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81話 百歩前進


「…正式に、オーフとの国交を結びたいと思う。想定以上に事態は深刻化している、国内事情の理解も含め、早急な対処を行っていく事が急務であると判断した」


頭を抱え呻きながらも、はっきりとヴィルの口から宣言された結論を受けてオーフの新聖人、オルコスの兄はほっと胸を撫で下ろした。全身の力を抜いたように背凭れに体重を預け、苦笑を零す様子は随分とヴィルを含めたオルコスの友人たちに気を許している証拠でもある。隣に座って同様に緊張した表情を浮かべていたオルコスも、願望通りの回答をトートから得る事が出来た事実に気の抜けた笑みを浮かべていたが、改めてヴィルから提示された国交樹立に際した条文に視線を下ろして唇を噛んだ。


「まさか、我が国がここまで愚行に邁進していたとはわたくしも想定外でした。ソフィは、わたくし相手にも情報規制を行っていたのですね。果たしてその真意は教育なのか、愉悦目的だったのか…。帰還後に問い詰める必要がありそうですね」

「る、ルコちゃん?なんかやばい顔しとるで?落ち着いて?」

「こんな状況で落ち着いていられるとでも?わたくしの想定では街の表層に隠れた貧困者が存在する事実は間違いないだろう、とその程度だったのですよ。それが実際は、貧困者どころか貧困街が国内に点在していたなんて…更には、貧困街に押し込められた者たちへの、民達の認識ですよ!同じ国民であるにもかかわらず、なんて扱いを…!…矢張りこんな国、滅ぼすべきでは??」

「ちょ、ルコちゃん魔力!!無詠唱覚えたからって感情を魔法にぶつたらあかんって!あーもーほら、調度品傷付いてるって!…うわぁ!?」


普段の穏やかで聖女らしい声音である筈なのに、明らかに真っ暗な瞳を浮かべたオルコスは国内実態調査が赤裸々に書かれた文書を強く握りしめて血迷っているのかも曖昧な発言を続ける。感情のまま制御が揺らぎ溢れた魔力は、周囲の家具に影響を及ぼし暴れはじめたので慌てた葵はオルコスの周囲に魔力を完全に遮断する結界を張って事なきを得た。二人が魔法を用いて高度な茶番を引き起こしている間に、チトは僅かに眉を顰めながらも未だ頭を抱えて机に突っ伏すヴィルの方へと近付いて行った。


「一国の王子としての正直な感想は?」

「…こんな、堂々と世界の常識を破る国が隣国に存在していた事実を信じられない、と言うより信じたくないと言った思いが強いな。チトはどう感じたんだ?」

「俺?…あー、昔よりは断然マシだな、とは。最低限食料は保証されてるし、住居もある。子供同士の連携も取れていたし、大人連中は基本的に不干渉を貫いていただろう?」

「あぁ…チトが一体いつの時代と現代のオーフを比べているのか分からないが、少なくとも現代基準では今のオーフは異常の一言に尽きるからな。少なくともトートで同じ行為を隠蔽した事実があったとすれば、俺は自らの手でその者の首を燃やし尽くす…と言うのは流石に冗談だが、禁錮確定は免れないな」


チトの言動は、まるでオーフという国の存在を第三者視点から見る為の確認の様だった。僅かな迷いを込めた問いを疑問に思いながらも素直に答えたヴィルは、会話の一端として返した相手の意見を求める行為が、チトにおいては間違いであったことに気付いて折角上げた顔を再び机へ落とす。相手が悪かったのだ。そんな会話を続けている間にもオルコスの暴走は続き、聖女らしい完璧な笑みを浮かべたオルコスは真っすぐに冷や汗を流す葵を射抜いていた。


「ねぇ、アオイちゃん?」

「な、なに?」

「オーフ、滅ぼしてみませんか?」

「なんでウチに言うん!?全然そんな面倒な事やる気ないけど!?」

「…はいはい、二人とも落ち着いて。オルコスは今考えている事をちゃんと、お兄さんと共有してくる。アオイは正面からオルコスの言動を受けない、ただでさえおかしな話が余計ややこしくなるから…」


薄っぺらな笑みを張り付けたオルコスに服の裾を強く握りしめられた葵が本気で怯えていれば、ようやくこれまでじっと会話の行く末を眺めていたルシエによって二人は引きはがされた。不満そうに頬を膨らませた感情豊かなオルコスをどこか疲れた様子の聖人に押し付ければ、涙目の葵は勢いよくルシエに飛びついた。例の訓練用迷宮攻略以降葵は少しだけルシエに対する甘えが増え、一方のルシエもそんな葵を一切の疑問なく受け入れている様子は明確な変化である筈なのに、存外日常の一片として受け入れられているのである。


「ん…何がともあれ、アオイが無事で本当に良かった」

「それはその通りだ、チトが怪我をしない事は端から分かっていたが…アオイは子供を庇って、なんて絶妙な理由で怪我を負う心配があったからな。無事な姿を見れて本当に安心したぞ」

「何それ?ウチ、そんな献身的ないい子ちゃんじゃないんやけど…」

「…それならそれでいい、改めておかえり、アオイ」


誘拐事件があった一同は当初予定していた滞在時間を数日引き延ばし、その間にオーフ国内の本格的な実態調査はある程度完了していた。そこでヴィルと聖人は複数回の議論や取引、駆け引きを経て今日、ようやく互いに損益を伴わない公平な国交樹立が宣言されたのである。誘拐から二日開けた葵は何度目かも分からない無事を祝われて素直に困惑する。チトが一切心配されていないのもなんだか面白いが、それにしたってヴィルは以前からその節があったが、ルシエの過保護は度が過ぎている様な気がしていたのだ。けれども、決して嫌ではないのだ。寧ろ、ルシエに真綿に包むような扱いをされる現状を、葵は確かに嬉しいと感じてしまっていた。


くしゃり、小さく葵の頭を撫でつけたルシエは、ヴィルを伴ってトート側の外交官と結論について話をするべく振り返らずに去って行ってしまった。チトは相変わらず何かを考え込むように、窓の外に広がるオーフの景色を眺めている。少し崩れた髪を直す様に自身の頭に手をやった葵は、周囲の変化を前に小さく首を傾げていた。



―――


重大な会談も終わり、ついに改めてオーフから帰国する日程が決まった最終日の夜、今度こそ安全な夜会を終えた葵とチトの二人は、オルコスによって用意された二人が乗っても余裕の広さを誇る大きなベッドの上に並んで転がっていた。堅苦しい礼服もとうに脱いで、簡易的な服装に身を包んだ二人が感じる解放感は凄まじい。隣に同じ広さのベッドが配置されていたが、広すぎるベッドや部屋に居心地が悪くなった結果、二人同じベッドの上で休憩しているのである。正確には、ベッドに寝転がって魔導書を読んでいたチトの隣に葵が勢いよく飛び込んできたのだが、それを拒否しなかった時点でチトも広すぎるベッドに多少なりとも思う所があったのだろう。


チトの隣でうつ伏せに頬杖をついて足をパタパタと動かす葵は、わざとらしいため息と共にチトの返事を求めて呟いた。


「はぁ~…オーフでも色々あったね」


その一言に静かに魔導書を閉じたチトは、仰向けの姿勢のまま葵の方へと顔だけを向けた。


「だな。でもまぁ、総合的に見れば悪い事ばかりじゃなかったと思うぞ?」

「えー?チト君が楽しめたのなんて、あの古本屋さんだけじゃないの?」

「そんなことねーし」


ぽつぽつと小刻みに交わされる会話は、小屋に二人で暮らしていた時と酷似している。最も、小屋とは似つかない最高級の家具や調度品に囲まれた部屋ではあったが、どこに行っても二人の根本的な関係性は何も変わって等いなかったのだ。くすりと笑った葵は頬杖をついていた手を前に伸ばして軽く身体を左右に揺する。幼い子供の様な振る舞いとは裏腹に、続いた一言は随分と大人びていて…それでいて、鋭かった。


「チト君はさ、実際の所別にオーフが嫌いって訳じゃないんやろ?どう接していいのか分からない、って感じの方が強いんとちゃう?」

「…なんだよ、藪から棒に」

「あ、ことわざだ。チト君ってほんま、キーフの知識豊富よな、いい先生がおったん?」

「話を逸らすな、悪い癖だぞ?」

「んー?んふふ…」


楽しそうに笑った葵の頭を軽く手の甲で小突いたチトは、わざとらしいため息と共に発言の真意を求めた。葵も別にここまで口にして後はご想像にお任せ、なんてつもりはなかったのだろう。再び頬杖をついて、横目にチトを眺めながらも口を開く。


「チト君はトートの大賢者様で、本来オーフにおいても大々的に歓迎されるべき立場や。でも、今日までキーフの聖人はその事実に一切触れなかった。それは、大賢者という立場関係なく、チト君とオーフとの間に簡単な言葉では清算出来ない暗黙の過去が隠されているから。…でしょ?」

「ったく…お前は一体どこで俺の過去に関する知識を拾って来てるんだ?もうこの際だからはっきり聞くぞ、どこまで知ってる?」

「どこまでって、どこまでもとは言わんけど…まぁ、チト君の元同居人が故郷に”還る”べく小屋を出たところまでは概ね知っとる、かもなぁ」

「はぁ…?」


何一つ包み隠すことなく、当然のように葵の口から飛び出した現状にチトは頭を抱え眉を顰めた。葵から顔を逸らすために、身体ごと向きを葵とは反対側にし背中を向けてからわざとらしくため息を吐き捨てる。どういう事だ、何を考えている、その過去を知って…どう感じたのか。チトの中で葵から聞き出したい要素は幾らでもあった。けれども、今この場面においてそのどれもが相応しくないような気がして、結局チトの口から出たのは残念ながら完全な身内であるエルフの名前を売る事だった。


「ソフィの入れ知恵か?」


そんなわけがない事は理解していた。ソフィは世界の過去を葵に告げる事はあっても、チト個人に関わる事は何一つ葵に直接伝えた事などないのだろう。それはソフィがチトの過去を面白がっているからであり、何より誰からも求められていないからに他ならなかった。チトとソフィの根本的な思考回路は似ている。求められれば返す、求められなければ無を貫き通す。長寿種だからこその無意識の情報規制、それはソフィの中でも根強く存在しているのである。さて、葵は何と返すのだろうか。笑って今の会話を終わらせてしまうのだろうか。それならば、何も考えなくて済むのだけれど。


「…いや?間接的にはそうなんかもしれんけど、犯人自体はソフィじゃない」

「……、そーかよ」


まさか問いかけを正面から否定されるとは想定していなかったチトは僅かに面を食らって口を閉ざしたが、結局適当な相槌を返す事しか出来なかった。


「俺の何を、どこまで知ってるのかは聞かねーけど…お前はそれを知って、どうしたいの?もっと世界の事が知りたいの?それとも、俺の事でも知り尽くすつもりか?」

「…どうもしないよ?いや、違うか。どうもできない、だね」


果たしてチトは、自ら葵に向けた問いかけにどんな返事を求めていたのだろうか。殆ど何も考えていない間に飛び出した問いかけに曖昧に答えた葵は、チトが転がる背に合わせて身体の向きを変え互いを背中合わせの一に移動した。もぞもぞと身体を動かして、背中同士が完全にぴったり合わさる距離に近付いたかと思えばどこか緊張気味に吸い込まれた息の音がやけに部屋に響き渡っている。


「チト君は、さ…恋ってどう思う?」

「恋?…そういった直感的な感情には縁がないな」

「やっぱり?そう言うと思った。…じゃあ、チト君にとって”愛”ってなーに?」


息を呑んだのは、どちらだったのか。確かな沈黙が背中合わせに場を支配していた。その言葉の意味を理解するのに時間を要したチトは、ようやく絶対的な回答に辿り着いて改めて息を吸う。


「呪いだよ。全ては誰かが誰かである為の理由にしかならない、身勝手で一方的な人間の感情だ」


初めてその結論に辿り着いた気がする。初めて誰かにその考えを告げた気がする。どうしてか居たたまれない気分になったチトが僅かに身じろぐが、葵の身体は呼吸以外でぴくりとも動いていなかった。いつもなら、大袈裟な位によく動き回る子供だというのに。


「……うん、そっかぁ。じゃあ次で最後!…チト君にとって、死ってなぁに?もしウチが死にたいって言ったら、チト君はどうする?」

「…最後の質問の癖に、二つあるんだけど?」

「まぁまぁ、答えて欲しいな?」


背中から伝わってくる互いの温度は変わらない。けれどもチトには、その問いかけが軽口以上の何かを秘めている気がして、僅かに瞼を細めた。そうしてゆっくりと身体の向きを変えて、葵の身体を後ろから抱え込むような体制になる。驚いたのか震えた葵の手を背後からそっと握りしめて、こうして直接身体を合わせると存外小柄だった葵の体型に少しだけ不思議な感覚に陥りながらもその耳に向けて言葉を放った。


「死は救済だ。でも、全てが救われる万能薬ではない。それから、お前が死にたいって言ったらどうするかって話だけど…その時考える。だけど…まぁ、今言われただけでもなんか、うーん……いやだなぁって、思ったぞ」

「…へ、へー?そう、なんだ」

「明日は朝早くから準備があるからな、今日は早めに寝るぞ。よく眠れるおまじないでも掛けてやろうか」

「……ウチはチト君の介助がなくても一人で寝れるし」

「何、どういう意味?…これは俺がお前にやりたくてやってんの、大人しく受けとけよばーか」


葵の手を握り込んでいた手のひらの温度が、照明を消す魔法を正しく発動させるために離れていく。葵と変わらない温かさを持った手だった。自由になった掌をじっと見つめる葵の頭を軽く撫でつけたチトは、そのまま瞳を蜂蜜色に変えて聖属性魔法を発動させる。その表情は憂いや恐怖の一つもない、純粋無垢な穏やかさを持っていた。


「おやすみ、アオイ」


ぽかぽかと押し寄せる心地の良い眠気に呑みこまれる中でぼんやりと聞こえてきた言葉。間違いなく、チトは葵の為だけに聖属性魔法を使用し、葵を寝付かせたのだった。



―――



「やっぱり…あんな分かりやすく終幕見せられれば、夢は続かないか」


ぽつり、カーテンの隙間から差し込む光に目を覚ました葵は、自身の杖を呼び出して握る。手に馴染むそれは、嘗てのチトの同居人が使っていた物であると渡された当初に説明されている物だ。葵を抱え込むような体制のチトを起こさない様にそっとすり抜けた葵は、日差しに反射して輝く魔法石に瞼を細めながらもゆっくりと立ち上がった。


「ウチが見てきた夢の原因、お前だったのかぁ」


じっと杖の柄の部分を見詰める葵が浮かべる表情はどこまでも無だった。その瞳の奥に無数の感情を隠して、それでも表層に何一つの色も見せないまま反応の一切を示す訳もない無機物に対してため息を零した葵は、隣でぐっすり眠る無警戒がいっそ腹立たしいチトの方へと視線をやった。結局同じ布団で寝たのか、とか、ここまで葵が動いても起きないって警戒心どうなってるんだ、とか、まぁ、思う所は色々ある。全ての不満を込めて口から零れたのは、随分と子供らしい文句ばかりだった。


「…ばか、あほ。意気地なしのヘタレ」


子供じみた暴言をいくつか吐き捨てた葵は、その暗い金髪を梳くように撫でつけてやる。相変わらず無防備に眠るチトからもっと、とでも言う様に頭を摺り寄せてくるのだから、こちらは溜まったものではないのだ。



「……すき、って言ったらどんな反応するんだろ」



始めは世界で唯一頼れる相手への依存から始まった小さな感情は、いつの間にか新たな想いの種へと変わっていった。彼の過去を、今の彼を、知れば知るほどに発芽し茎を伸ばすそれは、ついに震えていた蕾が小さく花開こうと藻掻いている。必死に目を逸らして、自分自身に嘘を塗り重ねて、時には敢えて突き放すような言葉を敢えて口にしても、決して切り捨てる事が出来ないまま今日まで来てしまった恐ろしい感情。自分が持つには余りにも相応しくない想いの名前、それは。


自身で辿り着きそうになった答えに表情を歪めた葵は、チトの頭をなでていた手を放し小さく中指で額を弾いた。


「んっ…いたい?」


小さく眉を寄せたチトが気だるげに開く。直ぐ傍で覗き込んでいる葵の存在を認識しても尚、警戒心の欠片もなく再び閉ざされようとした瞳には呆れて言葉も見つけられなかった。だから、最低限目覚めの挨拶を向けたのだ。


「おはよ、チト君」

「……んん…おはよ、アオイ」


完全に寝起きで回りきっていない頭を動かしたチトは、寝ぼけ眼で葵を見上げて確かにそう、葵の名前を呼んだ。



―――


「ヴィル君ルシエちゃんおっはよー!いい天気やね!」

「おはよ、アオイ。朝から本当に元気でちょっと引く…調子は悪くない。でも、この馬鹿は…」

「ふわぁ…あ、おはようアオイ。国への報告書作業をしていたらいつの間にか深夜を回っていてな、少々寝不足の様だ。帰りの魔道馬車では仮眠を取らせてもらう事にする」


朝一番、集合場所として指定されていた食堂に向かえば大きな欠伸を零すヴィルと呆れ顔のルシエが待っていた。薄々予想していたが矢張り夜更かしで仕事を行っていたらしいヴィルを前に、隣を歩いていたチトも欠伸が移ったのか同じように口を開けているのを横目に、用意された食事に手を付け始める。それも終盤に至った頃、慌ただしく廊下を走る音が食堂まで聞こえてきた。目を見合わせた四人は、自然と出入り口の方へ視線を向ける。


「おはようございます皆さん!出発前に少々お願い事があるんですが…うひゃあ!?」

「あーもうほらルコちゃん、両手が塞がった状態で磨かれた廊下なんて走るからそうなるんだよぉ」

「いったた…って、転ぶって分かってるなら助けてくれれば良いでしょう?」

「えぇ~?」


勢いよく開かれた扉を飛び越えていったのは、書類の束を両手で抱えたオルコスである。彼女が転び資料が宙を舞う様子を助ける事無く眺めていたのは、オーフ訪問が決まって以来の再開となるソフィだった。四人の姿を視界に入れてへらりと笑ったソフィは良くも悪くもいつも通り、感情の読めない表情を浮かべている。


「あれ、ソフィお前戻ってきてたのか」

「皆やっほぉ、オーフ旅行はどうだったぁ?楽しんでもらえたかなぁ?」


チトの言葉に適当に手を振ったソフィは、床に広がった資料を纏め終えたオルコスへと手を差し出した。掴まれた腕を引いてしっかり立ち上がらせたことを確認してから、部屋に入ってくる。


「昨日の夜に帰還してねぇ、色々と報告事項が出来たんだけどぉ、それはトートに戻ってからにしようかなぁって。ボクの事はさておき、ほらルコちゃん?皆にお願い事があるんでしょう?」

「むぅ…って、そうでした!皆さん、貧困街についてなのですが、」


慌ただしく聖属性魔法で自身の打ち身を回復させたオルコスは、軽くスカートの裾を整えてから改めて四人を見回す。その口から告げられたお願いと言う名の提案を受けて、一同は迷うことなく了承の返事を返した。



―――



「よし、北部完了だ」

「南部、無事完了です!」

「ん、東部も完了した。後は…師弟二人組か」


集合場所である数日前葵とチトが囚われた背の高い塔の前に集まったヴィルとオルコス、そしてルシエを前に適当な書物に目を通していたソフィは顔を上げた。残る二人の気配を探る様に魔力を使いかけて、先に視界に入った異様に目立つ二人組を前に肩を竦める。


「皆お待たせー、西部完了であります!…んふふ、子供達に引き留められちゃってな?チト君が立ち往生しとったんよ!」

「るせーな、お前だって大人気だったじゃねーか!」

「またまたぁ…でも、改めてルコちゃんの提案は大賛成の大成功やったで!」

「国としても大規模な認識改革の一歩として素晴らしい内容だった」

「ん、オルコスも偶には良い提案する」

「あれ、わたくしなんか馬鹿にされてます??」


疲労困憊のチトの手を引いて掛けてきた葵は、重力操作魔法を使ってふわりと塔の頂上へ向かった。チトは近くに居たヴィルとルシエを、ソフィはオルコスを同じく重力操作魔法で持ち上げて、葵を追って頂上へ上る。そうして広がる景色は、数日前とは比べ物にならない程自然に溢れる美しいものだった。


「花弁を振らせる魔法、なんてまた随分懐かしいものを持ち出してきたものだけど…葵ちゃんの改変のお陰もあって、今のオーフにはぴったりなんじゃない?」

「えへへ、折角ですから皆さんがオーフに来て下さった証を残したいと考えたのが発端ではあるんですけどね」


美しい七色の花弁が不意に舞い上がり、街中に降り注いでいく。その中心部が、一般市民が恐れる貧困街だというのだから始めは動揺が広がっていた街中も、少しずつ好奇心に負けて貧困街に自ら足を踏み入れる者達が多くなってきた。オルコスが四人に向けた提案は、各地の貧困街全域にオーフ到着前にヴィルとルシエが解読した花弁を降らせる魔法を設置する事だった。草木すらままならない薄暗い貧困街を一気に明るくすると共に、外の住民からの認識変革を起こそうという目的も一応あるらしい。


それぞれが担当した方角の地域での作業を終えてたった今集合したのである。因みにチトは葵が他事に気を取られて厄介ごとに発展しないかを監視する目的での付き添いだったが、例の誘拐沙汰が起きた地域もある西部に立ち寄った結果、教会の子供達から熱烈な歓迎を受け予定より異様に時間が掛かってしまったのである。たった数日合わないだけでも、子供達は日々成長を続けている。代表の少女の言動には確かな自信が見え隠れし始めていたし、泣いていた幼児はまともな言葉を話し始めていた。


「民は随分前向きに受け入れてくれてるみたいだねぇ」

「みたいだな。…あの魔法陣を作り出した元同居人も、喜ぶだろうよ」

「元同居人って…そんな寂しい呼び方したら、怒られちゃうんじゃなぁい?」

「知るか、もういない奴をどう言ったって問題ないだろ」

「もう、エトちゃんってばそういう所あるよねぇ」


白基調だった街に七色の花弁が降り注ぐ。あちらは自分が魔法陣を設置した方角だ、なんて話で盛り上がる四人を少し離れたところから見ていたチトとソフィは、視線を街から逸らすことなく言葉を交わしていた。呆れた様にため息をついたソフィは横目でチトを見詰め、その瞳が言葉とは裏腹に沢山の感情で満ち溢れていることに気付いてくすりと笑う。



貧困街を中心に発動させたとは言え、風に流されて国中に降り注いだ花弁たち。その有様は、オーフが本当の意味で新たな時代を歩んでいく姿を祝福しているようだった。


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