↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
128/168

83話 真相


「何の、冗談だよ…どうしてそこでアイツの名前が出てくるんだ!」

「どうして、なんだろうねぇ…理屈は理解できても、ボク自身素直に受け入れられていない状況なんだ。ただ唯一言える事は、世界樹の意志そのものに干渉する事は絶対に出来ない、つまりボクに何を言ったところで確定した結論を変える事は出来ないんだよ」


ソフィの口からようやく語られた一つの確定した未来、新たな魔王誕生とその憑代。目を見開き暫く呆然としていたチトは、ようやく喉奥から言葉を吐き出したが首を振ったソフィによって呆気なく遮られてしまった。チトが本当に聞きたい疑問に答えられない事を予め理解していたソフィは、その上で矢張り何も出来ない自分に歯痒くなって紅茶の水面に視線を落とす。どうしても今のソフィには顔を上げる事も、ましてやチトや葵と顔を合わせる事すら避けたいと思ったのだ。チトが言葉を続ける事がない様子を確認したソフィは、紅茶から視線を上げる事はせずカップの縁を指先でなぞりながら現状把握されている状況の説明を試みる。


「明確に言えるのは、世界樹が異常行動を起こした結果が今に至るって事。本来ならばあり得ない話だった。当初から循環の一つとして準備段階に移行していた魔王誕生の布石、つまり魔王の種によって行われた憑代の選定。そこに異常が挟まった結果、現世界に存在する無機物の中でも最も強い力を持つ無機物の一つであるイブキちゃんの複製体が次期魔王として決定されてしまった。一度始まった循環を止める術は存在しない、つまり次期魔王はイブキちゃんの複製体になった…これが結論だよ」


ソフィの口から語られる単語を脳内で何度も駆け巡らせたチトは、落ち着かない様子で勢いよく立ち上がってソフィを睨みつけた。けれども、対するソフィがどこか曖昧で迷いの込められた瞳を揺らしそんなチトを見上げたことに気付いて、唇を噛み締めて何も言わずに再び椅子に腰を下ろす。困惑の色が強く乗せられた瞳は、どうしようもない現状を正面から物語っていた。


一方で、話の内容の殆どを理解できないルシエを筆頭とした三人は顔を見合わせて黙り込んでいた。イブキの立場、チトにとっての魔王と言う立場、ソフィの立場。各方面が内容の一部の事象についてを理解していても、全てを繋ぎ合わせられる程三人が持ち合わせていた情報は豊富ではなかったのである。未だ目を合わせず、それでも無言で意思を行き交わせる長寿二人組を置いて、相変わらず人間に対して配慮が欠け過ぎている人外に呆れたため息を零した葵は、わざとらしく茶器の触れ合う音を立てて紅茶を口に含んだ。自然とヴィル達の視線が葵へと向けられる。肩を竦めた葵は、チトとソフィを放って苦笑を浮かべた。


「皆知ってる情報が断片的やから、一度に言われても分かる訳ないよね。この二人はそこまで気が回っとらんらしいから、ウチが代わりに分かる範囲で説明するな?」


普段通りの明るい声音、けれどもどこか大人びた雰囲気を纏った表情を浮かべた葵に集まった視線は、ヴィル達三人の者だけではなかった。バツが悪そうに頬を掻いたチトや、気分を入れ替えるべく紅茶に口を付けたソフィまでもが葵の説明を待っていたのである。長く世界を生き、沢山の事を知っている二人ですら理解できない事が殆どの少女、葵。彼女が何をどこまで知っているのかは、彼ら二人にとっても重要な事だったのだ。


「…全く、都合が良いと聞き耳立てるんやから…。まず最初にイブキって言うのは、最初にソフィが言ってた通りこの小屋の本来の持ち主であり、一時期チト君と同居しとった人間の女の子の事。ソフィも含めた三人で迷宮攻略に繰り出した事もある。出身はキーフになってて、政治的な事情は色々あるけど大賢者を勤めていた程の実力の持ち主でもあるんやで?」


葵の説明を聞いて三人の脳裏に浮かぶのはキーフ史の内容だ。現在の世界で大賢者として認定されている魔法使いはたったの二人、それが隣接する国家に属するチトとソフィだった。けれども、歴史上大々的に世界に発信されていたのがキーフの大賢者イブキの存在である。嘗て称号を得た大賢者の中で唯一の人間であり、殆ど表舞台に立った経歴を持たぬまま最期の記録はキーフ滅亡と同時に失せている、今は既に亡くなっているだろうとされているのがイブキだ。確かに圧倒的な魔法の力を持つチトやソフィと共に行動できる人間がいるとすれば、そんな常識外れな力を持つ三人目の大賢者くらいだろう。納得と同時に浮かぶのは、大賢者イブキに付随して語られる有名な詩の内容だった。


「キーフの大賢者イブキ…歴史上では救済と大罪の二柱を担う謎多き魔法使いとされているな。キーフの研究が進むにつ連れて新たな情報が発見されつつあるが、公的文書を見る限り国家からあまり良い扱いをされていた訳ではない様に見えているのが現状だ」

「確か…”世界により招かれし客人、キーフの頂点となる。されど権威に溺れ、地を這う咎人となりけり。帰還は、救国の英雄となって果たされん”。これが、世界的に語られているキーフの大賢者イブキの経歴です。あくまで学問上の推測としての解釈となりますが、大賢者イブキの人生はキーフに招かれた者として大賢者に至るも、権力に溺れ追放と幽閉をされた愚か者。そうでありながら、キーフの窮地を凌いだ謎多き魔法使いです。チトさんやソフィの反応を見る限り、これらが間違っているのは確定しているようですが…」

「ん、そう言えばオルコスは歴史関係が得意だった。詩の全文を覚えてるのは…ちょっと引くけど。でも、そんな強い魔法使いが残した無機物が次期魔王の憑代になんてなったら、本当に手が付けられない程の強さになるかも?」


素直に首を傾げたヴィルの視線は以前イブキの持ち物だった事が発覚した小屋全体に向けられており、そこには嫌悪の類は一切なく純粋な興味が向けられているようだ。詩の全文を口にしてルシエに若干引かれたオルコスは不満そうに頬を膨らませたが、それも直ぐ真面目なものに戻して考え込むように茶器に視線を落とす。一方のルシエは、最悪の想像に辿り着いてしまったのか肩を摩りながら縮こまった。事実、大賢者が残した物が持つ力は計り知れない。ただの日用品一つだって強すぎる魔力がべったり張り付いた物質は意図しない魔道具化や、下手すれば魔物化だってあり得るのだ。物を大切にすると意志が宿る、それに近いものだと考えれば不可能な話ではない。


「…でも、大賢者イブキがこの小屋に住んでた人間なら、歴史的に出現している期間に不明点が多い。んぅ…イブキの出現期間は確か、最初の出現が記録された歴史書からキーフが滅亡するまでの約300年間に及ぶ。イブキが人間であると断定する場合、百年以上の間生命活動を維持するだけでなく、最終的に救国に至る程の力を維持するのは不可能に等しい。アオイの情報には、間違いがあるのでは?」

「それは、この小屋に時間停止の魔法陣が…待って、おかしい。ウチの身体はこの小屋で過ごしていた期間も間違いなく肉体的に成長していた?一体どうして…いや、これも例の魔法陣が持つ副効果の一つだと考えれば何もおかしくない。客観的な変化が一切ないチト君やソフィにとっては何の影響もない効果、元より複数発動している魔法陣の効果の一つが欠けたところで、気付く訳もない…か。全く、どこまで想定されてたんだか」


浮かび上がった疑問を一瞬にして考察し、納得のいく結論に辿り着いた葵はやり場のない呆れの感情を深いため息にして吐き捨てる。この小屋を本腰を入れて調べまわせば、恐らくその辺りの情報も見えてくるだろう。けれどもそれは、今じゃない。目の前で疑問符を浮かべて心配そうに様子を窺ってくる三人の存在に気付いた葵は、小さく首を振って解決したい小さな好奇心を捨てた。


「ごめんごめん、あんま気にせんでええよ。兎に角、大賢者イブキは間違いなく純粋な人間や。チト君たちに及ばずとも、横に並ぶことが許される位には圧倒的な実力を持った女の子。ただし今言った通り、この小屋に居る限りは時間停止の魔法陣が効果を発揮して肉体的な成長が止められていたけどね。今はその魔法陣も効果を失っているから気にしなくても大丈夫」

「条件はあれど永遠の命に等しい効果を得られる魔法陣、か…。また権力者が好きそうな面倒なモノだな」

「…実際、発動条件はロクでもない、ボクでさえ呆れるような物だったから今の話はこの場に留めておくことをお勧めするよぉ。永遠なんて、あっても何の意味もなさないからねぇ」


葵の説明に政治的な面から顔を歪めたヴィルだったが、そこに口を挟んだのはここまで大人しく葵の説明を聞いていたソフィだった。あのソフィでさえもが嫌悪の表情を浮かべ、ロクでもないと言い張った。余程極悪非道な発動条件があるのだろうと理解したヴィルは全力で首を縦に振って頷いて口を閉ざした。直ぐ隣で似たような事を考えていたルシエやオルコスまで、つられて首を振っていたのは少しだけ面白くて葵は思わず小さく吹き出してしまったが。


「さて、次の説明に入ろっか」


歴史上の大賢者イブキと、実際にこの小屋に住んでいたイブキと言う人間が持つ差異、それに関してのある程度の理解が追い付いた様子を見計らって葵はわざとらしく大きめの声で意識を自分に集めた。心得た様に一身に向けられる視線と興味に少しだけ緊張を背負いながらも、葵は極めて普段通りを心掛けて口を開く。


「次は魔王の憑代になった複製体について。これはイブキが考えた、現在禁忌指定されている魔法陣によって作成された存在の事で、イブキ程ではなくともかなり再現度の高い、一般人から見れば絶望に等しい自我を持った魔法人形の事。記憶もある程度は引継ぎされているらしくて、もしかすれば複製体と対話することでキーフ研究が大幅に前進する可能性も高いんとちゃうかな?…最も、対話の余地があるかどうかは知らんけど」

「魔王との対話、ね。無理ではねーと思うけど、成立するかって言われたら微妙だな」

「チト君が言うならそうなんやろうね」

「む…ルシエ達にも分かる様に、話して」

「チト君は前回の魔王の息子やからねぇ」

「……んにゃ?」

「そういう事かよ…」

「そ、そんな明け透けに…」


複製体について、そこから発展した話題に退屈そうに自らの見解を述べたチト。その言葉に肩を竦めた葵を前にして、不満そうに口を挟んだのはこの中で最も持ち合わせた情報が少ないルシエだった。そう言えばそうだったな、そんな事を思い出して、自分もあまりチトとソフィの事を言ってられないかもしれないなんて呆れながらも殆ど無意識の内に飛び出した一言にルシエは完全に固まり、ヴィルが頭を抱えて項垂れ、オルコスが引きつった表情でおろおろとチトの反応を窺っている。軽口のように吐き出された真実は、これまで様々なチトを直接見てきたルシエやヴィルからすれば納得がいきながらも理解が及ばない真実だったのだろう。一方であっさり正体を明かされたチトは、本当にどうでも良さそうに混乱する三人の反応を眺めていた。寧ろ混乱して普段通りの表情を保てなくなった三人を面白がっている素振りさえある。この男、これまで一度も聞かれてこなかったから答えなかっただけで、自らが魔人である事も、そして魔王の息子である事も隠そうと思った事は一度もなかったのである。


「はいはい、その話はまた後で。以前ウチとヴィル君、ソフィの三人で向かった迷宮の地下に現在は封印されとって、実はオーフに向かう際にルコちゃんの訓練に使った魔法はこれの派生やったりするんやで?」

「ちょっとその話詳しく聞かせてくれるかなぁ?」

「おっと藪蛇やったか」


収集が付かなくなってきた状況を見て話題を引き戻すべく強引に話を戻し、オマケ程度に語った豆知識に目の色を変えたソフィから全力で顔を逸らした葵は小さく深呼吸をして、それから咳払いをして再び場の静寂を呼び戻した。ソフィが話を切り出す時もそうだったが、この六人が集まるとどうにも重苦しい雰囲気が似合わない物である。意図せぬ茶番が定期的に開催されて、結論に至るまでに無駄な時間が掛かるのだ。それを理解していながらも、それが嫌ではない事に気付いている葵は何とも言えない感情を抱きながら、それでも今は目の前の説明に集中するべく真剣な表情を浮かべた。


「イブキ本人は最終的に自らの意志でこの小屋を離れ、時間停止の魔法陣の効果が無くなった事で既にこの世界には存在していない。でも、封印されたイブキの複製体だけは当時から数百年経った今でもこの世界に残されたままだ。ソフィ発案の迷宮探索の目的は、この複製体の破壊やったんや。最も、その時は魔王云々の話題は存在していなくて、完全な個人の都合が理由やったんやけどね」

「…聞いてないけど」

「言ってないからねぇ。あの複製体の処遇は好きにすればいい、君は確かに以前のボクにそう伝えたんだよぉ?覚えてないならこの場で再生してあげようか?ねぇ?」

「うるさ…はぁ、今はそれはおいておく。話を戻すぞ、アイツの複製体が魔王になるのは確かにまずいだろうけど、お前が頭を抱える程の話なのか?魔王が育ち切った正式な活動前だったら倒す手立ては幾らでもあるだろ」


葵の意図的に軽く言葉にされた内容に僅かに瞳の奥を薄暗くしたチトが口を開く。けれどもそれは、人間らしいというよりは長寿のエルフらしい表情を浮かべたソフィによって封殺されてしまった。こうなったら面倒の始まりである事を身に染みて理解しているチトは、速攻で話題を変えてソフィを睨みつける。ソフィの過去の言った言ってない問題に対する謎の執着は、本当に面倒臭いのだ。大抵チトが興味がなく忘れていたが故に負けるから、余計質が悪かったりする。そんなチトの様子を鼻で笑ったソフィは、直ぐに苦笑を浮かべて肩を竦める。それは、どうしても真面目な雰囲気が継続しない六人の空気に良くも悪くも思う所があったからこその反応だ。この場に居合わせた誰もが、似たような感想を現状に抱いているのだろう。


「魔王と言う存在は、多少の個体差はあれど決められた成長を世界樹によって促進される。その限界点は人類が全ての力を掛け合わせてどうにか討伐できる、限界値に調整してあるんだよぉ。確かに複製体は無機物だけど、種の段階で確立された自我や元から持ち合わせた魔力がある状況で通常と同様の糧を得ればどうなると思う?世界樹の想定を超えた力を魔王が奮う事になるんだ。ただでさえイブキちゃんの複製体は厄介なのに、魔王として更に力を得ればどうなると思う?」

「…俺やソフィでも単騎で勝てる確証は得られない、か。魔王は強い。俺が知るのは先代魔王だけだが、あれは俺が知る限り人類ではどうしたって敵わない圧倒的な力を保持していた。勿論、俺一人でも討伐出来なかったしな」


ソフィの唸るような説明を理解し脱力しながら椅子の背凭れに体重を預けたチトは、ぼんやりと天井を仰いだ。嘗ての魔王の力、それを今の世界で最も理解しているのは間違いなく自分だろうという自負がある。良くも悪くも、チトは最盛期の魔王の隣に居たのだから当然のことだ。その際行われた戦闘や最期に至るまで、魔王は何処を切り取ったって強い存在だったのである。イブキの複製体が、そんな魔王に。


「…そもそも、俺はアイツを前にしてまともな攻撃が出来るのか?」


果して、己はイブキの複製体に杖を向ける事が出来るのだろうか。良くも悪くも沢山の”記録”をチトの中にまるで消えない傷のように残し、魔王同様に最期を委ねてきたひとりの人間。チトが未だトートの大賢者として有り続ける最大の理由の一つ。その複製体とは言え、完璧な記憶を引き継いでいる彼女が目の前に現れたとして、チトは何かを想わないとは思えなかった。それくらいには、自分が変化している事を自覚していたのである。


「世界戦争、魔王。それらの存在を完璧に証明できる生き証人が目の前にいる訳だ。はっきり言って、トートの大賢者に納まる程度で許される存在ではないだろう。いっそ世界の掌握だって出来るはずなのに、それをしないからこそチト、と言うか…何とも言えないな」

「これが、アオイの記念品を買いに行った店先でチトとオルコスがルシエに伝えようとしていた事?」

「不足はあるが、その認識で間違いないぞ。俺は魔王討伐に至った勇者パーティーの一員だったからな」

「ん、あれ…?チトは魔人で、魔王の息子なら…魔王陣営なんじゃ、」

「裏切ったからな」

「そ、そう……」


微妙な表情を浮かべるヴィルの隣で小首を傾げたルシエが浮かべた疑問は、余りにも軽い口調で張本人から真実で返されてしまった。何とも言えないまま若干口元を引きつらせながら気の抜けた相槌を打ったルシエは、困惑気味に隣に座っていたオルコスの脇腹を指先で摘まんだ。驚きとくすぐったさに藻掻くオルコスの反応に知らない顔を決めつけて混乱する脳内を整理しているようだ。とばっちりを受けやすいオルコスは、だからこそ真面目過ぎる場面での息抜き的存在なのだ。オルコス自身もルシエの混乱を理解できる為に、本気の抵抗もできず陸上に打ち上げられた魚のように口元を抑えて震えていた。


一方でそんな一連のやり取りを眺めていた葵は、チトが言葉であっさり言い表せるほど単純な過去を背負っている訳ではない事を知っている。裏切り、なんて生易しい言葉で過去を表現してしまったチトを前にして、浮かび上がった僅かな負の感情を吐き出す様に小さくため息を零した。


「この辺りの話はウチがまた可能な限り纏めて教えてあげるから。何がともあれ今は目の前の問題、イブキの複製体が魔王として完全な力を得る前に、ウチらに出来る事を考えるべきやと思うで」

「なんでアオイが俺の過去を詳しく知ってるのかは、聞かない方がいーの?」

「ソフィに聞けばええんとちゃう?」

「え…ボクぅ!?いやっ…これ、ボクが悪い、のか、なぁ…えぇ、ボク??」


何でもない表情で、ぽつりと投げらたチトの素朴な疑問。それを受けた葵は、間髪開けずに油断していたソフィの方へ抛り捨てた。明後日の方向からぶつけられた回答権に声を裏返したソフィは、混乱気味に当時の状況を振り返っているらしい。流石はソフィ、全ての記録を正しく残しているからこそ自らの言動に嘘は付けず、捉え方によっては自らが原因の一つである事を否定出来るだけの情報が見つからず完全に唸ってしまった。突如始まった茶番に混乱は残りつつも、チトが齎した様々な過去の情報に頭の容量が溢れそうだった一同は気分を落ち着かせることに成功する。顔を見合わせた葵とチトは、肩を竦めて笑った。


「これは、聞かない方がいいかもしれねーな」

「少なくとも今聞いた結果先の行動に支障が出たらあかんしなぁ…」

「まぁ…余計な心労が増えるのは確実だろうねぇ」

「何それこわ」

「はいはい…兎も角、魔王はチトでも敵わない程の圧倒的な敵であり、今回の魔王はそれ以上の力を有する可能性が高い事は理解した。それから、もう担った憑代がチトとソフィにとって旧知の大賢者イブキが残した本人に酷似した魔法人形だから戦闘に至った際の懸念点が多いと。この認識であっているか?」

「流石ヴィル、あの無意味で無価値な自称世界の中心な国家議会を纏め上げるだけの理解力と説明力だ」

「ほらそこ茶化さない!」


ソフィのニヤリと浮かべられた怪しい笑みに素直に引いた表情を浮かべたチト、それを宥めたヴィル。けれどもチトが直ぐに横槍を飛ばし、どれだけ真面目な雰囲気を取り戻しても直ぐに崩壊してしまうある意味平和な小屋の中で六人は顔を見合わせて少しだけ笑ってしまった。呑気な会話をしていい状況では決してない筈なのに、六人のやり取りは何を話しても茶番に終息してしまう。それが愉快で、何より暖かくて。葵と言う存在が現れるまで、決して手に入らなかったこのやり取りこそが…本当の家族とでも、言うのだろうか。逆に言えばどれだけ話題が逸れても誰かが合図をすれば真面目な雰囲気をあっさり取り戻す単純さに再び浮かんだ苦笑をかみ殺したソフィは、ゆっくりと少しぬるくなった紅茶を口に含んでから口を開いた。


「今はまだ、封印の内部に居るから活動を始める事はない。あの封印は迷宮自体に固定化されたもので、そう簡単に打ち破る事は不可能なんだ。だからこそ本当の脅威は、複製体が内部から迷宮ごと封印を破壊した頃には人類では手が付けられなくなっている可能性が非常に高いという事実。そして何より…皆が当てにしてくれてるだろうボクは、対魔王との戦闘に一切の干渉が出来ない事もある。正確に言えば、ボクは世界樹の活動そのものに一切手出しが出来ないまま見届ける事しか許されていないんだよ。これこそが、世界の調整者としての役目だからねぇ」

「それこそ、全知全能の力で覆せねーの?」

「ボクの力の根源は全て世界樹に依存しているんだ。世界樹がボクに不要だと判断した行為はどう足掻いても触れる事すら許されないんだ。例えば、世界樹を意図的に破壊する事…とかねぇ。現時点でボクが知る記録全てを探し回っても、魔王討伐に干渉する方法は見つかっていない」


世界が有する圧倒的な戦力が一番最初に使えないと分かったチトは、腕を組んで考え込み始めてしまった。果たしてその思考内容は、魔王の討伐方法なのかそれとも…世界樹の干渉を拒む方法なのか。兎も角チトの脳内では無数の策が立つと同時に流され手を繰り返していた。一方で戦力に関してはどうしようもないヴィル達三人は、口出しする内容も見つからずに大人しく聞き手側に回っている。人類を凌駕するソフィやチトでも頭を抱える戦力を前に、ただの人間である自分たちに出来る事はなにもないと理解していたからだ。そんな中、一人だけ様子が可笑しい者が居た。


「…次の魔王がイブキの複製体だって決まったのは、いつ頃の事なの?」


僅かな動揺と怯えを含んだ瞳を揺らし、恐る恐る口を開いたのは葵だった。普段の煩い位に元気な様子とは全く異なる、か弱く震えた声音と不安に揺れる表情に僅かに固まったソフィは、自分に投げかけられた問いである事を理解して僅かに考え込む動作をした後ゆっくりと言葉を選んで並べた。


「世界樹から情報を得たのは君たちがオーフ訪問に向かっている間の事だけれど…そういう質問ではないみたいだねぇ。要は、魔王の種が植え付けられた時期の話って認識で間違いないのかなぁ?」


触れたら壊れてしまいそうな、どこか繊細で曖昧な雰囲気を纏った葵を前に無意識で緊張感を高めるソフィは、それでも冷静を自分自身に言いつけて極めて穏やかな表情で微笑んだ。小さな頷きによって返事が来たことに内心動揺しながら、それでも小さく息を吐くだけに留めて決して逸らすまいと葵と瞳を合わせる。


「明確な日時は分からないけど、ボク達が迷宮探索に向かった前後の時期に選定されたようだね。誤解を恐れずにはっきり言うと…可能性の一つとしては、世界樹の手足であるボクが近付いた無機物の一つだったからこそ候補の一つとして認識されたのかも。少なくともこれまでの魔王選定において候補に挙がる無機物は、大抵が死者の躯や魔力の込められた武具、それに準ずるものだった事を加味すれば……イブキちゃんの複製体は無機物判定し辛い曖昧なモノだったから」


ソフィの付随した説明はきっと今の葵には届いていないのだろう。ぐらりと揺れた瞳は明確な恐怖に染まっていて、きっと彼女は最悪のあったかもしれない未来を弾き出せてしまっている。目に見える身体の震えを隠す事も出来ず、机の端を指が白く成程強く握りしめた葵は息苦しい呼吸音と共に必死でその言葉を吐き出した。



「じゃあ…じゃあ、あの複製体を目視した段階で下手に”私”が封印に使われた魔法陣を解析したいなんて言わないで、その場で複製体の破壊に至っていれば、」

「こうなるから、君に伝えるかどうかも迷っていたんだよねぇ」


激しく肩を震わせて、顔色を真っ青に染めた葵が続けようとした結論をソフィは強引に遮った。これ以上は許さないと、その先の言葉を続けたところで誰ひとり得なんて出来ないのだと、はっきり告げる為だった。わざとらしく呆れた表情を浮かべたソフィは、ため息を吐き捨てながら無意識で葵から視線を逸らした。今その瞳を見れば自らも引きずられてしまうかもしれないと、本能的な恐怖心に陥ったからこその防衛本能が働いた結果である。


「この話を聞いてエトちゃんが動揺した結果使い物にならなくなる可能性は事前にりかいしていたけれど、葵ちゃんは何より頭の回転が良すぎるから…気付かなくて良かった筈の可能性にまで、至れてしまった」


ソフィの言葉など一切耳に届いていない葵は過呼吸寸前になりながら縋る様に自分自身の身体を抱え込んでいる。そこに、普段の大袈裟な位元気な話題の中心となる少女の面影はどこにもなかった。誰しもが葵の変わり様に動揺する中で、自らも本能的な動揺を見え隠れさせながらそれでもソフィは年長者として必死で言葉を紡いだ。冷静さを装って、少しでも葵の意識に届くように。そんな不確定な願いを込めて。


「違うよ、葵ちゃん。君に責任は一切ない。そもそも世界樹が異常行動を起こした時点でボクが確認に動いていれば、何の問題も起きない筈だったんだから。異常行動自体は何年も前に生じていた問題で、それを数年くらいどうって事ないと面倒臭がって放置したのは紛れもないボクだ」

「っ違う!!私、私が……私が居たからだ…っ!!」

「そんな不確定な原因で魔王は選定されな、…エトちゃん?」

「一回止まれソフィ、アオイの様子が余りにも可笑しすぎる!」


何か、目に見えない壁が強引に雪崩を引き起こされたような感覚。普段なら深呼吸の一つでどんな感情の揺らぎだって沈めて平静を装えていた筈だったのに。へらりと気の抜けた笑みを浮かべて、やり過ごせるはずだったのに。今に限って、葵の感情制御機能は何一つ意味を成していなかった。こんな言葉を口にしたいわけじゃない、その言葉を口にしたところで何かが変わる訳でもない、無意味な自問自答に他者を巻き込む理由なんてどこにもない筈なのに!!


違うのに、自分が勝手に作り出した個人的過ぎる問題なのに、誰かに言ったってどうしようもない、迷惑で面倒なだけの話なのに…!!


「私が、疫病神だから…っ化け物だから、皆不幸になるんだ!いつも余計な事ばかり言う、あの時だってそう、意味もなくその場の感情で引き留めたりなんかしたから、余計な行動をとったから!!全部私のせいだ、私が居るからこうなるんだ…!!」


「っ、アオイちゃん落ち着いてください!!魔力が、わっ!?」

「オルコス、結界魔法。ヴィルも、自分の身は自分で守って!」

「お前それでも俺の護衛か!?…っとか言ってる場合じゃない!なんだこの圧倒的過ぎる魔力は、暴走程度じゃ説明つかないぞ!」


「うるさいうるさいうるさいっ!!私が魔王を殺す、私が責任を取るんだ、やり遂げるんだ…!!魔法は凄いんだ、何でもできるんだ、禁忌なんてどうでもいい、世界樹なんてどうでもいい、私の邪魔をするなら全部全部壊してやる!!早く作らなきゃ、私には魔法しかないんだから、作らなきゃ、魔王を殺す魔法を…っ!!」


葵の暴走した魔力は激流となって小屋全体を襲う。家具が暴れ出し、茶器が近くの壁に当たって割れる音が甲高く響いた。動揺するオルコスに結界を張ってその手を引いたルシエは、混乱しながらもその全てを自分自身の目に焼き付ける。今の己では辿り着けない圧倒的な魔法使いが暴走した場合の結果、そして魔力の流れ。その場に居合わせた五人の誰一人も気遣わず感情のままに全てを破壊し尽くそうと暴れる大切な、妹の様な存在。何か、自分に出来る事はないのだろうか。自分を守るだけじゃない、彼女自身を守る力を、何か!!


全身の震えが止まらない葵は、一刻も事態を抑制しなければと混乱する理性と暴走を続ける本能の狭間に立っていた。まるで自分を一枚画面を通してみている様な気分だ。本当はそんなことしたくない筈なのに、どうしようもない自分はそれを呆然と眺めている。事実、葵にとって魔法は奇跡そのものだった。どんな危機だって、些細な願いだって、魔王さえあれば簡単に脱することが出来るのだ。唯一無二の、葵に与えられた絶対的な奇跡、そして自身が持ち合わせた唯一の才能。己には魔法しかないのだと、己がこの空間に居られるのは、己の魔法技術があるからこそなのだと、本気でそう考えている。それは理性も本能も関係ない、完全な葵自身が考える自分の存在価値だったのだ。


「やらなきゃ、」


ぼろぼろと頬を流れる雫が邪魔で、ローブの袖で強引に拭った。震えて落ち着かない喉や手元が鬱陶しい、言う事を聞かずペンすらまともに握れない指先が煩わしい。本能のまま呼び出した白紙をぐしゃぐしゃに握りしめ、床に縋りつくように文字を書きなぐる。その言語を遠目に覗いた彼らは気付くのだ。間違いなく、最近何かと触れる機会の多い古代キーフ文字…それを、まるで意のままに操っている事実に。確かに葵は言語理解の魔法陣によってどんな言語も操ることが出来る。けれども、主要となるのは共通言語である筈だったのだ。少なくとも、これまでの葵が描き出した文字や魔法陣は全て共通言語によって構成されていた。暴走する中で飛び出してくる文字、それは間違いなく葵が元の世界で日常的に使用していた言語である筈で。つまるところそれは、日本語であって。


「もう、独りは嫌だ………っ」


項垂れる様に容姿に縋りついた葵は、脳裏に浮かんだ恐怖心に本能的に言葉を吐き出した。集中すると周りが見えなくなることは誰だってある。それでもまさか、他の誰でもない自己制御に長けた葵がこんな状況に陥るなんて、誰が想像できたのだろう。魔法陣に意識が集中したのかようやく魔力暴走が落ち着き、結界魔法を張らなくても良くなった事を確認したヴィル達は無意識で胸を撫で下ろす。そして広がる惨状にどうしたものかと肩を竦める事しか出来なかった。


そんな小屋を一瞥したチトは、無言で杖を呼び出し小さく振った。途端に全ての時間が巻き戻るかのように、あるべき場所へ、あるべき形へと戻っていく。これまで三人が見た事がなかった、確実に時間に干渉する魔法の存在が実証された瞬間だったのだ。息を呑む三人を横目にチトは、静かに葵の方へと歩み寄っていった。


「あーおーい?何描いてるんだ?」


葵が取り乱し始めてから終始無言だったチトは、部屋を完全に元の状態に戻したかと思えばとろけるような甘さを含んだ声音で、用紙だけに向けられた葵の瞳をそっと手のひらで塞いだ。まるで、愛する我が子に親が向けるような振る舞いにはそう言った人間的な感情に疎いソフィですら無意識で目を見開いた。ゆるく笑みを浮かべて、瞼をそっと細めて、愛おしくてたまらない相手に触れる様な手つきでそのまま葵の瞼に触れれば、ようやく葵の動きが完全に止まる。


背後に立ったチトは葵の腰を自らに引き寄せ、ゆっくりと目元に当てた手を外し肩を掴んで腰を捻らせるように自らの方へ顔を向けさせた。じっくり交わった瞳に小さく息を吐いた葵は、無垢な子供のように気の抜けた笑みを浮かべて口を開く。


「魔法陣、描いてたの」

「そっか。どんな魔法陣なんだ?」

「”皆を”幸せにする魔法陣だよ」

「皆を…か。俺も幸せにしてくれんの?」

「ん、勿論!」


幼い子供をなだめる様な柔らかい問いかけにつられるように、返事を示す葵。その目尻の涙をそっと拭われれば、擽ったそうに身を捩った。混乱を宿した視界が塞がり、他人の体温に包まれたからなのだろうか。脳内は沸騰していたにも拘らず氷のように冷たく震えていた身体の感覚が収まっていく。全身の力が抜けて、チトに全ての体重を預けた葵は暫くして、深いため息をわざとらしく吐いた。


「…お?落ち着いたか」

「手慣れててムカつく。お兄ちゃんにでもなったつもり?」

「んだよそれ、お前が妹っぽい事は否定しねーけどさぁ…。てか、俺も記憶を頼りに結構頑張ったんだぞ?ぶっちゃけ比較的まともだった頃の母様の真似とか、母様を宥めてた頃の事を思い出したりしただけだ」

「そんな記録は知らないもん。でもまぁ、ありがとうチト君。冷静になった…冷静になって、激しく後悔してる」

「ははっ、だろうな!ま、他の奴らの視線は一旦放っておけ。今は咄嗟に過去の記録を組み合わせて見事お前を引き戻した俺の功績でも褒めてくれよ?」

「自分で言ってて恥ずかしくないの?」

「少なくとも今のお前よりは?」

「ぐぬぬ…」


ゆらゆら、水面が穏やかにゆれるような静まり返った部屋の中に、二人だけの会話が響き渡る。たった二人だけの世界で生きた二年間は、実のところ今の様な生暖かい温度に浸った曖昧な会話が多かったのだ。チトに後ろから抱え込まれたままどうにか身体の正面をチトの方へと動いた葵は、不満げにチトの頭へと手を伸ばした。一度空を切ったのは、そこに嘗ては存在した一つの部位の事を知っていると敢えて伝える為である。最初は不思議そうな表情を浮かべていたが、次第に理解したのか苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべたチトを前に葵は悪戯っ子の様な表情を浮かべてようやくいつも通り笑う。そうして得意気に胸を逸らした。


「じゃあ、ウチがご褒美にチト君の頭を撫でてあげよう!嫌いじゃないでしょ?そういうの」

「……そうかもな」


薄っすら汗で張り付いた葵の前髪を繊細な手つきで払ったチトは、仕方がなさそうに笑った。赤い目元を浮かべながらも擽ったそうにチトの手つきに幼い笑みを浮かべた葵を前に、チトは乱雑に頭を撫でまわされるのだった。




☆評価やブックマークで応援して頂けると励みになります。次回も是非御一読下さい。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。