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12話 筆記試験


「それでは、今この場に残られている方々が実技科目合格の資格を持った受験生の皆さんになります。今からお配りするバッチをお持ちの上で、筆記試験会場へ進んでください」


案内スタッフの声に釣られて視線を向けていた四人は、移動開始の合図に合わせてだらだらと動き出した。


「折角だから皆で行くとしよう」

「勿論。アオイ、自分の名前は覚えたけど、他は全然ダメ。…心配」

「こんな状態で本当に魔法陣作成は大丈夫なのでしょうか…?わたくし、アオイちゃんも皆さんも一緒に合格したいです」

「ふっふっふ~、無記名による不合格の可能性がなくなったウチに死角はない!魔法陣作成?どんとこーい!!」

「何故アオイはそこまで自信に満ち溢れているんだ??」


揃って次の会場を目指す四人の中で、本来最も不安の真っ只中にいるべき葵は堂々とした足取りで先頭を進んでおり、他の三人が逆に顔色悪く困惑する謎の逆転現象が起きている。筆記試験会場内に入ってもその調子は変わらず、心配になりながらも指定されたペンだけが設置された座席に各自座る。他の受験者たちがいる以上声を荒げるわけにもいかず、どうしようもできずに焦っている間に試験官が会場に入ってきてしまった為三人は仕方なく葵から視線を外した。


「本筆記試験では指定された要素を含んだ魔法陣を、資料などのヒントなしでゼロから作成して頂きます。指定要素を含んでいれば、それ以外の要素はご自由に追加して頂いて構いません。また、点数は下限方式都市、指示通りの魔法陣作成で100点、それ以上の同時要素を追加し成立、発動可能な魔法陣を作成された場合は加点、指示に対して内容不足、発動回路ミスなどがによる不発等があればその時点で加点は0とし、減点60点以下で自動的に不合格となります。今から配布する用紙の指示に従って作成をお願いします」


試験官が一人一枚ずつ用紙を配布していく、一番初めに受け取ったヴィルは思わず咳き込み、時点ルシエは小さく唸りオルコスは頭を抱えた。そして当の本人、葵はと言うと、ぴしりと動きを止めて固まる事しかできなかったのだ。


配布された用紙には、問題文が書かれていた。


…繰り返そう。問題文が、書かれていた。


「……うん」


(どうしよう、全く読めんな。)


無表情のまま葵は問題用紙を見詰めていた。じっと用紙の上に書かれた問題文を睨みつけるが、当然意味が分からず小さく吐いた息は宙に舞う。けれどもそんな葵の様子など知る由もなく、無慈悲な試験開始の合図が会場全体に響き渡った。


「それでは、試験を開始して下さい」


(流石に終わったわー…いや、そうよな、そりゃ問題文があるわな、テストやもんね…)


葵の頭の中では、つい先ほどまで三人にドヤ顔で魔法陣作成は任せろと啖呵を切っていた自身の姿が浮かんでは消えてを繰り返している。用紙を観察する限り、恐らく下の空白スペースに魔法陣を描くのだろう。ちらりと視線を上げてまだ殆ど減っていない試験の残り時間を確認した葵は、取りあえずこれまで小屋の書斎で読んだ本を思い出しながらも最近あまり持ち出すことがなかった日本語でメモをしつつ何とか解読できないか戦い始めた。何を相手にって、そりゃ問題文を。


ガタリ


誰かが席を立つ音がしてふと顔を上げた。まだ試験開始から10分も経っておらず、葵の解読も始まったばかり。と言うより、葵は放心状態に5分以上を使っていたためまともに問題文に向き合い始めたのはつい先ほどの事だったが。試験官や他の受験生たちも驚いた様子でざわめきながらゆっくりと、堂々と試験官に向けて歩き出す。


(……ヴィル君?)


試験用紙を持って試験官の元へ進んだのは、ヴィルだった。迷う素振り一つなく試験官に用紙を手渡して小さく一息をついたヴィルは視線を試験官に合わせる。未だ驚いた表情のまま取りあえず受け取った試験官は、はっと我に返ったように傍に用意されていた小さなガラス箱の下方部に作られたスペースに用紙を入れ込んだ。


「えっと…こほん、それでは発動確認を行います」


試験官が用紙に魔力を流し込めば、魔法陣がゆっくりと発動する。何もない空っぽの箱の中で小さなつむじ風が巻き起こり、徐々にその勢いは強まっていった。いつの間にか先ほどの試験で見た白焔が混じりはじめ、小さな竜巻は真っ白な焔の竜巻へと形態変化していく。暫く燃え上がった後竜巻はゆっくりと勢いをなくし、空気と一体化するように消えていった。


「…固有の白焔魔法を追加されましたか。それでいてこの作成の速さ、流石の一言です。指示通りの魔法陣発動に加点40…140点筆記試験合格です」


試験官の困惑交じりの言葉にこくりと頷いたヴィルは、体の向きを変える素振りを見せつつルシエ、オルコス、そして葵と順番に視線を合わせてから試験会場を出ていった。


「成程…?」


どこかから小さなルシエの声が聞こえてきたかと思えば、カツカツと猛スピードでペンを動かす音が会場に響き渡った。何事か、とそちらに視線を向けたい衝動を堪えながらも葵は先ほどのヴィルの行動の意味を図りかねていた。


ガタリ、今度はルシエが用紙を持って立ち上がり、試験官の元へ向かい用紙を手渡す。受け取った試験官は矢張り少々戸惑いながらも用紙を入れ込む。


「そ、それでは発動確認を行います」


魔力が流し込まれて発動した魔法陣は、箱の中に曇り空を作り上げる。ぽつぽつと雨が降りはじめ、徐々に豪雨へと変わり、刹那小さな稲妻が走った。途端、黒焔が函全体を埋め尽くし、雨雲さえもを燃やし尽くし全てを無へと返す。


「固有魔法による術式強制終了ですか…中々高度な技術です。ふむ、そうですね…加点20、120点にて試験合格です」


ルシエはそんな試験官の声を当然のように聞き流し、オルコスの方へ視線を向ける。二人小さく頷き合ったかと思えば、その視線の先が葵へ移動する。じっと見つめられたかと思えば、それ以上何かがある事もなく静かに会場を去って行った。


(さっきとは条件が違った。ヴィル君は竜巻、ルシエちゃんは豪雨。…いや、ヴィル君は雷も起きていた。あれも必要要素の一つ?)


ここまで視線を合わせられれば葵でも分かる。彼らは先に魔法陣の発動を持って問題文の内容を伝えようとしてくれていたのだろう。先の二人の発動内容を思い返すと、似ているようでどこか違う絶妙な差異が見られる。最大のヒントになるのは、恐らく最後の一人。


「んっ、」


恐らくはできた、と声に出そうとして慌てて口を噤んだのだろう。オルコスが立ち上がり、用紙を持って試験官の元へ向かった。同じように魔法陣の確認が始まる。


箱の中に恐らく太陽を模した光源と小さな草原が現れる。穏やかな風が流れているのか、草木は穏やかに揺れていた。ふいに、中心から蒲公英の芽が現れ、花が開き、綿毛へと変わる。途端に一際強い風が吹き抜け、綿毛が舞い上がる。箱の内壁に触れるとすっと消えていく綿毛が全て亡くなったころ、静かに箱の中の草原は消えていった。


「…素晴らしい、まさかこのお題に対して聖属性魔法を組み合わせてくるとは。蒲公英を用いた繊細な表現を一つの魔法陣に収めてしまえる高い技術力と完成品のクオリティ。加点50、150点にて文句なしの合格です」


三人目にして一番の高得点が出たことに他の受験生の無意識のざわめきが会場中を包む。それも、試験官のわざとらしい咳払いによってすぐに散っていった。オルコスは葵に向かって何度か頷くと、静かに部屋を出ていった。


(今度の天候は晴れ。恐らく問題内容は天候に関する者。竜巻、豪雨ときて何かしらの悪天候がお題なのかと思ってたけど、今のを見る限りその認識は間違っている?共通しているキーワードはなんだ、…風?そうだ、ルコちゃんの魔法陣が発動した時も、一見穏やかな草原に見えて風によって蒲公英の綿毛が散って飛んでいた!ヴィル君の魔法陣は思い切り風関係出し、ルシエちゃんの魔法陣は豪雨に見えたけどあれだって嵐ともとれる表現だった。雨も横ぶりだったし…多分これは、間違いない…!)


葵は思いつく限りの風に関する魔法陣を思い出し、そこにはめ込まれていたマーク…つまり文字を思い出していく。


(弱、強風、散…?)


繋ぎ言葉までは分からないが、該当する文字を問題文から見つけ出すことができた。つまり、少しずつ風を強めていく表現を魔法陣で行い、最終的に箱の中で散らせる魔法陣を描く事こそが今回の問題ないようだと高確率で考えられる。


ようやく問題内容の解読完了に辿り着いた葵は一呼吸おくと、本題の魔法陣作成に向けてペンを持ち直した。ヴィルやルシエは固有魔法と呼ばれる何やら特殊な魔法を入れ込んでいたらしい。オルコスも、聖属性魔法という特別な力を魔法陣に含ませていた。残念ながら今の葵に彼らのような特別な魔法を使う力はない。あるのは小屋で学んだ大小様々な効果を発生させる魔法陣とそれを意図も容易く蹴散らす意地悪な先生に対抗するべく積み重ねた経験だけだ。たった3年強の知識を持って、葵は魔法陣に今できる最大のストーリを組み立てていった。


「……、よし」


理論上は発動する、それを念入りに確認した葵は完成した魔法陣が描かれた用紙を手に、緊張した面持ちで試験官の元へ進んだ。どれだけ必死で魔法陣を描き上げようとも、問題文自体が過程状態である以上今から提出する内容が正解だとは限らないからだった。


試験官は葵から用紙を受け取ると、箱へ入れ込む。


「発動確認を行います」


魔法陣に魔力が流され、箱の内部が静かに動き出した。



―――現れたのは森の中にたたずむ木組みの小屋。穏やかな風が流れ野生動物たちが動き回る季節は、周囲を取り囲む花々の様子からしても春を表しているのだろう。ゆっくりと箱の中の魔法陣は発動を続け、季節は夏に変わった。原色の花々を打ち付けるように時折嵐が流れるのは、夕立の表現だろう。そんな強風にのせて季節は空へと移り変わり、木々は赤や黄色に紅葉を見せつけていく。動物たちがどこか慌ただしく駆け回ったかと思えば、箱の中にはいつの間にか雪が降り始めていた。それらが積もったかと思えば、いつの間にか猛吹雪へと変わった季節は深い霧に覆われると同時に季節を再び春へ切り替える。穏やかな風が木々や花々を揺らし、小屋の中から現れたミニチュアの白いローブを纏った小人が金色の杖を振れば、小さな箱庭は男と共に消えた。


つまるところ、分からなかったから全部やっちまえ戦法である。問題文をクリアさえできていれば加点方式だというのならば、四季を表現する中のどれかで条件を達成させ残りで加点を稼ごうと考えたのである。葵は、もしかしたら何か自分の感覚の中で見落としがあるかもしれないと感じた結果前三人が作り上げた魔法陣の内容を殆ど拾い上げトッピング全部乗せを持ってやりぬいた。ここまでやれば、流石に合格点は取れるだろうと自分を信じたのだ。


「……えーっと?」


未だ箱を凝視したまま動かない試験官は、葵の問いかけに慌てて顔を上げ今度は葵の顔を凝視する。異様に感じる視線に思わず振り返れば、他の受験生たちの視線も全てが葵に集中していた。気まずくなって視線を試験官に戻せば、どこか恐怖にも似た表情を浮かべた様子でそれでもぶつぶつと話し始めた。


「えぇと…あの、加点合格、です。…えぇ、それは間違いないのですが…加点点数が私では判断できません。申し訳ございませんが、最終点数については一度他の教授陣を交えて会議を上げた結果をお伝えする形でも構いませんか?こんな小さな、用紙に書ききれる魔法陣で一体何をすればここまでの要素を織り込むことが出来るのでしょうか…」

「合格は合格なんですか?」

「はい、間違いなく」


試験官に困惑交じりながらも確かに頷いて肯定された葵は、その場で舞い上がりそうになってぐっと踏みとどまった。震える口角を落ち着かせて小さく頭を下げてから、試験会場を後にした。


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