とある記憶 11
「色々な種類があるけど…チト君、本当に私が欲しい杖の柄、タダで貰っちゃっていいのかなぁ」
「いーんだよ。お前はさっきから気にし過ぎ、こういう時はためらわずに貰っとけ」
「ボクはこの魔導書に決めたよぉ!見て、虫に食われた本を復元できる…かもしれない魔法陣の元!まさに、ボクが大好きな欲望の為だけに理論を立てて発動に失敗した途中作、次の研究テーマにぴったりだねぇ」
「……お前はもう少し自重した方がいいと思うぞクソエルフ」
ついに小さな箱庭を飛び出し迷宮攻略に向けて冒険を始めた三人は、小屋を囲んでいた森を抜けて直ぐのところで魔物に襲われている商人の馬車を見付けた。途端に面倒くさそうな表情で別の方向へ体の向きを変えたチト、視界にすら入っていないのか素通りするソフィの二人に気付いたXXXは、黙って魔物に向けて杖先を向けそのまま吹き飛ばしたのである。居合わせたことに気付かれてしまったのならば仕方がない。土下座する勢いで感謝の言葉を告げてくる商人を前に、チトは壊れた馬車の修繕を手伝いチトも負傷した馬や護衛達に簡単な回復魔法をかけてやった。どれだけ個人主義でも、不用意に他人から恨みを買う趣味はないらしい。
その結果、お礼として商人からトートの中央へ運ぶ予定だった積み荷の商品から気に入ったものをなんでも一つ、無料で貰ってほしいと勧められたのである。特別金銭に困っているわけではない一同だったが、善意の誘いで利点しかない提案を受けてわざわざ断る理由もない。直ぐに立ち去ろうとしていた体の向きを変えて、商品を物色している最中なのである。
「チト君は何を貰うか決めた?」
「俺?そうだな…お、これ変わった魔法陣についてまとめられた本みたいだな」
二人仲良く荷棚を覗いていたところで、不意にチトが手に取ったのは美術品的な立ち位置で丁寧に梱包されていた一冊の本だった。その表紙の文字を読み上げたXXXは、適当にページを捲る。小難しい古い表現が多く読みづらい本文をゆっくりと解読した葵は、そのままチトに視線を向けて内容を口にした。対するチトも小さく頷いてその魔法陣を軽く指でなぞる。
「えーっと、どれどれ?…記憶に纏わる魔法陣?あ、見てこの最初のページのやつ、残したい瞬間を一つの紙に転写して保存できる魔法陣だって!写真機の即席魔法版、ってところかな?」
「今の写真機は大きいし高価だし、何より維持管理が大変なせいで一般人が簡単に手出しできるもんじゃないからな。魔力消費量は中々のモンだけど、それさえどうにかできれば滅茶苦茶優秀な魔法陣だ。そうか、写真か…よし、俺はこれにする」
「チト君意外とそういうの興味あるんだね…?」
自分にも他人にも深い興味を持っている印象がないチトの意外な選択に、思わずXXXの口から零れたのは空っぽな声音による感想だった。そう口にしてからしまった、と視線だけでチトの方を見ればしっかり視線が絡んでしまって固まったXXXは、そこから続いた普段と変わらない口調による発言に今度は驚いて固まる事になる。
「何言ってんの、興味あるのはお前でしょ」
「へ…?」
「お前のペンダント、空いてるところを埋めたいって言ってたじゃん。迷宮ついた時にあっちで小躍りしてるクソエルフも交えて、三人で一緒に写真にして残そうぜ」
確かに、そんな話をしたかもしれない。けれどもそれはXXXにとって、咄嗟に零れた言い訳に近くて、それでいて叶わない願望でしかなかった筈の言葉だったのだ。だから、こうしてチトから言われた何気ない提案の意味を理解する事に暫く時間をかけたXXXは結局、今はポジティブな事だけを考えようと素直に嬉しいを表情に露わした。
「それって、私の為って事?」
「は?そりゃ、そう…だけど…?おい、お前ら二人して何が言いたいんだよ、ニヤニヤしやがって」
「いやぁ?あのエトちゃんが随分他人の言動を記憶に残して、更には今の自分を残そうだなんて発言をするとは思わなかったからねぇ。そもそもエトちゃんって、記録に残る事も、誰かの記憶に残る事も、基本嫌がるでしょぉ?XXXちゃんの為なら、自分から提案できるんだぁ。ふふ、愛されてるねぇ、XXXちゃん」
「…ま、まぁ?私は世界一可愛い魔法使いだからね!それも当然って事で!」
随分楽し気なソフィの言葉の真意を理解したチトの表情が、赤くなっていく。慌てて顔を逸らし、一足先にその場を離れていくチトの後ろ姿にXXXとソフィは顔を見合わせる。そして、そんなチトの手元にはどれだけソフィにからかわれようと話題の中心だった本がしっかりと持ち込まれている事に気付いて、思わず吹き出した。
「チト君待ってよ~!私、まだ決まってない!」
「うるせーよ!一人で選べばいいだろ!?」
「おやおやぁ?エトちゃん、顔が赤いんじゃないかい?もしかして、体調でも崩しちゃったのかなぁ?」
「しねクソエルフ!!!」
「おぉっとあぶなぁい」
時間が経つにつれて恥ずかしさが更に増してきたのか、耳まで真っ赤に染めたチトは苦し紛れに適当な魔力弾をソフィに向かって放つ。当然のように防がれて大きな舌打ちを零すチトの姿に我慢できなくなったXXXが笑い転げ、自棄になったチトがソフィに向けて放つ魔法の威力が上がっていくにつれて少し離れたところから様子を伺っていた商人や護衛達が若干おびえ始めたことに更にXXXが笑い崩れて。そんなXXXの様子に毒気が抜かれたチトが笑い出し、ソフィがゆるやかに微笑んで。
彼らの冒険は、こうして始まったのである。
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