16話 デート
「ふぁんたじー…」
「はいはい」
日付は変わり翌日、一先ず問題を先送りにした二人は葵の魔法学園用の制服を購入する為に高級感溢れるエリアにやってきた。これまで二人がふらついていた一般市民が往来する街とは大きく異なり、洒落た装飾がされた魔道馬車が道路を走り、行き交う人々の服装もどこかお高い雰囲気を纏っている。若干委縮気味の葵は、チトに腕を惹かれながら恐る恐る道の端を歩いていた。
「相変わらず緊張しすぎだろ。俺の家付近に比べればもうちょっとマシだろ?」
「いや、全然ちゃうよ!なんかこう、背筋がぴんってする…」
「ん~…??」
首を傾げつつも足を止めることはなく、二人は暫く歩いて目的の魔法学校専用制服を取り亜吊っている洋服店に辿り着く。期待を裏切らない店の佇まいに葵のチトの服の端を掴む力が強まった。
「お前、基本肝が据わってるのに権力っぽいところが出てくると結構おびえるよな」
「どこの世界もお金持ちは怖いって相場が決まっとるの!」
「いや、どっちかって言うと俺も権力者で金持ち側だと思うぞ?」
「チト君はウチとの関係性的にセーフなの!!」
「はぁ…」
呆れつつも手を引けばついてくる葵と共に、チトは店内へ足を踏み出した。
「…ほら、かの有名な魔法一族の次女様が学園の制服を購入されに来たみたいだぞ」
「あの若さでご入学とはさすが名家のご息女だな」
「噂に聞くと護衛の任務も兼ねているらしい」
「今回の試験は高評価で合格する者が多い豊作の年だと聞く、彼女もその中の御一人であることは間違いないな」
どうやらこの店では魔法学園の制服以外の服も購入できるらしい。制服を買いに行く、と言われて日本の学校関連の制服や指定福、指定アイテムを専門に取り扱っているような店をイメージしていた葵は店内の様々な服で溢れる洒落た様子に驚いた。チトや葵が身に付けているものよりかなり高級そうだが、私服らしきものも並べられておりそれらを見物していた他の買い物客たちの囁き声が偶然にも聞こえてきたのだ。彼らの視線の先では店員とやり取りを交わす小柄な少女の姿がある。
「チト君あれって…」
「ルシエだな。見てみろよ、あのクソつまんなそーな顔。どうやら一人で買いに来たみてーだな」
「あれ、チト君ってルシエちゃんと知り合いやったん?」
「ちょっとな、一時期魔法を教えていたことがあるんだ。んな事より…葵、行って来い」
「行く?どういうこと?」
「予定変更、アイツも巻き込んでやろーぜって事」
「おぉ~…うん!」
その姿に思わず足を止めた葵の言葉を引き継いだのはチトだった。特に感情的な様子もなく淡々と関係性を告げた様子からそこまで親し気な雰囲気は感じられない。それでも、迷わず葵の背を押して意地悪に笑った様子に心得たと言わんばかりに頷いた葵は、酷く平坦な表情を浮かべて店員とのやり取りを交わすルシエを指さしたチトに敬礼をしてから、勢い付けて走り出す。見知った顔の登場に緊張感がなくなってきているらしい。
「るっしえちゃーーん!!」
元気いっぱいに、背後から脇に手を入れてルシエを持ち上げた。
「敵襲!?って、アオイ!?」
反射的に杖を呼び出したルシエは、その声音と首の向きを変えて目視で顔を確認したことで襲撃者の正体を言い当てた。目の前で店員が顔を真っ青にしている事からは目を逸らして、まるで高い高いのように宙に浮かせていたルシエを地面に下す。それにほっとしたように杖を消したルシエは軽く皺がついた服を払ってから体の向きを変えた。
「危険行為厳禁。…びっくりした」
「ふふん、やってルシエちゃんつまんなそうだったんやもーん!それに、言い出しっぺはウチじゃなくてチト君やで?」
「む、チト…?」
楽しそうに両手を広げた葵を前に仕方なくそれを受け止めたルシエは葵から視線を外し、その奥で腹を抱えて爆笑するチトを視界にとらえた。途端にぴきりと眉間に青筋が浮かぶ。
「チト様!!一体何事、」
「あっははは…!!おま、驚いた時の顔…!傑作だったな!それに今の表情も、めちゃくちゃ照れてんじゃん!」
「否定、照れてない!!」
葵に抱きしめられたままのルシエはチトの方へ向かおうともがくが上手く動けずその場で暴れるだけだ。そんな様子についに笑いすぎて咳まで出始めたチトは、ひーひー言いながら床に崩れ落ちた。ルシエの表情は確かに怒りを含んだ声音をしている割にどこか緩んでおり、頬は赤く染まっていた。
「…こほん、二人も制服を買いに来た、違う?ルシエに構わず早く購入するといい」
「いんや予定変更。制服は後で時間見付けてサイズ自動調整型の奴を俺が買っておく。ってことで今から一緒にデートしようぜ?」
「んぇ?」
「……は??」
ようやく落ち着きを取り戻したチトは目じりに浮かんだ涙を拭いながらも指を三本立てて決め顔で言った。発言に対する二つの素っ頓狂な声が上がるまでにそう時間はかからなかった。
———
「さて、デートだ」
「おぉ、デートや!」
「いや、デートって…」
まさに名案だ、と瞳を輝かせて自信満々に言い放ったチトに連れられて洋服店を出た三人は高級街を徒歩で移動していた。元は店先に魔道馬車を待たせていたルシエも、楽し気なチトと葵の様子を横目に呆れたため息をつきながらも直ぐにそれを帰られせてしまったのである。結局、彼女も現状を楽しんでいる訳で。
「なーなーチト君、デートって具体的に何する事を示しとるん?」
「あー…知らん。買い物とか?」
「ノープラン…」
面倒事の気配を察知して咄嗟に離れようとしたルシエは、すぐに葵に手を繋がれて引きずられるように二人について歩く。本日何止めかもわからないため息をつきながら、伺ったのはチトの表情だった。
(…随分楽しそう)
葵の適当な発言に笑いながら、同じく訳の分からない提案で返すチトはその実年齢不詳で謎だらけの魔法使いだ。”幼馴染”であるヴィルは多少彼の正体を詳しく知っているらしいが、教えてくれる様子は一切ない。幼少期に直接魔法を教わった経験もある以上、それなりに身元が保証された魔法使いとしてトートで過ごしているチトに、ルシエがこれまで抱いてきた印象は殆どが無表情で生きる事に興味がない退屈そうな凄腕魔法使い、である。とは言え冗談は口にするし、嫌なことははっきり嫌だと伝えてくる。笑わないかと言われればそうではないし、一緒になってヴィルをからかった経験も両手で数えられる以上にあった。流石にその正体がトートにとってどんな立場の人物であるかは知っているが、それでもチトがただの流れの魔法使いだと名乗る以上、それに付き合ってやろうと思えるくらいには良い関係性を築けているつもりだったのだ。
けれどもたった今、葵と軽口を飛び交わせる目の前の男からこれまで通りの印象は一切感じられない。群れる事さえ嫌がり、必要以上に他人と行動を共にしたがらない性格だったと確かに記憶していたはずなのに。良くも悪くも見た目相応に無邪気で、ぐっと身近な存在に感じる現状に違和感がぬぐえなかった。
「———じゃあ、ウチがルシエちゃんにアクセサリーを買ってあげればいいんやな!?」
「何それ大正解」
「…ルシエが彼女ポジション!?」
ぼんやりしていたせいで、もっと早く止めるべきだったであろう意味の解らない結論に辿り着いてしまった二人の会話に、ようやくルシエは突っ込みを入れた。ただし、論点は若干ズレていた。
「そういえばルシエ、お前いつまで葵と手を繋いでんの?仲良いな」
「はっ…アオイ、離して」
「いやだ!!」
「何故!?」
―――
「ほぇー、色々種類があるんやなぁ…」
ところ変わって、三人は高級街に程近い露店市へとやって来た。以前チトと葵が訪れた場所とは違い高級街に近いエリアにあるからか、全体的に値段設定も高めな金持ちの御忍び先のような印象を感じられる。そんな中で葵が目につけたのは、様々な種類のアクセサリーが並べられた周囲に比べて少しサイズが大きい露店へと近づいた。因みにルシエと葵の手は未だ繋がったままである。
「ルシエちゃんかぁ~…やっぱ、シンプルであんま邪魔にならん奴が似合いそうよなぁ。指輪とか、ネックレスはもう身に付けとるから、それ以外になると…ピアスの穴は開いてなさそうやね?」
「擽ったい、接触禁止」
「手は繋がったままなのに…ってあー!ごめんごめん、ごめんなさい!じゃあ、手首に付けられる腕輪とかええんちゃう!?」
ルシエを伴って並べられた商品を一瞥した葵は、不意に空いた手でルシエの髪を避けて耳たぶに触れた。たまらず肩を跳ね上げてその手を払って反論すれば、適当にいなされて有耶無耶にされてしまいため息をつく。一部始終を目撃していたチトから鼻で笑われた気配を察知して突発的な苛立ちで震える身体を深呼吸で押さえつける。今日のルシエは普段の圧倒的自由人である立場を失って散々だった。
「…あ、これ!ルシエちゃんに似合いそう!一瞬だけ手を放すね?」
「そのまま放してくれても…はぁ…」
名残惜しそうに繋がっていた手を離されたルシエは、ずっと煩わしいと思っていたぬくもりが唐突に消えた事実に少しだけ寂しいと感じてしまった自分を頭を振って追い出す。その間にも少し遠い位置にあったお目当ての腕輪を手を伸ばしてどうにか手に取った葵は、上機嫌に笑った。そうして見せられたのは、紫の水晶が埋め込まれた銀細工のバンクルだ。人差し指程度の幅で、中心の水晶以外華美な装飾が目立たないシンプルなそれは、確かにルシエの趣味にも良く合っており、意外なセンスの良さに思わず瞳を瞬く。
「じゃあ、ちょっとそのまま動いたらあかんよ?」
ルシエの反応から正解を引き当てたことを察した葵は、その場にそっと膝をついて座った。そうしてルシエの左手を恭しくとると、そっとバンクルをはめ込んだ。まるでどこかの王子様がお姫様に求婚するような動作に思わず恥ずかしくなったルシエだったが、それ以上に葵によって嵌められたバンクルに意識が向かって文句を口にすることはなかった。思わず太陽の光にバンクルを反射させながらその細部を確認したルシエは、完璧な好み中心のデザインに肩の力を抜く。
「…悪くない」
「ふふん、でしょ?これは購入決定やね!チト君、お小遣い!!」
「はいはい、店主このままお会計で」
満足げに笑った葵がチトに手を伸ばせば、ひらひらと振替えしたチトによって会計が済まされてしまった。お小遣いとは、あまりにも無欲な葵の購買意欲を少しでも促進できないものかと一カ月金貨一枚という一般人が独り暮らしで3か月は余裕で暮らしていけるだけの金額を与えられるとんでもない金額で、尚且つ葵がこの世界に召喚されてからの日数で計算された結果かなりの金額がたまっていたものだったので、チトは迷いなくその金額を脳内で計算しながらその場で使用したのだ。本来の目的とは若干異なる使い方をされているが、それでも確かに葵が欲しいと望んだものなのだから間違ってはいないだろう。そんな様子にもうどうにでもなれ、とやけくそになったルシエは、再び自分の左腕にはめられたバンクルを見詰め、何度か手首をひねってその見事な全貌を確かめた。
「感謝…いや、ありがとう、アオイ」
「どーいたしまして!」
満面の笑みで言葉を返した葵を横目に商品に視線を下したルシエは、不意に一つの装飾品に手を伸ばした。それは、雫型の透き通るような青色の水晶が取り付けられた銀装飾のイヤリングだった。シルバーの控えめな装飾は決して水晶を邪魔することなく際立たせる事に徹しており、そっと視線の先をルシエの買い物街をしている葵の方へ向けた。珍しい黒髪からこの青色が顔をのぞかせれば、映えるだろう。店主に声をかけ会計を終えたルシエは、再び葵の方へ視線を戻した。
「あれ、これルシエちゃんの趣味とはちょっと違う気がするで?」
「これはアオイの物。お礼とお返し。チト、魔法で取り付けて」
「ほぉ?…了解。まさかお前がヴィル以外の誰かに装飾品を買い与える日が来るとはな」
「うるさい。ルシエの手は…アオイと繋がってるからできない」
「わっ!る、ルシエちゃん?」
なんとなく、もう手を繋がなくても良いだろうと空気を察していたルシエはそれでも葵の手を掴んだ。ルシエの発言とそれに続いた行動に素直に驚いた葵が戸惑っている間に、杖を呼び出して葵に向けて軽く振れば淡い光と共に耳元に僅かな重みが現れる。
「ほら、鏡」
チトが作り出した水魔法と光魔法を合わせた即席鏡で自分の耳元を確認した葵は、ぱちりと瞬きをした。どうやら、未だに状況把握が追い付いていないらしい。そんな珍し様子に気分が良くなったルシエは、わざとらしく葵の顔を覗き込んで口角を上げた。
「似合ってる」
「だな、おしゃれ度が上がって女の子らしくなってきたんじゃねーの?」
「む、アオイはちゃんと女の子」
「いや反論お前からくるんかい」
じわじわと、ゆっくり頬を赤く染めた葵はそっと視線をルシエとチトに向ける。それに二人から頷く事で返された以上、その言葉を嘘だと疑う事は野暮だった。
「ぁ…うん、えへへ…ありがとうルシエちゃん、チト君も」
これまでの元気いっぱいとは大きく違う大人し気で可愛らしい笑みに思わず顔を見合わせたチトとルシエは、小さく笑って歩き出した。
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