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22話 課題決定



「改めて、君たちAクラスの編入生グループ研究の導き手に立候補したソピアーだよぉ、そこらの教師以上に利用価値が高いお買い得商品だと自負してるんだけどぉ」



流石に場の収集が付かなくなったところで、ヴィルが渋々なけなしのリーダーシップを持って場を仕切り直した。相変わらず崩れたままのチトのメンタルケアは、じゃんけんで負けたルシエが非常に面倒くさそうに現在進行形で試みている。先程のソフィ襲来時に何もできなかった事実をずっと無言のまま考え込んでいる教諭は暫くそっとしておくことにし、ようやく最低限の静けさを取り戻した空気を見計らってソフィ自らが脱線させた話題を引き戻したのである。


「全く、グループ研究の課題云々の話から脱線しすぎだぞ」

「ヴィルさんであればもう少し早い段階で話題を引き戻せたのではありませんか?」

「オルコス、そんなに今後の筆記テストを自力で頑張りたいなら最初からそう言え」


途中からヴィルの直ぐ傍でその様子を観察していたオルコスが余計な事を言えば、反射的にヴィルが口を開く。葵が相手だと振り回されがちなオルコスは、ヴィル相手だとそれなりに強く出られるようだ。とは言え、その内容に直ぐ思い至る点がなかった葵は小さく首を傾げてオルコスの返事を待つ。


「誠に申し訳ございませんでした。決して、ヴィルさんが現状を楽しんでいたんですよね、だなんて言うつもりはありませんでしたわ」

「オルコス???」

「うふふ…って、冗談です冗談。もう本当に口を閉じますから筆記関連のご助力はどうか、どうか…」


前言撤回、オルコスはヴィルに勉学と言う弱みを握られていたらしい。確かに前の会話でも筆記が苦手だという話題は出ていたが、無表情のまま顔色を真っ青にしたオルコスの様子を見る限り相当まずい状況らしい。そんなんでよく隣国に留学してこれたな、と葵は思ったが、そもそも聖属性魔法が特別らしいこの世界で座学よりも魔法の方が価値が高ければ問題ない話なのかもしれない。ともかく、目の前で折角戻りかけた空気が再び散りそうになったことを察した葵は仕方なく大きめの声量を意識してわざとらしく肩をすくめる。


「も~、二人とも言った傍から脱線させるやん!ソフィ君が急に飛び出してきたから全部吹っ飛んでまったけど、そんな話しとったもんね。導き手?を決めるより先に、ウチなら研究テーマを決めるで。最初の方にせんせーも教師によって得手不得手があるって話しとったし!」


葵の発言に考え込むように口を閉ざしたヴィルが、少し目を伏せて脳内を整理させてから教師の方へ視線を向けた。久方ぶりに感じた視線に驚いた教師は、慌てて取り繕うように咳払いをして頷いてみる。その様子に小さく頷きを返したヴィルが、教師が話を聞いている事を確認してから今度は葵やオルコス、ルシエの方に視線を戻した。


「研究課題として定番なのは一つの魔法陣についての研究だな。いわゆる、古代の魔法陣の解読や発展に取り組む内容が殆どだ。次に多いのが古代文明などを含む各国の歴史研究だろう。一番身近で情報量も多いトート史は毎年発表している者たちが多い気がする」

「…じゃあ、ルシエ達もそれでいいと思う」

「いや、トートの歴史を俺が調べるのは流石に不公平だろう。いつもの書庫、あれは俺の家のものだぞ」

「確かに、ヴィルさんがわざわざトートに関する研究を行っても目新しい解釈や結果が出せるとは思えませんね…。そもそも国家関連とも相性が悪いかもしれません。そうなると、やはり古代文明でしょうか」



いつの間にか弾みだした三人の会話をぼんやり眺めながら葵は一人考える。この世界に召喚されてから3年以上が過ぎて、少しは世界の一員に慣れた気がしていたのだ。けれども、元より世界の歴史など知る由もない葵に古代の話などもっと分かる訳がなかった。葵が知っている古代文明など、精々…。


「…キーフ、とか」

「現キーフ領の事か。今より約200年ほど前にトートに配線し完全に吸収された今は亡き隣国。現在はキーフ領として一つの領地を細々と管理している孤立主義の鎖国国家。知見を得ようにも何回で解読困難とされている特殊なキーフ文字や、圧倒的に排他的な国民性という物理的な壁によって実態の殆どが今でも解明されていない。一応は国内だから情報が集まりやすい筈だと研究課題に決定する者たちも数年に一度は見受けられると聞くが…」

「生憎、トート上層部でさえ把握しきれていない亡国の研究に成果を出せた実績はどこにもありません。我々学園側としても、生徒たちの柔軟な発想で新たな発見が出来ればと可能な限り協力を試みてはいるのですが、上手くいったことはありませんね」


「……せんせーが喋った!」

「まともに会話もできない自分が教師などおこがましいとおっしゃいますか、そうですよね、たった今自覚したばかりなのですよえぇ」

「アオイさん、此方の先生に対して軽率な発言は止めておきましょう」

「また、静かになった。大人は皆、精神面に難あり…?」

「ルシエ、しっ!!静かにしてなさい!!」


思わず、と言った反応を零した葵に再び自責の念に駆られた教師は撃沈してしまった。とは言え、今のヴィルと先生の説明によってある程度はキーフに対する認識が追いつく。極稀にチトの口からその名前を聞くなどしてきたキーフと呼ばれる国は現在滅亡しており、トートの一部となっている。そして、その実態は嘗ての鎖国中の日本と近しい状況にあるらしい。トート国内の領として扱われており、実際先日はチトによってその工芸品を買い与えられた以上交易はしている。だがしかし、直接的に国民や文化と交流する事は地域として許さない。何とも古典的な手法だが、その在り方を守ろうと本気で考えるならば極めて重要な対応なのかもしれない。そこまで考えて、ふと未だ部屋の隅の方でルシエに絡まれながら落ち込んでいるチトの様子が視界に入った。


「…あれ、そういえばチト君はなんでこんなところに居てはるん?」

「そういえば言ってなかったか?」


ソフィの襲撃に気を取られて、それを仲裁してくれたチトが一体何故学園内にいるのか理由が一切不明であったことに気付いたのだ。少しだけ顔を上げたチトは、少し考える素振りをした後ニコニコと会話の成り行きを見守っていたソフィを指さす。


「アオイの様子見と、ソフィが何かやらかさないかの心配があったからな。実際、盛大にやらかしてた訳だけど」

「もう元気になったん?」

「アオイ、精神的に不安定な人間を相手に率直な感想を言うのは絶対にダメ」

「あらあら…またチトさんがダメになってしまいましたね」


反射的にチトが普通に喋り始めた様子に口出しすれば、再びチトは沈み込んでしまった。ようやく面倒な役割から解放されたとチトから離れようとしていたルシエは、その服の袖を掴まれて深いため息をつく。他人事のように笑ったオルコスは、ルシエに向けて無表情のまま両の拳を握って応援する素振りを見せつけたのだ。メンヘラ対応、やり直しの瞬間である。


「…こほん、キーフについてだったな。確かに、研究課題としては身近であって最も遠いところに位置しているテーマではあると思う。そして、現段階でソフィが導き手に自ら立候補している」

「成程、確かにエルフであるソフィが導き手であれば、これまで以上の何かしらの成果が得らえる可能性が高いという話ですね!」

「おやおや…」


チラリとチトに目線をやったソフィは、小さく肩を竦めて再び微笑んだ。四人の生徒からの期待の視線を背負ってわざとらしく胸を張ったソフィがゆっくりと口を開く。


「いいところに目を付けたねぇ。確かに、俺はこの世界の全てに関わる知識を持っているけれど…君たちがキーフについての情報を求めるならあまり協力できないかなぁ。是と否を答える位はするけど、決してヒントは上げられない。全て自分たちで考えて、行動を起こす必要が出てくるよぉ?」

「…つまり、一国の大賢者であるエルフの口をもってしても言えない何かが、キーフには隠されているって事。ヴィル、面白くなってきた」

「まずは本腰を入れて、国内のキーフに纏わる仕様を再度読み直す必要が出てきたな」

「わたくしもオーフ内のキーフ関連の資料を集めるよう、直ぐに手配しますわ」

「ウチ、研究とかやった事ないけど…やっぱ現地収集が一番の近道やと思う!事前情報がなくても、建造物とか食料文化を分析すれば単純な気候異常が解明できる。そこから、当時の生活状況を分析すれば日常の実態位は解き明かせるかも?」


どことなく威圧的な空気を纏ったソフィの口から零れたのは、まぎれもない拒絶の言葉だった。自分を利用できると近付いてきたくせに、キーフの話題になった途端実質何もできないと言ってのけたのだ。それほどの理不尽を前にチトはわずかに視線を上げて抗議の意を示していた程だったが、その目論見は想定外の方向で失敗してしまったのである。前向きに瞳を輝かせ、やる気十分に作戦会議を始めた四人を前にわずかにソフィが戸惑った表情を浮かべる。それを見て小さく笑ったチトは、助けを求めて向けらえた視線に諦めろと肩を竦めて四人の方へ意識を戻した。


「…あぁもぉ、分かったよ。つまり、君たちはボクが何と言おうとも研究テーマを”亡国キーフについて”で決定するって事だねぇ?エトちゃんも、本当にそれでいいのかい?」

「……、なんで俺に聞くんだよ」

「あそこの研究は君の十八番でしょぉ?」

「昔の話だ。先に宣言しておくが、俺はその研究に対して一切関わるつもりはないから」

「とか言って、泣きつかれたら迷わず助けちゃう癖にぃ。それで、教授、貴殿もこちらのテーマに決定する事に異論はないとみてよろしいですか?」

「へ!?あ、はい…えぇと、承認致します。謎多きキーフの真相が、あなたたちによって少しでも解明されることを期待しております」


意味深なやり取りを交わしたのち宣言を終えたチトは、作戦会議を続ける四人の中で中心に立つ少女に視線を向ける。他の生徒たちと同様に楽しそうにしているように見えるが、何故だかどこかに陰りがあるように見えて仕方がないのだ。キーフを解明する目的が、他の三人とは一人だけ大きくズレているような気がする。けれども、何故そう感じるのかと問われれば堪えられない謎めいた胸の内にどうしたものかと首を傾げる事しかできなかった。そうしている間に先生とテーマ決定と導き手の就任を承認させたソフィは、なぜか葵に向かって真っすぐに足を進めた。


「君には期待しているよぉ、アオイちゃん」

「…え、なんでウチ?」

「だって、君はトートやその周辺地域に対する知識が非常に浅いでしょぉ?そんな君だからこそ、新たな視点を得られるんじゃないかなぁって少し期待してるんだぁ」

「まぁ、程ほどに頑張るつもりではある、けど…」


困惑、警戒。そんな二つの感情を混ぜ合わせた瞳でソフィと向き合った葵は、直ぐに顔を逸らして三人の輪へ戻っていく。


ソフィは、その後ろ姿を何も言わずに眺めていた。


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