾げながら険しい表情を浮かべていたのがソフィだった。チトの悲鳴にも似た怒りの声に暫く黙り込んだソフィは、ため息交じりに交換条件を突きつける。
「……代わりに離乳食作ってくれるならねぇ。人肌とかいう意味の解らない温度調整やら、味がしないのに味見とか言う変な技術を強要されるけどぉ?」
大きなスプーンで真っ白なミルク粥を掬い上げて見せれば、視線を逸らしたチトが溜息交じりに子供を抱き上げる。すると少しだけ大人しくなった子供は、チトの髪に触れようと手足を暴れさせ始めた。煩わし気に周囲を見渡したチトは再び視線の先をソフィに戻す。
「…悪かったよ。それで?XXXは一体どこに行ったんだ」
「ソレが壊した玩具の修理を依頼しに少し前に家を出ていったよぉ。あそこの玩具屋の店主は面倒で生意気…じゃなくてぇ、こだわりが強い人間だからねぇ。…たかが70年生きた程度で尊大な態度で威張るとか、あり得ないんですけどぉ?」
「そう言えばXXXはやけに気に入られていたな」
意識が完全に自分から逸れたことに気付いたのだろう、子供は再び火が付いたように泣きはじめる。
「うわぁあああああああん!!!」
「っあ~もぉ~!分かったから落ち着けって!泣きたいのはこっちだクソガキ!!」
「ボク、これまで生きてきた中でこんなにも今すぐ逃げ出したいと思ったのは初めての経験だよぉ…人間って本当に面白いねぇ、ちょっとこの街滅ぼしてみる???」
深いため息をついて、虚ろな表情を浮かべたまま鍋をかき回しているソフィは嘗てない程の疲労を滲ませた重たいオーラを身に纏って肩を落としている。チトは、ただ只管泣いて暴れ、大騒ぎの二歳児を前にどうにか落とさないよう抱え直しつつ泣き言を漏らした。
「全く…どうして俺達が人間のガキの面倒なんか見なきゃいけねーんだ…!明らかに人選ミスだろ!!」
「はぁ…早くXXXちゃん帰ってこないかなぁ…。いい加減耳が痛くなってきたし黙らせてほしいよぉ…」
ぼそぼそと文句を零しながら項垂れる二人だが、目の前の子供は関係ないと言わんばかりに泣き喚く事を止めない。実のところ普段からあまり意見が合う事は少ない二人だったが、今この瞬間ばかりは完全に一致していたのである。
「「かえりたい……」」
草臥れた二人の声は、子供の泣き声に押しつぶされるように消えていった。
迷宮攻略へ向かう一行は、道中の都市で戦争の影響で足止めを食らっていた。そんな中XXXが提案したのが、街の住人から出される日常クエストの参加だった。
これまで魔物の討伐クエストこそ道中のついでで引き受けたことがあった二人だが、その地域に密着した日常クエスト等一度設けるどころか内容を確認したことすらなかった。だからこそ軽い気持ちでXXXの提案を受け入れた当初、彼らの脳内に浮かんでいたイメージは噂に聞く掃除や片付け、買い出しと言った魔法を使えば時短が可能な内容ばかりだろうと勝手に考えていた。実際、最初の頃はそういったクエストを何件か達成し、まぁこんなものかと油断していたのだ。
問題は、今回受けることになった子守を中心とした一時的な家の管理を行うクエストである。
主な依頼内容は、少し離れた村に住む両親が亡くなり急遽葬儀関係の手配が直ぐに必要になり、まだ二歳になったばかりの子供を連れまわすわけにはいかないと慌ててギルドにクエスト依頼を掛けた夫婦の願いに沿って、子供の世話をメインとするものだった。その間の食費や生活費、最低限のモラルを守った金額で自由な嗜好品の購入が可能という、中々好待遇なクエストではあったが、軽い気持ちで引き受けたが最後、地獄は始まったのである、
端的に言えば、子供がいつまで経っても泣き止まないのである。確かに二歳児が一時的とはいえ突然両親から引き離されれば不安から泣き出しても可笑しくはないが、それにしたって泣きつかれて完全に眠るまで常に泣きっぱなしとなれば堪ったものではない。実際、ソフィは既に何度か永遠に黙らせてやろうかと虚ろな視線を向けて杖を向けていた。慌てて引き留めたXXXによって現状は事なきを得ているが、最早始めはその行動をドン引きした視線で追っていただけだった筈のチトでさえその思考に惹かれつつある以上、事態は一刻を争っていた。
「たったいまー!あらまぁ、まーた泣いてるし!」
「XXXこのガキは任せた!俺は一旦外の空気吸ってくるから!!」
「あ、ちょっとぉ!エトちゃんずるい!」
「はいはい、全く…。ソフィ君もそれが完成したら火を止めて休憩してきてくれていいよ」
「ほんとぉ?やったぁ!」
普段通りの調子のXXXが帰宅したことで一気に表情を輝かせたチトは、颯爽と子供をXXXに押し付けると家を飛び出していった。文句を言いながらもしっかり鍋から目を離さない意外と真面目なソフィにも休憩を提案すれば、分かりやすく嬉しそうに火を止めてチトの後を追う姿に思わずXXXは呆れたため息をつく。ソフィが調理していた離乳食は近くに小皿も用意されており、盛り付けるだけで完成の状態までたどり着いていた。口ではどれだけ文句を言おうとも、やる事はしっかり熟す姿に思わず苦笑を零す。チトから渡された子供は変わらず大きな声で泣き続けて止まる様子はない。
「ん~…中々泣き止まないねぇ」
「うわぁあん…!」
「…あ、そうや。”ウチ”の乳母さんが昔よう聞かせてくれた子守唄を歌ってあげるで。…よーく、聞いとってな?」
随分遠い所へ離れたチトとソフィの気配に肩を竦めたXXXは、普段と違う口調と共に未だぐずる子供の頭をなでながら笑みを浮かべる。ゆっくりと息を吸って、そっと呼び出した杖に魔力を込めた。
「———きらきらひかる、おそらのほしよ。まばたきしては、みんなをみてる」
窓に取り付けられていたカーテンを重力魔法で閉ざし、そっと灯りを切る。光魔法を調節して天井に向ければ、星空が作り出された。小さく風魔法を発動させれば、XXXと子供の髪が僅かに揺れる。ただの一室が、小さなプラネタリウムへと様変わりした瞬間だった。
「きらきらひかる、おそらのほしよ―――…ふふ、泣き止んだ。ウチの歌、気に入ってくれはったん?」
「うぁ…んぇ!」
「上?あぁ…星かぁ。そっか、アンタはこっちがお気に入りか。意外とロマンチストやん?」
目尻に雫を浮かべたままの子供は、それでもXXXを通り越して星空に向かって手を伸ばすようなそ素振りを見せる。XXXが立ち上がって天井に視界が近づけば、ご機嫌で笑い始めた。その様子に小さく笑ったXXXは、再び頭を撫でてやる。
きゃっきゃ、と笑う子供の声と共に静かな歌声が部屋の中に響いていた。
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