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107話 影の協力者


ひとしきり笑って少し疲れてきたところで、わざとらしく咳払いをしたルシエに全員の視線が集まった。


「つまり…ルシエ達が世界に公表できることは、魔王と戦闘行為に発展し討伐完了しました、って結論だけ?」

「そう、なっちゃったねぇ…あはは」

「わ、笑い事ではないと言ってますよソフィ!どうするのですか、こんなの碌な説明にもなりません!各国の外交官に一体何を話せば良いのですか!」

「えぇ?魔王強かったよぉ、とか?」

「もぉ!!」


ルシエがまとめた結論にソフィが肩を竦め、オルコスが小さく怒りを示す。彼女は本当に変わった。以前は完璧な聖女面を決して崩す事がなかったのに、ここ最近は何処にでもいる普通の少女のように笑みを浮かべ、悔しそうに頬を膨らませ、怒りに眉を吊り上げるようになった。それに気付いているソフィもへらへらと笑いながら決して指摘する事無くオルコスの変化を満足気に受け入れているようだった。


さて、魔王と戦闘行為を行い勝利を収めただけ、などと言える軽い話では到底なかったとその場にいる誰しもが理解している。実際ヴィルは戦闘に際して何度も死にかけては蘇生寸前の回復魔法を連発されているし、ルシエやオルコスも作戦とは言え一時的な集団自決を試みる寸前だった、葵とチトの戦闘は詳細は曖昧な部分もあるものの非常に激化されており、命のやり取りが交わされていた事は紛れもない事実である。ソフィの登場がなければ、どこかで歯車がかみ合わなければ、何かが不足していれば、この場で呑気に戦後処理の話に花を咲かせる現状を作り出す事は不可能だったのだ。


誰しもが納得がいかなかった。歯がゆくて堪らないと唇を噛んだ。自分たちは、否、自分以外の仲間たちはそれぞれが明らかに大いなる戦いに身を投じ、結果として全世界から賞賛を受けるべき偉業を果たしたにもかかわらず、その全てをありとあらゆる事情から伝える事が決して敵わないという事実が。愛する仲間たちが世界に認められない、過小評価されてしまう現実が、悔しかったのである。


「別に自分の戦績を表立って誇りたいだなんて考えている訳ではない。だが、今の結論ではまるで今回の魔王討伐に際する黄石が全て俺とルシエ、オルコス三人だけのモノの様な気がして気に食わないな」

「ルシエは、何もできなかった…力不足は嫌と言う程自覚しているつもり」

「ルシエさんに同じく、ですね。言ってしまえば聖属性魔法はわたくしだけに使える魔法ではありません。オーフ出身の他の誰でも、例えば現聖人である兄でも良かったことになる。こんな状況で存在しない功績まで身に受けてしまえば、一体何が起きてしまうか…」

「君達ってば本当に良い子達だねぇ…」


眉を顰めて拳を握ったヴィル、俯いて悔し気に言葉を吐き出したルシエ、そして苦笑と共に自らの杖を強く握りしめたオルコス。その中の誰もが本音を言っている事は明らかで、ソフィが思わず表情を緩めて脳裏に浮かんだ言葉をそのまま口に擦ればチトや葵の纏う空気もすっと軽くなった。彼ら三人側からしてみれば面倒な功績やそれに伴う責任を思えば名誉など無用の長物であり、全て今この世界を生きる子供達のものにしてしまって構わない物だと言うのに。面倒事に関してだって、きっと三人よりずっと上手に世渡りしてきた子供達だ、全て掌の上で制御しきって見せるだろうと分かっていた。それでも、利点の方がずっと多い功績を自分達だけで受け止めたくないと自ら発するなんて現代においてどれだけできた人間なのだろうか。


葵の脳裏に浮かぶのは、嘗て家族が亡くなった時ここぞとばかりに寄り付いてきた親戚たちの姿だった。身寄りが実質内に等しいと理解していたにも拘らず、それでも本家に属する人間たちすらもが家族が残した保険金や様々な遺産を求めて家族を亡くしたばかりの葵に強引に踏み込んできた。そんな大人たちの姿が、葵を憐れむばかりで近付く事さえしない周囲の反応が、全てが今の葵の在り方の大部分を形成したというのに。そんな大人たちであれば、上位者が功績を手放すと言えば喜んで受け取っただろう。元より気付いていたが、本当にこの世界で葵の周囲に募った者たちは誰しもが良くできた人間だった。


大きな手功績を、自らが僅かな力を貸しただけで見事成し遂げて見せた人の子達。そんな彼らは一体何故、胸を張って自らの功績を全世界に発信したがらないのだろう。チトとソフィは疑問を通り越して一種の不安さえ覚えた。今の功績を持てば面倒な政治関係どころか世界の覇権すら思うがままだろうことは明白だった。三人が面倒な人間関係や政治関係に振り回されている事を日常的に知っているからこそ、その煩わしいやり取りから解放される術を与えられて素直に喜べない姿が二人にとっては心底不安定で頼りなく思えたのだ。これこそが人間が持つ美点だったが、まだその理解に至るには時間が掛かるらしい。兎も角、彼らは全てを威圧し思うがままに振る舞う権利すらもが、目の前に転がっているのだ。


「……あ、そうやった。ウチの存在は完全に記録から抹消しといてな?」

「え…は、おまっ…この期に及んで何言ってんの、」

「え~?当たり前やんチト君、何意味不明みたいな反応しとるん?」


ぽつり、思い出したように葵の口から放たれた一言に、視線が集中するのを感じて慌てた様に肩を竦め乾いた笑みを浮かべた。何となく、そうするのではないだろうかとヴィル達三人は事前に予想していた言葉を口にされてしまった悔しさに、そして長寿種二人組は完全に想定外から飛び出した想定外の発言に対して、言葉を失ったのである。しどろもどろにチトが真意を問いただせば、言葉足らずだっただろうかと呑気に頬を掻いた葵は改めて口を開いた。


「いやいや、だってウチってあくまでこの世界にとっての部外者やし、それこそ魔王本人との戦闘には一切関わっとらんかったからね。でも、ソフィとチト君は最終的に魔王やった憑代を討伐した立場がある訳やし、魔王討伐の信憑性を保つ為にも一応名前は上げといた方がええんとちゃう?ほら大賢者が全面協力した甲斐もあって魔王討伐が完了しました、の方が世間体は悪くないと思うし」


あくまで本心だった。葵はあくまでこの世界に召喚されてしまった異世界人であり、魔王討伐自体にも直接的なかかわりがないまま全てが完了した立場に在る。強いて干渉があったとすれば、事前の複製体に施されていた封印を解除したくらいだろう。それ以外と言えば魔王の力に感化されたチトと戦闘して、敗北寸前になってソフィに助けられた。その程度の話なのである。元より目立ちたがり屋の趣味もなく、寧ろ静かに暮らしたい願望すら高い葵が自らその名を世界に轟かせようと思う筈もないのだ。葵にとってはその程度、けれどもそれを薄っすら察していたヴィル達三人は兎も角全く異なる回答を想定していた長寿種二人組はと言えば。


「…確かに、葵ちゃんは魔王討伐及び複製体との直接戦闘は行わなかったかもしれないけれど…。ねぇ葵ちゃん、君には、ボク達が他人の功績を奪って満足するような真似を喜んで行う愚鈍に見えているのかい?」

「えぇ!?ち、違う違う、なんかめっちゃ言葉強くない!?そういう意味じゃなくて、なんていうかウチはただ…目立ちたくないっていうか、ほら、元からやりたいこととかあるし、戦後処理とか王侯貴族とか…今更そう言うの御免やなぁ、みたいな?ほら、そういう感じなんよ!ほら、重苦しく捉えんといて?ウチの在り方は最初から一貫して何も変わっとらんやろ?」

「その一貫、に関する範囲には諸説あるような気もするんだけど…」


一瞬にして鋭い気配を纏ったソフィの魔力を一身に受けた葵は大慌てで弁明を重ねた。最後に視線を大袈裟に逸らして吐き出された言葉にようやく険しい空気が落ち着きを取り戻す。長寿種達も自分の勘違いに気付いたのだ。同時に、葵と言う少女を他の人間と言う物差しで無意識で推し量ろうとしていた事に気付いて口を閉ざす。比べるなと、葵は確かに先程そう口にした。いつまでも並べるなと。ならば葵を人間と言う理解の範囲で見ようとする行為自体も間違っているのではないだろうかと、そんな考えがふと浮かんだのである。改めて人間との向き合い方、そして葵と言う少女との向き合い方について思考を動かし始め完全に固まってしまった二人に対して何を持ったのか、困惑交じりにヴィル達の方へ視線を向ければ酷く呆れたような視線を向けられていたことに気付いて、心外ですと言いたげな表情を浮かべたものの妙な墓穴を踏みかねない事を察して何か言葉を発することはなかった。暫く続いた沈黙に終止符を打つべく、肩を竦めたヴィルはルシエやオルコスから視線を感じながらも口を開く。


「確かに…このまま葵の存在を表舞台に明かせば、世界各国の上層部から目を付けられて好き勝手振り回される可能性は大いにあるだろうな。星の如く突如として現れた勇者一行に名を連ねる若き魔法使い。瞬く間に懐に収めようと動く馬鹿が湧き出てくるのも時間の問題だろう」

「そ、そうやろ!?ウチは元から地位も名誉も何にも興味がないんよ!平凡で、当たり前の日常を過ごしたいだけのウチにとって、高い地位や功績は寧ろデバフ…えぇと、不要な障害要素にしかならんの!」


苦笑が入り混じった柔らかい表情で葵の頭に伸びたヴィルの手を掴んで大人しくすり寄った葵は、差し出された助け舟に全力で便乗してへらりと笑った。必死で考えを並べていく様子は決して皮肉や裏の意図が混じっているようには到底見えず、勿論彼女の意志だけで功績全てが無かった事になる事実に完全に納得がいったわけではなかったが、これまで彼女と過ごしてきた日々で得た彼女の性格や考え方を思い直した一同は理解した体で話を進める事を決める。



「では…アオイちゃんの扱いは一先ず影の協力者、と言う結論で話を進めましょうか。繰り返しにはなりますが時間は有限です、話し合いが必要な要素はまだまだ沢山ありますから」

「賛成ー!!ウチ、伊吹 葵は歴史の裏で大活躍を治めた最強の魔法使い。名前も性別も出身も立場も、何もかもが不明な謎多き存在…んふ、めっちゃかっこええやん!ルコちゃんの提案、天才!」

「あらまぁ!ふふ、わたくし実は名付けの才能があったのかもしれませんね」

「そこの天然二人組、いー加減話を戻すぞ」



きゃあきゃあと騒ぎ始めた葵とオルコスを前にわざとらしくため息を吐いたチトは、そんな二人の様子をキラキラと輝いた瞳で観察し続けるヴィルの頭を叩き、葵についた影の協力者と言う名を自分に当てはめて新たな渾名の名付けに必死なルシエの額を指先で弾き、最後に謎の保護者目線でほっこりと笑みを浮かべているソフィに強引な魔力弾を飛ばしてから一息ついた。いつまで経っても話が進まない。そして、これこそが俺達だ!なんて考えたのが一体ここ最近何度目の話なのか思い至って、苦笑を浮かべた。


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