21話 乱入者
「———さて、既にクラス分けが張り出されている為知っている生徒も多いと考えられるが、この度の入学試験で我がAクラスに新たに4人の新入生が加わった。知っての通りAクラスは他のクラスと違って学年の括りなく同時に授業を取り行う。勿論、基礎に纏わる教科の単位は別途最低限取得してもらう必要があるが、Aクラスで行われる授業は基本的に実験や研究が主となる」
思わずへー、と相槌を打ちそうになった葵は慌てて口を噤んだ。イメージは大学院に近いのかもしれない。確かに最も優れた生徒が集まるクラスならば、改めて勉強する必要がある教科など分かりやすい座学が殆どだろう。話を聞いている限り、魔法関係の学会で発表された資料に関する考察や実験、他にも自主的な研究など、割と自由に動く事が出来そうなクラスである。
「さて、豊作の年と呼ばれた今回の新入生について紹介しよう。まずは一族固有魔法を使いこなし、更に発展要素を加えた非常に高水準の魔法陣を試験中に完成させたヴィールさん。次に名高い名家の次女であり、固有魔法の使い手として実技試験では最高評価を取得したエアフォルシェンさん。三人目は隣国、オーフからの留学生であり、国家固有である聖属性魔法の使い手として著名なオルコスさん」
初めて二人の本当の名前を聞いた葵は視線だけをそっと向けたが、特に気にした様子はなかった為改めて己に集中する視線を避けるようにどこか遠くへ意識を戻す。意外とそういうものなのだろうか。葵が自らの名字を特に名乗っていないように、彼らも名前を普段略称にしてやり取りしている。その程度のものなのかもしれない。
「最後に…魔法陣作成において我が学園開校以来最高点数、測定不能の評価を得て文句なしの合格が決まった天才、アオイさんだ。彼女に関しては正直、我々講師陣が自ら頭を下げてその知識を分けて頂きたい程の魔法陣作成能力を、試験時間の半分すら使わずに見せつけてくれた。後程最優秀生徒作品として展示もされる予定なので、是非一度目を通してその才能を肌で感じてみると良い。…以上の4名が、改めて我がAクラスに加わる新入生たちである。拍手を持って迎え入れよう」
(……やっばーい)
教室に入ってすぐ、他の3人に比べて異様に集まる視線が多いなぁと感じていた葵ではあったが、教師の説明が進むにつれて更にその視線は強まった。それは異物を見るようなものではなく、純粋に興味を持つ熱い視線だ。まるで偶像でも見るように狂信的に思えるような表情で見詰めてくる生徒もいる。説明をしてくれた教師ですら、葵を非常に好意的にみている様子だ。そんな葵が実は共通言語が殆ど分かりません、等と万が一にでも知られてしまえば、一体どうなってしまうか分からない。真っ青になった葵が視線だけで隣に並ぶ3人に助けを求めたが、苦笑を浮かべつつ顔ごと逸らされてしまった。魔法陣作成は基本的に文字が読めなければ出来るはずもない。寧ろ3人以外の全ての人が、葵が非常に共通言語に堪能であり、勉学的天才なのだと判断しているだろう。教室中から向けられる熱視線と拍手を受けながら、面倒なことになったなぁと内心深いため息をついた葵は思わず瞼を細める事しかできなかった。
簡単な紹介が終わると、一度教室を離れて別室へ教師に導かれた。必要事項が書かれた資料を渡され、葵は目を通す…フリをしながらぼんやりしている間に再び話しかけられる。
「さて、早速だが4人には年間を通してグループ研究を行う際のテーマを決めてもらおう。グループ研究に関する知識はあるかな?」
「はい、存じております。3~5人程度の生徒が集まり共通のテーマを定め、一年を通して研究や実験を行い最終的に論文及び資料にまとめて学校側に提出する自立学習授業の事ですよね。我々新入生は人数が4人と丁度良い、このままグループを組んで目標を設定してほしい、という認識でよろしかったでしょうか?」
当然初耳の葵に解説するべく、分かりやすく内容を纏めたヴィルは特につまる事もなく教師の質問に答えた。ヴィルの回答に満足気に頷いた教師は、特に理解が遅れている者がいないかをゆっくり視線で見まわして確認してから口を開く。葵は上手く教師の目を誤魔化せたらしい。
「ふむ、その通りだ。流石はヴィールさん、良く調べられている。補足をするなら、各グループにつき一名、研究科内容に対して助言や手助けを行う導き手、という制度があるのだが…実はこれについて、既に立候補を受けている」
「……我々生徒からの指名制だ、と記憶していましたが?」
「本来ならばその通り。我々学園側としても得手不得手があり、人間関係も複雑であることを踏まえて生徒側が相談して自ら依頼する、というのが正規の形ではあるのだが…」
「…要領を得ない」
どこか困ったように、言葉尻を濁す様に話す教師は、先ほどまでのまさに指導者らしい雰囲気が失われてしまっている。ヴィルやルシエが険しい表情を浮かべている以上何か異常が起きていることは理解できる葵だが、それがどのレベルに値するのかまでは現状では判断できなかった。留学生であるオルコスもこの点については葵と同じらしく、困惑した表情を浮かべて口を噤んでいる。視線をさ迷わせる教師を前にしびれを切らしたルシエが一歩足を踏み出した途端、何処からともなく響いたのは声だった。
「———それはねぇ、ボクが指名したからだよぉ?」
音もなく、気配もなく。窓が閉ざされた室内であるにもかかわらず突如吹き込んだ風と共にそれは現れた。
オルコスは目を見開き、ヴィルとルシエは驚いて固まり、葵は…その場に居合わせた自分を含めた4人と教師に対して結界をはり瞬時に呼び出した杖を構えた。
「ふふ、いい反応だねぇ…。正解だよぉ」
「……、」
葵の反応に一切動揺することなく楽しげに笑った魔法使いは流れるように呼び出した杖を葵に向けて構える。無表情のまま発動直前の魔法陣を宙に描いた葵は放つタイミングを見計らうように呼吸を止める。ほんの刹那、窓の外に植えられた木々の枝から小鳥が羽ばたく瞬間。
「———水よ、」
「…あは、」
「ストップ、止まれアオイ。…ソフィもだ」
それは、いつの間にか開かれていた入口のドアから呆れた様に杖を構えて葵の魔法陣を打ち消した男…チトによって、唐突にせき止められたのだった。
「……あれぇ、何で邪魔するのぉ?魔法の打ち合いはもっとも原始的で単純な対話方法のなのにぃ」
「意図的に警戒させる動きをしておいて、穏やかな表現をつかうんじゃねぇよ。アオイ、杖を下ろせ。コイツは俺の腐れ縁だ、前にも少し話したことがなかったか?」
「…、」
「あーおーい?いう事を聞いてくれ。…な?」
「むぅ…、はぁーい。チト君がそう言うなら」
普段のコロコロと切り替わる表情を完全に捨て無表情のまま杖を構え続けていた葵は、チトの言葉にようやく深いため息をついて杖を消した。両手を挙げてわざとらしく降参のポーズをとるが、警戒心は変わらず向けたままで視界から相手を外さない為の身体使いをやめない。そんな葵の様子を愉快そうに見つめる相手の手元からはいつの間にか杖が消えており、確かに視界から外していない筈なのにと葵の思考回路は高速で動き出した。そんな様子にため息をついたチトは、葵に近づいてその頭に優しく手のひらを載せた。
「…アオイ、いつまで固まってんだよ。場の空気に飲まれすぎ、それじゃあ優秀な魔法使いとは言えないな」
そっと撫でられて機嫌が良くなったのかようやく警戒心を完全に説いた葵は、その手にぎこちなくすり寄った。猫をかわいがるように葵の頭に触れていたチトは、未だに動揺したまま動かない3人とフリーズしたままの教師に視線を向けた。釣られるように葵から視線を外したエルフが3人に視線を向け、一人の前でそれを止める。小さく手を振ってみるも反応が返ってこなかったのか、少しだけ詰まらなさそうに今度は視線の先をチトに移した。
「…うーん、他の子たちはまだまだみたいだけど、流石は君が直々に育てた魔法使いだねぇ。今の時代に相応しいかって言われると少し反応に困るけどぉ…今の対応は魔法使いとして見れば100点満点に近い。初めまして、ボクの名前はソピアー。親しい者はボクをソフィと呼ぶかなぁ。よろしくねぇ?」
「……葵、です。どうも」
「ありゃりゃ、なんだか嫌われちゃってるみたいだねぇ?」
「そりゃお前当然だろーが。突然魔力消して魔法使いが現れれば、誰だって警戒する。アオイの反応が正しい」
「エルフ式相互理解、昔は皆乗ってくれたんだけどなぁ…ルコちゃんはどう思う?」
「……は、何かありました?」
「聞いてなかったねこの子」
こてり、心底不思議そうに首を傾げたオルコスにため息をつく。その様子を見ていた葵は、俯いて小さく深呼吸押してから再び顔を上げた。
「ルコちゃん、このエルフの人と知り合いなん?」
「あら…えぇ、そうですね。この方はソフィ、わたくしの出身国、オーフの大賢者であり、わたくしの師であり、そしてお友達です」
穏やかでありながら、どこか重たい意味が込められた言葉とは裏腹に相変わらずその表情は変わらない。珍しく他人を呼び捨てにしたオルコスに少しだけ瞳を瞬いた葵だったが、それ以上に気になる単語を前に素直にチトの方へ視線を向ける。
「オーフの…チト君、大賢者って何?」
「国家指定の特別な称号の事。まぁ、認定された国で一番すごい魔法使いの事だな。王族に次ぐ権力を持つと言われている。お前が嫌いな、権力者様って事だ」
「……今のやり取りってもしかしてやばい?」
「公式の場でやれば結構まずかったかもな」
「う、打ち首?火あぶり?ウチ殺されちゃうん…!?」
「落ち着けバカ」
葵が苦手とする権力の言葉にぴたりと固まった葵は、言葉の意味を理解した瞬間血相を変えてチトの背後に回り込んだ。ぶつぶつと呟くのは、西洋でありそうな処刑方法だ。異世界で同じ手段が取られているかは分からないが、チト達にも理解できる内容だったらしい。軽く頭を叩かれた葵はわざとらしく摩りながらくすくす笑い出したソフィの様子を伺うようにチトの背中からそっと顔を出す。
「ふふ、ついさっきまでとはまるで別人の反応だねぇ?ボクは特に意気にしていないから問題ないよぉ。自分から仕掛けたやり取りで正しい反応をした子供に罪を問うだなんて、御伽噺の悪しき魔女でもないんだからぁ」
「悪しき魔女…?」
「オーフで有名な御伽噺だけど…その様子だと知らないみたいだねぇ。遠い昔、魔王が人類に侵略をしていた時代、勇者パーティーの聖女だった少女が魔王と恋に堕ち悪しき魔女へと変わってしまった、て話だよぉ。ねぇ、チトちゃん?」
「……お前にそう呼ばれると寒気がするな」
「寂しいことを言ってくれるねぇ。それにしても君…アオイちゃんだっけ?アオイちゃんは、良い魔法使いになれそうだねぇ。さっき俺が現れた瞬間、君が最初に使ったのは結界魔法…その場に居合わせた他の人間を保護する為のものだった。君の魔法の師匠はそんな事教えなかったでしょぉ?」
「それは……、」
どこか苦い表情を浮かべたチトを横目に、緩く微笑んだソフィは小さく頷いた。それは、葵が無意識で行ってしまった行動を咎める意図はないのだと伝えてくれているように感じられる。
「つまりアオイちゃんは、とっさに師匠の教えを破り、他人を守る判断を自ら下した。でも、チトちゃんがアオイちゃんの行動を叱る事はないと思うよぉ。それはねぇ、ボクやチトちゃんが確かに強い魔法使いでも、良い魔法使いではないからなんだぁ。ねぇ、アオイちゃんがチトちゃんからお触った対処法通りに動くなら、さっきどんな行動をとっていたと思う?」
「……問答無用で、部屋全体に指定した存在…いや、自分以外が魔法を使えなくなる吸収型の結界を張る。それから直ぐに発動できる下位の魔法で相手の杖の破壊を試みる。本来杖を破壊した程度じゃたいした打撃には繋がらないかもしれんけど、結界が張られた空間で杖を失った場合相手の魔法使いは戦況が厳しくなるから。動揺したところで拘束魔法を使用、重心を崩し膝をついた瞬間重力魔法を使って床に完全に固定し一切の動作を封じる。それから水属性魔法で口を封じることで詠唱対策を行い、両腕を落とす。ここまでやれば殆どの魔法使いは戦闘不能に……って、あれ?皆どうしてそんなドン引きした視線ウチに向けてくるん?これ全部チト君から基本やって教わった事なんやけど…」
「…え、ちょ、俺に飛び火させんなバカ!今息潜めてたんだから!ソフィもお前性格悪いぞ、なんで急に俺が悪いみたいな空気にするんだよ!!」
葵はチトの教えを素直に口に出していただけだったが、何かしらのスイッチが入ったのか行動内容を説明する葵の表情は無表情であり、普段明るく元気でどこか幼さを感じる可憐な少女が迷わず口にするには余りにも重すぎる内容だった。確かに、実際葵の言うとおりに事が進めば相手の魔法使いを完全に制圧することが出来るだろう。チトはそれをこれまでの経験から最も効率的な対処法だと判断しており、それを弟子である葵に教えることは普通だと思っていた。教えた当初は、なんとも思っていなかったのだ。けれども、改めて葵の口から説明を受けるとどうにもいけない事をしているような気がしてならなかった。咎める視線を一身に背負ったチトは視線を上下左右に動かしながらどうにか言い訳を紡ごうとするが、そんな事すら許されない雰囲気に肩を落とす。そこまでしてようやく、葵は気付いたのだ。
「…ウチ、これまでずっとチト君しか魔法とか常識を教えてくれる相手がおらんかったから、チト君が言ってることが全部普通なんかなぁって思ってきたんやけど…もしかして、結構そうじゃない事、多そうやったりする…?」
「いやっ…そ、そのぉ、」
「チト君って、結構常識しらずの箱入りさん?」
「ぐふっ」
奇しくもそれは、入学式が始まる直前にチトが葵に言い聞かせるために選んだ言葉そのものだった。まさか投げたボールが自分の鳩尾に刺さるとはいくらチトでも想定していなかったのである。盛大なデッドボールを受けたチトは、その場に崩れ落ちて呻いた。
「…さぁて、ヴィルちゃんにルシエちゃんも久しぶりだねぇ、半年前の会談であいさつした以来かなぁ?」
「そう、だな。久しぶり、ソフィ」
「ソフィが強い魔法使いだった事を思い出させられた。…不覚だった」
「あぁ、それは俺も同じだ。先程のアオイの動きは正しかった。俺達の立場上、特に意識するべき問題でもある。これは、反射訓練を見直す必要があるかもしれないな」
「ヴィルちゃんはともかく、ルシエちゃんも全く反応できていなかったのは頂けないかなぁ?」
ひらりと手を振ったソフィを前に少しだけ動きを止めたヴィルは、肩の力をわざとらしく抜いてソフィと向き合った。本来の立場でのやり取りをこの場ではなかった事にしよう、そんな意図を察したからだ。けれども他国の大賢者に対してどう接すれば良いのだろうかと考えたヴィルは、すぐ傍で蹲る自国の大賢者の接し方を思い出してそれに倣う事を決める。どうやら判断は正しかったらしく、ゆっくり細められた瞳には正解の文字が見て取れた。
「アオイちゃん、チトさんが落ち込んでしまっています。どうしましょう…」
「うーん、ほかっとけば大丈夫やと思うで?チト君って偶によく分からんところでウチの言葉にダメージ受けてヘラる事あるんよなぁ。下手に構うと依存されそうやから、暫くは近づかん方がええで?」
「チトちゃんの事、良く知ってるねぇアオイちゃん。…あぁ、そうだ。他の子たちとのやり取りを見てくれてわかるように、ボクの事も気軽に接してくれると嬉しいなぁ?」
戸惑いつつも声を掛けようかと迷っていたオルコスを引き留めて、近付いてきたソフィと葵は再び向かい合った。微笑が浮かんだその表情から意図を読み取ることはできない。一度は最大限の警戒を向けた相手。けれども、ここで空気を読まないわけにはいかなかった。だから葵は、今の自分にできる笑顔を完璧に浮かべて、そっと手のひらを向けながら口を開く。
「えっと…、じゃあ、改めてチト君の同居人の葵です。よろしくね、ソフィ君!」
「……うん、よろしくねぇ」
どうしてか、少し驚いたように目を見開いたソフィはゆっくりと瞼を細めると、伸ばされた葵の手をそっと握り返した。その手がわずかに震えていたような気がした葵は、小さく首を傾げながらもその手を放してヴィルたちの方へ向かう。矢張り、直ぐに受け入れるのは難しいと判断したからだった。困ったように笑ったソフィは、その背中を呼び止めることはしなかった。
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