とある記憶 9
「ねぇチト君、キーフの叡智って何だと思う?」
とある冬の夜、火が焚かれた暖炉の傍に設置された椅子に座って魔導書を読んでいたチトは何の前触れもなく掛けられた声に顔を上げた。首だけで声の主の方へ振り替えれば、同じくテーブルに複数の本を並べて読書に勤しんでいた筈のXXXと視線が重なる。その表情は特に明るくも暗くもなく、チトは戸惑いながらも読みかけの本を閉じて改めて視線を合わせた。
「…突然なんだよ?まぁ…そりゃ誰も想像できないような先進的な魔法、とかじゃねーの?」
「ふむふむ、そーんなあなたにこの本を貸してあげよう!古代キーフ文字で書かれた、現在のキーフ国内でさえ禁書指定されているとっても危険な本だよ。チト君が、チト君自信の力だけを使って解読してみてね」
「な、なんで俺がわざわざそんなこと…。ってか、どうしてお前がそんな危険な書物持ってるんだよ」
「うーん…なんで、って言われてもなぁ。…まぁ、いっか。この本を書いたのって私なんだよね。最初は共通言語で書いてたけど、途中で古代キーフ文字にわざわざ変換して書き直したの。その理由も全部、解読が完了する頃にはわかると思う」
相変わらず特筆される表情を浮かべない、普段通りのXXXに突然渡されたのは一冊の本。表紙に書かれた文字を最近ようやく慣れてきた古代キーフ文字に関する知識を総動員して解読すれば、キーフ、世界、共存不可の単語が読み取れた。国からの依頼でキーフ関連の資料を手に入れる事はあれど、XXXから直接関係書類を渡されたのはこれが初めてだ。何故突然そんな気になったのか、いったい何を求められているのか。真意を問いただそうとXXXと視線をじっと見つめ合わせても、小さく首を傾げられるだけで流されてしまった。どうしたものか、と深いため息を零しながら後ろ首を掻いたチトは、こうなったらXXXが梃子でも動かない事を理解している故に大人しく資料を受け取り自室へ向かう。その扉が完全に閉まるまで、XXXは決して動くことなくただチトの後ろ姿だけを目で追っていた。
灯りが点けられていない部屋の中は、カーテンの隙間から差し込む月光が宙を舞う埃を反射してキラキラと幻想的な雰囲気を醸し出している。窓の外がどこまでも広がる大森林だからか、その雰囲気は更に増しているようだ。机の上に渡された本を置いたチトは、手のひらでそっと表紙を撫でつける。
少し視線を本から逸らせば、一週間ほど前にソフィから魔法で送られてきた一つの封筒が視界に入った。無言でそれを手に取り、中身を取り出したチトは何度か読み返した文面に再び目を通す。
「…トート、オーフ間で戦争が始まった。現状主な戦力は一般兵に留まっているが、魔法使いが投入され戦闘が激化する可能性は非常に高いだろう。また、近隣国キーフもオーフ側に加担するような動きを取っており、各国の緊張が高まっている。一度中央へ戻り、公的な場にて直接状況を確認すべし。…か」
深いため息を吐いたチトは、風魔法でカーテンを開き窓へと近づく。そこから見上げた空はいつの間にか月を覆う薄暗い雲で埋め尽くされていた。
「……あ、」
ひらり、真っ白な塊が不意に舞い降りてくる。
「雪だ」
小屋周辺では、その年最初の雪が静かに降り始めていた。
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