89話 表裏一体?
「ふふん、中々面白い作戦が立てれたんとちゃう?絶対皆驚くで!」
「俺一人では絶対に思いつかなかっただろうな。改めて感謝するぞ、アオイ」
葵とヴィルの関係性は、客観的に見れば現代日本で言う所のアイドルとオタクの様な一方的な愛が目立つものである。実際その認識が間違っている訳ではないのだが、二人のやり取りは敢えて大袈裟に行われている自覚を互いに持ち合わせていた。それは時に場の空気を保つ為の転換点であり、時に互いが口に出せない抱えた本心を吐き出す為のものであった。いつもの六人へといつからか昇格していた各々が隠し事や口に出せない感情を抱えている事は誰しもが理解していたが、ヴィルと葵の関係性は少し特殊だったのだ。同族嫌悪を抱える葵とオルコスの関係性とはまた違う、似た者同士なのである。
ヴィルは一国の第二王子として世界どころか国内の貴族ですら永遠に知る事無く一生を終えるような情報を無数に知っていた。次期国王となる兄、第一王子よりも下手すればその情報量は多いだろう。それは立場や業務上仕方がない事はあったが、最早王族以外誰も知らない様な情報さえもヴィルだけに伝えられる事が多々有り、普段から彼は無数の守秘義務の中で生きてきたのである。
葵は言わずもがな、自らが何もかもを包み隠して嘘を吐き続ける生活を続けてきた。言葉一つ、行動一つ、全てに嘘が混ぜられており、時には自分自身でさえ何が真実なのか分からなくなる事も多くあったのだ。自分の意志で決めた筈の嘘が、自分を苦しめる。それが辛くて、更に嘘を続ける。負の連鎖に呑まれた葵にとって、嘘の中で生きる事は完全な日常と化していた。
確信があった訳ではない。それでも二人は、随分と早い段階でお互いの嘘の上で生きる実情に気付いていたのである。だからこそ互いを進んで利用した。言えない事象を誤魔化すべく互いの関係性に周囲の目が向くように動き、時に嘘に本音を混ぜ込み敢えて笑い飛ばし、そうやって関係性を重ねてきたのだ。
「攻撃魔法ばかりを想定していたが、白焔魔法は意外と複数の使い道があったんだな。葵のお陰で作戦以外にも新しい発見が無数にあった。こんな状況じゃなければ積極的に研究に集中したい位だ」
「でしょ?ヴィル君っていっつも頭が固いんよな~、もっと客観的な視点を育てなきゃ!」
「否定は出来ないな。国に関わる事ならどうとでもなると言うのに、一つ自分が関わった途端無意識で出来る範囲を定めてしまうんだ。幼少期から続く悪癖だと俺も理解しているつもりだが、しているだけなんだろうな…」
そうして出来上がった言葉にしない関係性があるからこそ、二人きりになった時普段の茶番染みたやり取りが表に出てくることはない。ヴィルが葵に向けている執着や感情に嘘はないが、この場で敢えて大袈裟に示したところで誰にも何の影響も及ばさないのだからそれは意味がない。意図的に空気の切り替えを起こさずとも、なんとなくで流したい話題や掘り下げたい情報は理解している。仮面を被る必要はないのだ。とは言え、嘘の中で生きる二人の間に交わされる会話は当然嘘だらけなのだが、客観的に見れば腐れ縁の様な、それでいて親友の様な、不思議な空気感が広がっていた。
「後は本番で魔王と言う不確定要素相手にどこまで通用するかが問題だな。アオイの援護がなくてもある程度動けるようには立案したが、堂々巡りになるとはいえ矢張り相手は魔王だ」
「そこはウチが可能な限りサポートするつもりやで!安心して任せてや」
「さぽーと…会話の流れから見れば、補助的な意味だろうか?ふむ、任せたぞアオイ」
机上に乱雑に並べられていた魔法陣が描かれた用紙や参考資料、書物をある程度纏めて片付けた二人は、顔を見合わせて小さく笑ってから書庫を並んで離れていく。そこにあったのは確かな信頼の色で、普段の二人のやり取りを知っている者であれば確実に目を見開くようなものだったかもしれない。けれども、嘘の中で生きる二人にとってこれ位のやり取りは日常なのだ。自然と浮かんだ穏やかな笑みは隠されなかった。
―――
「ん、二人そろって何やってるの?珍しい…何か企んでる?」
現れたのは余りにも失礼すぎる問いを怪訝な表情で言い放ったルシエだ。どうやら魔王討伐関係でまた無意味な聴衆をされていたらしい。顔を見合わせた葵とヴィルは、今さっきまで浮かべていた穏やかな笑みを直ぐに気の抜けるふざけたものへと切り替える。言葉は不要、それが二人の関係性だった。
「ルシエか、聞いてくれ。ついに俺はアオイと二人きりでデート、したぞ!」
「はぁ!?偶然すれ違って目的地が一緒だったから仕方なーく隣を歩いてあげとっただけやし!」
「ふっ、アオイは恥ずかしがりやだな。偶には素直になってもいいんだぞ?」
「ほんっまにキショイ!!」
「……相変わらずうるさい。いい加減少しは仲良くしたら?お互いを尊重する、とか」
呆れ顔を浮かべてわざとらしく耳を塞ぐ仕草を見せたルシエは、当然だが先程まで二人が交わしていた会話や時間の事を一切知らない。知ったところでルシエが二人に向ける認識が変わる事はないのだろうが、それでも二人は先を歩き出したルシエの後ろでこっそり視線を見合わせて、小さく笑うだけで秘密の共有を続ける道を選ぶのだ。
「ルシエちゃんはこれからどこ行くん?」
「街。新しいペンのインクが欲しくて」
「文房具屋さん!いいね、ウチも一緒にいっていい?」
「いいよ。丁度二人客向けのケーキが美味しい飲食店の話を聞いたばっかだし」
「待て、俺は????」
トート国第二王子ヴィルと言う男の能力や黄石で、大きく目立つことはないし本人にもその気はない。彼にとっては、守りたいと内側に入れたものを全力で守れさえすれば、自分を含めて他はどうなったって構わないのだ。目的の為に手段は選ばない。身内だって平気で騙してでも、ただ目的を果たすだけ。縁の下の力持ちでいい、それがヴィルなのである。
少し先を横並びで緩やかに歩き出した宝物を追いかける様にに小走りで近付いたヴィルは、忙しない城内を横目に三人だけで街を出歩く算段を独り立て始めるのだった。
―――
「おや、やっぱりエトちゃんも来たんだねぇ」
「…まぁ、アオイの用事も終わったみたいだからな」
「考える事は一緒、かぁ。ボクもあの子の邪魔はしたくなくて、機会を窺っていたんだよ」
暫くの間小屋に籠って書斎を漁りながら何かの魔法陣研究を進めていた葵が、ようやく目的をある程度達成し学園の家へ転移した。その反応に気付いたチトは、誰に言うでもなく小屋を訪れた訳だが、そこには先客がいた。ゆるりと笑ったエルフも目的はどうやら同じらしく、肩を竦めたチトはソフィが立つ書斎の前に並び立って扉を見詰めた。
「存在が明かされた以上、イブキちゃんがこの小屋に仕掛けた魔法陣の解析をいい加減進めなきゃいけないからねぇ。葵ちゃんは既に殆ど理解したみたいだけど…」
書斎の扉をそっと撫でつけたソフィの顔に浮かぶのは、穏やかでありながらどこか後悔の色を見え隠れさせるものだった。僅かに強張った表情を誤魔化す様にその扉を開けば、嗅ぎなれた古い紙や埃臭さが僅かな風に乗って流れてくる。何となく顔を見合わせた二人は、ゆっくりとその先へ足を進めた。
「約束通り、全てを禁忌指定して解除しなくちゃねぇ。あの子が残した言葉は新しい風、だったかなぁ?まさに、葵ちゃんの事だ」
「それって…俺も一緒に内容を知っていいやつなのか?」
「別に問題ないんじゃないかなぁ。イブキちゃんって駄目ならはっきり駄目だって伝えてくる子でしょう?チト君は気付けないかもしれない~なんて話はしてたけど、知られたくないとは一度も言ってなかったからねぇ」
ある程度は葵が使用後に片付けたのだろう、それでも本棚が足りず端に積み重ねられた本達をを二人は丁寧に書斎の外へと移動させていった。ソフィが書斎に向かった、それだけでイブキが何かを隠した場所が書斎であった事は見て取れた。その先に一体何があるのか、それを知りたいのか、知りたくないのか。曖昧な感情を持て余しながらも、チトは静かにソフィを手伝う様に敢えて魔法を使わず手作業で本の移動を続けた。
「ほら、ここ見てごらん?」
「机が擦れた傷…?いや、これすげー小さいけど魔法陣か!?」
「ボクも刻んでいるところを目視していなければ見つけるのに随分時間が掛かっただろうねぇ」
僅かに机を移動させたソフィに手招きされて近付けば、何も知らなければただの傷にしか見えない程極小の魔法陣が顔を出す。素直に驚愕したチトが凝視する中、苦笑を零したソフィは魔法陣を一撫でして呼び出した用紙に瞬時に転写して見せた。目で見ても殆ど内容が読み取れない大きさの魔法陣の全貌が、用紙に転写されることによって徐々に鮮明になって行く。小屋全体に元から掛けられていた魔法陣、イブキが作った魔法陣、イブキが残した魔法。その全てが明かされていく中で、ぼんやりと並んでいく魔法陣を眺めていたチトは思い出したように口を開いた。
「……そう言えばさ、お前って俺の事いつまで経ってもエトって呼ぶよな」
暫く無言で作業に当たっていた二人の間に響いた疑問に、僅かに目を瞬かせたソフィは言葉の意味を考える様に僅かに瞼を伏せてからゆっくりとチトの方へ顔を向けた。
「そうだねぇ…。確かに、君は出会ったばかりの頃から一貫してエトと呼ばれる事を好んでいなかった」
「何回もお前には伝えた気がするけど、結局有耶無耶にされてそのままやってきたからな。最近こそ気にすらしてなかったけど…やっぱり意味が分からない。お前にとって生物の呼称なんてどうでもいいことの筈、それでも頑なに俺をエトと呼び続けるのは一体何故なんだ?」
心底不思議そうに手を止めて首を傾げるチトを前に、ソフィは自分自身でさえ時折忘れてしまう彼をエトと呼び続ける理由を思い出していた。そして、その理由がいつの間にか、出会ったばかりの頃から随分と変わっていた事に気付いて思わず小さく笑った。怪訝な顔でソフィを見てくるチトに肩を竦めて、魔法陣を抽出していく作業を一度完全に中断させて改まって身体を向き合わせる。
「以前は、ただ単純に君が嫌がるのが面白くてそう呼んでいたんだよねぇ。負の感情は単純で分かり易くて、嘗てのボクでも多少は理解できるものだったから」
内心予想できていたらしい回答にため息を吐き捨てたチトを笑ったソフィは、何かを言い出すのを遮る様に言葉を続けた。
「でも、いつからか…その理由は変化していた」
一体そう思う様になったのはいつからなのだろう。明確に意識をし始めたのはきっと、イブキと出会ってからだ。けれども、それを自己認識できるようになったのは間違いなく、葵が現れて以降になる。たった二人の人間にあっさり替えられた在り方が、どうにもくすぐったくて、それでいて誇らしかった。
「今、君が嘗てエトと呼ばれていた事実を知る存在はこの世界中でボク一人だ。いや、葵ちゃんは知っているのかもしれないけど…それはまた別の話だねぇ。君をこの世界に五体満足で産み落としたお母様から送られた、きっと唯一に等しい君だけに当てた贈り物。それこそが、エトの…引いては、チェントの名前だとボクは考えている。エトの物語はこの世界で終了したと君は考えているのかもしれないけれど…君がエトとして魔王を討伐し、この世界を救った事実は未来永劫変わらない物なんだ。そして、当時エトと名乗った君は間違いなくチェントだった」
曖昧で、自分の中で結論がまとまっているからこそ説明不足が目立つ話に僅かに眉を寄せたチトは、それでも漠然とソフィが言いたい事を理解しつつあった。だからこそ、何を言いたいのか分からない。ソフィはチトが母親の存在を煩わしく、呪いとして認識している事をはっきりと把握している筈なのだ。それでもソフィがチェントの、ただ百番目に生まれたからとそれだけの理由で名付けられた固有名詞を持ち出したのは一体どうしてなのか。そんな疑問に答えたのも、矢張りソフィだった。
「君がお母様や愛の存在を呪いとして認識している事は知っているよぉ?それでもね、君は…確かにお母様の事を、愛していたんでしょう?」
「……なに、それ」
「だって、哀しいじゃないか。君のお母様が存在した証とも言える名を、君が散々苦悩して結局捨てない選択をした大切な贈り物を、なかったことにしてしまうだなんて。ボクは悠久の時を生きる者として、未来へその名を繋げていきたいと思った。だから、いつまでも君をエトと呼び続けるのさ。嘗ての君を、捨てない為に。……まぁ、どうしても君が嫌だって言うなら、今更だけどチトって呼んでも構わないよ」
恥ずかしそうにはにかんだソフィは、何処までも人間に近い何かを纏っていた。
出会った当初、その場に座り込んだチトに手を差し伸べる事さえ出来なかったソフィが、自分なりの愛の、そしてエルフにとって未知に等しい家族の解釈を通して他人を思いやるべく一貫した言動をとっていただなんて。それも、ただ長寿であり特殊な生命体だったからこそ興味を持っただけだった筈のチトに対して、何気なく浮かんだ発想に先に今があったとは。
まるで、それは。
「……お前ってもしかして、俺の事結構好きだったりする?」
「あれぇ、今更気付いたのぉ?ボク、結構素直に君には想いを伝えていたつもりだったんだけどなぁ」
「普通に嘘だろ。お前いつも俺の事揶揄ってばっかじゃねーか」
「それはエトちゃんが揶揄い甲斐があって面白い反応を示してくれるからでしょう?」
「…ったく、このクソエルフは…」
ワザとらしく魔法陣が途中まで転写された書類に視線を落としたチトから捻りだされた問いに、ソフィは心底可笑しそうに笑って素直に答えた。余りにも気の抜けた返事といつも通りのやり取りにため息をついて、何かを呑みこむようにチトは顔を上げ改めてソフィと目線を合わせる。不思議そうに眼を瞬いたソフィから、視線がそらされることはなかった。
「俺は…お前の事なんか大っ嫌いだし、意味分かんねーし、いつでも殺す方法ばっか考えてきた」
「……もぉ~、エトちゃんってば雰囲気台無し、こういう時は、」
「言いから聞けって!」
不満そうに睨みつけられて、僅かに曇った空気を取り戻そうとしたソフィは渋々口を塞ぐことになる。ここで相手の言葉に従えるようになった事ですら、ソフィにとっては他人を尊重する上で大きな変化なのだが、そこに気付けるほど人間性が整った人物は残念ながらこの場には居合わせなかった。
「…だって、お前俺の事殺す方法知ってるくせに全然話聞かねーし、平気で過去の傷は抉ってくるし、訳分かんねー理由で攻撃魔法とか打って瀕死にしてくるし…。あと、実験とか言って、俺の身体意識ある状態で解剖し始めた時とかはホントに死ねって思ってた」
ぽつり、ぽつり。チトの口から飛び出す文句の数々は、ソフィにとって心当たりがあり過ぎる頭がおかしなものばかりで堪らなくなったソフィは視線を逸らして苦笑を浮かべる事しか出来ない。居たたまれない表情を浮かべていたそれが切り替わったのは、頬を赤く染めたチトに気付いたからだ。
「でも…でも、お前と一緒に数百年を過ごしたから…俺は寂しいとは思わなかった。俺の事全部知ってる奴がこの世界に存在するんだって思うだけで、そう簡単には死ねないなって思う様になった。アイツが…、……イブキが逝った時もそう。お前は下手糞な言葉選びで俺の事慰めようとしてくれただろ」
「あ、あれは…イブキちゃんと約束してたから」
「滅茶苦茶で、人の気持なんか碌に考えられなくて、自己中で…でも、不器用で、真剣に俺の事慰めようとしてくれてたことは分かってた。だから俺は今こうして平気な顔していられてるんだ。どうせイブキに何か言われてなくても、お前は俺に声を掛けてただろ?それくらい分かってるよ、何年の付き合いだと思ってんだ」
チトが並べていく言葉に、理解が追い付かない。自分がこれまでチトに向けてやってきた行為の殆どは、一般人の常識に当てはめれば最低以外の何物でもなかっただろう。無遠慮に他人の傷を漁って、無責任に魔法を使って、自分の好奇心の向くままに行動してきた。それ以外の生き方をソフィは知らなかったのだ。生まれた時から既にソピアーとして存在が確立されていた自分にとって、普通の生命体が得るはずの幼少期の経験は圧倒的に不足していた。ソフィを叱るものなど誰もいない。それは、ソフィが最古の生命体であり、一種の機械である世界樹以外にその行動を咎められる存在がなかったからだ。それがソフィにとっては生まれながらに当たり前で、人間を知ろうと考えたのだってただの好奇心以外の何物でもなかったのだから。それでも、チトがソフィに向ける言葉に乗せられているのはソフィを責める意志ばかりではなかった。だからこそ混乱したのだ。
「…最近さ、俺お前に殺せって言わなくなったじゃん」
「そう言えば…そう、かもねぇ」
「あれ、お前を置いて死ねないって思ったからだから」
「……ふぇ、ちょ、エトちゃ…それって、」
「お前が死ぬ時には、ちゃんと俺の事殺してくれって意味だよ……相棒」
「なにそれぇ…殺し文句過ぎない?」
二人、小屋の中で人間みたいに顔を真っ赤に染めて。その言葉を理解した途端ソフィから零れ出たのは情けない腑抜けた吐息に等しい鳴き声で、チトから伸ばされた手のひらは羞恥で震えていて。仕方なくだと思っていた。自分と同じ長寿だから、それだけで近くに居る事を許されたのだと思い込んでいた。実際、最初の頃ははっきりそう告げられていたし態度にもありありと見えていた。まさか変化していたとは思わなかった。そんな事を考えているとは、思ってもみなかった。自分が、まるで人間のように大切に思われていると知る日が来るとは、思ってもみなかったのだ。
チトに負けない位震えた手を、真っ赤な顔を隠す様に反対の手で隠しながら伸ばして、怯える様に指先に触れる。途端にその手はチトに強く握られて、逃げられない事を悟るのだ。チトは自らの手で自分が殺される機会をなくした。自分の死期を定めてさえ見せた。これは、逆に言えばチトが死ぬ時には自分も死ななければならないんじゃないだろうか。果たして、最古の生命体である自分はそう簡単に死ねるのだろうか。これまで一度だってそんな事考えてきた事すらなかった。人間の事を知る、それ以外に久方ぶりに新たな研究項目が追加された感覚に僅かに瞼を伏せる。自死の方法……本気で探さなくては。
「これからも…まぁ、その…なんだ?よろしく、でいいのか?」
「……そうだねぇ…ふふ、よろしく、エトちゃん」
手汗で生ぬるい手は、それでも直ぐに離されることはなかった。体温が上昇しているのを感じながらも、ソフィには、チトには、その手を放す事が出来なかったのだ。いつの間にか変わっていた互いの認識。どちらからでもなく、それは他人の影響を受けずとも明確に変化が進んでいた。初めて自覚した、自分たち二人だけで得た変化の存在。それは確かに、二人の自己認識に大きな変化をもたらしていたのだった。
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