17話 突撃
「ふむ、このままヴィルの元へ突撃する?ヴィル、結構拗ねるし面倒くさい」
露天を離れて暫く、適当な店を冷やかしてた三人はルシエの一言に足を止めた。言われてみれば、ルシエとヴィルは何となくセットのイメージが既に試験に時に着いていたので、この場所で葵がルシエと行動を共にしているのにヴィルが居ない現状は確かに不思議な感じがする。そうしてこの状況をヴィルが知ったらどんな反応をするだろう、と考えた葵はぽつりとその内容を口にした。
「ヴィル君?あぁでも、仲間外れは寂しいぞ。…くらい言いそうやね」
「昨日の試験が初対面だとは思えないほどの解像度。流石アオイ、実際ヴィルは拗ねてる自覚がないから余計面倒」
二人のやり取りを聞いていたチトも普段のヴィルの様子や性格を思い出して、成程と頷いた。
「アイツ結構拗らせてるからな。…でも俺はパス、読みたい魔導書溜まってるし色々考えなきゃいけない事もあるから。ルシエのいう事がちゃんと聞けるなら、言ってきてもいいぞアオイ」
「ほんま!?聞く、ウチちゃんとルシエちゃんのいう事聞くで!!」
「ルシエ、アオイを制御する自信、ない」
「大丈夫だルシエ、人間って結構順応性が高いからさ、何とかなるって…俺でもなんとかなったんだぞ」
「説得力が重い…」
虚ろな目でどこか遠くを見て笑うチトの、深淵を感じる瞳にドン引きしながらルシエはため息をつく。視線の先はわくわくと今にも飛び出していきそうな表情を浮かべた葵だ。その手は繋がれたままだが、一度でも離せば大変なことになるだろうことは想像するまでもない。
「もしかして、選択肢を間違えた…??」
ぽつりとつぶやいた声は、雲一つない快晴の空の向こうへ消えていった。
———
「う、うわぁなんやここ、お城みたいや…い、いや、やっぱり帰らん?ウチ、場違いにも程があるって」
「ここまで来たら帰らない。アオイの弱点も見れた」
「け、権力は大変やって古今東西お決まりなんやからな!?ね、せめて手を繋ぐのはやめん!?ウチ、絶対ルシエちゃんから離れんって約束するから!!」
「却下」
ルシエは、アオイと手を繋いだままトート中央区中央塔行きの魔道馬車に乗りこんだ。最初は楽しそうにされるままだった葵も、近付いてきた建物の姿におびえ始め、いつの間にか周囲が特別感溢れる建物ばかりになってきたことに気付き顔色を悪くし、ついに目的地にたどり着いたときには完全に逃げ腰だった。思い返せば葵は、生まれて初めてチトがすぐそばにいない状態に陥ったのだ。ルシエが保護者役を務めてくれている以上、試験の時のようにどこかから様子を確認してくれているとは限らない。つまり、何か問題が起きた時頼れるのはルシエだけとなってしまったのだ。もちろんルシエを信用していないわけではないが、召喚されたその日からずっと一緒だったチトと昨日の今日共に行動しただけのルシエではその比重が大きく異なっている。始めこそ保護者から離れた初めての大冒険だと機嫌が良かったが、今となってはその瞬間の自分を殴りたい衝動に駆られていた。
逃がさない、と言いたげな視線と共に葵の手をしっかりと握ったルシエは、明らかに戸惑った周囲の視線を一切気にすることなく巨大な建造物に続く長い橋を徒歩で進んでいた。
「る、ルシエちゃん~…」
「往生際が悪い」
「うぅ、でもぉ…」
「ビビってる?」
「ビビってます!!」
尻を叩くつもりで吐いた煽りの言葉に対して、隠すつもりもない堂々とした回答が返ってきてしまったルシエは我慢できずに吹きだしてしまった。
「ほ、本日はどういったご用件で」
「ヴィルに会いに来た」
「畏まりました、先んじてご一報を…」
「いや、自分で探す。ヴィルの居場所を突き止めて談話室に押し込むまでに日が暮れる。大方予想はついているから問題なない」
「はぁ、そうですか…。それで、その…そちらの方は?」
「魔法学校で同級生になる予定の非常に優秀な魔法使い。逃亡防止策で手を繋いでいる」
「めっちゃ捕まってます!たすけて!!」
巨大な門の入口で衛兵に呼び止められた。慣れた口調で問答を終えたルシエだったが、衛兵の視線は間違いなく葵の方を凝視していたのだ。気になって仕方がない、という意思が込められた問いかけに予想以上に適当に返事をしたルシエは、混乱する衛兵を置き去りにして未だ逃げ腰の葵の手を引いて堂々と建物内へ入っていった。
———
「———そうか、ホウの国でそんなことが。確かにここ数年表立ったトートとの交流はなかったが…一度使節団を送り対話を試みよう。対策はそれからでも遅くない。次、魔道具による事故の多発報告か。今の魔道具業界は書かう競争が激しい、その過程で品質管理が二の次になっているのだろう。ここらで一度大規模な立ち入り監査を行ってもいいかもしれん。もちろん、監査には俺の名前を使って。それから…、…うん?何故報告が止まった?」
「いえ、あの、その……」
広々とした庭園の一角、大きなガーデンテーブルの上には所狭しと書類が並べられており、隙間にねじ込むようにティーカップが置かれていた。残念ながら煎れられてから随分時間が経っているようで、温かみある湯気がたっている様子はない。流れ作業で書類を受け取っては即決で対処法を決めつつサインや特記事項を書き出し、また次の書類を受け取る。そんな事務作業に追われていたのは、ヴィルだった。
困惑交じりでぴたりと動きを止めてしまった作業補助者に不思議そうに首を傾げたヴィルがその顔色を窺えば、驚愕の二文字に染まっており思わず息を呑む。どんな時も冷静沈着で客観的な判断ができる優秀な部下がこんな反応をしたことは初めてだった。
「何事だ?期限が切れた書類でも発掘されたか?」
「いえ、その…ルシエ様が…」
「ルシエ?アイツが事前連絡なく俺の元へ現れるとは珍しいな。俺の部屋に通してくれ、キリがついたら向かうと伝言を」
「いえ、そうではなく…」
いつの間にか書類の中に先ぶれが混ざり込んでいたのかと判断したヴィルだったが、作業者の視線の先は書類の先を向いているような気もして訝しむ。余りにも要領を得ない回答に痺れを切らしたヴィルは、書類から手を放して作業者の視線の先を確認して…勢いよく立ち上がった結果卓上の書類がバラまかれることも気にせず固まった。
「ルシエ…と、アオイ…!?」
そこに立っていたのは、なじみ深い幼馴染と…そんな幼馴染と手を繋いで半泣きである昨日の魔法学園入学試験で出会った謎多き魔法使いの卵、葵であった。どうやら泣き言を零す葵をからかっている最中だったらしいルシエは、ヴィルが自分たちに気付いた事を察してゆっくり距離を詰めてくる。もちろん、葵を伴って。
「…は、えぇと…書類は後程時間を取って片付けよう。重要書類だけ分けておいてもらえるとありがだい。それから、それから…」
「また思考回路が停止している。ヴィルは同様に弱い」
「ヴィル君タスケテ……」
「っ俺は…俺はっ、どうすればいいんだ!!!」
脳天に直撃するような悲痛な叫び。先ほどまで冷静に書類を捌いていた男とはまったくもって別人の雰囲気を纏ったヴィルの響きが、庭園内で良く響き渡った。
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