18話 共通認識
「アオイ、何故俺とは手を繋いでくれないんだ…?ルシエと俺、一体何が違う?」
「…ヴィル君ってほんまに…」
「アオイ、その先はダメ。予想可能、だからこそ面倒になる予感」
「残念さんやね!」
「ピャッ」
「はぁ…」
頭にキノコを生やして全身で被害者アピールをしつつアオイのルシエと繋がれていない方の手を未だ狙うヴィルに、先ほどまでの冷静で真面目に仕事を行っていた頼りがいある雰囲気の面影はない。事実、現在ルシエに連れられて飛び込んだ建物から離れるべく廊下を進んでいるが、すれ違う人々からはまるで化け物でも見たのではないか、というレベルの驚愕にまみれた視線を向けられているのだが、本人はさっぱり気にしていない様子だった。いい歳をした男が浮かべて言い表情ではないのだが、それでも整った美形だからか僅かにうるんだ瞳が様になっていて妙に腹立たしい。だからこそ、隙をついて葵の空いた手を狙うヴィルの手は、防御結界によって弾かれたのである。
「……え、今のって」
「詠唱の完全破棄…?」
「ん?そうやで、今杖出したら二人に当たっちゃうかもしれん位置やったし」
「あ、そう…」
「アオイ、そういう所ある」
何気ない結界魔法に微妙な表情を浮かべられた葵は、小首を傾げつつも人差し指に風魔法を纏わせてヴィルの髪を軽く揺らして整えた。これで切り替えろ、と言わんばかりのちょっとしたサービスである。それすら驚いたように目を丸くされた葵は、あまりやってはいけない行為だっただろうかと考えながら唯一浮かべられる比較対象であるチトの様子を思い出して小首を傾げた。
「これ、チト君も普通にやっとる奴やで?喧嘩した時とか」
「けんか」
「ウチが怒って重力魔法で適当な魔導書とかをチト君に向けて放つと、全部片手間で結界張られて防がれてまうんよ。それで自棄になって杖呼び出していろんな魔法ぶっ放すんやけどさぁ…ぜーんぶ家の家具小物ごと結界で守って無傷のまま流されちゃうんよ。あんな雑な結界で全部無効化されると腹立つやろ?それでウチもめっちゃ魔法の練習してまた挑むんやけど……まぁ、勝てんわなぁ」
「何だか、お前の魔法に関する技術の根源を気がするな」
「あのチトと共に行動するだけで今の魔法技術を手に入れられるとは到底思えなかった。納得…多分」
葵が思い出すのは、小屋で時折行われた小さな喧嘩の様子だ。大抵は葵がチトを煽るか、チトの何気ない発言が葵の琴線に触れるかで始まる争いは、毎度葵の敗北で終わっている。単純な魔法技術や知識がものを言うやり取りの中で、葵がチトに勝てる道理はなかったのだ。もちろんとんでもない意表をついていい線まで行ったことは何度かあったが、結局それらも防がれて葵は一度もチトに勝てた試しがなかった。勿論、それがあったからこそ葵のやる気にスイッチは常に入っており現在の技術力や知識を持った状態になれた訳ではあるが、毎回負け続けるのは普通に面白くないと葵は今でもこっそり新たな作戦の立案や魔法の開発に挑んでいたりする。対チトとの喧嘩専用で。
「それに今のウチ、チト君に杖使うの禁止されとるの」
「杖、禁止?」
「なんか昨日の夜にチト君から合格祝いで杖の先端にはめ込む宝玉を買ってもらって、その場で取り付けてもらったんやけど…魔力伝導効率?がめっちゃ良くなったらしくて、杖有りで魔法使うと威力が高まりすぎで制御できひんくなってまったんよ。それで、魔力制御を完璧に覚え直すまで禁止!って。だから、どのみち今は杖使えんよ」
「……待って、確かに昨日のアオイの杖先に魔法石はなかった」
「最初は杖やって使っとらんかったんやけどなぁ」
「「?????」」
「うわ、見事なスペキャ顔」
意識を遠い宇宙まで飛ばしてしまった二人を前に、それでも繋がれたままの手を握り直した葵は自分の発言に大きな間違いがあっただろうかと不思議そうに首を傾げる事しかできなかった。葵にとっての魔法の基準は矢張りチトのみである故に、残念ながら今の世界の常識は知識外なのである。
「全く、どんなご両親からこんな神に愛される子が生まれるのだ」
「是非一度お会いしたい」
「……ウチの両親。いつか会わせてあげられたら良かったんやけど…」
「何か難しい事情でもあるのか?」
「いや、単純に死んじゃってもういないから。ウチが中学生になったばかりの時に」
「チュウガクセイ…ってなんだ?」
「あぁ…えっと、6歳から12歳の子供が通う学校の事かな。ウチが12歳の頃に皆事故で亡くなっちゃったから、会わせるのは難しいかもなって。時間を巻き戻せる魔法があれば、今でも一緒におれたかもしれんけどね」
誤った話題を振ってしまっただろうか、と顔色を悪くする二人に気付いているのかいないのか、何でもない表情で静かに語る葵の視線は話の内容に比べて穏やかだ。と言うより、最早他人事のように思っている節さえ見えた。彼女の中では過去の話として完全に落ち着いてしまった話だったのかもしれない。
「…なんか、暗い話してまったね。改めてヴィル君も時間があるんなら、三人で一緒に遊ぼうよ!」
少しして、上手い言葉を見付けられずに黙り込んでしまった二人の様子に気付いた葵は困ったように笑う。強引に行われあ話題転換は、現状の重苦しい空気感を切り替える行為に酷く慣れていたのかあまりにも自然だった。
「———魔法陣?ウチが試験で作ったアレ?」
「それだ。俺もその日の内に改めて見せてもらったが、正直何故発動しているのかさえ理解不能だった」
「…ルシエも見た。あのサイズの普通紙で、一般的なペンを使って完成させられるモノとは到底思えない。一体どんな仕組み?」
葵の話題転換に乗らざるを得なかった二人は、僅かに顔を見合わせてから次の話題を決めた。建物を出るべく進めていた足を少し変えてたどり着いたのは、現在地の建物内で最も多くの書物が保管されている巨大書庫だ。慣れた手つきで入庫申請を済ませたヴィルに導かれるまま真っすぐ向かった先は、長い歴史の中で生み出されていった共通魔法陣が集められたエリアだった。数冊を手に取って近くの席に座った三人は改めて会話を始める。話題の中心は昨日の筆記試験で葵が作り上げた箱庭の四季を表した魔法陣についてだった。
「そもそも、共通魔法陣というものを葵は理解しているか?」
「えーっと…確か、魔法陣関係の勉強を始めたばかりの初心者さんが一番最初に覚える型、みたいな魔法陣の事やったっけ」
「その通り。俺達魔法使いは誰しも、始めに基本の型を覚え、そこから自身の発想や力量で内容を発展させていく事が魔法陣作成における定石とされている。ちなみに魔法発動には、詠唱を使う事で杖先に魔法陣を魔力で描いて発動させる事が基本だ。ここは古今東西、世界中の魔法陣の基本となる型が集められた場所だが…アオイ、お前はどこまで型を知っている?」
「型がある事は知っている!!」
「……やっぱりそうか」
「想定通り」
パラパラと適当な書物のページを捲りつつヴィルの解説を聞き流していた葵は、満面の笑みと共に本を閉じて言い放つ。大方回答を予想しつつ投げかけた問だっただけに、想定通り過ぎた結果を受けた二人は苦笑を浮かべる事しかできなかった。
―――
―――時は大きく遡り、チトと葵が二人暮らしを始めてまだ一年も経っていない頃の話だ。
「チトくーん、よめないーー」
「いい加減なんとかしろ、確かに難しいだろうけど自分なりの解釈を広げればやっていけるから」
「うぇーーー…あ、これは何の魔法陣?」
「うん?…時計回りに水、凝固、凍結、風、凝縮、発射。ようは氷魔法を放つための魔法陣だな」
「成程…?」
適当な裏紙を手に取り、葵が示した書物の一角に描かれた魔法陣を描き写したチトは、分かりやすく単語ごとに範囲を区切る印をつけてから用紙を渡す。そのやり取りを暫く繰り返したころ、研究する!と元気よく立ち上がってチトが書き上げた紙の束を抱えた葵は、与えられた自分の部屋へと飛び込んでいった。
「……研究?」
魔法陣の分解を覚える段階である筈の葵からこぼれた単語にチトは思わず首を傾げたが、まぁ好きにさせるかと深く考えることはなかった。ここでもう少し言葉の意味を追求していれば、葵がこの世界の文字の読み書きができていない事実に辿り着く事が出来たのかもしれないが。
さて、自室に戻りチトからもらったメモ書きを葵は順番に並べていく。別の紙を用意して、日本語を駆使して単語とその意味を結びつけるための表の自作を始めたのだ。
「えーっと…この記号が水、この記号が凝縮…じゃなくて凝固か。んん、何か共通点がありそうやけど、今の段階ではさっぱり分からんな」
慣れ親しんだ日本語と、さっぱり理解不能な象形文字的な何か。時折近しい記号があれば、漢字のように分かりやすい意味合いを探したが流石に知識ゼロからの状態で納得できる答えは見つからなかった。それでも、葵の研究はどうにか進んでいく。
「この魔法陣が水を凍らせて打ち出す魔法を発動できるなら、発射の前に風魔法を混ぜればもっと威力が上がるんかな?今のウチが理解しとる風魔法関係の記号の中で使えそうなのは…」
メモの中から使えそうな記号を取り出して、自分なりに魔法陣に描き足していく。多少不格好なのはご愛敬、と勝手に自己完結して初めての自作魔法陣に魔力をそっと流し込んでみた。
「……何やったのお前」
「ごめんなさい」
壁を貫通し外まで穴を空ける魔法、それが葵が初めて作り出した末恐ろしい攻撃向けの魔法陣である。尚、チトの頭の中に型と言う概念はなく与えられた書物の内容も安全面に一切考慮がない火力重視の魔法陣ばかりが並んでいた為に起きてしまった、非常に不運な事故であったと第三者がその場にいればチトの方を叱っていたことをここに記しておく。型は何も魔法陣のあり方を定める為のものではなく、誰でも扱えるよう様々な安全面に考慮されて作られた教科書のような存在だったりする。
―――
「魔法陣作成と言えば、俺が初めて作ったのは光を集めて小さな灯りを付ける魔法陣の型を発展させ、本来球体だったものを立方体に変更する魔法陣だった」
「ルシエは単純な無機物を浮かせる重力系の魔法陣の型に、当時覚えたてだった闇魔法で影を薄く纏わせて怪しくするものだった」
「……ウチは、家の壁に穴を空ける魔法、やったな…」
「「……え???」」
時折葵のズレた発言が場を凍らせながらも、葵が試験で作り出した魔法陣の軸として利用できそうな型を沢山の書物の中から手分けして探す作業が始まった。とは言え葵は共通文字を殆ど読めないので、出された魔法陣の内容を簡単にまとめて二人に伝えた後は殆ど自由行動だ。ふらふらと書庫の中をさ迷う中で、ふと強い人除けの魔法が掛けられた一角に辿り着く。まるでこれまで暮らしてきた小屋のように曖昧な存在感を持ったその場所に興味を持った葵は、迷いなく踏み込んだ。
「あれ…?この棚全部、……日本語?」
驚いて足を止めた葵は、視線の高さにあった本の背表紙に触れる。
「大賢者が残した負の遺産、現代が古代に比べて衰退した本当の意味、世界に纏わる陰謀説について、キーフが現状の世界と共存不可である理由……、なんかつまんなそうな本やな」
思わぬところで見知った言語を見付けた葵は、適当に視界に入った本の背表紙を読み上げて直ぐに興味を失った。それは、脳内にチトの面倒事はおこすな、と繰り返された瞬間を思い出したからなのか、本当に内容がつまらなさそうだと感じたからなのか。ともかく静かにその場を離れた葵は、未だに魔導書を読み込む二人の方へ体の向きを戻したのである。
結局その日の内に葵が作成した魔法陣のヒントになりそうな型は見つからなかったが、また次の機会を約束する事で解散が決まった。ヴィルが魔道馬車を手配してくれたおかげで、ルシエと共にチトが待つ屋敷まで送ってもらえたのだ。いつか必ず解読していみせる、と笑ったヴィルは出入り口付近まで、ルシエは同じ馬車に乗って直接チトに葵を引き渡してから帰って行った。
「ちゃんといい子に出来てたみてーだな?」
「当然!なんかね、二人がウチが試験で作った魔法陣を解析しようって一生懸命になって待って、最後の方はちょっとつまらんかったんやけどね?」
「……俺も次回は参加してみようかな」
「んぇ?」
葵の発言で謎だらけの魔法陣の存在を思い出したチトが真剣に考え始めた様子に困惑しながらも、二人は並んで家の中へ入っていった。
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