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92話 話が違う


「……あー、えっと…オルコスさん?そちらの方々は一体…」

「どうやら我が国の騎士団が自ら志願者を募って作り上げた特別隊が援護を申し立ててくれているみたいですね。誰からの命令もなく、援助もない状況でここまで人が集まるとは、国家及び世界への献身ぶりには脱帽です」

「あぁ……そう…」



迷宮突入日は予定通り訪れた。大賢者と言う肩書が世界へ向ける影響の強さを改めて認識すると同時に、それでも尚唯一無断で兵を差し向けた国家が存在した事実に頭が痛い。それぞれが無数の覚悟を終えて募った空間で、ソフィだけは未だ世界樹から帰還していない為五人での出発が始まろうとしていたのに。完璧な聖女の笑みを張り付けてヴィルの真綿に包まれた控えめな問いかけに答えたオルコスは、背筋が振るえる程の殺気を纏って音もなく一歩を踏み出した。


迷宮周辺一帯を取り囲んでいたのは、オーフの国旗を掲げた騎士たちだった。それぞれが誇らしげな表情を浮かべ、自らに酔いしれて浮かれた空気を纏っている。未来を守るべく決意を固めた五人とは全く異なる目的を掲げた騎士たちは、自国の聖女が美しい笑みと共に自分たちに近付いてくることに気付いて颯爽と礼の姿勢をとった。何かしら言葉をかけようと口を開いたヴィルだったが、一向に収まる気配のない殺気に気圧されて思わず身を引いた。他の四人も現状を前に声が出ず、沈黙を保つ事しか出来ない。


「まさか…我が国の情報伝達能力がこれほどまでに低下していたとは、思いもよりませんでした!世界に誇る偉大なる大賢者様方が自ら発信された声明を前に、堂々と背く振る舞いをするとは一体何事なのでしょうか。何処まで我が国の立場を落とせば気が済むのです、一体何度頭を下げさせれば良いと言うのです。無責任、余りにも考えが浅はかすぎるます…!!」


風属性魔法を用いて意図的に騎士たち全体に広がるよう調整されたオルコスの言葉は、一言一句残さず募った騎士全員に届けられた。先程まで浮かべられていた笑みは完全に消え失せ、何処までも無表情を貫いたまま吐き捨てられた言葉に正気を取り戻した一部の騎士たちが後ずさる。迷宮に近い位置にいた者に限っては、殺気を真に受けて完全に腰が抜けているようだ。迷いのない怒りを、自国の象徴とも言われている聖女から向けられた。それが示す意味は、国内において自らの居場所を失ったも同然なのである。正しく結論に辿り着けた者たちは、武器を手放して地面に伏せた。


けれども、そんな比較的まともな騎士たちの反応に気付きもせず堂々と姿を現したのは以前オーフ訪問初日に出会った、教会を纏め上げている司祭の男だった。


「…あら、貴方もいらしたの」

「これはこれはオルコス様、再会できて光栄の極みです。この先悪しき魔王の討伐は非常に苦しい戦いとなるでしょう。けれども御安心を!我ら教会一同、そして国家所属騎士団の有志の者たちが貴方を全力で補助して見せましょう。全ては愛すべきオーフの為、望まれる限りお力添えしますぞ!」


うわぁ、なんてドン引きの声は横並びに四つ揃った。昨晩の時点で世界樹へ向かったソフィがこの場に居合わせたとすれば、そこらの虫けらを潰す程度の無関心で即刻この司祭の首を跳ね飛ばしていただろう。オルコスが完全な無表情で司祭に完全な嫌悪の視線を向けている事にすら気付かず、両手をすり合わせながら無防備に近付いていく様子はいっそ哀れとすら言えた。一心に向けられている筈の禍々しい魔力の圧にすら何も感じていないところを見る限り、負傷者に聖属性魔法と言う名の癒しを与える立場にある筈の司祭の男が、殆ど魔力を持たない無能な存在である事が透けて見えた。やめなよ、そんな事を言ってやりたくなる程に情けない司祭の男は、どこまでも醜く愚かでしかない。静かに息を呑みこんだオルコスは、変わらない無表情で口を開いた。


「…貴方は、御二人の大賢者様が共同で発信された声明の内容をご存知ですか?」

「えぇ、勿論ですとも!悪しき魔王が再び姿を現し、偉大なる聖女の末裔であるオルコス様を筆頭に討伐へ向かわれるのですよね…!」

「……、…現在我が国の頂点に君臨されているのはわたくしの兄であり、聖人様に当たります。その発言は不敬とみられますよ」

「問題ありませんとも!オルコス様が魔王を討伐されれば、オーフを治める者は貴女様へと変わります。先を見ての発言に一体何の咎があると?」


そっと腕を背中に回したオルコスの中指だけがピンと立てられた、絶妙な意思表示を見た瞬間チトが吹き出した。この瞬間までのやり取りで既に限界寸前だったことに気付いていた葵が咄嗟に防音結界を張った事で笑い声が響き渡る事はなかったが、他の三人もチトが笑っていなければ同じ道を辿っていただろう。それは、以前葵が面白半分でオルコスに教え込んだ日本で言う所のハンドサインだ。特に、中指だけを立てる意味はオルコスが目の前で未だ適当な事を法螺吹く司祭の男に対してどう感じているのかを明確にしていて。そんな姿勢を見せながらも表面上は無表情で平坦な声を発している。


「お兄様を通して、全国民に手出しは無用であると伝えた筈でしたが」

「手出し…?なんと、オルコス様は勘違いなさっておりますな!これはそんな無粋なものではございません。我々が望むのは手助け…そう、貴女様のお力になりたい一心なのです!決して邪な考えなどございませんとも、全く冷たい事を仰る。自分と貴女様の仲でしょう?」


背後で作られたハンドサインが分かりやすく震えており、オルコスの怒りが限界に近い事を察した一同はそっと視線を逸らした。色々な意味で見てられなくなったのである。既にオルコスが癒しだけの聖女ではない事を知っている四人は、これから司祭が至るだろう未来が見えてしまっていた。はてさて、強まる一方の魔力の圧に完全に気絶した周辺の騎士たちに気付かない程油断に浸って、オルコスをただの癒しが得意なだけの小娘と侮っているこの男はそんな相手に牙を向かれた時どうなってしまうのだろうか。


「わたくしと貴方の関係性など、金銭による臨時契約を結んだ以外何もなかったと記憶しておりますが」

「今日のオルコス様は随分と意地悪だ、それでは民から愛される聖女とは言えませんぞ。オーフの頂点に立つのであれば、いつでも一歩控え、周囲を立て、慣用的でなければならないのです。必要であれば我々教会が積極的に教育的指導に力を貸しますぞ?教会と、国の歴史通りに」

「……ふぅ」


一体どこからこれ程までに肥大した自信が生まれてくるのだろうか。下品な笑みと共に一歩オルコスに踏み込んだ司祭は、彼女を小馬鹿にしたように言い捨ててその頬へと手を伸ばす。拒まれないと信じ切って、全てが思い通りに回るのだと勘違いしたまま。不意にオルコスの身体から無造作に溢れていた魔力が一点に集合した瞬間、僅かに逸れた魔力弾は、司祭の服の袖を一直線に撃ち抜いた。


「は…うわぁあああ!!?!?なん、何が、」

「交渉決裂です。それ以上汚らわしい手をわたくしに近付けないで下さい、不愉快です」

「この小娘…何をした!運が悪ければ怪我をしていたかもしれないんだぞ!!調子に乗るなよ、オーフは我ら教会のものなのだ!此方が折角下手に出て手を貸してやると言ってやったと言うのに、恩を仇で返すつもりか!誰の仕業だ、そうかトートの大賢者、貴様だな…!」


目の前でオルコスの魔力によって放たれた魔力弾なのに、明後日の方向にいたチトは突然指名されて思わず目を瞬いた。余りにも暴論過ぎるその言動は、人類が使用可能な魔法を舐めた上で、大賢者の存在すらまともに理解できていない事は明らかだ。今のオルコスが使った魔力弾程度、ヴィルですら余裕で使うことが出来る。最も、無詠唱で同じことが出来るかと言われると少々怪しいが、所詮その程度の魔法なのだ。それを魔法使いの頂点ともいえる大賢者が使った魔法で、尚且つ適当に放ったものだと勘違いされている。一周回って愉快極まりない状況だった。


「何を笑っている、舐めるなよ人外風情が…!所詮長く生きただけの魔物が、教会に敵うとでも思っているのか!」

「……やばすぎ」


弱いもの程よく吠える、その典型例をありありと見せつけられた一同は、どうしたものかとある意味冷静になってしまった理性の中で顔を見合わせた。肩を竦めたチトは思わずそう返してしまったが、司祭には届かなかったらしい。ヴィルは完全に頭を抱えており、ルシエは物珍しそうな表情を浮かべている。葵に関しては、共感性羞恥でも発動したのか自らの腕を摩って数歩後ずさっていた。さて、ならば対面しているオルコスはと言えば…当然、二発目の準備をしていた。今度こそ、完璧に首から上だけを葬り去る為の魔力を込めて、深呼吸と共に理性を連れ戻して。自国の恥は、せめて自国の手で消す。それだけを念頭に、オルコスは敢えて杖を呼び出して司祭へと向けた。何か騒いでいるが、耳には届かない。視覚的に理解できるよう集めた魔力は、司祭の顔面に向けて無言で放たれた。


結界によって、弾かれる。


ようやく状況を理解したらしい司祭が顔の色を180度変えてその場に尻餅をついてじたばたと後ずさったが、オルコスは気にせず振り返った。


「アオイちゃん?一体、どういうつもりでしょうか」

「うーん…もっと簡単で手短な解決法を思いついたから」

「解決……?」

「ルコちゃんが誕生日の時にくれた権利、今使うよ」


これ以上は冗談抜きで流血沙汰になるだろう。それも、歴史的に悪影響を及ぼす面倒な方向性で。展開の予測が一切立てられない戦いを控える今の自分達は、どれだけ些細な魔力の消費や精神の乱れすら避けるべきなのだ。心の持ちよう、冷静さ、咄嗟の判断力。オルコスは司祭を見せしめに殺す事で騎士たちを強制的に追い返そうと考えていたのかもしれないが、その為の魔力すら惜しい可能性が高い状況なのだ。葵の言葉に冷や水を浴びせられたのか、冷静さを正しく取り戻したオルコスは言葉の意味を僅かに考えて、自分を恥じる様な小さなため息を吐いた。


「祈聖承諾書の事…ですね」

「うん。この人ら全員、撤退させて?」


それは、その権利を持った者が発する願いを、オーフが国家をかけて全力で達成する事を義務付けられた書類。効力は聖人の命令すら凌駕する、絶対的なものだった。歴史上この権利を得た者は片手で数えられるほどしかおらず、その権利を実際に行使した者に関していえばもしかすると葵が史上初かもしれない。それくらい、長い歴史を持ってた圧倒的なものなのだ。きっそ、葵はその権利が持つ力を理解している。理解した上で、今この場で”お願い”に使ってしまったのだ。


目を瞑ってその言葉を呑みこんだオルコスは、次にその瞼が開かれる頃には先程まで荒れ狂っていた殺気の全てを吸収し、普段通りの穏やかで無垢な調子を取り戻していた。


「…はい、畏まりました」


混乱状態から未だ抜け出せず、腰が抜けていながらそれでも逃げ出そうと藻掻く司祭を前に、改めてオルコスは杖先を向けた。絶望と恐怖に染まった表情を浮かべた司祭は、まるで別人のようにすら思える。緩く、誰もが望む聖女の笑みを浮かべたオルコスは、風属性魔法に乗せてはっきりと宣言した。


「聖オーフ教会王国において、賓客認定がされているアオイ様が所有していた権利、祈聖承諾書の権利行使がたった今行われました。当初魔王討伐者として指定された者以外全てのオーフ関係者は、即刻この場を去り自国へ撤退する事をここに銘じます。尚、拒否する場合は国家反逆を行ったものと同義と見なし、その場で制裁を執行します。……さて、司祭様?賢明な判断をお勧めいたしますよ」


分の悪さ、状況の不味さ、オルコスの本気度。全てをようやく理解した司祭は、血相を変えて動かない足腰を無理やり立たせてその場から飛び出した。喉が枯れる程全力で撤退の言葉を叫び散らせば、一部始終を目撃した迷宮付近の騎士たちを筆頭に逃げる様に撤退が始まった。我先にとその場を離れていく騎士たちがある程度離れた事を確認したオルコスは、苦笑を浮かべながら葵と向き合った。


「また、アオイちゃんに助けられてしまいましたね。結局わたくしは、自分一人で何かをやり遂げる事ができないままです」

「そんな事考えとったん?」


困ったように自嘲を吐き出したオルコスの一言を拾った葵は、普段と変わらない調子で立ち竦むオルコスの隣に並んだ。得意げに人差し指を立てた葵は、突然の行動に小首を傾げるオルコスの額をそっと一突きしてから口を開く。


「誰しも、独りで全部やり遂げる事なんて出来ひんよ。生きている限り、誰かに頼らずに生きていくなんて不可能や。食事ひとつとったって、調理する人に食材を用意する人、育てる人、運搬する人、売買する人。沢山の人が関わり合った結果完成するのが、料理なんやで?そりゃソフィ当たりなら生命創造から簡単にやってのけそうやから何とも言えんけど…少なくともウチらが人間である限り、独りで何かをやり遂げるなんて絶対に不可能なの!…って、昔母さんが言っとった気がする」

「あらまぁ…ふふ、良い事を言いますね」

「ふっふっふー、ウチの事名言製造機って言ってくれてもええんやで?」

「人の言葉を借りているのに?」

「なんやと!!」


僅かに視線を逸らした葵を前に、ようやく無意識で緊張していた肩の力を抜く事が出来たオルコスは、少しだけ悔しそうに、それでも普段通りの完全に落ち着いた雰囲気を取り戻した。兄の前で啖呵を切った上で、オーフの代表としてこの場に居合わせる現状に自分自身が思っていた以上に気を張っていたらしい。どこまで突き詰めても、オルコスはオルコスでしかない。それと同様に、共に魔王討伐を目指す仲間たちだって何も変わらない、普段通りの皆なのだ。何となく葵を揶揄って頬を指先でつまんだまま伸ばしてみれば、あうあうと言葉にならない声が上がる。そんな様子をくすりと笑ったオルコスは、続いて自身の頬を強く叩いて迷っていた自分の気持ちを切り替えた。


「…何事もなく魔王討伐を開始できる訳がありませんもの。この程度で済んで良かったと思っておきますね。それにしても、よくトートは大人しく大賢者の意志に従いましたね」


僅かに首を傾げたオルコスに、一同の視線が集まった。確かに、事前に迷宮に入って待っている輩が居る可能性だって大いにあったのだ。大賢者の力を知っている世界各国は兎も角、当事者であるトートに関していえば武力的な危険があれどオーフ動揺強引な参入があってもおかしくない。オルコスの疑問に納得したルシエが口を開いた。


「確かに。ん、どこかの貴族が出しゃばってくると、思ってた。ヴィルが何かした?」

「いや、俺は今回に限っては本当に何もしていないぞ。寧ろ、積極的に会議から外されていた身だからな。つまり…チトが何かしたのか?」

「んー…俺がやったのは、一回だけ国家議会に強制的に乗り込んで手を出すなって発言しただけだな」

「絶対ソレだろ。…ソフィはその辺り本当に興味が無さそうだからな。恐らくトートは大賢者の報復を恐れて国家包みで面倒な連中を叩き潰す方向に舵を切ったんだろう。オルコスが居る手前大声では言えないが、自国の上層部が間違った方向に突き進まなくて本当に良かった」

「全部はっきり言っちゃってますよ、ヴィルさん…」


見えてきたのは各国の事情である。オーフと全く反対の選択をしたトートに安堵のため息をついたヴィルは、既に世界樹に到着しているだろうソフィを思い浮かべる。あのエルフは絶対に議会に乗り込むなんて行動しないだろう。そんな事をすれば、議会に参加している者たちを軒並み殺してしまう自覚を本人が持っているからだ。国の上層部を壊滅させて自ら国家を滅ぼすなんて面倒事をあのエルフが選ぶとは到底思えない。人間への理解が深まったとはいえ、あくまで長寿種の中ではという注訳が外せない存在なのだ。せめて自分の特性と思うままに行動した結果面倒が起こる事実を理解してくれているだけでも救いだと判断するべきだ。


「…いい加減迷宮に突入するか。出発以前に時間を取られ過ぎだ」

「だな。成長は緩やかとは言え魔王は今も尚成長を続けてるんだぞ?討伐云々は兎も角魔王が迷宮から飛び出せば、それこそ本末転倒だからな」

「あれ~チト君なんか緊張しとらん?顔が強張っとるで?」

「は?全然普通だが??お前こそ腰が引けてんじゃねーの?」


ヴィルの呆れ交じりの発言を肯定したチトに視線が集まる。ようやく出発かと思いきや、悪戯っ子の笑みを浮かべた葵がチトに自ら突っかかっていった。こういった場面で敢えて普段通りの茶番を求めた葵に、何も考えがない訳がない。それを理解している一同は、仕方がない奴だとそんな表情を浮かべながらも決して止めようとはしなかった。


「アオイ、ビビってんのか~?」


ニヤニヤと笑みを浮かべたチトの言葉に僅かな沈黙を浮かべた葵は、静かに一歩を踏み出しその手を掴んだ。


「どう、ビビってると思う?」

「……滅茶苦茶ビビってんじゃん」


捕まれた掌が酷く震えている事に気付いたチトは、ゆっくりと自身の指先を葵の手へと絡めていった。そんなチトの手だって、確かに震えている。俗に言う恋人繋ぎ、と呼ばれるその結び方は互いの本心を分かりやすく示していた。


「んふ、ヴィル君もルシエちゃんもルコちゃんも、皆こっち来て!一緒に手、繋ごう?」


へらりと気の抜けた笑みを浮かべた葵の一言に顔を合わせた三人は、大人しく二人の方へと近付いて行った。葵はヴィルの手をとり、ヴィルはルシエの手を握り、ルシエはオルコスの手を掴み、そしてオルコスはチトの手に自らの手を合わせた。


「…ん、ふふっ…皆滅茶苦茶ビビってる。変なの」


吹き出したルシエを筆頭に、自然と笑いが溢れた。しっかりと重なり合った全員の手は、誰一人残らず震えていたのだ。改めて重なり合った事で分かる本心は、自分だけが情けないと思い込んでいた各自の緊張感を落ち着かせてくれた。


怖くない訳がないのだ。この先迷宮内で何が起きているのかも分からず、誰が生き延びて誰が傷を負って、誰が…死ぬかどうかも分からない。不老不死であるチトだって、守りたいと思った人間の子供達がこんな下らない世界の事情で死んでいく様を素直に受け入れられる程気持ちの整理がついていなかった。せめて自分がまともに魔王と戦えればいいが、そんな自信だって正直なところ一切なかった。最早魔王の憑代となった存在が瞼を開き、一言でも発した瞬間使い物にならなくなる可能性だって嫌程理解できていたのだ。



「気持ちは皆一緒やな。なら、言えることは一つだけ。さっさとこんな面倒事片付けて、また祝勝会をやりたい!お腹いーっぱいになるまで沢山食べて、最後には皆で雑魚寝するの!お泊り会みたいで楽しそうやな…ううん、絶対したい、やろう!それに、ウチ料理とかも自分で準備してみたいな。やりたいことぜーんぶ、皆でやろう?」


「じゃあ、俺は立場全てを忘れて遊び倒してみたい。もっと学生らしいことがしたいし、年相応の遊びだってずっとやってみたかったんだ。何日も公務の事考えないで、好き勝手その日の気分で過ごす。勿論、皆も一緒に。…最高だな、五体満足で帰るための理由が増えた」


「ルシエは、沢山甘いものが食べたい。チトがこの前作ってたお菓子の家、あれまた食べたいの。それに、アオイからもっと魔法陣の事を教えてもらいたい。…んふ、ヴィルとオルコスに悪戯できるような、面白い魔法陣を沢山習得するの。楽しみ、まだ始まってないのに、もう早く帰りたいって思ってる」


「なんとまぁ…ふふ、わたくしはまた皆さんにオーフに来てもらいたいです!貧困街の改革は最速で進めております。是非、皆さんの目で確認して頂きたいんです。それに…アオイちゃんやチトさんとまた会いたいと望んでいる子供達が沢山居ます。あの古本屋の店主さんだって、皆さんの事を気にしているんですよ?」


「…面倒事はなし、でも楽しい話は大歓迎だ。最近新しい魔法陣を考えてるんだ。一時的に身体を動物に変えられる魔法とか、人間に翼を生やす魔法とか。完成したら、しがらみ全部取っ払った祝勝会で、悪戯に使わせてもらう。んで、上手く行ったらオーフのガキ共にも見せてやる。中々楽しみじゃねーの?」


葵の近い未来の願いに応えるように、ヴィルは自らが抱えてきたものを手放す未来を想像した。ルシエは日常の充実を望んで、オルコスは自国の発展に胸を張る。チトだけがいつも通りの話をして、それが可笑しくて笑みが零れて。不意に葵はヴィルと視線が合って、なんとなく口が勝手に動き出した。


「…私は、この戦いが終わったら本気で元の世界に還る方法を探してみる事にするよ。きっと、私なら見付けられる気がするんだ。帰りたいかどうかは正直まだ分かんないけど…私だって、前に進みたいって思った。それから…ふふ、どうしても達成した目標が出来たの。絶対、達成してみせるから待っててね…チト君」


突然の名指しに目を見開いたチト。穏やかな表情で笑みを零した葵は、僅かに俯いて小さく深呼吸をしてから今度は勢いよく顔を上げた。各々が思う所がある。ヴィルの嘘も、ルシエの願いも、オルコスの憂いも、チトの過去も。そして、葵の未来だって、何一つ解決には辿り着いていないのだ。それでも、確かに前に進む言葉をそれぞれが口にした。それだけで十分だった。



「絶対に皆元気で帰ってきて、今言った事ぜーーーーんぶ叶えようね!!」


「おー」

「あぁ」

「ん!」

「…はいっ!」



四つの返事と共に、震えの納まった手の輪が空高く掲げられた。




これから始まるのは最後の戦い。過去に決着をつける為の、真実を求める戦いなのだ。



―――六人の挑戦が幕を開けた。



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