10話 留学生
次の方、と試験官が告げるものの、他の受験生たちは顔を見合わせるばかりで一歩前に出ようとはしない。それは、圧倒的な結果を見せつけた二人の後に試験を行っても恥をかくばかりだと委縮しているからだった。それもそのはず、この試験はせいぜいBランクを獲得できれば良い方、Cランクでも十分に素晴らしいと認識される非常に高難易度な試験だったのだから。けれども葵はそんなこと知らない。葵がこれまで目標にしてきた姿は、凄腕魔法使いのチトである。チトを基準に魔法を磨いてきた葵にとって、Aランクを得た青年どころかSランクを叩き出した少女に準ずる魔法の発動だって朝飯前だったのである。もちろん、そんな諸々を葵本人も含め周囲が気付いているわけもなく、周囲の微妙な雰囲気が面倒になった葵は迷わず手を挙げて他の受験者たちより前に進んだ。
「…次は彼女で構いませんね?それでは、名前と使用する魔法の属性を教えてください」
「はい、葵です!えーっと…うん、水属性魔法を使います!」
先ほどの二人が試験を受ける時は特に言われていなかったような質問に内心小首をかしげながらも素直に答えた葵は、指定された線に沿って足を止め水晶に向かって杖の先端を向けた。どこか同情や憐みの視線を受けながらも、一切気にせず体内の魔力を集中させる。周囲としては、何も知らないバカな自信家が自ら現れたものだとそれくらいに考えられていたが、当然葵は知る由もなかった。
「それでは、魔法を発動させてください」
試験を終えて次のエリアに移動しようとしていた二人組が不意に足を止めた。それは、自分たちが試験を受ければ周囲がどんな反応をするのか予め察していたにもかかわらず特に苦し気な様子ひとつなく試験に挑んだ受験生の様子が気になったからである。軽く目を瞑って魔法発動までのイメージを考え込んだ葵は、大きく頷いて顔を上げた。他の受験生が行っていた詠唱をもどきとは言え使う事を忘れずに。
「遍く水の聖霊よ、我が魔力を糧に水の遊戯を満たせ!いでよ、水族館!!」
普段から詠唱という文言にすら縁がなかった葵でも、周囲の反応を見ていれば普通は必要なものだと察しを付けることくらいはできる。適当に、先ほどの青年の真似をしつつオリジナリティを持って述べた詠唱が終わり次第魔法の大きさを先ほどの青年より少々小ぶりくらいに指定して水晶内部に水の塊を生み出した。しばらく維持するだけでよい試験だったが、なんとなくて付けた名前に我慢が抑えられなくなった葵は徐々に遊び始める。
水の塊の中に空気を送り、熱帯魚などの水生生物を泳がせ始めたのだ。しまいには、水上にイルカを模した水の塊がぱしゃりと顔を出す。魚たちが呼吸を行う些細な泡までもを再現して見せた葵は最後を決めるべく一匹のイルカを残して他の泡を消滅させる。
「ふふん、やっぱりイルカショーのラストは大ジャンプ―――って、あーーっ!!折角のフィナーレが!!」
上機嫌なままに小さなアクアリウムを作り出していた葵は、そのイルカだけが水晶の枠を超える事無く消滅したことに気付いたとたん思い出したのである。試験前にチトにさんざん言われた「遊ぶな」の指示を。つい魔法から意識を逸らしてしまった為、ぱしゃりと水の塊は音を立てて水晶内部で散っていった。その様子にどこか勿体ないような、けれどもこの先起こる可能性が高い特大の雷に冷や汗をかいた葵はへらりと笑う事しかできなかった。
「えーっと…えへ?」
自身の魔法に夢中になっていた葵は、やけに周囲の視線を集めてしまっていた事実にようやく気付く。驚いたように目を見開いて固まる試験官に戸惑いつつ視線を向ければ、はっと気づいたように書類の記入を始めた様子に小さく息をつく。
「えぇと、サイズとしては…A、なのか?いや、明らかに高度な魔力操作が行われていた気がするんだが。使用魔力は、途中から形質変化が見られたため…あぁ、どうしたものか」
「…Aで!!」
「じゃあAで!!」
物凄く面倒な気配を察知した葵が勢いよく手を挙げて言葉を発すれば、反射的につられた試験官が同じように口を開いた。
葵、魔力操作及び魔力の質確認試験結果、多分Aランク、である。
色々とやらかしてしまった葵だったが、今の適当な雰囲気に流されて動きを止めていた受験生が悪い夢を見たんだと強引に自分を納得させて己の試験に挑み始めたという点を考えれば、全てがダメだったわけではなかったりもする。
―――
無事試験を終えて、Dランク以上を得て合格した受験生たちが集まっているゾーンに近づくが特に視線を感じることはなかった。当然の話だが、先ほど魔法を使っただけの葵の事を知っているのはその場に居合わせた者たちだけであり、先に試験を終わらせた者たちにとってはただ合格者が一人増えた程度の認識しかなかったのである。特に親しい相手がいるわけでもない葵は、ぼんやりと先ほど目にした魔法を無効化する結界について考えつつ周辺を散歩していれば少し離れたところから誰かの声が聞こえてきた。
「どうしましょう…困りましたね…」
耳を傾ければ、明らかに困っている様子だ。先ほど葵が突破したばかりの試験はまだ列が続いており、暫くはこの付近のエリアでの待機時間が続くだろう。暇つぶしにするか、と判断した葵は好奇心を隠さずに声の主がいる場所を探してその場から離れた。
「……、何してはるの?」
「き、救世主様ですか!?」
試験会場から少し離れた先にあったのは、植物園らしきエリアだ。声の主の様子からしてこの付近にいるだろうと未だに聞こえる困惑交じりの声音に従ってジャングルじみた内部をためらいながらも進めば、ようやく声の主の元へたどり着いた。明らかにやばそうな、勝手に動き回る植物がはびこる空間で警戒交じりに杖を構えて近付けば、弦のような植物に腰布巾を掴まれ中吊りになっている美少女がいたのである。声音からして今にも泣く寸前だ。雰囲気に反して結構堪えていたようだ。
「助け、必要?」
「もちろんです!!」
若干引きながらも問いかければ、見事に表情は変わらないままそれでも必死で頷かれる。リボンを解けば腰までたどり着くだろう長い透き通る金髪を緩く二つで結んだ少女は、その碧眼も相まって完璧な美少女だ。まるで神様が自ら作り上げたかのような整った造形を思わず観察していれば、その宝石から堪えきれなかった雫が落ちたことで我に返る。美少女を捕まえていた部分の蔦を適当な風魔法で切り落とせば、べちゃりと振ってきたので思わずよければ床に潰れるように落ちた。
「…えーっと…?」
「いたいです…」
床に潰れたままの美少女は軽く手を振るように銀色に純白の杖に控えめな金装飾が施された杖を呼び出すと、それを自分に向けるように動かした。途端に彼女の身体を淡い光が包み込み、それが消えたかと思うとゆっくり立ち上がった。
「わたくし、オーフからの留学生で回復魔法以外は全て使えないんです…。二次試験までを免除されて退屈だったので軽い探索を、と思ったところ先ほどの植物に絡まれまして。……まさに九死に一生を得ましたわ」
悲壮感漂う様子で両手で顔を覆った美少女は、涙声のまま語りだす。変化の感じられない表情に反して分かりやすくおびえた声音を発する様子が面白くてつい観察するように見入っていた葵は、ふといつかの記憶でチトが隣国オーフでは聖属性魔法、つまり回復魔法を使えるものが殆どだと聞いていた事を思い出した。そして、国外に流出させたがらない国内固有の魔法だと言っていたことも。そんな貴重な魔法を今目の前で完全に私利私欲のために適当に使っていた少女に再びドン引きしながらも、取りあえず手を伸ばして座り込んだままの少女を立ち上がらせることにした。
「えーっと…ウチ、葵だよ!得意属性は水、かな?よろしくね!」
「わたくしはオルコスと申します。先程は助けて下さり、本当にありがとうございました!葵さん…ですね、よろしくお願い致します」
植物園はちょっと、と零した美少女…オルコスの気持ちを汲んで場所を移動し、試験会場近くのベンチに並んで腰を落ち着かせる。氷魚まず自己紹介をしつつオルコスの様子を観察していた葵は、存外目の前の少女が良いところのお嬢様らしき服装をしていることに気付いた。シンプルな純白のワンピースを着るだけの服装だが、皺や解れが一つもない様子からどこまでも管理が行き届いた高品質のものを着ていることを察する。初対面で美少女だと感じた事は落ち着いた状況でも変わらずで、まるで絵本から飛び出したお姫様のような雰囲気を身に纏っていた。残念ながら、第一印象からずたぼろであるオルコスが葵の中でお姫様という印象は早々に吹き飛びぽんこつが根付いてしまっている実情はあるが。
「うーんと…じゃあルコちゃん、かな!ルコちゃんも受験生で今のところは合格なんやろ?」
「ふふ、それではわたくしもアオイちゃんと呼ばせていただきますね。そして、答えはその通りです。実は留学生として既に合格通知を頂いているのですが、後から口出しされると困りますので念のため受験に挑んでいたところだったんです。アオイちゃんはどうして受験を?」
「ウチはチト君…ウチの、うーん…魔法の先生?みたいな人にもっと勉強してこい!って言われて、受験しに来た!落ちてもいいよって言われとるから、結構気楽なんやけどね」
「なるほど、お互い色々ありますね。折角こうしてお話しできる間柄になったわけですし、共に合格して学園に通えるようになると嬉しいですね。…そのためには残り、筆記試験を合格しなければなりませんが」
穏やかに笑ったオルコスの一言に、これまでニコニコと楽し気に会話を交わしていた葵の動きが止まった。不思議そうに首を傾げて顔を覗き込まれるが、その顔色は徐々に優れなくなっていく。
「…筆記試験?」
「は、はい。わたくしも少々憂鬱な気分で…」
「ウチ、そんなん聞いとらんで?」
「えっと…実技試験二つを突破すれば、実技試験突破資格を獲得できて…その後筆記試験を突破すれば筆記試験合格資格を貰えます。それら二つの資格を手に入れる事で無事魔法学園に入学、だったと記憶しておりますが…」
「…やばい」
戸惑いながらも続けられたオルコスの説明についに頭を抱えた葵は自身の膝に蹲る。病気か回復が必要かと杖を構えた様子を片手で制した葵は、ちらりと顔だけをオルコスの方へ向けて苦笑いを浮かべた。
「アオイちゃん…?ご存知なかったんですか?」
「何がやばいって、ウチね……共通文字書けないし読めないんよ…」
「なっ、」
理解不能、それを隠すこともなく混乱したオルコスのマシンガントークが炸裂しなぜ葵が現在この二次試験合格エリアにいられるのかを暫く問い詰められる羽目に会うのだった。
☆評価やブックマークで応援して頂けると励みになります。次回も是非御一読下さい。




