とある記憶 7
「は、じめまして」
「初めましてだねぇ」
「…っぷ、ぶはっ!お前ら、ふは、何緊張してんの?ははっ、あははっ!」
分かりやすく緊張した面持ちで固唾を呑んだXXXは目の前で微笑を浮かべたエルフを前に無意識で後ずさりながらもどうにか挨拶を吐き出した。そんなXXXの緊張など理解すらできない人外染みた情緒を持つエルフは、小首を傾げながら同じ言葉を返す。一切噛み合わないやり取りを前に我慢が出来なくなったチトは、思わず吹き出した。XXXの咎めるような視線に睨みつけられるが、笑いが止まらないチトは気付かない。唯一頼りにできるはずの仲介者が颯爽とダウンした状況で続けるべき言葉を探したXXXは、仕方なく視線の先をエルフに戻した。
「…ふむ、なんだエトちゃん、こんなに可愛らしいオトモダチが居たなら、もっと早く教えてくれればよかったのにぃ」
「かわ…何言ってるんだこのエルフ」
「あは、XXXお前、変人認定までが早すぎ!確かにコイツは頭のおかしなエルフだけ、ど…あぶねっ!?」
暫くXXXの様子を観察していたエルフは、ようやく口を開いたかと思えば相変わらず絶妙にズレた発言を零す。初対面の頃自分をどちらかと言えばチトと呼んでほしいと言っていたのだから、てっきり己に並ぶ関係性を持った相手ならチトの事をそう呼ぶかと思っていたが、エルフの口から出た呼び名は第二候補であるエトの方であった。そんな小さな驚きと共に思わず微妙な表情で先ほどとは全く異なる意図で後ずさったXXXに再び吹き出したチトは、あまりにも笑い転げて煩かった為か殆ど同時にXXXとエルフから魔力の塊をそのまま物体化させた簡単な物理攻撃を向けられて慌てて結界で凌ぐ。流石にやりすぎたと理解したのかチトが完全に大人しくなったところで、小さく深呼吸をしたXXXが口を開いた。
「えっと、XXXです。隣国キーフの魔法使い…です」
「ふふ…ソピアー、見ての通りエルフだよぉ。他の愚かな同族達と一緒にはしないで欲しいけど、根本は同じ存在だからまぁ、そんな感じで接してくれれば嬉しいなぁ?」
「分かり、ました。でもエルフと言えば、キーフとも国交が行われていた気が…」
「その先は言わないでおこうかぁ。今の社会情勢的にも、国家間の感情は結構複雑だからねぇ」
「…社会情勢?」
「あれ、知らないのぉ?」
「いや俺も知らねーぞ。…あぁでも確かに、この前トートに降りた時は町中に武装した兵士っぽいのがそこそこ居たかもな。物価も可笑しかったし」
探りつつの自己紹介を終え、もう少し互いに共通点がありそうな話題を探そうと口を開いたXXXをソピアーと名乗ったエルフは迷わず止めた。穏やかな口調とは裏腹にその発言は絶対的であり、断る事が難しい雰囲気があった。そうして始まる不穏な話題定義に首を傾げたのは、XXXだけでなく大人しくやりとりを眺めていたチトも同様だった。記憶を頼りに状況を並べていけば、一つの結論に辿り着いて思わず二人はソピアーを置いて顔を合わせる。
「その状況から導かれる答えは一つだよねぇ?」
「……戦争」
「正解。現状どの国も明確な敵対行動を起こしているわけではないけどねぇ…今じゃいつ何処の国間で戦争が始まるのか分からない状況。もしかしたら、混戦になって世界大戦に発展する恐れだって十分にあるんだよぉ?そんな中でただでさえ閉鎖的で自己中心的なエルフの一族が諸外国との外交を続けると思えるぅ?」
「あり得ないな。間違いなく世界各国から手を引くだろう、あの種族は」
迷いなく断言したチトの様子を見たXXXは、理解を占める相槌を打つことしかできなかった。チトの発言が事実であれば、ただでさえ情勢が不安定なキーフと外交を続ける価値はないに等しいだろうと理解できたからでもあった。
「ふふふ、難しいことを色々言ったけど、結局ボクが言いたいことは一つだけなんだよねぇ。こんなご時世だからこそ、所属国なんて関係ないただのソピアー…いや、ボクの事は相性のソフィと呼んでくれて構わないよぉ。改めて、ただのソフィーと、ただのエトちゃんと、そしてただのXXXちゃんとして関わり合おうって話!いいでしょぉ?」
「断る理由なんてないけど…変わり者、だね」
「だろ?」
「ボクの事をそう言う子はエトちゃんに続いて君が二番目だねぇ」
へらへらと楽しそうに微笑を零すソフィを前に、警戒心が完全に溶けたXXXはようやく肩の力を抜くべく大きく息を吐いて一歩前に踏み出した。意味は理解できても、それを他の誰でもない孤立を好むエルフ族の者が提案してくる状況が理解できないのだ。けれども、チトの様子を見ていればそれこそがソフィの正確であると気付いてしまえた。ならば、受け入れる他ない。ゆっくりと伏せた瞼を開き、XXXはソフィに向き直る。
「じゃあ、改めてチト君の同居人のXXXです。よろしくね、ソフィ君!」
「ソフィ君…ふふ、うん。よろしくねぇXXXちゃん」
XXXが自ら差し出した手のひらを、ソフィは穏やかに微笑んだまま受け入れた。その様子を満足げに見届けたチトは、静かに魔導書の整理をするべく書庫へ向かっていく。扉が閉まる音が響いたかと思えば、いつの間にか杖を手に持っていたソフィによって防音の結界が二人だけを包み込んだ。
少しだけ驚いたXXXは、それでも結界の内容が防音であることを素早く解析してからソフィにさらに近付いた。無意識で反応する人見知りをどうにか抑え込んで口を開く。
「…それにしても、会ってみるかってチト君聞かれてその日の内に会いに来るなんて本当に変わってるエルフさんだね。まぁ、チト君にもびっくりだけど。まさか私に会わせる為だけに小屋を離れて直ぐに帰ってくるなんて」
「だって君、魔法陣作成が得意なんでしょぉ?ボクが好む研究分野と同じだし、何かしら有意義な意見交換ができるんじゃないかなぁって思って、つい。…それに、人間って寿命が短いからねぇ、エルフの間隔でまた今度って約束したきりそのまま勝手に死んじゃった子は沢山いる。だから急いで来たんだけどぉ…、この小屋、変わった魔法陣が埋め込まれてるみたいだねぇ?」
小屋の土台部分を示すように、相変わらず穏やかで固定された表情のまま杖の根元で小さく床を叩いたソフィは面白そうに笑う。勝手に死んじゃった、だなんてどうにも人間を無意識化で見下す発言をしている様子には気付かないフリをして、XXXは久方ぶりに自分がこの小屋にいる理由を再認識する事になったのだ。
「…時間停止の魔法陣だよ。この小屋の付近にいる限り、私に時間の概念はない」
「うんうん、この場所はXXXちゃんを閉じ込める…牢獄、ってところなんだねぇ」
「そう、だね。…この話はおしまいにしよっか!難しい話より私、ソフィ君についてのお話が聞きたいな。例えば、外の世界の事とか!私、暫くここから離れていないから、ね?いいでしょ?」
「……うん、いいよぉ。何が知りたいのかなぁ?」
周囲の空気と溶けあうように、静かに防音結界が解除された。しっかりとそれを確認したXXXはわざとらしく声のトーンを上げてソフィに笑いかける。この、チト以上に優秀な魔法使いの存在を意識に焼き付けながら、それでも決して現状に救いを求めて縋るような選択肢を放り捨てて。その意図を理解したソフィも、自ら深追いする事はしない。それは、エルフの他者への干渉を行わない本質が動いた事で作り上げらえた二人だけの関係性だった。
「あのね、チト君に色々教えてもらおうとすると、全部魔法の話に変わっちゃうの!だから、私魔法以外の話が聞きたい!」
「魔法と共に生きるエルフに魔法以外の話をさせようだなんて…ふふ、XXXちゃんは本当に面白い子だねぇ。いいよぉ?じゃあ、ボクが旅先で出会った不思議な生物の話でもしてみようかぁ。それは広い海域に生息しているんだけど…」
「海!!キーフは周辺を国境に過去まわれているから存在しないんだよね。だから、直接見た事はないんだけど、やっぱりしょっぱいの?」
「あは、しょっぱいよぉ?どこまでも広くて、この世界全ての大陸に繋がっているらしいねぇ」
「そうなんだ…、……いいな」
テンポよく進む会話が不意に止まる。無意識でこぼれたのだろう、心の底から渇望を込めたXXXの一言は、小屋の中で妙に響いた。突然だがソフィはエルフだ、人間が完璧に閉じ込められているわけではないにも関わらず牢獄染みた世界に在り続けるならそこに理由があるのは当然なのだが、人とは全く異なるエルフの感性ばかりを持っているソフィにとってその感覚は理解しかねるものだ。だから、迷わず口を開いた。
「じゃあ、いつかエトちゃんも誘って三人で行こうかぁ、海」
迷いのない、純粋な善意による発言。エルフだからこそ無神経で、けれども他のエルフに比べれば多少なりとも人間に寄り添おうという意思があるからこその発言だった。それに素直に瞳を丸くしたXXXは暫く黙り込んで、それから探るように口を開く。
「……私も、一緒に?」
「勿論だよぉ、XXXちゃんが行きたいって言ったんでしょぉ?一緒に海に行って、探索するの。知ってるぅ?海中にもダンジョンって存在するんだよぉ?」
「…っ、行きたい!!」
「なんか話が盛り上がってるじゃん。なんの話をしてたんだ?」
「おかえりぃチトちゃん。今はねぇ、」
「チト君チト君!いつか一緒に海へ行こうよ!」
書庫から戻ってきたチトは、勿論それまでに二人がどんな会話を行っていたかなど知らない。そこにどれだけの感情の揺らぎがあったかなど、知る由もないのだ。だからこそ気楽に投げかけた問いかけに、XXXが食いつくように飛び込んできたことに素直に驚いた。
「急にどうしたんだよ、XXX。って言うか何?海?」
「うん、海!絶対に行こう!」
「えぇ~?海って潮風はベタつくし、風は強いし余計な魔法も必要だしで面倒なだけでしょ」
「エトちゃん?そんなつまらない事言わないのぉ」
「絶対行くよ!ね、いいでしょ?いつか…うん、いつかきっと、私を海へ連れて行って!」
満面の笑みを浮かべて約束を示す小指を立てるXXX。その、思わず目をそらしたくなるほどに眩しい瞳に気圧されて、チトは仕方なく自身の小指を差し出し結んだ。
すぐ隣からソフィの生暖かい視線を感じたチトは、人差し指を視線の方向へ向けて風魔法で強制的に引き離す。それを完璧に対処しながらも不満げな様子のソフィ、二人のやり取りに笑い出したXXX。
誰にも邪魔できない、穏やかな昼下がり。
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