9話 実技試験開始
「おぉおおおファンタジー!!」
「いつもそれ言ってるけど、そろそろ慣れた方がいいと思うぞ」
結局いきなりにはなったが翌日、つまり今日の入学試験に挑むことを決めた葵は、チトに連れられて魔法学校へやってきた。大きな協会のように見える建物、外からでも見える巨大な闘技場、時折どこかから聞こえてくる爆発音。明らかな非日常を前に瞳を輝かせた葵は、お決まりのあれナニコレ何を満足するまで披露してからようやく大人しくなる。ある程度覚悟していたとは言え終始テンションが高い葵を前にため息をついたチトは、まだまだそわそわと落ち着きが足りない葵の手を引いて受付と書かれたテントへ向かった。
「———ようこそ中央魔法学校へ。入学試験を希望される方でよろしかったですか?」
「はい!!」
「お前は黙ってなさい。推薦有りで、発動試験免除の途中試験から希望です。組合の証明書はこれ、ついでに受験者はこれ」
「ちょっとチト君今ウチの事これ扱いした!?」
「ふふっ…あぁ、すみません。非常に仲がよろしいようで、つい。…はい、推薦の証明書を拝見いたします。あれ、推薦者欄が無記名で会長の正式承認が下りていますね。後程組合への確認を行います。でsが、承認印及びサインは本物の確認が取れましたので発動試験免除を承認致します。途中試験の場合は試験会場を一つスキップして隣の海上、魔力操作兼質の確認エリアからの受験となります。よろしかったでしょうか?」
「あぁ、それで頼む」
流れるようにチトから書類を受け取り、水晶玉のような魔道具に用紙を翳した受付の女性は時折小首をかしげながらも頷いてチトと視線を合わせた。対するチトも小さく頷いて葵の体を寄せ自分の正面へ立たせる。
「…いいか葵、取りあえず周りの様子をしっかり見て良い子にするんだぞ?暇だからってふらふらするな、他の受験者と同じ行動を心掛けろ!興味があっても近づいていくな、せめて何かあったときは俺の許可を取ってから動くように!返事は!?」
「ちょっと!!ウチはチト君にとってやっぱり赤ちゃんかなんかなん!?他の人と一緒の行動をすればいいんやろ、任せなさい!」
「心配過ぎる…!マジで誰にも迷惑かけないように頼むからな!?お前の推薦者がいるって事を忘れるな!」
二人は受付の女性の目の前で逆のような真剣なやり取りを交わし、小さな咳払いでキリを付けるとチトは葵の背中を試験会場の方へ軽く押した。
「……ま、お前なんだかんだ容量いいし何とかなるでしょ。落ちたら真面目に試験対策しよーぜ」
「…落ちても、いいの?」
「そりゃ、何の対策もしてないのに一発で合格する方が流石に厳しいと思うぞ?今回は雰囲気だけ見てきな」
「そう、なんだ…そっか、うん…分かった!じゃあ、ウチ逝ってくる!」
「なんか変換おかしくない!?」
波乱の編入試験、どこかで試合開始のコングが鳴り響く音がした。
「それでは、始めにこちらのバッチを差し上げます。これは、今回免除されている別会場で行われる魔法発動試験を通過した型にお渡ししているバッチです。体のどこか一部に身に付けてから、あちら…次の試験会場へ進んでください。試験官にバッチを見せて頂ければ、魔力操作兼質の確認試験に進めます。あまり緊張なさらず、自然体での受験を行ってくださいね」
「はーい!ありがとうございます、おねーさん!」
「いえいえ。それでは、行ってらっしゃいませ」
「いってきまーす!」
微笑まし気な会場スタッフに手を振った葵は、バッチを胸元のローブに取り付けながら指定された会場の方へ進んでいく、その後ろ姿が見えなくなるまで心配そうに眺めていたチトは、葵が持つ中で最も致命的な欠点に気付いていなかった。
「…ところでウチ、ずーっとこの世界の文字が読めないんやけど…。次の会場って多分あそこよな?あの看板が魔力操作兼質の確認試験会場って意味なんかな?あのおねーさんも指さしてたし…」
そう、話し言葉については召喚当初から一切問題なかったが、文字に関してはさっぱり何一つ読めていなかった、という事実に。
「———二次試験を受験される方でよろしかったですか?バッチの提示をお願いします」
「あ、はい!ここにつけてます!」
どうやら葵の予想は無事的中していたらしい。近くまで行けば中にいたスタッフに声を掛けられ、内心ほっとしながらも葵は先ほど渡されたばかりのバッチを指さした。同じように何かしらの推奨型の魔道具を近づけたスタッフは小さく頷いてから衝立が建てられた向こうを示す。
「…確認いたしました。次の試験では魔力操作の実力及び純粋な魔力の質の確認を行います。あちらをご覧ください」
試験官が示した方向を見れば、丁度他の受験生が試験を行っている最中だった。膝下近くまである長い紫の髪を揺らす真っ黒なローブを身に纏った小柄な少女が真っ黒な杖にアメジストカラーの宝玉が良く似合う杖を構えている。その数メートル先には一際大きな透明水晶が設置されており、狙いを定めるように杖先は水晶に向かっているようだ。程よい騒めきがあった筈の周囲が無意識の沈黙を保つ。静まり返った空間で、小さく息を吸う音が響いた。
「———我が焔よ、全てを灼き尽くせ。黒焔」
可愛いらしい声音と対極の冷静な言葉にのせて水晶の内部いっぱいに黒焔が現れる。端ギリギリに範囲が指定されているらしい魔法を前に、沈黙は破られた。
「おぉ…短縮詠唱だ」
「流石は魔法の名家だな…」
周囲の受験生たちが口々に感嘆の声を漏らす。思わずといった形で生まれた騒めきに満足げに頷いた少女はちらりと次の受験生に視線を向けた後、迷いなく近くの試験官らしき大人に近付いた。
「…合格です。発動行きは指定範囲ギリギリを攻められており、発動消費魔力も非常の少なく調整されている。文句なしのSランクですね」
書類の項目にいくつかチェックを入れた試験官がそうはっきり告げれば、今度は会場全体が盛り上がった。口々にSランクだ、圧倒的だ、なんて声が聞こえてくるあたり、非常に優秀な成績を一瞬で納めることに成功したのだろう。
「今ご覧になっていただいた通り、あちらの水晶の内部にお好きな魔法を発動してもらいます。発動範囲は極力水晶の端ギリギリまで広げることで魔力操作の点数が就きます。同時に消費魔力量の計測も行われますので、この二つの要素を合わせた結果から合否に関わるランクを提示します。先ほどの受験生の方は魔法を得意とする名高い一族のご息女の肩なので少々特殊ですが、総合的にみて非常に優秀と判断されればSランク、以降A、B、C、Dまでの方は合格押しそれ以下のランクの方は不合格となりますのでご了承ください。…何かご質問はありますか?」
「……あの水晶、内側に魔法感知式の無効化結界が張られてる。もしあれに魔法が触れると、強制的に消滅させられちゃう仕組みやな。…なるほど、面白い!後でチト君に詳しく教えてもらおっと!」
「ふむ…どうやら、今回の編入試験は非常に優秀な受験生が多い、豊作の年のようですね」
「え?わ、ごめんなさい!ウチ、いつの間にか自分の世界に入っとった!えっと、あの後ろの列に並べばいいんですよね?」
「その通りです。では、ご武運をお祈りしております」
「ありがとうございます!」
何やら楽しそうに笑ったスタッフに別れを告げ、葵は列の後ろに並ぶ。先頭を覗き込めば、先ほどSランク認定を貰った受験生が他の誰かと会話しているらしい。特にやれることもない葵はなんとなくその会話に耳を傾けた。
「……ヘマしないでよね」
「いやぁ…気を抜く予定はないが、この程度なら問題はないと思う。君こそ、相変わらずやるな」
「こんなの朝飯前」
見事な赤髪を揺らす青年は、白基調のカッチリとしたフォーマルな衣装を身に纏って堂々とした立ち姿で苦笑を零した。まるでどこかの王子様のような整った容姿とは裏腹にその表情から妙な頼りなさを感じるのは、青年の本質なのか周囲を欺く為の敢えての振る舞いなのか。ただ唯一気になる点があるとすれば、その耳元で揺れる大ぶりのピアスに描かれたイラストが葵が良く知る桜のマークに見える事だった。
「この世界に桜とかあるんかな…?」
地球にいた頃は毎年見ていた桜並木を思い出しながらも、次はその青年が試験を受ける番らしく準備に入っていく様子をぼんやり眺める。自然体な木々のようなデザインの杖の上部には、美しい桃色の宝石がはめ込まれている。そんな杖を構えて、青年は小さな深呼吸を終えると詠唱を口にした。
「遍く光の聖霊よ、我が魔力を糧に栄光の輝きを齎したまえ。揺れろ、白焔」
先ほど見た黒い焔とは対照的な純白の炎が水晶の中に現れる。サイズ感は先ほどに比べていくらか小ぶりだが、それでもブレが見えない辺り意図的に大きさを調整していることは一目瞭然だった。
「おぉ、流石は優秀だ」
「先ほどに比べれば幾らか見劣りしてしまうが、それでも素晴らしい技術力だ」
矢張りこの青年の能力は先ほどの少女には劣る様だ。それでも周囲の反応を見ていれば、十分な能力を持っていることが伺える。この辺りは自分の試験の番が回ってきたとき参考になるだろう、と小さく頷いた葵は手持ち無沙汰に呼び出した杖をもてあそびつつ、思考を回した。
「評価はAランクと言ったところですね。お疲れ様でした」
「うん、及第点だな」
「もっとやれた癖に」
「こういうのは堅実な方がいいものさ」
現状葵が直接確認できたランクはSとAだけ。それ以下がどの程度の魔法を発動することで合格ラインに入れるのかがわからない以上、Aランクを出した青年より少ししたくらいの結果をイメージすれば良いのだろうかと考えた葵は今自分が発動できる魔法を脳裏にいくつか浮かべてみる。そんな中、ふと思い出した別れ際のチトの言葉、「他の受験生と同じ行動を心掛けろ」がよみがえった葵は、小さく頷いた。
「推薦者?の存在を忘れるな、とも言っとったし、二番目に優秀なAランク位はもらっといた方がええんかな…?」
チトは別に試験結果そのものまでもを他の受験生と合わせろと伝えたつもりはなかったが、葵の誤った認識はある意味でファインプレーへと繋がっていくのである。
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