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102話 可能性を


ついに、自我という最後の砦を失い完全体へと成り上がった魔王の猛撃が始まる。小手調べだ、と言わんばかりに魔王の認識から見て中程度の威力を持つ魔法を連発してくるのは、此方をもてあそんでいるからなのか、もしくは複製体としての認識がそのまま魔王のものへと転用されているのか。いきなり最大火力の魔法を放ってこないだけマシとも言えなくはないが、だからこそ魔法使いとしての知恵を持っていると判断した三人は一先ず結界魔法を展開し攻撃を防ぐ判断をした。せめて、自我が何かしらの抑制を残していてくれれば…なんて考えが浮かぶが、世界樹と言う絶対的な審判者が動いた以上望み薄というものだろう。集中して結界を展開する事でどうにか防ぎきれる程度の威力だったそれに抗う三人だったが、その中で唯一ヴィルだけが意識の先は魔王本体ではないところに向いていた。


「…新しい魔法、」

「ヴィル、考えている暇が合ったら次の魔王の行動を予測する準備をして!」

「一先ず聖属性で結界を展開します!次の攻撃…来ますっ!」


イブキの複製体が自身の自我を犠牲に最期に残した言葉。弱点は新しい魔法、の一言。これまでヴィルが魔王と直接対面しても尚生き延びていた理由は間違いなく、複製体が自我を寸前のところで保ってくれていたからだ。それは実際の始まった魔王の本当の攻撃を一度受けただけでも十分に理解できる。つまり、最期に残された言葉にも嘘はないと判断しても間違いはない。ならば一体何故、圧倒的な魔法技術を持つ複製体を糧に誕生した魔王の弱点が、新しい魔法なのだろうか。思考は巡る。魔王、複製体、自我、世界樹、新しい魔法。残された情報を組み合わせては崩し、まるで盤上遊戯の様な複雑さを持ったそれは徐々に形を整えていった。


「…あぁ、複製体そのものは封印された時点で知識が止まっている。だから、その複製体を基礎に活動する魔王にも同様に新たな魔法に対応できる知識がないのか。…だがこれは諸刃だぞ?一度見せれば確実に対処法を整えられてしまう」


「ルシエさん、あと五秒持ちません!」

「んぅう…うにゃあああああ!ヴィル、絶対勝てる方法考えられなかったら、ヴィルを殺してルシエも死ぬからね!!全てを焼き尽くせ、黒焔!!」


オルコスが結界を展開している隙に思考に囚われたヴィルを正気に戻そうとしていたルシエだったが、完全に周囲の状況が見えなくなっている様子を見れば経験上解決するまで役に立たない無能と化したことを嫌でもルシエは理解できてしまった。結局オルコスの結界が崩壊する瞬間に合わせて自らの最大火力ともいえる魔法をぶつける事で止まらない魔王の攻撃をどうにか防ぐことに成功したルシエは、限界寸前の状況に眉を寄せながらも杖を握り直す。何を言っても完全に思考の波に入り込んで戻ってくる気配がない以上、強引にその身体を引きずって魔王から距離をとったルシエは肩で息をしながらチラリと葵達の方へ視線を向けた。残念ながら何かしらの会話の最中の様で、助けを求める余裕は今の自分にも、あちらにもなさそうである。


「多少の攻撃であれば回復が間に合います。相手の行動に惑わされず、丁寧に対抗しましょう!」

「冷静になれって言ってる!?んぁ~分かってる、分かってるって!ただこのお荷物が大きすぎるの!!」


改めて結界魔法を展開する裏で魔力弾によって相手から放たれる攻撃の方向の調整を試みるオルコスは、この場の誰よりも戦闘行為に対して冷静だった。対するルシエは自分の身だけでなくヴィルも守らなければならない状況に僅かに動揺しており、それでも時を見計らって魔法を放つ様子は流石の実力であると言えるだろう。ヴィルは相変わらず使えない為、完全に護衛対象として捨て置かれてしまっている状況だがそれでも遠くへ押しやったりしなかったのは、二人がヴィルが導き出す結論を心の底から信頼しているからだった。ヴィルであれば、何かしらの対抗策を見付けてくれる。ヴィルに任せれば、何かしらのきっかけが手に入る。本気で二人はその未来を信じていた。


「現行の魔法陣は全て旧式の型が基本となっている。その全てが網羅されているからこそ、基礎的な魔法は恐らく通用しないのだろう。現に特殊性の高い聖属性の結界やルシエの黒焔は魔王の攻撃に対応できている一方で魔力弾やその他の攻撃魔法に効力は見られない」


「ちょっと、そこまで見えてるなら自衛して!?」

「諦めましょうルシエさん!次の攻撃、来ます!」


普段よりいくらか流暢にツッコミを入れるルシエは相当焦っているのだろう。けれどもその発言を一言一句聞き逃すことなくしっかり脳に叩き込み、次に使う予定だった魔法を敢えて黒焔から逸らしたのは、安易に現状の有効打を連発して対処法を導き出されてしまう可能性を限りなく減らす為だった。既に杖先に黒い靄が集まっていたにも拘らず切り替えられたことに気付いたオルコスも、展開しようとしていた聖属性の結界魔法を取りやめ純粋な魔法結界へと変更した。


「今求められているのは、完全に複製体が初見且つ未開拓の魔法。複製体本体に組み込まれていた思考機能を混乱、或いは停止することが出来れば…」

「ヴィルさん、一度戦闘に戻ってください!流石に一部の魔法を封じられた状況では長く持ちません!!」


全ての行動が命懸けで、勝率は何処までも低くて。けれども、どうにも負ける気はしなくて。集中力を切らさないまま会話を続ける理由は、敢えて互いの存在を認識する事で恐怖に震える精神を強引に安定させるためだ。少しずつ苦しくなっていく戦闘がそれでも継続可能なのは、これまでの学園入学以降身に着けていった全ての技術が活かされているからだった。ヴィルは葵から吸収した魔法陣に対する様々な方向性の思考や型破りの作成方法を。ルシエは自身の能力を過信せず、またヴィル独りに依存しない精神性を。オルコスはオーフ訪問時に手に入れた無詠唱魔法や繊細な魔力操作を。全ての経験は今この瞬間、確かに魔王に対抗する為の大切な要素としてそこにあったのだ。


オルコスが集中して補助に回る事で耐久を維持し、その隙を狙ってルシエが攻撃魔法を放てば防戦一方の状況を最低限避けることが出来る。本当にギリギリではあったが、最低限の戦闘として成り立つだけの結果を現在進行形で更新し続けていた。そんな中でヴィルは、頻度は少ないとは言え魔王が確実に受け手側に回る瞬間を観察していた。ルシエが個人的に判断した通り、一族の固有魔法である黒焔を使った時だけ反応が鈍っているのだ。


「間違いない。魔王は黒焔魔法や俺の白焔魔法、それにオルコスの聖属性魔法も完全に知らないんだ。二人とも、今のまま固有魔法の使用は制限する方向性で持久戦を続けてくれ。今の状況で俺が魔法を使ってもどうにか対処されるのがオチだ。あと一手、何か決定打が欲しい…!」

「魔王は文献によると本質的に黒焔魔法を保持している筈。ですから、知らないなりに魔王の本能で対応されていたと考えるのが無難でしょう」

「魔王を動揺させる魔法が必要って事?…花弁でも舞わせてみてる?」


「動揺、花弁……っそれだ!!!」

「んにゃぁ!?」

「お二人とも!!集中!!」


頭を抱えたヴィルの発言を受け止めたオルコスとルシエが戦闘の合間を縫って自身の思考を纏めていれば、不意に勢いよく声を上げると共に肩を掴まれたルシエは魔王の存在も忘れて飛び上がった。驚いて固まったルシエを気にも留めず、肩に両手を置いたまま僅かに思考に意識を落としたヴィルはぶつぶつと呟きながらもやがて頷いてルシエと見つめ合った。何事かと困惑している間にも当然魔王の攻撃は止まる訳もなく、オルコスは自棄になって聖属性の結界魔法を展開した。


「ルシエ、オルコス、一瞬でいいから魔王の隙を作ってくれ!」

「うえぇ…わ、分かりました!やってみせます!っわたくしだって…魔王の気くらい引いて見せます!!」

「ん、やってやる!!」


ヴィルの発言の真意も分からないまま杖を握り直したオルコスは、それでも一切思考を止める事無く魔力を集めた。度重なる回復魔法によって残りの魔力量もかなり減ってきた中で集められたなけなしの魔力は、何度目かも分からない聖属性の結界を魔王の攻撃もないまま展開する。突然の行動に僅かに魔王が動きを止めた瞬間、結界は突如槍の形へと姿を変えて魔王へ解き放たれた。聖属性と言う複製体ですら未知の領域だった魔法、それが突如形を変えて攻撃へと転じたともなれば、魔王はオルコスの狙い通り僅かに動きを止めて、それから重力操作魔法を用いて攻撃を避ける。オルコスがオーフ訪問の道中で習得した無詠唱魔法の一つでありその発展形である魔法は見事、目的を達し魔王の攻撃の手を止めて見せたのだ。すかさず杖を構えたのはルシエだ。


「理屈も魔法陣そのものも学習済み…!大海原よ、唸れ!水族館!!」


ルシエの杖先から飛び出したのは、自由自在に姿かたちを変える激しい水流だった。その中では空気の層として魚の形の整えられながらも凄い速さで登る魚の影もある。一見すればただの嘗て葵が学園入学の試験の際に見せた制御が前提の水属性魔法だったが、その本質はルシエによって絶対的な攻撃魔法に書き換えられていた。魔法陣も、理屈も、何もかもが葵独特の製法で成り立つこの魔法を前に魔王は完全に動きを止め、結界が展開されるも衝突し弾かれた傍から追尾するかのように再び募った水たちは後から付与された風属性魔法によって氷へと変化し再び魔王へと襲い掛かる。ルシエの常識では訳の分からない、けれども成立する優秀な魔法。それは魔王への盛大な隙を作る重大な一手へと成り上がったのだ。



「———————」



ついに、戦闘が始まって以来初めて魔王へ攻撃が触れた。結界の展開が間に合わなかった魔王の身体は無数の氷の刃によって貫かれ、分かりやすく動きが鈍る。人体構造が基礎となる複製体から成る魔王の客観的弱点は間違いではなかったようだ。初めて魔王は警戒したように杖を構え直し、三人から距離を取る様に離れて魔力を集め始めた。次に来る魔法は圧倒的高火力によるものだろう。オルコスの聖属性を含んだ結界魔法ですら、防ぎきれるかは分からない。事実動揺した様子のオルコスやルシエは、それでもようやく杖を構えたヴィルの様子に気付いて肩の力を押す。遅すぎる、主人公の登場だった。


「…視えた」


今になってやっと、ヴィルの意識が完全に浮上したのだ。つまり彼の中で現状打破に値する結論が導き出された事と同義である。傍で息を荒げながらも呆れた様子の二人、そして傷を負ってこちらを睨みつけるように杖を構える魔王を視界に入れ一度深呼吸をしたヴィルは、改めて杖を握り直すと一歩を踏み出した。


「複製体、矢張りまだ僅かに意識を残しているな。敢えてその欠片を封じて魔王として戦闘行為に至っている。全ては俺達が勝利を収める為の善意なのだろう。だからこそ、利用させてもらう。お前の攻撃は俺達に”当たらない”」


無表情を貫き続ける魔王の杖先から、ついに強大な魔法が放たれようとしている。浮かび上がるのは、ルシエが使う黒焔と似た形式を持つ魔王だからこそ放てるのだろう魔法だった。咄嗟に結界魔法を展開しようとするオルコスやルシエを片手で制したヴィルは、静かに杖先を魔王へと向ける。


「馬鹿、例えその仮説が正しかったとしても攻撃を意図的に避けるなんて不可能!相手は魔王、正気に戻って!」

「少しでも結界魔法を、いや避けましょう!」


ヴィルを庇う様に前に出ようとする二人を再び背後へ押しやったかと思えば、自然な所作で杖を握りしめて僅かに微笑を浮かべた。それは、様々な感情を覆い隠す王族らしい笑みだったと言えるだろう。魔王が本能的に警戒したのか動きを止める。その隙をヴィルは逃さなかった。



「光の聖霊よ、我が魔力を糧に栄光の輝きを齎し……闇を阻め。———白焔結界」



ヴィルの魔法が発動すると同時に、動きを止めていた魔王の魔法が発射された。聞いた事がない詠唱の締めによって作り上げられたのは、白い炎が覆い尽くす壁だった。ついに触れ合うか、そう思った瞬間魔法は静かに壁に吸収されていく。



「…は?」

「なんで、」

「————、」



衝突音すらなく、強力な攻撃魔法を前にあっけなく対処して見せたヴィルを前に理解が出来た者など誰も居なかった。魔王ですら完全に解析不能な状況だったのか挙動可笑しく攻撃の手が完全に止まった。強引な思考停止が作用しているのかもしれない。完全に動きを止めた魔王を前に、ヴィルは恐怖で無意識に震える足に叱咤を打って歩み出す。


「この戦いが始まる前にアオイと一緒に考えたんだ魔法なんだ。冷静に考えてみれば、複製体が初見の魔法は別に攻撃である必要はなかったからな。白焔自体魔王としての知識はあっても、触れた事はなかっただろう。さぞ、理解不能だろうよ」


それは、手持ち無沙汰に城内の書庫に立ち寄った際に偶然顔を合わせた葵と二人だけで完成させた特別な魔法だ。完成に至るまでの滅茶苦茶なやり取りを片隅で思い出しながらも完全にその場で停止している魔王に向けて杖を構え両手で握りしめたヴィルは、そっと振り返って未だ呆然としていた二人に向けて強がった笑みを向けた。



「ルシエ、オルコス。俺の事…ちゃんと守ってくれよ?」



想定以上に震えた声音に弾かれたように反応を示した二人は全力でヴィルに駆け寄ると結界魔法を展開した。その直後、魔王の思考機能が復活したのか強力な魔法の連発が始まる。先程までとは違い強引で滅茶苦茶な魔法の全ては結界に弾かれ、時折運悪く弾かれた破片は魔王の正面に立つヴィルに飛び掛かり肌を傷つけていった。けれども直ぐに飛んでくるオルコスの回復魔法によって痛みだけを感じる生き地獄が出来上がる。それでもヴィルは止まらない。平静を保っているフリで、冷静さを装って、詠唱を始めた。



「……遍く光の聖霊よ、我が魔力を糧に栄光の輝きを齎したまえ。———栄光を我が手に、白焔!!!」



傷付いては、回復されて。何度も繰り返しながらヴィルの身体中全ての魔力を搔き集めて作り上げられた魔法は、魔王に向けて真正面から放たれた。結界魔法の展開すら困難な至近距離はルシエが全力で結界魔法を用いても当然彼の全身を傷付けていた。そんな中でも一切淀むことなく丁寧に積み重ねられた詠唱は、止まらない猛攻の中で一瞬の出来事であった筈なのに、確かに誰しもに永遠のように感じられた。魔王の周囲に張り巡らされる結界、オルコスの回復魔法、ルシエの結界魔法。



「……今っ!!!!」



ヒリヒリと魔力による熱気で痛む喉で、それでもヴィルが声を張り上げて叫んだ瞬間。何一つ宿していなかった筈の魔王の瞳が確かに理性的に煌めいた。



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