15話 虹色の青
「ほら、合格祝いだから好きな奴選びな。取り付けは俺がその場でやってやるから」
「さっぱり分からん…」
暫く道を進むと、宝玉がショーケースに並べられたお高そうな雰囲気の店に辿りついた。少し離れたエリアには複数の杖が並べられている。これまでの買い物は道端の露店が殆どだったが、今回は珍しく店舗を構えた店。夜だからか二人以外の客はおらず、店内に入るなり早々にチトの雰囲気からしっかり知識を持った魔法使いであることを見抜いたらしい店員に案内された。そこから営業トークをすることなく少し離れた場所でショーケースを磨いている様子から、中々凄腕の店員のようだ。
さて、そんな店内のイメージはスポーツショップに近いのだろうか。そんなことを考えながらもひとまず順番に宝玉を見ていく葵だったが、特にピンとくるものが見つからず唸る事しかできなかった。
「効果なんてあってないようなもんだし、一番は好きな色だな。お前が得意な魔法なら水魔法だから、青系の宝玉を付けた杖で魔法を使えば結構映えるんじゃねーか?まぁ、それでも結構種類はあるけど」
「成程…。そういえば、さっきあっちで既に魔法石がセットされた杖が売っとったけど、普通は最初から付いてるもんなん?」
「あー、最近だとそういう売り方されてるやつも多いらしい。昔は杖と宝玉は別々に選んで購入する事が一般的だったんだけどな。因みに宝玉は一度杖に取り付けられて魔力を通されると魔法石に変化する。で、杖を変える時は魔法石を持ち越して柄の部分だけを新たに購入するって言うのが一般的だったんだ。因みに葵、お前がいつも使ってるあの杖も、元同居人が杖を交換するときに不要になってしまいこまれてたやつだぞ」
「ふーん…?その人はどんな宝玉を使ってはったん?」
「そうだなぁ……」
葵の問いかけにチトはショーケースに並ぶ宝玉へ視線を移した。濃い青、緑に近い青、水色、様々な青の宝玉を順番に流し見ていく。これじゃない、それでもない。チトの記憶に残る青を求めて体の向きを変えた時、不意に視線を奪われた。
「……あぁ、そうだ」
強烈な引力を感じてしまう程の存在感を放っていたのは、光の加減によって青が変わる不思議な魔法石。少し首を傾けて覗き込めば、深く濃い青色に。そして戻せば透き通る透明感がある青色に。そっとショーケース越しに手を伸ばそうとして、慌ててその腕を引き戻したチトの脳内で嘗ての同居人との会話が蘇る。
(あぁ、あいつはこの宝玉の色の事を、)
「七色の青…」
(そう、呼んでいたな。)
そんな事を思い出して苦笑を零そうとするも、声が隣から聞こえてきた事実に気付いて思わず宝玉から視線を外した。それは、チトと同じ宝玉をいつの間にかすぐ傍でじっと見詰めていた葵が零した一言だったのだ。
(あぁ、アイツも確かに同じ表現をしてよく魅入られていたっけ。)
「…そうだな。光の加減によって色を変える、まさにこの宝玉と同じ種類のものを使っていたと思う」
ほんの一瞬、目の前の少女が嘗ての同居人とぴったり重なった気がした。けれどもそれはあり得ない事なのだ。小さく頭を振ったチトは咳払いと共に宝玉から完全に意識を外し、未だ同じ宝玉を見詰める葵の方へ視線を向けた。
「ウチ、これにする」
「いいのか?」
「うん。すっごく綺麗で思わず見惚れてまったし!ふふ、チト君やって同じやろ?」
「そう、かもな」
場所が店内だからか、くすくすと小さく笑った葵は上目遣いにチトを見上げた。それにどうにか作り笑顔で返したチトは、それとなくこちらの様子を伺う店員の視線の元を探して葵から顔を逸らす。チトは決して宝玉に見惚れていたわけではなかった。ただ、宝玉の向こう側に見えた過去の記憶に気を取られていただけで。けれども何度だって頭の中で繰り返す。葵とアイツは違う、と。蘇る腐れ縁が齎した警告からは目を逸らして、次に葵と視線を合わせた時のチトの表情はいつも通りだった。
「———さて、早速だけどこの場で取り付けるぞ。…あぁ、ここでやっても?」
これから一体どんなファンタジーが始まるのかと瞳を輝かせる葵を横目に、チトが店員に問いかけるともちろんですと力強く頷かれた。迷わず自分の杖を呼び出したチトは、ショーケースから丁寧に取り出された宝玉に意識を集中させる。余談だが、支払いは金貨50枚その場で現金一括会計だった。一瞬だけ日本円換算をやりかけた葵はそっと瞼を細めて途中式をかき消す。…この世には知らない方がいいこともたくさんあるのだ。
「俺も久々だからなぁ、失敗したらすまんね」
「え!?ちょ、チト君店員さんがこの宝玉は一点物だって言ってたからあかんよ!絶対成功しか許さんから!!」
「それは何とも言えないなぁ?」
「ちょっと!!」
悪戯っ子のように笑ったチトは、小雨から受け取った杖を手に取りそっと先端部分に魔法石を近づける。適当な口調とは裏腹にその手つきは非常に繊細で丁寧だった。
「———接続開始」
チトの口から初めて聞く詠唱、勿論極限短縮ではあったがそれでもはっきり紡がれた言葉に葵が瞳を丸くしている間に、杖の先端が輝きだした。眩しい光が宝玉を包み込む、閃光が溢れ、まるで竜生のように輝きながら宝玉の周りを飛び交う。
「…すごい、」
思わずこぼれた葵の一言に、得意げな笑みを浮かべたチトはそのまま小さく息を吸って再び口を開く。
「装着」
その一言に合わせて光は刹那的に強まり、瞬きの瞬間店内を包むほどの輝きがあふれ出した。思わず目を瞑った葵が次に瞼を開いたとき、杖の先には七色の青色の宝玉…否、魔法石が取り付けられていた。たった一つ先端に彩りが増えただけで見た目を大きく変貌させた杖に素直に見ほれる葵を前に、チトは声をかける。
「ざっとこんなもんだな。一応魔力が流れやすくなる魔法陣を組み込んでいうた。何か簡単な魔法で試してみな」
「…あ、うん。じゃあ…えっと、水族館のやつで」
葵が杖に魔力を流しつつ、先ほどの食堂で手遊びに使っていた一匹の空気の魚を閉じ込めるだけの水の塊を作り出そうと小さく杖を振れば、確かに魔法石が輝いた。魔力を受けて淡く輝く杖の美しさに気を取られていた葵は、発動した魔法にまで意識が向いていなかった。それは、珍しく慌てた様子のチトの声によって我に返るまで続いていたのだ。
「ばっ…かお前!!そんなでかい水の塊作ってどうするつもりだ!!」
「へ…うわぁああ!?な、なんで!?ウチ食堂で作った小さな魚の時と同じだけしか魔力込めとらんのに!え、ちょっと、うわ…あれ、あれだ!!魔力感知型障壁!!」
一瞬でパニックになった葵の目の前に現れたのは、店の天井に届いてしまいそうな程に巨大なサイズの水の塊った。慌てて杖を構えたチトを制して、葵は実技試験の時に直接見て覚えた魔法を無効化する結界を使って水をぴったり覆う。それを意識的に縮小すれば、結界に触れた途端水の塊は消滅していった。
「…び、びっくりした…」
「いや、えぇ…?ちょっと葵、その杖もう一度視せてみろ。…うわ、何コレとんでもない魔力電動効率性質持ってるじゃねぇか、何その出鱈目な魔法石…アイツ、こんな杖普段使いしてたのかよ。ってか、俺が組んだ魔法陣も最高に最悪な方向で発動してるし」
半場放心状態の葵の杖先に触れて会席を行ったチトは、ドン引きした表情を浮かべて頭を抱えた。因みにその時店員は床に縮こまって頭を抱えて震えていた。
幸いにも店内には何一つ被害がなかった為、二人はおびえた表情を浮かべながらもどうにか接客を続けてくれた店員に頭を下げてから店を出た。店には被害がなかったが、確実にあの店員は宝玉の取り付けがトラウマになっただろうなぁ、と憐みの視線を向けながらも、店を後にする。お互い暫く無言で、帰路を並んで歩いた。
「…魔力制御の練習が改めて必要そうだな。これは早々にあの家と小屋を繋げて、あっちで練習しなきゃ学園が壊れる」
「あはは…見てる分には綺麗、なんやけどなぁ…」
夜も更けた道を歩いていたチトは、頭を抱えながらようやく口を開いた。ずっと杖に取り付けられた宝玉を見ていたかった葵は、それでも誤って夜の街中で魔法を発動させた際の危険性を理解して杖をしまった状態で手持ち無沙汰に返事をする。
「魔力制御の訓練に共通言語の習得、学園に通う以上一般的な魔法使いの能力値を調べておかないと学園内で使う練習器具とかもまともにいかないだろうな。最後の一つは他に頼めるとして、前二つは大至急取り掛からないと本当にまずいな」
真面目な顔で思考を声に出して回すチトの様子を見る以上、これは会話を持ち掛けても成立しないだろうと判断した葵は諦めて自分の脳内に意識を向ける。議題は先ほどの暴走染みた魔法の発動を止めるために利用した結界についてだ。
「もうちょっと改良すれば最強なのでは…?反射とか組み込めたら、自分からは手を出さずに相手を完封することだって夢じゃない」
そんな葵の圧倒的危険思考に気付いていないチトは相変わらず現状のやることリストに集中している。
「共通言語を一から習得するって、何をやったらいいんだ…?絵本の読み聞かせか?」
「恐らくあの結界魔法の中身は散、例えばそれに吸収を組み込んだ場合は…?」
二人の魔法使いが空中に魔力で文字を書きながら難しい表情を浮かべつつ歩く姿は、暫くの間不審者がいると街中で噂になるくらいには十分怪しかったらしい。因みに内容は全くの対照的であり、その場に誰かが居合わせたのなら爆笑必死だったのだろうが、生憎その場には二人しかいなかった。
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