105話 開演!
「…全く、ほんっま人外なんやから…。ヴィル君は怪我、大丈夫やった?」
「ふむ、先程オルコスが回復魔法を集中してかけてくれたからな、魔力や血液不足は否めないが表面上は問題ない。一応急激な負傷と回復の使用によって疲労が激しいせいで心配に見えるのかもしれないが…」
「回復魔法を使用した際の反動は日にち薬以外に解決法がありませんから、ヴィルさんはこの機会にしっかり休みを取る事をお勧めしますよ」
「戦後処理もままならない状況下じゃ耳が痛い話だな…」
長寿種二人の蹂躙戦が佳境に入った頃、一応で展開したままの結界魔法をそのままに葵はヴィルへと声を掛けた。今回の一連の戦いで最も様々なものを消耗し結果を残したのは間違いなく彼だ。労わるというと違う意味に聞こえてしまいそうなものだが、正しく葵の声掛けを受け止めてくれたヴィルは軽く腕を持ち上げたり肩を摩りながら苦笑を零した。すかさずオルコスによって忠告を挟まれルシエに大きく頷かれてしまえば頬を掻いて視線を逸らすしかないらしい。ようやく取り戻した日常が、強引に作り上げた転換点ではない事実を認識できた葵も全身の力が抜けた様にため息を吐き出すことが出来た。
「んぅ……アオイ、感謝してる」
「言いたいことは色々ありますが、わたくしもルシエさんと同じ気持ちです」
「…何、どういう意味?」
四人の中で緊張感が完全になくなった事を認識したルシエは、迷わずその言葉を口にした。そこに込められた意味は今回の魔王討伐だけでなくこれまでの様々な出来事や心境の変化に至るまで無数の意味が込められていたが、全てが伝わる必要はない。オルコスも肩を竦めて追従してくる。突然の感謝の言葉に困惑した葵は、不用意に視線を彷徨わせながら、どこか怯えるようにその言葉を聞き返した。そんな葵の珍しい振る舞いに僅かに瞳を瞬いた三人は軽く顔を見合わせて、それからヴィルが小さく頷いて口を開く。
「アオイのお陰で魔王討伐は無事完了した様なものだからな。その感謝を受け取って欲しい」
「いや…ウチは、何も」
「んーん!ヴィルが使った変な白焔魔法、絶対アオイの入れ知恵!ずるい、ルシエも黒焔で新しい魔法作りたい!」
「そうですよ?ついにヴィルさん死んじゃうかもしれないって死者蘇生の準備も進んでいたんですから」
「不謹慎だぞオルコス、俺は死なない」
「実際瀕死だった。今も碌に動けない王子は黙ってて」
「ぐぅ……」
共に世界が齎す強敵を討伐した仲間だとは思えない女性陣からの理不尽な言いがかりを前に、ついに返す言葉を失ってしまったヴィルはぐうの音も出ない代わりに意味のない単語を吐き出して肩を落とすしかなかった。事実、ルシエかオルコスどちらかがその場に居合わせなければ成し得なかった、そんな限界寸前の戦いであった自覚は痛いほどあったからである。そうして始まる茶番を前に、葵はそっと息をつく。三人のやり取りを見る限り、葵が何かしらの声を掛ける必要性はなさそうだ。ちらりと離れたところで複製体だったモノの核を執拗に攻撃する二人からは未だ無意味に溢れさせた魔力が見せつけられており、声を掛ける余裕はなさそうである。この場が解散に至るのも時間の問題あった。
「…なんか、色々あったけど結局あっさり終わっちゃったな」
「いや…寧ろここからが大変だぞ」
「んぇ?」
特に返答を求めたつもりもない独り言を拾ったヴィルは、呆れた様に額に寄った皺を撫でつけながら返事を投げた。訳が分からず素直に小首を傾げる葵がヴィルの方へ視線を向ければ、直ぐ隣にいたルシエやオルコスでさえ心底嫌そうな表情を浮かべてため息を零している。一体何事だろうか、と疑問を口にするよりも先に言葉を発したのはルシエだった。
「今日からルシエ達は魔王を討伐した全世界にとっての英雄。まさか一日で討伐を完了するとは誰も想定していなかっただろうし…これまで以上に、周囲からの無駄な声掛けが増えると思う」
「一応は世界戦争の括りで話が進んでいましたからね。我が国オーフも、聖女が役目を果たしたと成れば上手く隠れていた残党が自ら飛び出してお祭り騒ぎに発展するでしょう」
「えぇ~…王侯貴族社会、めんどくさっ」
「返す言葉もないな、全く持って同意だ」
魔王討伐に自らの身を差し出すと決めた頃以上に悲痛な表情を浮かべて頭を抱える三人を前に、葵は僅かに頬を引きつらせて知らぬ存ぜぬを貫き通す事を誓う。こればかりはただの異世界人である葵にどうにかできる問題ではなく、例え何かしらのやり玉に挙げられてしまったとしても最悪逃げる為の手段は幾らでもあると算段を立てた故の結論だった。
それにしても、魔王討伐と言う目下の大問題が解決した以上押し寄せてくるのはヴィル達の最悪の想定通り未来の話である。これまでは大賢者イブキや亡国キーフに革命が生じたオーフ、魔王や世界樹と基本的に過去を振り返る事ばかりに意識が向いていた葵達は、それらの憂いが無くなった以上これからの事を考えていかなければならなくなった。良くも悪くも、将来の事を考えていく段階に踏み入ったのだ。だから思い出した。何となく口にした。
「そっか……そう言えばウチ、いい加減生きるか死ぬか結論を出さなきゃいけないんやった」
どかん、勢いよく地面が抉れる音に慌てて視線を動かせば、イブキの複製体は完全に姿かたちを失い核の部分も跡形もなく消滅させられていた。
「今、なんて?」
僅かに引きつった表情でその呟きに疑問を投げたのは果たして誰だったのか。すぐ傍にいたヴィル達三人の中の誰かだったか、それとも離れたところで核を潰すのに躍起になっていた長寿種のどちらかだったか。何故唐突に日常に戻った筈の空気が固まったのだろうと僅かに思考を回した葵は、それから自分の思考が声に出ていた事に気付いて成程と頷いた。
「あ、間違えた!元の世界に戻る為の方法を本格的に探そうって意味やで!」
「いや確実に聞き捨てならねーこと言ってたぞお前」
葵は確かに疲れていた。肉体的にも精神的にも、不用意に抉られた過去の事もあって相当な疲労がたまっており実のところ頭が殆ど回っていなかったのだ。何故か目下の敵は完全に消失したにもかかわらず先程まで以上に魔力を増幅させた長寿種二人と完全に表情を引きつらせた三人を前に、盛大に失言してしまう位には葵は本当に、疲労困憊であった。
―――これから始まるは、面倒一択の全てを回収する喜劇である。
―――
さて、全世界は大混乱の渦中に呑まれていた。
それも当然だろう、突如大国に属する二大賢者二名が共同声明を行った事によって、新たな魔王の誕生が知らされた。果たして何処までもが事実か否かでさえ不鮮明な状況下で討伐作戦に至る様々な会議が繰り広げられ、各国が何かしらの行動を起こすより前に超少数精鋭で討伐が完了してしまったのだ。最早、もう出現から始まり塔婆圧に至るまで何が事実でどこからが情報戦争によって作り出された嘘なのかは、張本人たちを除いて誰一人把握できない状況が続いていた。
そんな中で全世界にまたまた大賢者の名をもって公表された結末は以下の通りだった。
トート大帝国王家第二継承権保持者ヴィール、トート大帝国魔導侯爵家次女エアフォルシェン、聖オーフ教会王国第二聖女候補者オルコス。そしてトート国家指定称号大賢者名保持者チェント、オーフ国家指定指定称号大賢者保持者ソピアーの五人と匿名の補佐協力者によって行われた魔王討伐戦は非常に厳しい戦いであった。しかし、ヴィール第二王子を筆頭にエアフォルシェン嬢、オルコス嬢が魔王対手に尽力し、二大賢者がその他の有象無象に対する対処を行った結果無事討伐に至った。
本戦闘内容は人類の代表である勇者達三名を本格的に称える者とし、今後の世界平和に基づく歴史へ名を残していくべき大儀であったとする。尚、大賢者二名の意向もあり今後の世界は、長寿種たちへ寄りかかるばかりではなく人類が自らの足で未来を切り開いていく、新たな時代の幕開けとなった事をここに記す。
―――『全世界における歴史的流動自体を示す公文書大全』より引用
―――
「…へぇ、大賢者そのものの精度に物申したんや。確かにいい機会なんかもしれんけど」
「まぁ、実際世界に対する大賢者の存在は、生物兵器に近い政治運用が基本だったからねぇ。表舞台から自然に去る方法はこれ位しかなかった事も大きいけど。……でも、良かったのかい?君の名をこの世界に残す絶好の機会だったのに。世界において出自や地位が曖昧な英雄なんて、歴史上ごまんといるんだけどなぁ」
「別に大した理由はないよ。ただ、この世界に意図的に爪痕を残そうなんて、イブキと……母さんと一緒みたいでなんか嫌やって思っただけ」
「おやおや…」
葵は一人、最悪の有言実行によって政治や国家面など様々な方向性から伸し掛かる戦後処理に追われる他の五人を置いて始まりの小屋でのんびりと独り暮らし気分に浸っていた。流石に大賢者であるチトやソフィでさえも渦中の人物として表舞台に引きずり出される機会が増え、六人揃って腰を据える機会など到底見つからない。こうして時折時間を見付けた誰かが訪ねてくるくらいで、静かな日常を享受していた葵はいつか誰かが置いて行った世界的に権威がある新聞社の一面を眺めて肩を竦めた。
「エトちゃんは相変わらずこの場所に帰ってきていないんだねぇ」
「見ての通りやね」
「うぅん…困ったものだなぁ…」
チトが独りで住んでいた時よりも随分丁寧に片づけられ手入れが行き届いた小屋の内部を軽く見まわしたソフィは、最後に無表情で視線だけを寄こす葵を眺めてため息をつく。他の三人も時折顔を見せていたが、一際ソフィはエルフと言う種族や本人の性格もあって自由時間を強引に作り出しているらしく小屋に顔を出す事が多かったのだ。今日もどうせオルコスに面倒事を押し付けてオーフを飛び出してきたに違いない。後から無意味な愚痴をぶつけられるのは葵である。正直無駄な来訪は勘弁してほしいと思う一方で、この小屋に他人の気配を感じられる時間が好ましいと確かに思ってしまう葵は結局何も言わずに葵の正面に腰を下ろしたソフィを受け入れた。
「仲良くして欲しいんだけどなぁ?」
「その言葉を言うべき相手はウチやなくてチトくんやろ。実際ウチはいつでもこの小屋におるのに、帰ってこんのはチト君のほうやん」
ソフィが心底困ったような表情で呟いた大きな独り言を前に、葵は何の感情も示さない無表情のままばっさりと切り捨てた。肩を竦めたソフィは改めて小屋全体を見回して、それから最近よく零している姿を目にするようになったため息をまた吐き出した。
体調を崩しました。季節の変わり目は危険ですね、皆様もご自愛下さい。
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