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99話 不可視の伏線回収


ソフィは嘗てない速度で移動を続け、ついに世界樹の元へと到着した。これまで過ごしてきた日々で一度たりとも認識してこなかった時間と言う名の人間特有の概念を念頭に置いて風と共に飛び込んだ世界樹は、自らによって起きた異常など認知の欠片もしないまま普段と変わらない、眩さの中にどこか仄暗さを感じるうすら寒い輝きを放っている。


いつだってそうだった。世界樹はソフィにとって役目を与え産み落とした存在でありながら、それ以上もそれ以下もない無に等しいモノだ。どれだけ言葉を求めようと、意志を探ろうと、決してソフィ個人を見ているとは到底思えない言葉無きそれに嘗てのソフィは確かに、何かを求めていた。それが何なのかは当時どころか今でさえ不明なままだが、今こんな状況に陥ったからこそようやくその先端を理解することが出来たような気がする。ソフィが触れ合った五人、誰しもが心の奥底で誰かから求めているもの。それを、きっと嘗てのソフィは世界樹に求めたのだろう。そして世界樹は現在に至るまで一度だって答えてくれなかった。人間でいう所の孤児、これこそがソフィが常に背負ってきた立場だったのだ。だから彼は世界の決まりとして概念を理解しながら、倫理観などと言う成長過程で本来得ていく筈の人間的感情を得る事無く今日まで生きてきたのである。



「朝と晩、とか…一日、みたいな感覚はまだ一応理解できるんだけどなぁ」



ソフィですら理解しきれていない自分の立場を持って客観視さえすれば、ソフィ自身が何を求めているのか理解できるのかもしれない。少なくとも、何かを求めた結果が人間の理解を深める方向に繋がったのは紛れもない事実なのだ。ソフィは自分の内側を渦巻く感情を理解できない。知らないから、結論に辿り着くどころか悩む事すら出来ないのだ。だから世界樹に近付く度に感じる妙な寒気の正体を気にしないし、例え小首を傾げても結論を追い求める事はしないのである。


「困ったなぁ、相変わらず落ち着かないや」


世界樹のふもとに降り立ち、そっと美紀の一部に触れる。急遽魔王誕生に動いた事によって僅かとは言え絶対的な力、つまり魔力がすり減った世界樹は、それでも変わる事無くソフィの求めに応じて情報を提示し始めた。望めばなんだって答えてくれるのだ。温度のない、情報だけは。



「さて、個人的な違和感はさておき…今必要なのは魔王討伐の歴史に関する詳細かなぁ?」



これまで幾度となく繰り返されてきた魔王誕生と討伐。勿論時代によっては人類が滅び強制的に循環が施された事もあったが、それでも長い事続いてきた日常である。そのどれもは必ず、人類を代表した勇者の一団によって見事魔王の首が討ち取られて終戦を迎えているようだ。人間から現れる勇者とその従者、別名幼馴染。最後に聖女。この三人を軸に人数の増減はあれど悲願が果たされる中で絶対的な変化が生じたのは、ソフィにとってつい最近の世界戦争、つまり魔人であるチトが勇者側として魔王と戦い、勝利が決定した事だ。本来の歴史であれば即終戦に至る予定ではなかった筈だったが、チトと言う圧倒的な不確定要素が現れた事であっさり終わった魔王の時代。ソフィも風の便りでその事実を知った時は、驚いてチトのその後の足取りを追い意図的に接触した位には、興味を惹かれる異常事態だったのだ。



「つまり、エトちゃんの存在自体に何かしらの異常が起きている?」



チトの記録を改めて参照するも、イブキと出会うまでの彼が歩んできた道のりに異常は見つけられなかった。全ては世界樹が定めた規定の上を正しく辿ってきている。チト自身が起こした以上があるとすれば、それは世界樹の管理から外れているイブキの手出しによって成立してしまった葵の召喚位だ。ならば一体何故、魔人が勇者の一員となるなどと言う異常は発生してしまったのだろう。眉を寄せて記録の参照をチトの周囲まで広げる。チトの母親、過去の聖女。異常なし、唯一歴史にそぐわない点があるとすれば、魔王の伴侶となった事。ソフィとの接触は、世界樹の既定の範囲に常に収められている。そもそもチトとソフィが出会ったのは魔王が討伐された後の話だ。つまり、自分の存在は除外。現在進行形で在り方を変化させ続けている葵達もこの問題に至っては無関係が決まっていた。同じ理由で、イブキも除外。ならば一体誰であれば世界樹の在り方を歪めたまま突き進むことが出来ると言うのか。



「……先代の、魔王?」



世界樹が正しい手順で生み出した世界の共通悪。かの存在に何かしらの異常が生じていたとすれば?確かに先代の魔王は平均的に戦力を見た時飛びぬけて強い力を有していた。それは、世界樹に世って嘘を見抜く真実の目がトートの王族に与えられた位には、確かに強かったのだ。果たして強さだけが何かを変える理由になるのか。これまでだってその気になれば知る事は出来たが、どこまでも興味がなかった問題だったのだ。どうせ何かしら魔王の種を植え付けられた無機物が多大な魔力を含んでいたとか、その程度の話だろうと勝手に思い込んでいた問題である。思わず眉を寄せ唸ったソフィは、当時の自身の心境を思い出すべく首を捻った。



「確か亡骸を核に誕生した、んだっけ。出土国は…えぇと、キーフ?だったかなぁ」



無理もない話だった。ソフィは世界樹との契約によって世界戦争そのものに関わる事が一切できない。例えソフィにとってどれ程興味深い生態を誇る魔王が誕生しようとも、必ず勇者に討たれるか世界樹により回収される運命を背負っている以上中途半端に好奇心を優先して得る後悔よりも、興味を持たず知らないまま終わる後悔の方が数倍マシだった、それだけの話である。こればかりは自分自身を否定するつもりにもなれず、苦笑を浮かべたソフィは改めて先代魔王の情報を追った。



「憑代は墓地に埋葬された躯。悪運強く魔王軍の呪いを受けた事によって死しても尚世界を彷徨っていた魂が強制的に引き戻された事で、世界樹が想定していた戦力を大幅に上まった。尚、呪いそのものについても偶然が重なった結果である、か。ふーん?魔王軍の呪いを受けた魂が一体どうしてキーフに…って、えぇ!?これ…本当に?」



先代魔王誕生の核となった人間、その魂の正体。ほんの僅かに情報を深掘りしただけで辿り着けてしまった真実を前に、ソフィは自らの無知を世界樹から押し付けられたような気分になって思わず頭を抱えてその場に座り込んでしまった。もっと早くにこの事態に気付いてさえいたとすれば、数々の個々に降り注いだ不運を取り除く事が出来たかもしれない。同時に、その不運があったからこそ恵まれた者や僅かに変わった世界の運命を思うと、何も言えなかった。あの時こうしていれば、そんな話をしても仕方がないと、自分は確かにイブキの複製体が魔王となった際に考えていた。けれどもこれは、実際の立場に成ると感じ方が大いに変わるものなのか。



「確かに先代魔王は歴代に比べて非常に高い力を持っていた。それは紛れもない事実だ、素直に認めよう。でも、これは…この事実だけは、そう簡単に受け入れる事ができないよ…。呪いを受けた理由だって、半場本人公認って、そんなの…」



世界樹に触れて常に情報を得続けていた手のひらを遠ざけ、何の温度も感じなかった事実を確かめるように拳を握る。果たして、その事実を口にする事自体が正しい行いなのだろうか。どこから何を間違えて、今と言う歴史が紡がれているのだろうか。それでも、入手した事実を自分の胸の内だけに留めておけるほどソフィは出来たエルフではなかった。だから、敢えて言葉に示したのだ。



「先代魔王の魂は、”先々代の勇者”のものだ。キーフ建国の第一人者、当時名乗っていた呼び名は…イブキ」



世界樹によって選ばれた、異なる時空から召喚された異世界の勇者。魔王討伐に至るまでの出会いや経験からこの世界に強い共感と愛着を持ち、自身の故郷を思わせるキーフを建国するに至った功労者。死して尚世界に留まる決断を下した結果、魔王から受けた魂を固定化する呪いに敢えて正面から犯され、目的を達した異端者。けれども、魔王となり討伐された事によってようやく元の世界へ還った記録が残されている。


異常の根幹にあったのは、明らかに葵の親類の存在だった。つまりこの世界とイブキ一族は先々代勇者の常軌を逸脱した行動によってこの世界と因果関係が結ばれてしまった、来るべくして召喚された一族なのだ。先代勇者であるイブキと、先々代勇者であるイブキ。先のイブキは兎も角、先代勇者であるイブキの召喚は間違いなくかの者によって引き起こされた事故であると結論付ける事ができた。ここまで来ると、葵の魔法陣作成技術や魔法技術に対する理解度、発展知識の豊富さも理由が明確化するというもの。イブキが葵の母親だとすれば、先々代勇者は?



「冷静に考えれば、魔の象徴である魔王が人類のある意味象徴と言える聖女との間に子を成す事の異常性は明らかだ。魔の者は本能的に聖の者を拒むよう作られているのに、先代魔王は自らの意志で聖女を受け入れ身籠らせた。それだって、自身が血を分けた事によって絶対的な力を持った子供が生まれる可能性を思えばあり得ない事だったのに…。恐らくは、自身が強大な力を持った異常個体である事を自覚した上での、自身を討伐させるための布石だったのかもしれない。魔王に自死と言う概念は通常与えられない。その定めに抗う為に、世界樹すら偽って…」



考えれば考える程、先々代勇者の思考回路が理解できなかった。ソフィにとって一度臨んだ世界を自らの意志で手放す結論は矛盾点が多すぎて到底納得できるものではなかったのだ。何故この世界に留まろうとしたのに、魔王と成ったばかりに死を望んだのか。何故自分の子供に死を齎してもらおうなどと考えたのか。親が子供に死を望むなど、人間的にあり得る行為なのだろうか。そんな一方的過ぎる押し付け、受け入れさせられる側は正気で居られるとは思えない。事実、チトは正気を失って一時期相当な事になっていたのだから。



「可笑しいとは確かに思っていた。完全な魔物である筈の魔王に対して、エトちゃんが父親だと認識するような存在自体が。本来魔王が父親のフリをするなんて、いくら血が繋がっていようともあり得ないんだ。事実、エトちゃん以外の子供に対して魔王はそういった振る舞いを一度たりともしてこなかった。何故エトちゃんだけに、と考えればそれは、先代魔王がエトちゃんに様々な意味で期待していて、唯一人類の血を引く存在だったからだと考えれば…筋は通る」



ソフィの独り言が多いのは、ソフィが明確に自己を認識した頃からずっと続く癖の様なものだった。誰もソフィの言葉を真に受けたりしない。誰もソフィの言葉に真剣に意識を向ける事はない。誰もソフィの本当の問いに答えて等くれない。だからソフィは心の内を誰もいないと分かっている場所で敢えて全て口にする事で、人前で封印することを決めたのだ。人間でいう所の寂しさが干渉した結果だったが、ソフィにとってその過程はどうでも良かった。ただ、自分が誰も何も答えてくれないと分かっている場所で全ての内心を吐き出すという個人的な決定を下した事だけが事実だったのである。そうして癖となった独り言は、応える者が誰もいないと理解しているからこそ続いていく。



「イブキ、モモヒト…先々代勇者の名前。先代勇者、イブキマシロ。確か葵ちゃんがそう言っていた気がする。一度でも直接会話して、その人となりを聞いてみたかったなぁ…きっとさぞ、興味深い答えを聞けたんだろうねぇ。けれども世界樹よ、どうしてイブキ一族を異常として世界から追放しなかった?明らかな異変である以上、少なくとも葵ちゃんの召喚は君なら阻止できたはずだ。…最も、阻止する事だけが正解と言える程あの子の背景は軽くはないけれど」



世界樹に何を問いかけても、相変わらず欲しい答えは教えてくれない。かの大木が与えるのは全てソフィが正しく情報を理解した上で求める記録だけだった。イブキ一族とこの世界が結んだ因果関係。それはソフィがこれ以上どんな情報を探しても先々代勇者以前の情報は見つけられなかった。偶然勇者として召喚された先々代勇者から始まった、三代に渡る結びつき。それだけが、今世界に起きている異常事態の原点だというのだろうか。先々代勇者が世界に留まろうとした、果たしてそれだけで世界はここまで混乱の一途を辿る事になるのだろうか。分からない事だらけだ。全知全能を語ってきたソフィにすら理解できない現状の答えは、当然どれだけ頭を捻ろうと導き出す事は不可能なままである。



「勇者召喚は、世界樹の采配で不定期に行われてきた。他の召喚勇者と先々代勇者の間に明確な違いがあるとすれば、それは先々代が自らの意志でこの世界に縛り付けられる事を望んだ事。未だ勇者が世界に残っている状態で次なる勇者が召喚された事。推測にはなるけれど、この二点が重なった結果が因果関係に繋がっているような気がする。イブキちゃんの召喚は恐らく先々代の魂に引きずられた結果だったんだろう。そして葵ちゃんの召喚はイブキちゃんによって故意にでありながら、死亡と言う想定外が重なった事故と因果関係が両立した結果だったとすれば…」



三代に渡ってイブキ一族がこの世界に現れたのは、世界樹の仕組み状召喚された勇者が死ねば元の世界に戻るという決まりがあったにもかかわらず、勇者本人の意志と偶然によってその前提が覆された事がきっかけだった。また、ソフィがイブキとの会話の中で勇者召喚の魔法陣を禁忌として封じてしまった事も、一種の循環的な要素を持っていた勇者召喚事態を揺らがせた問題の一端となっていたのかもしれない。世界樹に柔軟性は存在しない。勇者召喚の結末は元の世界への勇者の召還。それが果たされない内に魔王が誕生し、因果を繋ぐチトと言う存在が現れた。次いで、因果関係を引き継いだイブキが召喚され、その際に勇者召喚の魔法陣は封印処理が施されてしまう。さぞ、世界樹は混乱した事だろう。従来行われるべき自然循環が阻害され、けれどもその前提問題自体が世界から封印されてしまったのだから。


更にイブキが残した魔法陣も本当に良くなかった。これによって葵は突如何一つ使命を持たないまま世界に召喚されることとなり、しかも世界樹は混乱の内に魔王誕生の循環速度を速めてしまった。そう、大きな括りで見ればチトもまた、イブキ一族の一員だと言えるのだ。だからこそ、先々代勇者や先代勇者のように世界に対して異常を起こさせる事に成功した。そういう因果を持っていたから。チトと言う存在は父親である先々代魔王が元の世界へと還り、尚且つ長い時間をこの世界で生きた事によって因果関係の枠組みから外れつつあるらしい。つまり、この問題は。



「…葵ちゃんが元の世界に還る事で繋がりを完全に断ってしまえば、終わる事なのかもしれないねぇ」



深いため息と共に、ようやくソフィは思考を止めた。肩の力を抜いて世界樹に背中を預けても、碌な安寧は得られない。相手がチトであればきっと、何かが温まるような、そんな柔らかな感覚を得られるというのに。改めて考えるのは、自身がこれまで生きてきた中で初めて生じた明確過ぎる異常事態と因果関係そのものについてだ。全てを読み解けば、確かにきっかけはここ数千年の中に無数に転がされていた。もと早く疑問を浮かべて入れば、思考を働かせていれば、違和感を明確化していれば、何かしらの対処が出来ていたのかもしれない。少なくとも、先代勇者イブキの召喚は止められる者だったのではないのだろうか。その場合のチトの未来はさておき、彼女は完全な被害者だと言えるだろう。あぁ、もう少しでも早く人間への興味と理解を深めることが出来ていれば、或いは…。



「……いや、全て無意味な妄言か。ボクが人間に興味を持ったきっかけの一番はエトちゃんと言う異常個体が誕生したからだ。それがなければ、今程人間に寄った思考を持つボクは存在していないだろうし…次いで、イブキちゃんと出会わなければエトちゃんは今の様には変わらなかった。葵ちゃんとの出会いがなければ、ボクは今のボクになる事は到底出来なかった。…こういうのを、たらればの思考って言うんだろうねぇ」



目元に掛かった前髪をくしゃりと握りしめたソフィは、自嘲の笑みと共に浮かび上がった思考を強制的に放棄していく。これらについて追及を重ねる事は将来的に必要なのだろう。けれども、その時は決して今ではなかった。今必要なのは、イブキ一族についての情報や先々代魔王の立場、葵がこの世界を訪れるに至った理由ではないのだ。たった一つ、今代の魔王との戦闘に接触する為だけの手段を求めて、ソフィは改めて世界樹に触れた。


途端に無数に飛び交う情報を整理し、役に立ちそうな物だけを選別して取り込んでいく作業を続けるが、当然のように契約に抗う手段が出てくるわけもない。そんな例が過去に存在しない事は自分自身が一番理解しているし、世界樹側がその方法を提供してくれるとは元より考えていなかった。けれども探し出すしかないのだ。自分以外でまともに世界樹から情報を入手できる存在など、この世界には居ないのだから。



「…こんな時、イブキちゃんや葵ちゃんならどうするのかなぁ」



何もかもが手探りで不確定な現状の中、不意に浮かび上がった素朴な疑問、そっくりな二つの顔がソフィの脳裏に過った。よく似た元気いっぱいで純粋無垢な笑みを浮かべ、勝手に始まった会話に思わず意識が集中する。さて、ソフィが聞き届けた空想上の母子の意見は以下の通りであった。



―――



「…え、世界樹に抗って戦闘に参加する方法?はっは~ん、ソフィ君ってば難しく考えすぎ!」

「そうやね、こんなんめっちゃ簡単やろ?言い訳があれば規律だけの世界樹なんてどうとでも出来るやん。なんか適当そうに見えてソフィって案外真面目よな~?」

「あははっ、意味が分からないって顔してるね。うーんこれは例え話だけど…偶然通りすがりに使った魔法が結果として手を貸す結論に至ったとすれば、それって仕方がないと思わない?」

「そうそう…偶然張った結界魔法が偶然勇者を助けちゃいました!偶然魔法を放ったら、結果的に魔王陣営に大打撃を与える結界になっちゃいました!なーんて事やね!」



―――




「……あはははははっ…!!全部言いそう、本当に!そっかそっかぁ、確かに偶然だったらどうしようもないもんなぁ。そっか、あはっ、ふふふっ…あはははっ!!」



可愛らしく左右非対称に片目を閉じて見せた二人は、ソフィが吹き出した途端さらさらと砂のように消えていった。思わず腹を抱えて嗤うばかりのソフィは、世界樹の元でたった独りで体内を燻る感覚に打ち震えていた。滲んできた涙さえもを拭って呼吸を整え、ようやく自らの足で立ち上がる。肩で息をしてどうにか呼吸を整えてから上げられた瞳には、確かな自信と愉悦が入り混じっていた。



「世界樹よ、君だって故意じゃなくちゃ契約違反の裁きを下す事は出来ないでしょお?」



それは、ソフィが得た共感性と他者理解の結論だった。こんな時彼女ならこう言うだろう。それは人間なら誰しもが考える相手の反応を窺う心理現象だ。それをソフィは、圧倒的な記録能力によってこれまでの対象が発した全ての言動を重ねた上で完璧に再現して見せたのである。間違ってはいないが、これが人間を理解する上で正解であるとは言い難い。それでも、明確な成長であると言えた。



愉しそうな笑みを携えて小首を傾けて見せたソフィを前に、相も変わらず世界樹は沈黙を保っている。



「さぁーて、偶然迷宮探索したい気分になってきちゃったぁ!偶然、誰かとすれ違っちゃうかもしれないけど、偶然なんだから仕方がないよねぇ!いやぁうっかりうっかり!」



呼び出した杖を握りしめたソフィは、鼻歌と共にその身を風に乗せて世界樹の元を飛び出した。そうして浮かべる表情は何処までも明るくて傲慢で、それでいて人間臭かった。


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