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25話 裏話


一日の授業が終わり、ヴィルとルシエは大会の関係で少し情報収集を、オルコスは個人的な用事があるからと一人になった葵は、一人で廊下を歩いていた。家に帰る為である。


Aクラスの新たな仲間としてはそれなりに好意的に受け入れられた葵たち四人だったが、どうにも周囲の生徒が必要以上に近づいてくることはなかった。本当に用事がある時以外で、会話の機会が一切なかったのだ。葵が常に彼らと行動を共にしていたことも大きかったのかもしれない。既に葵も半分ほど気付きかけてはいるが、葵を除く三人の立場はそこらの一般人ではない事は周囲の反応から元々明白だったのである。そんな彼らと親し気に関わる葵も遠巻きにされるのは必然だった。そんな事情もあり葵は珍しく一人で行動する事になったが、同じAクラスの生徒たちから声を掛けられることもなかったのだ。


そうして一人で廊下を歩いていれば不意に道の真ん中を塞ぐように立ちはだかった陰に足を止めた。


「———そこの者、ちょっとよろしくて?」


杖を構えた二人の生徒に守られるように、離れた位置に立っていたのは女子生徒だった。ゆっくりと観察すれば、共通の制服を殆どドレス同然に魔改造したものを身に付けた生徒は、クルクルと無駄に手入れされた髪を見せつけるようにしている。腕を胸の前で組んでいるのは、何かのアピールなのだろうか。そんな彼女の後方にも杖を構えた者が複数人いる以上、適当な事を言って煙に巻くのは難しそうな状況だと判断出来た。


「わたくしはBクラス3位、トート王国貴族家の……」


葵が相手を認識したことを確認したらしい女子生徒は、意気揚々と自身の身分を語り始める。面倒なので大方聞き流していたが、恐らくは貴族と言う立場をひけらかすようなものだったと思う。折角の長い口上は、葵の中ではようやく単語一つが残る程度にしか記憶されなかった。とりあえずは、どこかのお貴族様に絡まれているらしい。現代日本で葵が読んでいた小説の中に出てくるありきたりな悪役令嬢のオーラを纏った姿に、思わずため息が零れそうになるのをぐっと堪えた。これ以上の面倒事に発展するのを防ぐためだった。


葵から何かしらの反応を待っている素振りを見せる女子生徒を前に、無表情を浮かべた葵はわざとらしく首を傾ける。そうして、普段の雨音が跳ねるような明るい声音をなくし、平坦に口を開いた。


「…それで、そんなお嬢様が私に一体何の御用ですか?」


葵が見せた態度の変化に気付かない女子生徒は、待ってましたと言いたげに口角を上げて言葉を紡ぐ。


「あら、決まってるじゃない。どうやら貴女は”不慮の事故”で技能大会の魔法戦に参加する事になったと風の噂でお聞きしましたわ。可哀想なので、わたくしのお父様にお願いして参加を取り消してあげましょう。うふふ、さぞ光栄の極みでしょう?」

「不慮の事故、ですか。私も先ほどヴィル君から教えてもらったばかりで、参加選手一覧は公開されていない情報の筈だと聞いたんですけどね」

「な…わたくしは偉大な貴族の娘よ。その程度の情報、何もしなくても入ってくるの。哀れだから助けてあげようとわざわざ言ってあげているのに、どうしてそんなつまらない態度をされているんですの?」


(今の反応、この女が犯人か。)


瞼を細めて女子生徒を見詰める葵の表情は、穏やかからほど遠いところにある。余りにも無表情で、一切の隙が感じられない。まるで、突如獣の檻に放り込まれたような緊張感を感じた女子生徒一行も、どこか怯んだ様子を見せつつ強気で言葉を重ねていった。


「まぁいいわ。参加の取り消しについては必ず果たしてあげる。但し、無条件に動くわけにはいかないわ」

「……、はぁ」

「わたくしも貴族として、利益がなければ行動を起こす意味はありませんもの。端的に言いましょう、貴方わたくしをヴィール様、エアフォルシェン様、オルコス様に紹介なさい。それから、わたくしがAクラスに昇進する事を推薦する話を持ち掛けるの。別に損がある話ではないでしょう?ただの一般人であり、推薦魔法使いの名前も不明。碌な経歴を持たない平民がわたくしの力を借りられるだなんて、本来あり得ない奇跡なのだから…!」


自分自身の発言に酔いしれるように、女子生徒は盛大に両手を広げて言い放った。周囲に配置された生徒たちも女子生徒を崇拝するように瞳を輝かせている。満足気に言いたいことを言いきって呼吸を荒げるその姿は葵にとって…滑稽でしかなかった。


繰り返しにはなるが、葵とて普段から行動を共にしている三人が一般人ではないことくらい気が付いているのだ。最終的な身分にはまだ辿り着けていないが、少なくともそこらの貴族より高い地位にいるのだろう。そして、そんな三人が純粋な能力値や身分で関わる相手を選ぶタイプではない事も、これまでの関わりを持って理解していた。目の前の女子生徒を三人に本気で紹介したところで、興味を示すどころか嫌悪感すら見せるのではないだろうか。


「やめておいた方が良いと思いますよ」


思わず善意のアドバイスが零れたが、女子生徒は純粋に受け取ってはくれなかった。激高したまま杖を構えたかと思えば、直ぐに詠唱を開始した。


(馬鹿だなぁ、あんな分かりやすく時間を使って魔法陣を見せつけられたら、どんな魔法を使うのか相手にバレバレじゃん)


葵は杖を構えることもせずにその様子を眺める。冷めた目つきはそのままに、少し困惑した様子の周囲の生徒を含めて女子生徒の様子を観察していたのだ。対人戦において”一般人”が実際どのように魔法を使い、どのような結果が生み出されるのかを。


「———大地に共鳴せよ!轟け、岩打!!」


空中に生成された岩の礫が勢いをつけて葵に飛び掛かる。直接当たれば流血沙汰だけでは済まないレベルのそれに、周囲の生徒の誰かが小さく悲鳴を上げた瞬間、礫は葵に触れる事無く空中で弾かれた。当然のようにピンポイントで張られた無詠唱の結界が発動されたからだ。直前で杖を呼び出し構えた葵は、反撃する事なくじっと魔法を発動させた女子生徒を見つめ続ける。そんな同様一つない様子に今度こそ明確な恐怖心を感じた女子生徒がわずかに後ずさった。


「っ、何よ、貴方今何をしたのよ!…詠唱がなかったじゃない!それに、発動速度だって異常よ…!!」

「そうだね、私は詠唱がなくても魔法が使えるよ。だって、喉を潰された時、先制攻撃をされた時、そんなものに頼っていれば魔法使いは簡単に殺されちゃうからね」

「何を言ってるの…!っ貴方達、全力で痛めつけなさい!!」


恐怖で半狂乱となった女子生徒は、投げやりに指示を下した。慌てた生徒たちは反射的に杖を構え、自分たちも感じている恐怖心から目を逸らす様に詠唱を開始する。誰もかれもがご丁寧な詠唱を並べていく様子に完全に興味を失った葵は、その魔法が発動した直後に同じ威力の同じ魔法をぶつけることであっさりと相殺させてしまった。


「どうして…っ!貴女、いえ、お前はバケモノよ…!っひ、近付かないで!!」


女子生徒は恐らく何も考えずに感じたことをそのまま口に出したのだろう。けれども、その単語が葵の耳を通過した瞬間これまで一度もその場から動いていなかった足を、迷わず女子生徒に向けて踏み出した。全身を震わせて周囲に助けを求めても、他の生徒たちも女子生徒同様に葵の存在に怯え切って使い物にならない。


「化け物、ね。…ふふ、その言葉は耳が腐るほど何回も聞いたよ。私は化け物で、呪いの子で、疫病神なんだって。残念だったね、私なんかに関わっちゃって」


ゆっくりと、一歩ずつ近づいていく。後ずさりしようと必死でもがく女子生徒だが、完全に腰が抜けてしまっているらしく殆ど動けないままその場で縮こまるしかない。そんな姿を、まるで路肩の雑草が視界に入った時のような無関心の瞳で見ていた葵が不意にゆっくりと杖を女子生徒に向けて構える。


「……ぁ、ぃや……っ、」


ぼろぼろと恐怖から溢れる涙で地面を揺らしながら全力で首を振る姿を前に、葵はわざとらしく小首を傾げて見せた。ふと、思いついたように無邪気に笑った葵は歌うように詠唱のほとんどが破棄された魔法を口にした。


「大地に共鳴せよ、」

「ひぃっ!!!!」

「———ばいばい、なーんてね。…あーあ、気絶しちゃった」


バタリ、完全に倒れ込んで気絶してしまった女子生徒の横腹を杖の先で軽く突いた葵は、再び無表情に戻って杖を消す。心底退屈そうに気絶する生徒を見下ろした葵は、今度こそ完全に興味を失って体の向きを変えた。そうして背後で一部始終を見学していた少女の姿に素直に瞳を丸くして、駆け足で近付いた。


「……あれ、ルコちゃんだ。こんな所でどうしたの?」

「うーん…殺しちゃえばよかったと思いまして。わたくし、言ってくだされば最低限蘇生くらいは引き受けましたよ?」


普段と変わらない無表情のまま、心底不思議そうに頬に手を当てて首を傾げて口を開いたのはオルコスだった。美しい金髪が廊下に差し込む夕焼けの赤に照らされてどこか怪しく映っている。穏やかな口調からは到底想像もつかないどこまでもズレた問いかけに面食らった葵は、それでも動揺することなく小さく笑って言葉を返す。


「あは、そんな面倒な事をわざわざこの私がやる訳ないじゃん!……だって、ウチは純粋で、無邪気で、元気いっぱいの女の子なんやから!」

「そうですか、残念です。…ところで、コレはわたくしが好きにしても良いですか?」

「ええよ!興味もないし。そこらで震えてる取り巻きの学生証も全部記録済みやから、欲しいなら資料にまとめて後であげよっか?」

「本当ですか?助かります…!」

「じゃあ、ウチはもう帰るね。また明日!」

「はい、ありがとうございましたアオイちゃん!また明日!」


いつもと変わらない挨拶と共に手を振ってくれるオルコスの言動に内心ドン引きしながらも、葵は一切突っ込むことなくその場を離れることを決めた。これ以上この場所に居れば先ほどの女子生徒に絡まれていた時以上の面倒事が待っていると察したからである。



「…あれ、めっちゃ怒っとったなぁ…」


思わず無意識で杖を構えてしまいそうな程に鋭い殺気を零していたオルコスの様子を頭から追い出して、葵は本来の目的通り家に帰る為に学園の玄関口へ急ぐ。背後から感じた恐ろしい気配と共に聞こえた言葉は、振り向いたら死ぬぞ、と自身に言い聞かせることに決めて決して振り返る事はしなかった。



―――


「…あら、目覚められましたか?」

「ぇ…オルコス、様…!?一体何故、」

「ふふ、とても驚かれているようですね」


気絶状態から回復した女子生徒は、目の前で”穏やかに微笑む聖オーフ教会王国聖人継承権第二位オルコス”の姿にぼやけていた意識を慌てて覚醒させた。姿勢を整え、体勢が悪かったせいでついてしまった制服のシワを軽く直して礼の構えをとる。どんな時でも完璧な聖女候補筆頭として微笑を絶やさない姿は、オーフ国内でも非常に高い支持を集めていると有名だ。そしてそれは、隣国であるトートでもよく知られている話だった。オーフでは国王の立場として聖女、もしくは聖人のどちらかが国民によって選ばれる。現在は彼女の兄が一位の座についているが、まさしく絵本の世界から飛び出したような美しい容姿とその笑み、何より圧倒的な回復技術は彼女こそがトップに相応しいと声高に叫ぶ勢力も多かった。とは言え彼女はまさしく聖女らしい性格で、争いを好まない事、そして何よりトップに立つより自ら民と触れ合い癒しに努めたいと宣言したこともあり実質その権利を破棄しているも同然の状況だったのだ。


「そこまで気を使われなくとも良いのですよ。わたくしは貴女とお話ししたいことがあって、この場所で待っていたのですから」


そんな名高い聖女様がトートへ留学してきていた理由は、まさしく一部の熱烈な信者によって近々行われようとしている国のトップを定める国民投票が荒れることを防ぐためだった。国内に居なければ、投票先として成立しないのが国が定めたルールだったのだ。そして、聖女様を受け入れることが決まったトート側がお祭り騒ぎだったことは記憶に新しい。彼女が国内にいるだけで箔がつく、それは冗談でもお世辞でもない、事実そのものだったからである。


「わたくしと、お話ですか…?」


ふわりと包み込むような笑みを浮かべたオルコスに見惚れて注意が散漫になっている女子生徒は、現状自身が置かれている状況の異常性に気付けない。自身が護衛の為に用意したはずの生徒たちが皆揃って床に倒れ、ボロ雑巾のように転がされている状況も。杖を持ったオルコスに現在進行形で堂々と精神汚染魔法を掛けられている今この瞬間にも。杖を構えて穏やかに魔法を発動させるオルコスはくすりと笑って呆然と見詰めてくる女子生徒の横髪に触れた。それは、さりげなく耳に触れることで魔法の効力をさらに上げるためだった。


「…貴女が先ほど手を出そうとしていた生徒、アオイちゃんの推薦者はトート国が誇る最高位の魔法使い、大賢者様です。そう、あの子は大賢者様が直々に育て上げた弟子、貴女のお家の権力など簡単に捻り潰してしまえる圧倒的な権力を控えている訳、ですが……」

「へ……?」


不意に、その表情が抜け落ちた。まるで電池が切れた玩具のように、魔力が切れた魔道具のように、何の感情も読めない表情と瞳のまま再び小首を傾げたオルコスを前に、女子生徒の身体が僅かに震えた。


「一体何故、貴女は調査を怠ったのでしょうか?チェント様も特に隠す様子はなく、少し調べれば見付けられる情報だったと思うのですが…」


困ったように語り掛ける声音だけが正常であり、その表情が異常である筈のオルコスと対面していても、既に精神汚染魔法に深く嵌まってしまった女子生徒は不安が生じた傍から思考が溶けて上手く働かせることが出来ない。何か重大な真実を聞かされている筈なのに、熱に浮かされてもう正常な判断能力を失ってしまっていた。


「それに、彼女はチェント様が直々に賓客認定したトートにとって重大なお客様なのですよ?大賢者と言えば、幼い子供でも知っている通り認定した国の内部のみに留まらず世界的権威を持った大魔法使いの事を示します。そんなお方の弟子に手を出しただなんて…上にバレてしまえば、国際問題どころの騒ぎでは済まないでしょうね」


女子生徒は、自身の目の前でわざとらしくゆっくりと組み立てられていく魔法陣になんの反応も示せない。


「なんて、色々な情報を並べてはみましたが…一番大切なのは、彼女がわたくしの大切な友人である事実です。そんなアオイちゃんに手を出した、それだけでわたくしはこの一件を国家間の不祥事として取り上げても構わないのです。けれども、本人が望まないと言うので、仕方なく我慢しているのですよ?」


不満げに言葉を並べていたオルコスは、完成した魔法陣の最後のピースを嵌める為に息を吸う。対する女子生徒は、まるでゴミを見るような瞳を向けられて杖先から放たれようとしている強力な攻撃魔法の気配に、気づけない。




「———二度と、その顔を見せないでくださいね。……一点光線」




そうして発動された光線は、女子生徒の瞳に真っすぐと向かい―――鮮血が舞った。悲鳴は、上がらなかった。



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