20話 入学
「…なんとか、入学式当日までにお前の魔力制御も様になってきたな」
「うん!文字もルシエちゃんとヴィル君のおかげで結構読めるようになってきたで!」
「一般常識関係はもうどうしようもないから、二人にくっついてその都度直接教えてもらう事。何か自分の意志で動き出す前にはちゃんとどっちかに確認を取るんだぞ?出来ればヴィルの方に。お前は世間知らずの箱入り娘なんだからな!」
「もぉ~、チト君それもう何回も聞いたって!ウチの事信用してなさすぎ!!」
「そうは言ってもなぁ…」
「あーもー!きーこーえーなーいー!!ウチ会場入るから!チト君とはここでお別れね!!」
気持ちの良い青空が広がる昼時、入学試験の日から数カ月が経過した今日は魔法学園入学式だ。学園のすぐ近くでまるで幼い子供に対するような声掛けを繰り返す二人組を横目に、他の新入生たちが汚れ一つない新品の制服に身を包み緊張した面持ちで門を潜っていく。
「…はぁ、困ったら俺にちゃんと泣きついて来いよ?大抵のことは何とかしてやれるから」
「それも何回も聞いたってば!…じゃあ、いってきます!」
「いってきます、ね。…おう、いってらっしゃい」
これ以上のやり取りは無駄だと悟ったチトが先に折れた事を察した葵は、直ぐに話を切り上げて門の方へ駆けだした。大きく手を振る様子に軽く手を挙げて返したチトは、どうせ近くにいるだろうエルフの姿を探して門とは違う方向へ歩き出した。
ーーー
「……わぁ、」
係りの先生の指示に従って辿り着いた式会場は大きな講堂になっており、最奥に配置されたステージを中心に半円形で座席が固定されていた。階段状で奥に向かう程地面が低くなる構造は、意外と日本でも見られそうな大学に似た雰囲気を纏っている。けれども周囲の生徒や教師陣の中には杖を片手に移動している者が多く視界に入る様子に、葵は小さく成程ファンタジー、と呟いた。式が始まる時間までまだ余裕があるからか座席は沢山空いている。特に座る場所の指定はなかった以上v好きに選んでいいのだろうが、取りあえずステージに最も近い最前列の席は全て空いている。日本人特有なのか人間誰でも同じ感覚なのか、取りあえず絶対あの場所には座りたくないと胸に誓った葵は、目立たなさそうな真ん中の端辺りを目指して階段を降り始める。
ふと、一際甲高い悲鳴にも似た歓声が上がった。アニメでよくあるカッコいい男子が現れて女子が思わず上げてしまうそれと同じ気配を感じた葵は、何気なしに一体誰が現れたのか確認しようと振り返って、
「…やば」
階段を踏み間違えて体が宙に浮いた。スローモーションになる視界で宙へ手を伸ばし、咄嗟に重力魔法を発動するための魔法陣を思い出す。ある程度組み上がったところで、魔力を通して発動を…そう思いかけて直ぐに、葵はこの世界の一般人が基本的に杖を利用しなければ魔法を使えない事を思い出して呼び出そうとした瞬間、身体はいつの間にか近くにいた人物によって支えられた。そのまま宙に向いていた手を取られ、胸元に引き寄せられる。
「———お怪我はありませんか?レディ」
どこかから女子生徒がうっとりとした声を漏らすのが聞こえてくる。まるでキラキラと輝くエフェクトが見えてしまいそうな美しい微笑を浮かべた声の主は、じっと葵を見詰めて口を開いた。その自信あり気な雰囲気に思わず気まずくなった視線を逸らし周囲を見回した葵は、その端に見知った人物を見付けて声を上げた。
「ルシエちゃーん、不審者!!」
「んなっ!?待て、何故だアオイ!俺だ、ヴィルだ!どうしてそんな悲しいことを言うんだ…!まさか、この顔を合せなかった数日で俺のことを忘れてしまったのか!?」
「ん、確かにこれは不審者。すぐ助ける」
「あらあら…わたくしもそちらの不審者さんの立場になりたかったですわ」
「おいルシエ、オルコスまで…!おいアオイ、本当に俺が分からないわけではないだろう!?ヴィルだ、お前と一緒に最近魔法陣の研究をしている、あのヴィル!」
「んーー…ほな、知ってる人か」
「全く…」
乙女ゲームのヒーローの様に颯爽と現れたのは、編入試験の日に出会って以降チトを通じて連絡を取り合い、ルシエを交えて魔法陣の研究や葵へ共通言語の習得の補助を行ってくれていたヴィルだった。出会い頭の無駄に眩しいオーラはどこへ消えてしまったのか、黙っていれば王子様らしいのに矢張り残念な男である。頭を抱えながらも少しだけ楽しそうな様子に思わずドМや、と呟いた葵だったが、その意味が分からなかったらしいヴィルには何のダメージもなかった。そんな様子に思わず吹き出した葵に釣られるように少し遅れて講堂に入ってきていたルシエとオルコスが笑い出し、結局ヴィルはため息交じりに葵の額を指先で弾く事で多少の不満を露わにするに留めた。
さて、特筆する事もなく平坦に入学式は過ぎていった。もっとファンタジーな何かがあるのではないかと期待していた葵は、少しだけ残念だと肩を落としたがどこの世界でも学校の入学式などこんなものだろうと考え直す。それよりも気になるのは、入学するまで新入生には一切知らされないクラス分けについてだ。入学式が終わってから紙で張り出されるらしい説明を受けた四人は揃って講堂を出る。折角なのだから魔法で何かしてくれればいいのに、妙にアナログな方法は葵の事をがっかりさせたが周囲を見ている限り、むしろこの方法の方が生徒は喜んでいるらしい。異世界特有の感性なのか、葵がファンタジーに憧れすぎているのか…答えはそのどちらもである。
「クラスは試験結果から振り分けられるらしいな」
「ヴィル、残念だったね」
「まだ何も見ていないが??」
「確かに…。折角皆さんと同じタイミングで入学できましたが、違うクラスになってしまう可能性を失念しておりました…」
近くを歩く人たちは妙に緊張した面持ちを浮かべている。どうやらこのクラス分けは、新入生にとって一大イベントのようだ。確かに、普通の公立学校であればよほどのことがない限りクラス分けに成績が大きくかかわる事はない。とは言え、入学して最初の試験の結果で決まるクラスなど後からいくらでも成り上がれるのではないかと葵はそんなことを静かに考えながら廊下を進む。そうして辿り着いた張り出し場所では、新入生たちが一喜一憂していた。泣いて喜ぶ人、崩れ落ちる人、まるで受験の合否発表を見ているようだ。入学しただけでも十分凄いとされるらしい魔法学園で、更に振り分けが行われるとは中々厳しいものらしい。
「…ふむ、Aクラスか」
「チッ、ルシエもAクラス。ヴィルがAクラスだなんて何かの間違い」
「いや何故だ」
「よかった、わたくしもAクラスです。そして…」
「ん、ウチの名前も皆と同じところにあるで!って、事は…?」
相変わらず出会った頃と同じ無表情のわりに声音ばかりがしっかり変わるオルコスがハッとしたように葵の方へ体の向きを変えたので、慌てて頷くように視線を合わせれば勢いよく抱き着かれた。驚いた葵は抵抗もできずにその体に包まれる。
「わたくしたち皆、揃って同じクラスですね…!」
「うわ、ちょ、ルコちゃん苦しいって」
「うふふ、わたくしったらつい興奮してしまいましたわ。でも、本当に嬉しいです」
「それはそうやけど…」
暫く腕をさ迷わせていた葵は、恐る恐るオルコスの背中に触れた。途端に更に強く抱きしめられて完全に困惑した様子だったが、そこまでは周囲に気付かれなかったらしい。
「ふむ、ある程度は事前に予想できていた結果ではあるがな。因みにアオイ、Aクラスは一番優秀な成績を収めた生徒だけが定員なく集められるクラスだ。同期でAクラス入りした生徒は我々4人だけらしい。つまり…それだけ授業内容も高度になる事が予想されるわけだが、大丈夫か?」
ヴィルの問いかけにようやく解放された葵は頭を抱えた。ようやく共通言語を扱えるようになったばかりの葵が、果たして高度な勉強についていけるだろうか。内容だけなら理解できても、読み書きそのもので躓く未来はすぐ傍に来ていた。
「……うぅ、ちゃんと家でチト君に教えてもらう…」
「ルシエも頼ってくれて構わない。でも、オルコスは使い物にならない」
「なんっ…た、確かにわたくしはあまり座学は得意ではありませんが…それを言うならヴィルさんは古代文字が苦手でしょう!」
「俺は今を生きているんだ。過去の文字など、俺以外の誰かが解読してくれればそれで十分だ。オルコスが古代文字を処理し、俺がそれ以外をやれば十分課題解決には事足りる」
「ヴィルは古代文字がダメ、魔法も微妙。勉強ばかりの頭でっかち」
「おいルシエ、さっきから妙に俺に対する辺りが強くないか?」
さらりと明かされる二人の欠点にぽかんと口を開けていた葵は、次第に肩を震わせて笑い始める。無意識で王子さまやお姫様のように認識していた二人が意外と普通の人間であることを自覚したからである。今のやり取りを見れば、勝手にそう思い込んでいた自分自身さえ馬鹿らしく思えてくる。試験以来初めての再開である筈のオルコスも、異様に堅苦しい雰囲気をふとした瞬間に見せるヴィルも、ルシエのおかげでぐっと近づけた気がする。思い返すと、自分はヴィルとの直接接触をいつも拒んでいた。それは、ヴィルをからかう為の目的だけが理由ではなかったような気がするのだ。明るく元気、自由人な葵と真逆である真面目で品行方正さが目立つヴィルに対して無意識に苦手意識を持っていたのかもしれない。けれども、いつもヴィルと顔を合わせる時はルシエが居た。そして、積極的に余計な言葉を挟んでくれるおかげで上手く会話を成立させられていた。気付かないところで意図的にやってくれていたのだろうか。
「ふふ、あははっ…!じゃあ、ほんまに困った時は皆にちゃんと話すね!」
「ああ」
「ん」
「はい!」
これから待ち受ける学校生活に小さく胸を躍らせた葵は、直ぐ近くにいたオルコスの手を引いて駆けだす。目指すのはAクラスのプレートが下げられた教室だ。ついに、波乱万丈の学校生活が始まる。
☆評価やブックマークで応援して頂けると励みになります。次回も是非御一読下さい。




