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88話 立場と認識


「…っあぁもぉ!兎に角、作戦開始はいつからにするのさ!ボクはそれまでの期間で世界樹に戻って…その、何かしら自分に出来る事を探すからぁ!」

「やっぱお前も間接的に手を貸そうと考えてたんじゃん」

「エトちゃんうるさぁい!!もぉ、なんでボクがこんな目に合わなきゃいけないのさぁ…」


暫くチトに揶揄われてもごもごと要領を得ない言葉を発していたソフィだったが、次第に正気に戻ったのか顔は真っ赤に染めたまま強引に話題を切り替えた。それに対して再び口を挟んだチトだったが、本当に参った様子で頭を抱えたソフィの様子を見てそれ以上の追撃は行われなかった。顔を見合わせた四人も肩を竦めるだけで、それ以上追及するのは止めた。誰しもが、ソフィが普段と異なる気付きによって大混乱している事は目に見えて理解できていたからである。


強引とは言え現状に正しい話題に無意識で背筋を伸ばした一同は、改めてその意図を考え直す。刻一刻と時間を争う状況で、如何に早く魔王が待つ迷宮へ向かうのか、各方面に対する準備を終えられるのかは現状死活問題だったのだ。


「実際の作戦開始日、か。正直な話、確実に国が関わってくる以上はっきりとした日時はこの場で決定できないだろうな。俺達自身は当然参加が必須となるし、無駄に準備に時間を掛けるつもりは毛頭ないが…立場を考えればそう簡単に実行に移せるとは思えない」


僅かに瞼を細めてはっきりと言い切ったヴィルに自然と視線が集まった。その瞳に浮かぶのは嫌悪や諦観ばかりで、国に対するヴィルの個人的な感情と客観的な事実を同時に示していた。既に作戦に向けて脳内で魔法の構成などを考えていたルシエも冷や水を浴びせられたように姿勢を崩して頬杖をつく。


「…確かに、ルシエ達がやろうとしている事は実質的に伝説とされる勇者パーティーを結成し、魔王討伐に挑むのが結論。生死の保証はないし、例え無事生還したとしても五体満足である保証はどこにもない。どうして現段階で魔王が出現したと判断したのか理由を聞かれても説明できない事の方が多すぎる…」

「それに、討伐に仮に成功した場合、世界中を巻き込んだ英雄沙汰になる事は必須です。これらに綾かって名声を得たい国や立場の人間は無数に存在する事でしょう。そもそも国内貴族を抑え込むことだって骨が折れる事態だというのに、他国と国家間でのやり取りが関わってくると考えれば相当な時間を要する事になるでしょうね」


ルシエの言葉に表情を険しくしたオルコスは、じっと紅茶の水面を見詰めながらため息交じりに言い捨てた。まさに現状母国で革命が起こり大小様々な影響を受けた貴族たちの対応に追われているオルコスからすれば、自国でさえ慌ただしいのに新たな火種が現れる事実には難色を示さざるを得ないのだろう。けれども、三人の立場に在る以上大きな行動を起こす際に国を一切通さない事は流石に難しかったのだ。


「ん、せめて最低限戦力になる軍隊でも送り込まれてくれれば良いけど、無能な癖に戦闘が終了した瞬間ルシエ達に牙を向いて事実を無き物として自分たちに有利な結果だけを残そうと考える愚鈍とか、足手まといだと把握してる癖にソレが命を落とせば国際問題に発展させようと考える面倒な輩も出てくると考えた方が良い。事後処理云々の範囲では収まらなくなる可能性が高いよ」

「現状のトートは平和一色。だからこそ、王族一強でその下に貴族が並ぶ形で落ち着いている訳だが…魔王討伐なんて御伽噺に等しい名声が手に入るなら、燻っている貴族たちもさぞ携わりたいと考えるだろうな」

「オーフも、革命の結果起きた聖人交代によって、新たな聖人の目に付こうと考えている者は少なくありません。間違いなく教会を盾に付きまとってくる厄介な連中の出現は避けられないでしょうね。そして、今のオーフにその全てを制御できる程の余力はない」


頭を抱えて唸り出したのは立場が立場である三人である。国と個人に挟まれた彼らにとって、面倒極まりない政治との関係性は切っても切れない物である。何をするにも最低限の筋を通す必要がある以上、避けては通れない相手。それが一筋縄ではいかない事くらい、現時点では直接的な政治のやり取りを交わした回数がそう多い訳ではない三人とて理解しているのである。実際問題、しっかり準備を整えようとした場合、自分達だけで魔王討伐に関わる様々な問題を処理した場合実際行動に移せるのは数年近い年数を要するだろう。


魔王討伐を仮に強力な魔物の出現を当てはめた場合、国家が敵を倒すという構造はそれだけ面倒が多いものなのである。張本人たちにとっての認識は兎も角、死地に等しい場所へ彼らを送り込むともなれば当たり前のように護衛と言う名の盾役を百人どころか千人以上送り込まなければ上層部は許可を下ろせないだろう。やれるだけやりました、そんな体裁がなければ彼らが万が一死亡した場合の責任が取れないからである。すると必然的に護衛を集め、魔王討伐という不明点だらけの敵に対して対策や鍛錬を行わせる必要も出てくるのだ。結果として、異常な時間を必要としてしまうのである。特に世界戦争の歴史がひっそりと、けれどもしっかりと残されているオーフは必要以上の干渉を行ってくるだろう。国内が革命によって混乱の渦中にある今、横槍だって入れる隙が出てきてしまうものなのだ。


厄介極まりない制約を前にどうしたものかと考え込む三人を前に、王侯貴族と直接的な関わり合いがなく、政治的な立場も殆どあってないような状態である葵は口を挟まずじっとその様子を眺めていた。元より各国の大賢者でありながら何の縛りも持たないチトやソフィは、興味なさげに早く結論を出せと言わんばかりに紅茶に口を付けている。暫く大人しくしていたが、いつまで経っても国や政治の悪いところが出てくるばかりで解決案の一つも出てこない現状に、葵は一人小首を傾げた。自然と葵に視線が集まる中で、心底不思議そうに、それでいて面倒くさそうに葵は口を開く。



「…それって全部、大賢者様権限でどうにかできひんの?」



世界の事、立場の事、国の事、政治の事。何もかもがあくまで他人事であり、日本と言うお国柄認識が薄いままだった葵の何気ない一言こそが、無意識に凝り固まっていた認識を持っていた三人に対して神の一手を与えたのである。銅像のように固まった三人と、成程と目を瞬いた大賢者たちは自分たちが受け流してしまっていた前提条件をようやく思い出したのである。



―――改めて大賢者とは、国家が承認した国を象徴する魔法使いの事である。トートにおいてはチトが千年近くに渡って君臨し続けている為国民の認識は薄い所もあるが、要は王族に並ぶ絶対的な権限を武力をもって手に入れた存在である大賢者は、民の認知度は低くとも国家の上層部としてはいつ何時もその立場を無視する事は出来ない絶対的なものだ。その気になれば国家の一つ簡単に落とせる実力者なのだ。国の象徴として優遇を約束する代わりに、国家の有事には守護者となり同時に国内でその力を振るわないでくれ。比較的後者の意図が強く込められつつ贈呈される称号こそが大賢者。事実、チトは嘗てトートとキーフによる戦争でキーフを滅ぼした実績を秘かに持っているのだから、その実力は折り紙付きだった。


これまでのチトは殆どその権限を利用してこなかったが、先日オーフ訪問の際には自らが発言と言う名の圧力をかけ日程短縮や既定の人員での決行を強制した経歴もある。立場だけで言えば、チトがどれだけ純白であっても漆黒だと言い切れば国家ぐるみで漆黒が認められてしまうような、そんな理不尽な権限を持っているのだ。しかも大賢者の扱いは基本的に世界共通である。それは、国として絶対的な武力の後ろ盾があるのだと他国へ牽制する意味もあり、大賢者が存在するのは政治的に有力すぎる切り札を保有している事と同義なのだ。オーフの大賢者としてここ最近君臨したソフィもチトと同じく絶対的な立場を持っており、最近オーフで誘拐(?)事件が起きた際の殆どは、二人の大賢者によって強制的に捻り潰されえている。余談だが、以前学園の行事の際に葵周辺で起きた諸々に爆速で緘口令が敷かれた際も、ヴィルの指示はあったが大部分はチトのお願いと言う名の強制力が作用した結果だったりする。


さて、長々と説明をしたが、そんな世界的地位を持つ大賢者が、魔王が出現し討伐が必要になったが干渉するな、と各国及び世界に発信すればどうなるか?



「…アオイ、お前やっぱ天才だな」

「ふっふっふ~、まぁ頼りになるのはいつだって葵様、と!」

「凄いねぇ、目の前の事ばかりに誇示していたボクたちじゃ到底辿り着けなかった最適解だよ」


チトとソフィから素直に褒められた葵は、当然の事を多少なりとも思考を転換させるために冗談交じりで言っただけのつもりだったのに、なんて思いながらも頭を撫でられて悪い気はしなかった。以前であれば茶化す様に距離を取っていただろう葵は、いつの間にか相手の好意や自分の実績を素直に受け入れられるようになっていたのだ。葵本人ですら気付いていない、人間として悪くない変化。気恥ずかしそうにはにかむ葵の様子に目を見合わせた三人も、つられるように笑みを浮かべた。




―――



「バチの使節団に向けた資料はまだ上がってこないのか!?」

「オーフから聖人を通していない親書を装った密状が複数届いています。内容はどれも我が国を見下している様にしか思えない!」

「ホウの国から使者が突然現れただと!?最後の国交歴はもう数百年前だぞ!どうなっている!」

「外交部門から深刻な人手不足の嘆願書が回ってきました、至急人事の配置を、」

「既に国内貴族が抑え込めなくなってきている、このままだと王城の決定を無視して勝手に行動を起こす可能性があるぞ」

「騎士団の若い衆がまた規則に反する言動を起こして罰則を受けたらしい、騎士団長がキレて使い物にならなくなったとか」

「おい、ガカワの件はどうなってる。催促状が届いたぞ?」

「貴族院も国内対応が限界だと報告が上がってきたぞ、回せる人員すらないも同然なのに一体どう対処すれば…、」



ヴィルは、慌ただしく場内を駆け回る文官や城勤めの貴族たちが道行く様子を以前葵やルシエと遭遇した庭園から眺めていた。手元には当然、これまで同様に国内の地方自治体から上がってくる報告書が広げられているが、それでもヴィルの周りは静かなものだ。一体何故そんなことになっているのかと言えば、答えは当然チトとソフィという現在の世界でたった二人の大賢者たちが共同で世界中の国家上層部に対し堂々と宣告した、魔王討伐決定及び不干渉の命令が発表されたからである。


千年の時を得て、殆どの国家において御伽噺として扱われる様になっていた魔王と言う存在の突然の復活、討伐に関わる人員の決定報告。絶対的な不干渉を前提とされた各国家上層部の者たちは、尾びれを付けて泳ぎ回る無数の噂話の中からどこまでの情報が真実であり、国家としてどう動くべきなのかを大慌てで検討し始めたのだ。そんな中で討伐パーティーの中心とされたヴィルが所属するトート上層部は当然の大混乱に陥っており、問合せの殺到に始まり国内の貴族たちから見出の情報催促を受け、大賢者と外交の板挟みとなった結果が現状を引き起こしている。そんな中事情を知っているヴィルやオルコス、そしてヴィルの庇護下にあると有名なルシエが一切情報提示をしなければ、結果的に張本人たちが蚊帳の外になるのは時間の問題だった。


そんな訳で完全にヴィルの手元を離れた結果、勝手に各問題への対処に走る上層部から弾かれたヴィルは普段通り、魔王討伐に一切関係がない案件にしか関わる事が出来ず、何もできない現状に本能的に気まずくなりながらも手持ち無沙汰になっていたのである。普段は自分も比較的慌ただしく仕事に追われる側、まさかその輪から外れる日が来るとはこれまで生きてきた日々の中で一度も考えた事が無かった。


「……気まずいぞ」


ぽつりと呟いたヴィルは、近くで書類の整理をしていた文官に苦笑されながらも最後の書類を片付けて小さく息を吐く。一応これ以上何か出来る事はないかを視線で確認するも肩を竦められてしまった為に、暫くの沈黙を終えて喧騒から逃れるべく城内の書庫へと向かう事にした。



―――



「白焔魔法が今回の最重要魔法、か。改めて考えても、幼少期から問題なく利用できていたこの魔法について特に意識をしたことがなかったな。具体的な制御等を指導してくれたのはチトだったが、絶対的な攻撃手段として教わった事は一度もない。恐らくチトも、本当にこの魔法が必要になる日が来るとは考えていなかったんだろう」


自身の魔法的能力が一般的に見て低い訳ではないが、決して高い訳でもない事をヴィルは幼少期から自覚していた。魔法に関して圧倒的だったルシエがずっと隣にいたからこそなのだろうが、魔力量も、魔力操作も、魔法に関する何をとってもヴィルはいつだって八十点。折角多少自身があった魔法陣作成だって、そもそもの言語理解はオルコスに遠く及ばず、作成は葵の圧倒的な才能を前に強制的に平凡である事を自覚させられた。結論器用貧乏であるヴィルは、幼少期当時こそ何か自分だけに出来る突出した才能はないだろうかと研究や訓練を重ねた日々もあったが、結局何処まで言っても優秀な王子の枠から抜け出す事は出来ないまま今日までを生きてきたのである。


他者より優れていない自覚がある者は、いざという時より正しい判断を行いやすいと言われている。それは、強者が持ちやすい本能的な油断や慢心、楽観的思考を常に持たず、自身が平凡である事を日々念頭に置いているからだ。こえrはヴィル自身も自覚している情けなくも誰にも劣らない絶対的な強みであり、自らが得意とする思考戦において勝利を掴む切り札でもあった。平凡だからこそ、知恵が回る。小賢しいだとか、情けないだとか、自分をそう思った事は確かにある。それでもヴィルは、自身の在り方を恥だと思った事は一度だってなかった。寧ろ、平凡だからこそ強者たちと渡り合える事実を誇らしいとすら思っていた。ヴィルの中の強者代表であるルシエは結果としてヴィルの掌の上で今日も愛らしく転がされているのだから、確かな実績と自負は誰にも否定できなかったのである。


「敵を騙すにはまず味方から、とはよく言ったものだが…何か、切り札の一つでも習得できない物だろうか」


適当に手に取った魔導書を眺めたヴィルは、ぽつりと誰に言う訳でもなく呟いた。




「…ほな、ウチと一緒に考えてみる?」



何気ない一言に返ってきた賛成。振り返る事無く、ここ最近どこかのエルフのせいで気配無く誰か現れてもあまり動揺しなくなった自分の危機感のなさに呆れればいいのか、それとも心臓が強くなったと喜べばいいのか分からず曖昧な苦笑を浮かべたヴィルは肩を竦めた。


「ふむ、確か例の小屋で魔法陣の作成に励んでいるんじゃなかったのか?…まぁいい、俺の秘密の作戦の共犯者になってくれるという認識でいいのか?」

「ええよ。一緒に皆をびっくりさせちゃおうよ!」


ゆっくりと振り返って応えれば、にっこりと無邪気な笑みを浮かべた葵と目が合う。にやりと口角を上げて見せれば、同じく悪戯っ子の表情で瞼を細めた葵が立っていた。


☆評価やブックマークで応援して頂けると励みになります。次回も是非御一読下さい。

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